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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

チョコレイトキス
続きが書けそうですが、タイムアウトです。
サイトに収蔵する時に加筆します。

明日からまた研修頑張るぞー!


<チョコレイトキス>

 その日のロンドベルの艦内は、何だか妙に浮足立っていた。
 操縦者《パイロット》も、乗組員《クルー》も、顔を突き合わせては、今年もこの日が……だの、お前は幾つ貰った……だのと騒がしい。何かイベントでもあるのだろうか? マサキは疑問に思うも、宇宙に出た戦艦内で何が出来たものか。しかもいつ戦いが始まるとも限らない非常時だ。わざわざ企画してイベントを開催するほど、能天気な仲間たちでもないだろう。
 ――整備班のあいつ、事務のキャリーちゃんから貰ったらしいぜ……
 ――マジかよ。会ったら絶対に〆てやる……
 物騒な会話も飛び交う中、艦内が何に浮足立っているのかはわからぬまま。マサキはその疑問を一旦脇に置いて、昼食を摂りに食堂に向かうことにした
 ピークタイムの食堂は人でごった返している。知った顔があれば同席させてもらおう。マサキは周囲を見渡した。その瞬間、どうやらマサキに気付いたようだ。中ほどのテーブルに着いている甲児がマサキを手招いた。
「有難え。助かったぜ、甲ちゃん」
 これ幸いとマサキが甲児の元に向かえば、彼は彼でマサキに用があったようだ。
「お前、何個貰ったよ?」
「何個? 何の話だよ」
 開口一番、挨拶もなしに尋ねてきた甲児は、マサキが何を訊かれているかわからない様子でいるのが信じられないようだ。隣に座るように促してくると、顔を寄せつつ横腹を小突いてきた。
「惚けやがって。チョコレートだよ。チ・ョ・コ・レ・イ・ト」
「チョコレイト?」
「お前、時々わざとやってんじゃねえかって反応するよな。バレンタインだっての! バレンタイン! 年に一度、男どもがチョコレートの数に支配される日だよ!」
 ああ。マサキはようやく合点がいった。
 日本では当たり前なバレンタインの贈り物、チョコレート。元を正せば製菓会社が売り上げを上げる為に始めたイベントだったが、お祭り好きな日本人のニーズにマッチしたのだろう。当初は好意のある異性にチョコレートを贈る日だったが、今では自分チョコだの友チョコだの様々な用途で大量のチョコレートが消費される日になっている。
 日本以外にそうした風習がある国はないらしかったが、日本びいきも多いロンドベルの乗組員《クルー》たちのことだ。ましてや、操縦者《パイロット》にも日本出身の者が多い。艦内にバレンタインのイベントが周知されるまでそう時間はかからなかっただろう。
「情けねえな。大の男がチョコレートに一喜一憂かよ」
「馬鹿だねえ、お前。それが楽しいんだろうよ」
「楽しい? 甲ちゃんにしては面白えことを云うな。幸せな連中に僻み根性を発揮しそうな割に」
 モテたがりな甲児は、日々マジンガーZのパイロットとして活躍している自尊心もあってか。思いの外、女性に好意を持たれない自分に悶々とした思いを抱えているようだ。その嫉み僻みを他人に向けることがままある。
 カップルと見れば拗ねた言葉を吐くのも珍しくない彼が、寛大にも恋人たちが浮かれ騒ぐ日を楽しいと評している。これにマサキが驚かない筈がない。けれども甲児にはそれなりの理由があるようだ。へへっと不敵に笑ってみせると、
「俺はさやかさんから毎年貰ってるからな! 一個は確実に手に入る!」
 伸びた鼻も高く、胸を張って云ってのけた甲児に、情けねえなあ。マサキは顔を顰めた。
「逆に云やあ、その一個しかないってことか」
「煩えよ。一個も貰えねえよりはマシってな」
 どうやら図星であったようだ。頬を膨らませた甲児が、さっさと飯を取ってきやがれ。と、マサキを追い立てる。
 たった一個であっても、欲しい人から貰えるチョコレートであれば充分だ。と、マサキなどは思ったものだが、甲児にとっては個数=評価でもあるのだろう。だったら自分でチョコレートを買えばいいものを――とも思うも、流石にそれは口にはしない。
 はいはい。マサキは適当に頷いて、カウンターに向かうべく席を立った。
 その瞬間だった。
 ガンガンガン! と、ブリキ缶をお玉で叩きながら食堂に入ってきたミオが、「配給ぅー! 配給ぅー!」と声を張り上げる。何をしようとしているのか。そう思ったのはマサキに限らなかったようだ。食堂中の視線が一気に彼女に集まる。
「はーい、はいはい! ラブリーアイドル! 貴家澪ちゃんの登場だよッ☆」
 その背後に、自身の身の丈と同じくらいの大きさの巨大な袋を背負ったプレシアが立っている。しかも、にこにこと上機嫌にも笑顔を浮かべながら。
 ミオに加担するのを納得ずくな様子の義妹に、何をしているんだ、あいつは。マサキが眩暈を起こした刹那、ミオが片手を掲げた。そこには手のひらサイズのチョコレートが握られている。
「チョコレートに飢えたそこな野獣ども!」
 しんと静まり返った食堂内にミオの声が響き渡る、
「貴家様が手にしているこのチョコレートが欲しいかーッ!」
 オオーッ! と、食堂のそこかしこから雄叫びが上がる。
「バラまきでもチョコレートが欲しいかーッ!」
 オオーッ! またも食堂のそこかしこから雄叫びが上がる。
「罰ゲームは怖くないかーッ!」
 オオーッ! と、ついに食堂中から声が上がったのを見たマサキは、その理不尽且つ不条理な展開に頭を抱えてしゃがみ込んだ。またあいつは、俺たちの年代では絶対に知っている筈のないテレビのネタを――。そう思うも、気付けば隣の甲児までもが、ミオのコールに合わせて拳を突き上げている始末。
 興奮の坩堝《るつぼ》と化した食堂。プレシアから袋を受け取ったミオが、チョコレートをバラまき始める。そこに押し寄せる男たちの群れに、マサキはただただ苦々しい表情をするしかなかった。

