猫の日なので。
猫の日なので。
それが何故こんなことになってしまったのか。
全ては私の腐った脳の所為です。
続いてしまってごめんなさい。今日では終わりませんでした!
猫の日なので。
それが何故こんなことになってしまったのか。
全ては私の腐った脳の所為です。
続いてしまってごめんなさい。今日では終わりませんでした!
<安藤正樹の飼育日記>
(序)
朝、目が覚めると、猫のような耳と尻尾が生えていたのだそうだ。
朝、目が覚めると、猫のような耳と尻尾が生えていたのだそうだ。
どうしたらいいかわからなくなったマサキは、ベッドの上でブランケットを被りながら、暫く自分の異常事態をどうすべきか考えたのだという。とはいえ、ラ・ギアスの非常識的な常識に馴染みの薄いマサキのことである。自らの力で解決出来る事態でないことは直ぐに飲み込めたようだ。
かといって、誰に頼ればいいかも思い浮かばなかったらしい。
練金学士協会の才女、ウェンディ=ラスム=イクナートに頼れば治る可能性もなきにしも非ずだったが、さしものマサキも彼女の好意には気付いているようで、自身の姿が彼女の愛着心に火を点けはしまいかと気にかかったのとか。
そもそも、マサキ=アンドーという男は警戒心が強かった。
その幼顔も手伝ってか。周囲の女性陣に玩具にされ易い彼は、何かに付けて構われるのが日常茶飯事であるようだ。
坊やだの少年だのマーサだのと呼んでは頭を撫でてくる。機嫌が悪そうだと見るや否やお菓子を渡そうとしてくる。着たきたり雀に近い彼の服装は彼女らにとっては格好の餌らしく、一緒に街に繰り出そうものなら着せ替え人形にされるらしい。
マサキが彼女らに辟易しているという話を、シュウは何度彼自身の口から聞かされたことか。
しかもマサキの愚痴から察するに、話はそれだけに留まらないらしかった。
鈍感であるが故に初心なマサキ。彼を揶揄う為に、彼女らは時に過激な手段にも出るのだという。狼狽えるマサキを見たいが為の過剰なスキンシップ。胸が当るように腕を組んできたり、背中から抱き着いてきたり……中にはわざわざ風呂上がりにタオル一枚でうろついてみせる猛者もいるのだとか。
普段ですらこの構われっぷりである。
それが猫化しているとなれば、過激の二乗。否、二乗で済めば御の字だ。
どういった扱いを彼が受けることになるのかについては、シュウの明晰な頭脳をもってしてもまるで予想が立たなかったが、マサキが仲間を頼ることを早々に放棄したことについては、そのぐらいの危機管理能力は彼にもあったのだと感心したぐらいだ。
そのぐらいに、マサキ=アンドーという青年は、自分に向けられている好意に鈍感だ。
何せ、彼の為に地底世界に残ることを決めたリューネの好意にすら確信を持てずにいるくらいである。そのくせ、警戒心だけは一人前に働くらしく、未だに縮まらぬ距離感にリューネが嘆く始末。ウェンディに至っては云わずもがなだ。プラーナの補給という大義名分があったにせよ、率先して口唇を合わせてきた彼女にも、マサキは明瞭りとした答えを与えずにいる。
恐らくマサキはシュウの好意にも気付いていないのだろう。
でなければどうして、この異常事態でシュウの許へと足を向けてきたものか――マサキを正面にしたシュウが、無常感に囚われた思いでいたのはだからだった。
「なんとかしろ」
食後の軽いトレーニングを終えて、ようやく次の研究の下調べに取り掛かれたシュウの前に姿を現したマサキは、シュウの返事を待たずにリビングにまで上がり込んでくると、目深に被っていた季節外れのニットキャップを取ってみせた。
ボトルグリーンの豊かな髪の中から飛び出てくる猫耳。白と黒のぶち。左耳は白毛が、右耳は黒毛の割合が多い。
我ながらよく驚きの声を上げなかったとシュウは思う。
地上の非常識が常識である地底世界ラ・ギアスでは様々な事件が起こり得たものだったが、目が覚めたら獣の耳や尻尾が生えていたなどという話は、博覧強記を誇るシュウでさえも聞いたことはなかった。そもそも、魔法や練金学といった地上にない技術体系は、人間の生活を助く為に発展を遂げたものである。故に御伽噺に出てくるような不可思議な現象を創り出せはしないのだ。
「幾らあなたの無意識の産物が猫だからとはいえ、あなたまでもが猫になることはないでしょうに」
困った事態になった――と思いつつ、シュウはそう口にせずにいられなかった。
あまり深刻になり過ぎても、要らぬ心配をマサキにさせるだけである。だからこその軽口であったが、マサキ自身はシュウが真面目に事態を受け止める気がないと感じたようだ。こっちは本気で困ってるんだ。口唇を尖らせると、ニットキャップをソファに叩き付ける。
「感覚があるんだよ。これまで感じることのなかった場所に、感覚がある」
自らの奇異な外見が相当に気にかかっていたのだろう。同じく白と黒のぶち。ジーンズの中に隠していたらしい尻尾を引っ張り出したマサキが、その先っぽをゆらゆら揺らしながらソファに陣取る。
「気持ち悪いし、落ち着かねえ」
「だから私に何とかしろと」
「お前なら出来るだろ。総合科学者様なんだから」
「嫌味を云いにきたのか助けを求めにきたのかわかりませんね」
これまでの耳は耳として顎の上に残っているのだから、不可思議なものだ――シュウはマサキに新たに生えた方の耳に手を伸ばした。
ただどうなっているか確認したかっただけの反射的な行為ではあったが、流石に感覚があると口にしだけはある。ふわりと触れたシュウの手に、止めろよ。声を上げたマサキが身を縮めた。
「変な感覚なんだよ。ぞわぞわするっていうか、擽ったいっていうか……」
そう云われれば興味が増す。シュウは立て続けにマサキの耳を撫でた。止めろって。口では止めてくるものの、嫌な感触ではないようだ。撫でられるがままでいるマサキの顔には、今にも喉を鳴らし始めそうな恍惚感が滲み出ている。
シュウは片手でマサキの耳を撫でてやりながら、もう片方の手で左右に揺れている尻尾を掴んだ。
ひゃっ。と、普段のマサキであれば決して口にしないような声が飛び出る。
「猫ってこんな感じで生きてるのかよ。とんでもねえぞ、これ」
「それは私には何とも。ない器官の話ですので」
掴まれただけでこの反応であるのだとすれば、撫でようものならどうなるのだろうか。シュウは自らの好奇心の赴くがままに、マサキの尻尾を掴んだ手を、毛の流れに沿って尻尾の先へと滑らせていった。
――う、ううん……
歯を食いしばったマサキの口から零れ出る声は、とてつもなく甘美で、とてつもなく愛くるしい。それにシュウの心はざわめき立った。もしかすると、自分はまたとない好機に恵まれたのかも知れない。悪魔の囁きが耳を掠める。刹那、シュウの脳裏に浮かんでくる『計画』。シュウはマサキの耳と尻尾を撫でてやり続けながら、次第に瞳を潤ませ始めた彼に、「先ずはあなたの身体の他の器官に変化がないか調べましょう」と告げた。
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