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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

五月狂言
懐かしい同人誌用の原稿だったんですが、納得いかなかったので没にしました。
続きがないと困る作品です。よければどうぞ。



<五月狂言>

 十日間に渡って行われる精霊降臨祭の中日に当たるその日、マサキはウェンディとリューネに誘われて城下町に出たのだそうだ。
 四年に一度の大祭に向けてこつこつと作り上げられただけあって、見物人を唸らせる出来であったらしい。精霊への捧げものである花と野菜を積んで、北の広場から南の城門まで、町人の高らかな歌声に合わせて曳き回される山車キャロ。勿論、祭りにつきものな、出店や大道芸人も健在だ。食べて、飲んで、見て……ウェンディの案内で大祭を堪能したマサキは、黄昏時を迎えて更なる賑わいをみせている城下町に、けれどもひと足先に帰途に就こうと思ったらしかった。
 プレシアが気掛かりになったのだという。
 同じ年頃の友人も多いプレシアは、マサキに先んじること二日。友人たちと城下町に足を運んでいた。マサキが城下町に出ると聞いて喜びの表情を見せた彼女は、義兄より先に、自分が精霊降臨祭を楽しんでしまったことに後ろめたさを感じていたのだろう。
 楽しんできてね、おにいちゃん。そう笑って送り出してくれた義妹を、だからこそ、マサキはひとりで家に残しておくことに不安を覚えてしまったようだ。
 とはいえ、プレシア相手に張り合う女性たちでもない。すんなりとマサキの意思を受け入れたウェンディとリューネは、あたしたちはもう少し楽しんでいくから。と、方向音痴のマサキを城門まで送り届けてくれたのだという。
 ――ねえ、マサキ!
 そして、いよいよ濃淡が明瞭となってきた空の下。マサキが帰宅への一歩を踏み出した瞬間だった。
 ――あたしたち、マサキのことが好きだよ!
 きっと祭りの空気に当てられて、気分が高揚したのだろう。声を張り上げてマサキに好意を伝えてきたリューネに、当のマサキはどう答えればいいかわからなくなってしまったのだという。返事を口にすることなくその場から走って逃げ出した彼は、自宅に戻ることなく、シュウの家に転がり込んできた――……。