 ※ ※ ※

 マサキはシュウを探していた。
 艦内を方々探し回ったが、シュウの姿は何処にもなかった。途中で出会したサフィーネたちにも尋ねてみたが、ひとりでしたい作業があるらしいシュウは、彼女らとは別行動をしているようだ。
 残された心当たりはここだけだ。
 格納庫の奥まった位置に乱雑に並べられているコンテナ。その裏側に整備士たちが作り上げた簡易的な事務スペースがある。スチール製のデスクが数個に、入力用の端末が二台。粗末な施設であったが、わざわざ距離を歩かずとも記録等が付けられるとあって、使用している整備士は多い。
 マサキはコンテナの裏側に回り込んだ。そして、格納庫からの視線を遮るように通路を作っているコンテナの隙間を抜ける。ぽっかりと開けた空間に整備士たちの姿はない。その代わり、案の定というべきか。デスクに向かっているシュウの後姿がある。
 どうやら相当作業に熱中しているようだ。振り返ることもなければ、顔を上げる様子もない。靴音を響かせながらスペースに入ってきたマサキに対して無関心を決め込んでいるシュウに、仕方がねえなあ。マサキは自ら近付いて行った。
「おい、シュウ」声をかけるも返事はない。
 脇に立ち、手元を覗き込む。ノートに書き連ねられた難解な数式の数々。しかも彼の中ではまだその作業は終わりを迎えていないようだ。凄まじい勢いで書き付けられてゆく公式の続きに、そりゃあ無視もされる。納得のいったマサキは、「口、開けろよ」チョコレートの包みを解きながら、シュウに再び話しかけた。
「何の用です。ここにあなたが来るほどの用などそうはない筈ですが」
「いいから口を開けろ」
 顔を上げることもなくノートに向かっているシュウに重ねて云えば、彼はそうしないことにはマサキが立ち去らないと思ったのだろう。デスクに向かったまま微かに口を開いたシュウに呆れ返りながらも、マサキは包みの中から取り出したチョコレートを押し込んだ。
 意外にも素直にそれを口内に収めたシュウが、「誰からです」と訊ねてくる。
「ミオとプレシアだよ」
 微かに見開かれたシュウの瞳がマサキを見上げてくる。御冗談を。口振りだけは冷静にそう云ったシュウに、嘘を吐いて何になる。マサキは開いた包みを突き出した。

