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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

熱帯夜 / お仕置き
さっくりしたSSをWPに載せるのを躊躇うお年頃です。



<熱帯夜>

 開いた窓から生温かい風が吹き込んできている。
 静かに揺れるカーテンを横目に、シュウはベッドの上で、マサキが風呂から上がってくるのを待っていた。
 薄手のブランケットを身体に掛け、天上を仰ぐようにしてペーパーバックを読み進める。何も考えずに文字成分を摂取したい時に重宝するご都合主義な娯楽小説。数えられるほどになった残りのページに、そろそろかと寝室の扉に目を遣ったシュウは、殆ど音を立てずに部屋に入り込んできたマサキに口元を綻ばせた。
「やっぱり暑い」
 シュウから借りたパジャマを身に着けたマサキが、ベッドに潜り込んできたかと思うと、少しもしない内に口にする。
 温く湿った空気が身体に纏わり付いて、不快さを煽った日中。耐え切れずに上着を脱いだのはマサキだけに限らなかった。珍しいこともあるもんだ。街をそぞろ歩きながら、上着を脱いだシュウを見上げてそう口人したマサキ。半袖のシャツ一枚で歩く彼の汗に濡れた肌は、太陽の光を受けて煌めいていた。
 それと比べれば大分過ごし易くなった夜更け。とはいえ、地表に溜まった熱が取り去られた訳ではない。大気に立ち上る日中の名残。外れることのないラングランの天気予報曰く、深夜を過ぎれば気温が下がるとのことだったが、シュウはまだしも短気なマサキがそこまで待てる筈もない。ブランケットを剥ぐと「エアコン点けようぜ」と、シュウの顔を見詰めてくる。
「脱げばいいでしょう」
 シュウの言葉に驚いたようだ。はあ? と頓狂な声がマサキの口を衝いて出た。
「普段のあなたらしく下着一枚で寝ればいいだけですよ、マサキ」読み終えたペーパーバックをサイドチェストの引き出しに仕舞って、シュウはマサキを振り返った。「そろそろ私にもその姿を見せてくれてもいいとは思いませんか」
「お前、まだその話忘れてなかったのかよ」
「こんな夜でもなければ、一生見られそうにないものですからね」
 シュウは話を逸らした。
 リューネから聞かされたマサキのプライベートでの習慣は、シュウの胸に悔しさを刻み付けた。マサキが素の自分をシュウの前で露わにするのには、まだ時間がかかるという現実。それを思い知らされたからこそ、シュウは辛抱強くその機会が訪れるのを待った。
 その願いが叶うかも知れない好機。熱帯夜であれば、マサキも脱がずにはいられないだろう。そう目論んだからこそ、シュウは余計な問答をマサキを繰り広げるつもりはなかった。
「だからって、エアコンを点けないとか」
 風呂上がりの身体に生温かい風は堪える。何せ身体が冷めないのだ。額に珠と浮かぶ汗。顔を汗で濡らしながらごちるマサキに、笑いかけながらシュウは畳みかけるように選択を迫った。
「予報では深夜には涼しくなるそうですからね。窓を開けておけば充分ですよ。それともあなたは効き過ぎたエアコンで風邪を引きたいですか」
「どうあっても脱がしたいって感じだな、その口振りだと」
「勿論。私の知らないあなたがいることに耐えられる人間ではありませんので」
「あー、もう」梃子でも退かぬシュウの態度に耐え兼ねたようだ。「わかったよ! 脱げばいいんだろ!」
 声を荒らげて襟に手を掛けたマサキが、一気にボタンを外してパジャマを脱ぎ捨てる。くっそ暑ぃ! 半ば捨て鉢になっているようにも聞こえる口調。下着一枚になったマサキがシュウの隣で大の字に寝転がる。
「あー、幾分マシだ……このまま寝る……」
「どうぞお好きに」
 シュウはマサキの手からタオルを取り上げ、湿った彼の身体を拭いてやった。
 気温の高さからくる不快さよりも眠気が勝ったようだ。程なくして聞こえてくる寝息。これが見たかった。見たかったものを見たシュウは満ち足りた気分に包まれながら、自身もまた眠りに就くことにした。

 ※ ※ ※

 涼しさに耐え兼ねたマサキがシュウにしがみ付いてきたのは明け方近く。彼をブランケットの中に招いてやりながら、シュウは二度目の幸福を噛み締めつつ、中天に座す太陽が光を取り戻すまでマサキを腕に。夢とも現ともつかぬ惰眠を貪った。