※ ※ ※

「――で、その話と、私の家に転がり込んできたことに何の関係が」
 リューネからの告白が余程のショックであったようだ。ソファの上で膝を抱えてうずくまっているマサキに、彼の話を聞き終えたばかりのシュウは長い溜息を吐いた。
「……云われるなんて、思ってなかった」
 それはわかっている。
 鈍感が服を着て歩いているとも揶揄されるマサキだったが、他人から向けられている好意に自覚はあるらしかった。ただ、口に出されないものを確信するのは、思い上がりと紙一重。彼なりの美学に忠実に生きているマサキは、だからこそ、敢えて他人からの好意に目を塞いできた――のだそうだ。
 当たり前のように自分の生きてきた世界を捨てたリューネ。
 制作者と操者の垣根を超えて尽くしてくるウェンディ。
 シュウのように捻くれた感情表現しか出来ない人間と比べれば、彼女らは圧倒的に根が素直に出来ている。真っ直ぐにマサキを誘い、真っ直ぐに彼との時間を楽しみ、そうして真っ直ぐに彼の気持ちが自分に向くのを待ち続ける……こうなると、むしろ気付いていながら、ここまで彼女らを放置してきたマサキの方こそ人が悪い。シュウ自身、そう感じてしまうぐらいに、彼女らはマサキに対してひたむきだった。
「好かれていることに自覚があっただけマシだとは思えますが、だからといって逃げ出してしまったことは云い訳が効かないでしょう。あなたは彼女らをどうしたいのです、マサキ」
「付き合う訳にはいかねえだろ……」
 腕に顔を伏せたまま、マサキが小さく呟く。お前がいるってのに。不貞腐れたような声が出てくる辺り、彼が今の状況にストレスを感じているのは間違いなさそうだ。
 シュウは仕方なしにマサキの隣に腰を下ろした。
 家に飛び込んできたかと思えば、リューネが、リューネが。とばかりで、全く要領を得なかったマサキ。戦場では無敵の魔装機神操者も、対人関係における突発的なトラブルには形無しだ。
 そもそも、シュウがマサキに告白した時もそうだった。急に口を閉ざすと視線を激しく周囲に彷徨わせるほどに動揺してみせたマサキ。後にシュウが彼から当時の話を聞き出してみたところ、自分はシュウからどうでもいい存在だと認識されていると思っていたらしかった。それが突然に好きだの何だのと云い出したものだから、どう対応すればいいのかわからなくなったのだとか。
 どうもマサキは、人間関係に於ける中庸を目指しているのか。他人からの悪意や好意の埒外に自分がいると思い込んでいる節がある。いや、煩わしい感情とは関係ない位置に自分を置いておきたいと望んでいるような……
 それが仲間をして、気紛れだといわしめるほどの風来坊気質に繋がっているのだ。
 何故、マサキがそこまで人間関係に対して頑なに心を閉ざしてしまうようになったのか。彼から無理に原因を聞き出すつもりのないシュウは何も知らないままだったが、小耳に挟んだ情報を総合するに、過去の対人関係で何かがあったようではある。
 だからといって、シュウがでしゃばっていい話でもない。
 これはウェンディとリューネとマサキの気持ちの問題だ。そのくらいの常識は、幾らマサキを手放せないと思っているシュウにもある。但し、マサキがそれを理解しているとは限らない。肝心なところで尻込みすることもあるマサキのことだ。シュウに全てを委ねてしまうことも考えられた。
「――マサキ」
 マサキの肩がぴくりと震える。しかし顔を上げてくる気配はない。
 シュウはひっそりと、今また溜息を吐いた。そして、後頭部を覆う彼の豊かなボトルグリーンの髪に目を落としながら、さて――と考えあぐねる。
「私の存在をそう受け止めてくれているのには感謝しますが、あなた自身の気持ちはどうなのです」
「嫌に決まってるだろ!」
 反射的に頭を上げたマサキの顔がシュウを向く。まるで捨てられた子犬のようだ。頼りない瞳。その端に雫が溜まっているのを見て取ったシュウは、落ち着いて。そう口にしながら、マサキの瑞々しい髪を撫でた。
「やだからな、俺。あいつらを泣かせるなとかまたお前に云われるの」
「あなたが恐れているのはそれですか」
 訊ねれば、こくりと頷く。シュウはマサキの髪から頬へと手を滑らせていった。
「流石に今になってそんなことは云いませんよ」
 それは遠い昔のこと。サイバスターと肩を並べて語り合った思い出だった。
 ――二人の美しいご婦人を悲しませないようにしてくださいよ。
 あの頃のシュウは、マサキに惹かれている自分を自覚しながらも、彼が自分に振り向くことなどないと頑なに信じていた。彼の周りには、幾度もの戦いを経て強い絆で結ばれた仲間たちがいる。その中に自分が入り込める隙などない。だからこそ、マサキへの感情は早急に断ち切るべきもの。その為の最も端的な方法。そう、ウェンディとリューネ。彼女らがマサキの私的なパートナーとなればいい。
「なら、俺は……」
「自分の口で云うのですね」
 シュウはマサキの瞳の際に溜まった涙を吸い上げた。出来ませんか。問いかければ、マサキの表情が曇る。
「仲間でいられなくなるのが、怖い」
「それは我儘と云うものですよ、マサキ」
 マサキの頭に手を回し、胸に身体を凭れかけさせる――と、すんなりと肩に頭を置いたマサキが、恋じゃなければよかった。消え入りそうな声で呟いた。
「誰かを選べば、誰かは去る。自明の理です。ですからマサキ、彼女らの選択をあなたが背負う必要はありません。それを重しとして生きてゆくのは、他ならぬ私。勝者となった私でしかないでしょう」
 理屈は理解しているのだろう。うん。と頷いたマサキが、でも怖い。のそりと身を捩ると、シュウにしがみ付いてくる。過去の瑕はそこまで彼を臆病にしてしまった。だからこそ、先にも進めず、後にも戻れず、ただ現状維持を望み続けるマサキに、シュウは宙を仰いで、静かに瞑目するしかなかった。

※ ※ ※

 それから三日。
 精霊降臨祭に行こうぜ。と、誘いにきたマサキに、出かけがてらウェンディとリューネの件を聞いてみれば、どうやらマサキが本心を告げるより先に、彼女らはひとつの結論を出してしまったようだった。
 ――マサキが云ってくれるまで、待つから。
 即ち、現状維持ということである。
 シュウとしては、もどかしさを感じる部分もあれど、マサキの過去に関わることでもある。無理を押して瑕が開いてしまっては元も子もない。ならば、焦らずゆっくりとその時の訪れを待つだけだ。
 既にマサキはシュウを選んでいるのだ。それ以上を望むのは贅沢というものでもある。
 だからシュウはマサキを詰問するような真似はしなかった。ただ、マサキに寄り添うように、祭りで賑やかな城下町をそぞろ歩いた。ともに華やかな山車を眺め、ともに出店の料理を口にし、ともに大道芸人の芸を味わう。自らの優柔不断さに思うところはあるようだ。その最中、不意にマサキがごめんなと口にする。
「構いませんよ。彼女らと同じように私もいつまでも待ちましょう。あなたがきちんと前を向ける日を」
 するりと伸びてきたマサキの手が、人混みの中、しっかりとシュウの手を握ってくる。今はこれだけでいい。シュウは改めて自分を誘って二度目の祭りに足を運んだマサキの胸中を思いながら、次の目的地を探すように彼の手を引いて城下町を歩んでいった。



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