 ――はあ? これをシュウに持って行けって?
 ――そりゃそうっしょ。あたしたち全員分のチョコ用意したのよ? まさかシュウにだけ渡さないって訳に行かないでしょ?
 食堂でチョコレートを配ったミオは、それが一段落付くと、マサキに包みをふたつ差し出しながらそう云った。
 ――お前が渡せばいいだろうよ。
 ――プレシアを連れて? 無理だって。それにあたしまだ回らないといけない所があるしー。
 ミオの背後では、プレシアが思い悩むような表情を浮かべていた。当たり前だ。マサキは義妹の複雑な表情に、彼女の胸中を思った。因縁深き相手、シュウ=シラカワ。サーヴァ=ヴォルクルスに操られてのこととはいえ、彼がプレシアの父ゼオルートを手にかけたことは事実である。そう容易く割り切れる話でもないだろうと、それでいいのかとマサキは問プレシアに問うた。
 良くはないけど……と、言葉を濁した義妹は、けれども父譲りの公平さで|明瞭《はっき》りと云ってみせた。
 ――でも、あの人だけ渡さないのも良くないでしょ。今は同陣営なんだし。
 ――わかった。お前がそう云うなら、渡してやる。

「今日、艦内の乗組員全員にチョコを配るって、あのふたりでやっててな」
「それで私にも? 信じ難い」
「信じろよ。他でもない兄貴の俺が云ってるんだぞ」
 マサキは手近な場所に積まれている木箱のひとつに腰掛けた。そして、手にした包みをまじまじと|凝視《みつ》めているシュウの姿を眺めた。
 自らの身に起こった奇跡を、噛み締めているかのような表情。
 ややあって、包みの中へと指を差し入れたシュウが一粒のチョコレートを抓み上げた。流石に手作りとはいかなかったらしいが、全てをラッピングするだけでも相当な手間がかかっている。それをマサキが告げると、シュウは抓んだチョコレートを口に含んで、「このお返しは必ずしますよ」と力強く言葉を吐いた。

