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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

汝、力に驕ることなかれ(前)
偶にはシュウマサでないものを。

もしかすると後編で白河が出てくるかも知れません。実は書きたかったのがここまでなので、話をどう畳むかが決まっておらず。プレシアを守る為に力を揮ってしまったマサキの話です。



<汝、力に驕ることなかれ>

 プレシアとともに城下に日用品の買い出しに出たマサキは、店を出て数メートルほど離れた場所で、一緒に歩いていたプレシアの姿が隣にないことにふと気付いてしまった。
 ――やっちまったか。
 舌を鳴らして足を止める。そうして先ず自身の使い魔の存在を確認すべく、足元に視線を向ける。
「もしかして、はぐれたのかニャ?」
「さっき店を出たばかりニャのよ」
 役立たずな二匹の使い魔の危機感のない台詞に、自然とマサキの口から溜息が吐いて出る。
 病的な方向音痴のマサキは同伴者とはぐれることが日常茶飯事だ。西に向かっている筈が北に辿り着く、東に向かっている筈が元の場所に戻っている。方向感覚の欠如だけでは説明出来ない現象にも数多く遭遇しているマサキは、もしかすると自分の周囲だけ次元が歪んでいるのかも知れない――などと、迷うだにあれこれと思考を巡らせたものだったが、流石に今回ははぐれるのが早過ぎた。
 数えられる程度しか歩いていないのだ。
 そうである以上、プレシアはまだこの付近にいる。そう見当を付けたマサキは、人出の多い通りを眺め回した。垣根のように連なる人波。上背の低いプレシアの頭が見える気配はなかったが、だからといって諦める訳にはいかない。
 決定的にはぐれない内にその姿を発見しなければ――と、マサキは人垣の奥へと顔を覗かせた。その瞬間だった。やめてよ! と、空気を裂くようにして、プレシアの声が響いてくる。
「マサキ! こっちニャ!」
「あそこニャのね!」
 方向感覚に関しては、主人に似てポンコツな二匹だが、こういった時の判断力と洞察力には流石に優れている。
 しなやかな跳躍。人垣を一気に抜けていったシロとクロの後に続いて、マサキもまたその向こう側へと躍り出る。と、軽薄そうな青年がプレシアの手首を掴んで、にやけた顔つきで何事かを語り掛けているのが目に入る。
「プレシア!」
「おにいちゃん!」
 マサキに気付いたプレシアが青年から逃れようとするも、どうやら相当の力で手首を掴まれているようだ。伸びきった腕。それを手繰り寄せて、いいじゃん、少しぐらい――だのと口にしながら、青年がプレシアの顔になよついた顔を近付けていく。
「巫山戯ろ! そいつは俺の妹だ!」
 普段であれば、相手のプラーナを視るなり、腕の程を見るなりと、余裕をもった対処が出来るマサキだったが、この時はそうはいかなかった。
 ちらともマサキを見ることのない青年。連れの存在を丸ごと無視して、プレシアに迫ってゆく人間が果たしてまともであるだろうか。その思い込みがマサキを短慮にさせた。
 地を蹴って、青年の懐に飛び込む。
 同時に、肘を鳩尾に当てる。
 何が起こったかのか理解が追い付かないといった青年の表情が、ふっと視界から消える。マサキはプレシアの身体を引き寄せた。流石に青年も手を離したようだ。次の瞬間、身を寄せ合うマサキとプレシアの数メートル先、ぽっかりと開いた路面に青年の身体が落ちてきた。

 ※ ※ ※

「何で呼び出されたか、わかるわよね」
 マサキの姿を認めるなり険しい表情を向けてきたセニアが、表情に釣り合った厳しい口調で問い掛けてくる。
「どういうことだよ」
 朝早くから情報局に呼び立てられたマサキは、欠伸混じりで潜った扉の向こう側で待ち構えていたセニアの剣呑な態度に表情を引き締めながらも、思い当たる節もない。首を傾げながら、彼女の前に立つ。
「全治一ヶ月」
「誰が」
「昨日あなたが吹き飛ばした男よ」
 どうやらプレシアに狼藉を働いた青年のことらしい。そうは思うも、青年の身柄は警備隊に預けてある。しかも周囲の野次馬から、青年がしつこく嫌がるプレシアに云い寄っていたという証言が取れているのだ。非は青年の側にあるのは明らかだった。
 だが、セニアはそうは考えていないようだ。いっそう顔立ちを険しくすると、
「何を考えているの。一般市民相手に」
 凛と響き渡る声は、流石は獅子の娘と恐れられる女傑だけはある。気迫だけでは云えば、魔装機神操者にも張るセニアの剣幕に、けれどもプレシアを守るのに必死だったマサキとしては黙ってはいられない。
「待てよ。先にプレシアに手を出したのはあいつ」
「あなた、自分の立場をわかってる?」
「魔装機神操者だからか」
「そうじゃないわよ。もうひとつあるでしょう。あなたが一般人相手に力を揮ってはならない大事な理由が」
 云われてマサキは目を開いた。
「剣聖、か……」
 魔装機神操者であること自体は、一般市民の脅威足り得ない。何故なら、魔装機神が実力を発揮するのは戦場と相場が決まっている。だが、戦士としての能力はそうはいかない。対人戦で力を発揮する能力は、マサキを生けた武器と化させるのに充分だった。
「鳩尾を狙ったのよね」
「咄嗟のことで、つい。だが、手加減は――」
「あなた、自分のプラーナの量に自覚がないの? 手加減したって普通の人間より遥かに潤沢なのよ。それが込められた一撃を食らって、全治一ヶ月。奇跡が起こったとしか思えないわね」
「……悪かった」
 マサキは頭を垂れた。
 非力な一般市民相手に、我を忘れるほど頭に血を上らせてしまっていた。その事実を、今更ながらに思い知る。
 けれども、事態の重さを理解したところで遅きに失したようだ。重苦しさに胸を押し潰されそうになりながら、マサキはセニアの表情を窺った。巌のように険しい面差しは緩むということを知らない。
「謝って済む話じゃないのよ」
 覚悟を感じさせるひと言。空気を鋭く切り裂く声音に、マサキはセニアが処分なしに済ませる気がないらしいことを覚る。
「あなたの力は最後の切り札。それを理解出来ずに安易に力を揮ってしまわれては、秩序を守るどころか混沌を招くことに為り兼ねない。ここまでは理解出来るかしら」
「ああ……」
「なら、処分を受け入れることには」
「異存はねえよ」
「それなら結構」
 セニアが手を打つと同時に、入り口の扉が開いた。
 装備を固めた兵士が三人、扉の向こうに立っている。どうやら身柄を拘束されるようだ。けれどもそれも已む無し。マサキは彼らに向かって歩を進めながら、セニアを振り返った。
「期限は」
「あたしが納得出来る再発防止案を、あなたが書類に出来るまで」
「わかった」
 決して文章を書くのは得意ではない。ましてや書類作成など柄でもない。それでも、犯してしまった罪を償うにはやるしかないのだ――マサキは両脇を兵士に固められながら、執務室を後にした。






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