何だかんだで書いてはいるんですよね。ただ続き物は腰を据えないと難しい面があって、それをやるだけの時間と精神の余裕がなかったんです。(言い訳)
<風の溜息>
「あなたは私のどこに惹かれて、私と付き合おうと思ったのですか」
シュウのその問いかけを耳にした瞬間、街中で何を尋ねてくるのだと、マサキは恥ずかしさに表情を乱さずにいられなかった。
街中であることもさることながら、両脇の席が埋まったパーラーのテラス席。すぐそこを途切れることのない人の波が、通りに沿って流れている。その中には、救国の英雄として名高いマサキの存在に気付いて目を向けてくる者もあった。
いつ誰に何を聞かれないともわからない。辺りを見渡して自分が置かれている状況を確認したマサキは、努めて冷静な振りをしながら真向いで紅茶を啜っているシュウに視線を戻した。
「それ、今ここでしなきゃいけない話か?」
「思い付いた時に聞いておかなければ、次にいつあなたに同じ質問が出来るかわかりませんからね」
薄く、形のよいシュウの口唇が、淀みなく言葉を紡ぐ。
「だからって、今でなくともいいだろうよ」
「今がいいのですよ」
マサキは視線を宙に彷徨わせた。
何を考えているのか不明なポーカーフェイス。澄ました彼の表情からは、その感情は読み取れない。
とはいえ、予測は付いた。
シュウがこうした表情でマサキに重要な問題を尋ねてくるときは、それ相応の返答があると自信を持っているときである。それは即ち、浅慮な返答をしようものなら、それ相応の報いを受けるということだ。
冗談じゃない。マサキは目を止めた。
抜けるような青空。街路樹の葉が風に揺れている。鼻に流れ込んでくるそよ風の涼やかな香り。暖かい空気が肌に馴染む。
ラングランの繁栄のシンボルである王都の雰囲気を五感で感じながら、マサキはどうやってシュウの質問に答えずにこの話を終わらせられるかを考え始めた。喧嘩もすれどここまで付き合ってきたのだ。好きな部分はちゃんとある。ただそれを、今この場で口にするとなると――マサキは黙ってマサキの返事を待ち続けているシュウの顔を横目で窺った。
筋の通った鼻梁に、幅の狭い鼻翼。夜の闇を思わせる濃紫の瞳は、何もかもを見透かす鋭さに満ちている。
マサキの幼顔とは明らかに系統の異なる面差し。完成された美術品のような美しさは、他人の容姿に頓着しないマサキでさえ目を奪われるぐらいだ。しかもそこにすらりと伸びた長躯までもが加わるのだ。これでどうして無事に済むものか。大人としての余裕と貫禄は勿論のこと、優美さや艶っぽさまでも併せ持つシュウの容姿は、街を往くだけでも注目の的だ。
――いっそ顔を褒めるか。
マサキはテーブルの上のアイスコーヒーを取り上げた。暖かな陽気で溶けかかっている氷。水の溜まったグラスをストローで掻き混ぜて口に運べば、まともにシュウと目が合う。
「答えは纏まりましたか、マサキ」
グラスをテーブルに置いて、マサキは腕を組んだ。
付き合うに至った決定打を聞きたいのはわかる。だが、いざ改めて問われると、酷く哲学的な問答をさせられている気になった。それもその筈。そもそもマサキはシュウのどこが好きかなど考えたことがないのだ。こいつとなら楽にしていられる。シュウに交際を求められたときにマサキの脳内に浮かんだ考えはそれだけだった。
けれども、その直感的な予感はマサキの背中を強く押した。
押して、その手を取らせた。
何が好きで何が嫌いかなど、受け止め方ひとつでいかようにも変わる。最初は鼻について仕方がなかったその物云いも、今となっては心地良く感じるようになった。苦手で仕方がなかった隙のなさも、全てを任せられる頼もしさに変わった。いけ好かなかった顔立ちも、いつの間にか愛おしくてどうしようもなくなった。それはマサキの直感が当っていたからに他ならない。
だが、果たしてそれがシュウの問いへの答えになるのか。
――なら、全部でいいじゃねえか。
マサキはそう結論付けた。
そもそもどこが好きか、などといった問いそのものが野暮だ。たったひとつの『好き』に縋って運命を決めるほど、マサキは恋人という関係を軽んじていない。大体、マサキの直感がマサキに囁きかけてきたのは、シュウを総じて好きだからこそであるからだろうに!
だからマサキはそれを答えとすることに決めた。
「あのよ」
口唇に込めていた力を解いてシュウと向き合う。先ほどアイスコーヒーを飲んだばかりだというのに、からからに乾いている喉。それでもマサキは言葉を続けるべく声を喉に溜めた。
瞬間、空気が震えた。
かと思うと、前触れもなく吹き上がった風がマサキの視界を塞いだ。周囲のテーブルからも続けて驚きの声が上がる。咽返るような草の匂い。風の名残を鼻に感じながら、マサキは瞳にかかった前髪を取り除いた。
「サイフィスですね」シュウが苦笑を浮かべつつ、その正体に言及する。「風の精霊は予想していた以上に嫉妬深いようです」
ここぞという場面で悪戯を仕掛けてくる風の精霊サイフィス。彼女が何を考えてそうした行動に出るのか。マサキは未だに良くわからないままだが、シュウは理解出来ているようだ。
「あなたの答えがわかりましたよ、マサキ。彼女が邪魔をしてくるということは、そういうこと」
全てを見透かしたような口振り。テーブル越しに伸びてきたシュウの手がマサキの手に重なる。
「いや、あの、その、あのな、シュウ……」
しどろもどろになりながら誤魔化そうとするも、時既に遅し。温かな光を湛えた双眸に捕らえられたマサキは、いたたまれないくらいの気恥ずかしさを感じつつも、シュウから目を離せずに。
彼に絡められた指を、そっと手の内に握り込んだ。
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