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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

云えないようにしてみれば(前)
すっごく疲れてるんです……その結果なので、深く考えないでください……
てか、探さないで……ください……

副題「スーパー下劣大戦」←



<云えないようにしてみれば>

 その家はいつも鍵が開いていた。
 幾度、忠告しても聞き入れない家主に何かを云うのはもう諦めた。いつも通りの無施錠。不用心なこと他ない扉を開いて、マサキが玄関に入れば、無施錠だからこその怠慢であるのだろう。決して迎えに出てくることのない家主に代わって、彼の使い魔が飛び出してきた。
「あっらー、マサキさん。ようこそ! 今日もご主人様といちゃいちゃらぶらぶ(ピー)する為の御訪問ですか?」
 早速とばかりにけたたましく迎えの言葉を吐く彼の口から、聞こえてはならない音が聞こえてくる。
 マサキは首を傾げた。疲れが耳にまで及んでしまったのだろうか。彼の口から発されたと思しき紛れもない放送禁止音。小指を耳孔に差し入れて耳垢を探す。如何に彼が魔法生物であろうとも、こんな音は発声器官から出てこない筈だ。
「お前、今、何て云った?」
「やだなあ、マサキさん。(ピー)に決まってるじゃないですか。(ピー)」
「聞こえないのは気の所為か?」
 非常事態が起こっているのは間違いなかった。変化の見られない小指に、マサキは足元に控えている二匹の使い魔の様子を窺った。目を丸くしてぽかんと口を開いている彼らは、どうやらマサキと同じ音を聞いてしまったらしい。
「ニャんで放送禁止音が聞こえるの?」
「云ってる言葉が想像付くだけに嫌ニャんだニャ」
「そっりゃあご主人様の仕業に決まってるじゃないですか!」
 靴箱からマサキの肩へと飛び移ったチカが、えっへんと、そうでなくとも突き出た胸を更に張る。帰るか。マサキは即座に扉に向き直った。マサキの二匹の使い魔は、盛大に嫌気が差した顔をしている。
「待って待って待ってくださいマサキさん! あたくしの為に、せめてこの状態をなんとかして! (ピー)って簡単な猥語すら云えないなんて、あたくしの名が廃ります!」
「一生、廃れたままでいいんだけどな……」
 マサキは深い溜息を吐いた。そして気を取り直して、肩口に目を遣った。
「てか、何があった結果だよ、こうなったの」
「ちょーっと昨晩、あたくしの言葉遣いを巡って口論になりまして」
 これ以上となく明確且つ簡潔に現在の状況に至った原因を説明してみせたチカに、マサキは壁に手を付かずにいられなかった。
 全身から一気に抜けた力。立っているのでさえも馬鹿らしい。
 慇懃無礼が服を着て歩いているような主人の無意識の産物であるとは、にわかには信じ難い規格外の使い魔。口達者なチカは、その勢いに任せて口を『うっかり』滑らせることがままあった。きっとそれにシュウは腹を立てたのだ。そして理不尽なまでに明晰な頭脳をフル回転させて、彼への『対抗策』を施した……。
 巻き込まれる我が身こそが不幸である。マサキは壁と向き合ったまま言葉を継いだ。
「お前、あいつが嫌がるのをわかってて、また下品な言葉を並べ立てたんだろ」
「だって我慢出来なかったんですよ!」
 ひとこと口にすれば、三倍になって返ってくる。そろそろお喋りの虫が限界を迎えているらしいチカは、マサキの言葉に翼を目いっぱい広げてみせると、ここぞとばかりに言葉を紡ぎ始めた。
「知ってます、マサキさん? ご主人様の蒐集品《コレクション》! (ピー)に始まって、(ピー)に(ピー)まで! こないだなんて(ピー)を目の前に、うっとりとした微笑を浮かべてたんですよ! おかしいでしょあの人! いや、あたくしの主人ですけど! でも、あんなのマサキさんに使われたら、マサキさんの足腰が立たなくなっちゃう! 危険が危ないのは御免です!」
「それはいつものことだから気にするな。てか、あいつ、俺が捨てろってさんざ云ったモンをまだ持ってやがったんだな」
「偶にクローゼットの奥から取り出して、律儀にも手入れをしてますよ。最近は(ピー)まで買い揃えてきて」
「帰った方がいいと思うんだニャ」
「あたし思うんだけど、マサキニャんで、こんな恐ろしいところに来てるの?」
 全く、二匹の使い魔の云う通り――マサキは宙を仰いだ。超絶的なインドア人間であるシュウは、マサキと外でデートなどといった浮ついた所業に及ぶつもりはないらしい。そのくせ愛欲に耽る気はあるのだ。
 俗人にも限度がある聖者の秘められた品性を知っているマサキからすれば、確かにチカが生まれるのもにべなるかな。
 帰るか。再びマサキは口にした。よくよく考えてみれば、この家に来た時点で、最終的にベッドに雪崩れ込んでの(ピー)になるのは間違いない。シュウに無体を働かれる前に帰途に就くのも、自身の身の安全を守る為には肝要――と、そこまで考えたマサキは、おかしな事態が自分の脳までもを浸食している事実に気付いてしまった。

「……って、考えてる言葉にまで放送禁止音が聞こえてくるんだが」

「さっすがあ、ご主人様!」チカが宙を羽ばたいた。「マサキさんであろうと容赦ナッシング! さあさあ諦めて中に入りましょうよ、マサキさん。あたくしの心の平穏の為にも、事態を元に戻すんですよ!」
 困窮している割には能天気な声。もしかしてこいつ事態を楽しんでるんじゃないか。マサキは項垂れるも、それで事態が好転することはなく。
 主人に似て執念深い使い魔だ。このまま放置して帰ろうものなら、家まで追いかけてきて元に戻せと騒ぐことだろう。仕方がない。マサキは面を上げた。そして諸悪の根源が控えているだろうリビングへと。二匹の使い魔とともに向かって行った。



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