<お仕置き>

 うららかな昼下がり。暖かな中にも涼しさをはらんだ心地良い風が、窓の隙間から流れ込んでいる。
 薄い雲が僅かに空に筋を引く程度の好天。午睡を取るのにはもってこいな陽気の中、風の魔装機神の操者であるところのマサキ=アンドーは、シュウ=シラカワ宅のソファの前で正座をさせられていた。
「ニャんでマサキがこんニャ目に合うんだニャ」
「悪いのはあたしたちニャのよ」
 隣に並んで座っているシロとクロが主人を庇う発言をするも、それでシュウの怒りが収まったものか――マサキはソファに座しているシュウの能面のような面差しを窺った。眉ひとつ動くことのない無表情。元が端正であるのだから、少しは感情を露わにすればそれなりにさまになるだろうに、シュウと来た日には感情が動いた分だけ表情を失くすときたものだ。
「黙りなさい、シロ、クロ。使い魔の不手際は主人の不手際です」
 抑揚のない声が底冷えするような冷ややかさで響き渡る。刹那、慇懃無礼な男の容赦ないひとことに、ひぃ。と、シロとクロの口から悲鳴に似た声が飛び出した。そのまま身を縮めて震え出した二匹の使い魔に、呆れればいいのか笑えばいいのかマサキはわからない。ただ、宙を仰いでいつ終わるとも知れない溜息を吐いた。
「いやー、幾ら猫の本能が消えない二匹とはいっても、やっていいことといけないことの区別ぐらいは付いていると思ってたんですがねえ」
 日頃、シロとクロに玩具にされている鬱憤からか。シュウの肩の上でチカが勝ち誇った声を上げる。けれどもそれも一瞬のこと。背筋も冷える眼差し。シュウに一瞥された彼が黙り込むまでそうは時間はかからなかった。
 シュウがこれだけの怒りを露わにしているのには理由があった。
 一羽と二匹とふたり。和やかに過ぎた昼食の時間に、気を良くしたマサキはシュウに食後の紅茶を淹れてやろうと思い立った。戸棚の中に並んでいる茶葉入りの缶。その中のひとつをマサキが手にしたのは、赤いパッケージが目についたからでしかなかった。そこに食後の運動とじゃれ合っていた二匹の使い魔がぶつかってこなければ、今もマサキはシュウや使い魔たちと穏やかな時間を過ごしていられたに違いない。
 ――これはですね、マサキ。シーズンに一度だけ販売される数量限定のパッケージなのですよ。
 バランスを崩して茶葉を床にぶちまけたマサキは、席を立ちあがって隣に立ち、嫌になるほど冷静に由来を告げてきたシュウに絶望せずにいられなかった――……
「さて、マサキ。申し開きはありますか」
 少し前までは穏やかな笑みを湛えていたというのに、この変わりよう。蝋のように色の失せた口唇がマサキに云い分を尋ねてくる。
 それだけ、あの茶葉は希少価値の高いものであったのだ。何せ、年に一度しか購入の機会のない茶葉である。それを失ったシュウ胸中如何ばかりか。だからこそマサキは、いたたまれない気持ちに胸を突き破られそうになりながら、無言で首を横に振った。
「なら、あなたには罰を受けてもらいましょう。来なさい」
 組んでいた脚を解いたシュウが、マサキに向けて手を差し伸べてくる。マサキは呆気に取られながらシュウの顔を見詰めた。彼が何を求めているのかの理解は出来たが、その後に何をするつもりでいるのかが全く予想出来ない。それでも、シュウが大事にしていた茶葉を駄目にしてしまったのがマサキである以上、その言葉に逆らう道理もない。
 マサキはシュウの手を取った。
 そして、その手の導きのままに、シュウの腿の上に腰を収めた。
 直後、間近に見下ろすシュウの顔にゆっくりと広がる笑み。何で――突然のシュウの表情の変貌ぶりに、マサキは問わずにいられなかった。
「お前、怒ってないのかよ」
「そんなにしおらしいあなたの姿を見ていれば、怒るのも馬鹿らしくなったものですよ」
 クックと声を潜めて笑いながら、シュウがマサキの額にかかる前髪を掻き上げてくる。重なり合う額。穏やかな双眸の中に映り込む自らの顔を眺めながら、けれどもマサキは釈然としない気持ちでいた。
「でも、大事な茶葉だったんだろ」
「たかが茶葉ですよ」マサキの腰に手を回してきたシュウが、マサキの胸に顔を埋めてきながら口にする。「あなたのあなたらしさを失くしてしまうのに比べれば大した被害でもないでしょう」
 どうやらシュウの目には、マサキの正座姿がかなり奇異なものに映ったようだ。「だからこれでこの話は終わりですよ、マサキ」そう口にして、シュウがマサキを抱き寄せる手に力を込めてくる。
 マサキはその柔らかな髪に頬を埋めた。
 大事なものを失った怒りを飲み込めるほどに、シュウの中でマサキは重要な位置を占めているのだ。その実感が急激に胸に湧き上がってくる。シュウの頭にそうっと手を回したマサキは、無言で。癖のある彼の髪の中に静かに指を埋めていった。





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