 ※ ※ ※

 シュウとの対面に区切りが付いたマサキは、コンテナ裏の作業スペースを出て自分のキャビンへと向かうことにした。
 ――マサキ殿、先程は有難うございました……プレシア殿にもよろしくお伝えください……
 ――マサキ殿、妹君から先程チョコレートを頂きまして……
 ――マサキ殿、チョコレートを……
 ミオとプレシアが配って歩いたチョコレートの効果は絶大なようだ。行きの道すがらでもそうだったが、帰路も同じく、通りかかった先々で乗組員たちに頻繁に足止めをされる。彼らとしてはプレシアの義兄であるマサキにも礼を云わねばと思っただけだったのだろうが、マサキとしては何もしていないのにお礼の言葉を聞かされているのだから気まずいこと他ない。
「あー、やっと辿り付けたぜ」
 ようやく辿り着いたキャビンにほっと胸を撫で下ろしたマサキは、待たせていた二匹の使い魔をベッドから除けて、その上に寝転んだ。
 チョコレート如きで浮足立つ乗組員たちも問題だが、それを煽るようにチョコレートを配って歩くミオとプレシアも問題だ。全く、あいつらは。と思うも、イベントごとに乏しい宇宙航行中の戦艦内――しかも戦時中とあっては、彼女らの厚意を頭ごなしに叱る訳にもいかず。
 何より、シュウのあの驚いた顔!
 普段、鉄皮面を貫いている男の意外な表情を思い返したマサキは、小さく声を上げて笑った。
「ニャんだ、ニャんだ。マサキもバレンタインに浮かれてるのかニャ?」
「馬鹿云え。誰がチョコレート如きで喜ぶかよ。全員に配ってるんだぞ」
「でも味気ニャい生活がずうっと続くよりはいいじゃニャい。戦争中ニャんだし。偶には息抜きも必要ニャのよ」
「それはそうだがな。あいつらの配り方がな……」
 マサキはベッドに横になったまま、これからどうするかを考えた。時刻はグリニッジで15時。行きや帰りの道で起こったことを考えると、キャビンの外に出るのは必要な用事だけに限った方がいいだろう。
 きっと、ほとぼりが冷めれば乗組員たちも静かになる。
 マサキはキャビンに篭ることに決めた。
 少しばかりのトレーニングと、身体を休める為の仮眠。このところ戦闘が続いていたからだろう。目を覚ませばもう19時だった。呆気なく過ぎた時間に物惜しさを感じつつも、マサキは使い魔に留守番を任せ、ひとり食堂へと向かった。
 夕食のピークタイムにはまだ少し早いからか、閑散とした食堂。壁際の誰も人のいないテーブルに着いたマサキは、米を恋しがる日本人たちに配慮してメニューに加えられるようになった焼き魚定食を頬張った。
 夜襲でも起こらない限り、平和に過ぎそうな一日。まさか敵軍までもがバレンタインに浮かれている筈もないだろうが、マサキがこれだけ疲労を感じているのだ。彼らもまた休みを欲しているに違いない。
 こんな奇跡も偶には起こるってな。マサキは日常の有難みを噛み締めながら食事を進めた。ややあって、斜め前のテーブルがにわかに賑やかになった。座っているのは整備士たちの一団。彼らの視線をマサキは追った。
 そこに立っているのは白衣の長躯。どうやら作業が片付いたようだ。シュウが食堂に姿を現すなり、真っ直ぐにマサキの許へと向かってくる。
「何の用だよ」
「云ったでしょう。お返しは必ずするとね」
 マサキの隣に立ったシュウが、上着のポケットから、彼には不釣り合いな可愛らしい包みを取り出してくる。
 ふたつのラッピングバッグ。今日のことを今日の内に片付けようとする辺り、几帳面な性格のシュウらしい――とは思うも、格納庫で彼にチョコレートを渡してからたった数時間後の出来事だ。正直、驚きを隠せない。
「早過ぎるだろ。そこまで気にしなくとも」
「お気になさらず」
 マサキはシュウから受け取ったふたつの包みを眺めた。
 黄金色のリボンで口を絞られた水色のラッピングバッグ。結び口に花飾りがあしらわれている。手の込んだラッピングに感嘆の息が洩れる。これを物資に乏しい宇宙空間で用意するのは容易ではなかったことだろう。
 それだけ彼にとって、プレシアからのチョコレートは特別なものだったのだ……シュウの気持ちの程が大いに感じられるチョコレートに、マサキは暫く言葉を継げずにいた。
「私はこういったことは不得手ですので、サフィーネとモニカに頼みはしましたが」
「だろうな。お前が自分でやったって云ったら、流石に俺も引っくり返る」
 マサキの言葉に、その通りですよ。と答えたシュウが、クックと声を潜ませて笑った。
 自覚はあるらしい。
「それで? 用件はこれだけか。だったらもういいぞ。あんまり気を遣われると俺も困るしな」
「まさか。渡して終わりという話でもないでしょう」
 次いで再び上着のポケットに手を入れたシュウが、親指と人差し指で抓める大きさの包みを取り出してくる。
「口を開けて、マサキ」
「おい、まさか」
「お返しですよ」
 マサキの目の前でひと口大のチョコレートの包みを解いたシュウが、それをマサキの口元に運んでくる。嘘だろ。マサキは狼狽えながら周囲を見渡した。閑散としているとはいえ、人目のある場所でやり返されるなど――。
「ほら、口を開いて。それとも無理に開かされたいですか」
「……わかったよ。ほら、食わせろよ」
 ぞっとしない言葉を吐いたシュウに、仕方なくマサキは口唇を開いた。滑るように押し込まれたチョコレート。離れ際にシュウの指先が僅かにマサキの口唇をなぞってくる。これでおあいこです。ふふ、と笑った彼がその言葉を最後に背を向けて去ってゆく。
 ――本当に、あいつは。
 僅かに注目を集めている気がするが、それを確認するだけの勇気はない。シュウに与えられたチョコレートをゆっくりと味わったマサキは、努めて何事もなかった振りをして食事を再開するのが精一杯だった。




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