思ったより長くなったので、中編も落とします。
後編は24日以降に出しますので、宜しくお願いします。
後編は24日以降に出しますので、宜しくお願いします。
<神の祝福>
慣れた足取りで何度か道を折れたシュウが住宅街に入り込んでゆく。寂れた裏通り。街の表の顔と裏の顔が異なるのは、ある程度の規模となった街では当たり前のことではあったが、この街も類に洩れないようだ。
建物が折り重なって光を遮断している谷間を通る道には、あれだけ咲き誇っていた花が微塵もない。
当然のことながら、かぐわしき花の香りもここにはない。洗い立ての洗濯物の匂い、支度の最中の料理の匂い、どこかの窓から流れ出てくる煙草の煙……生活臭に満ちた通りを当然と通り抜けてゆくシュウに、マサキは尋ねた。
「ここは何処なんだ」
「あなたにそれを説明してわかるとは思えないのですが」
「そりゃそうなんだがな」
世間話に興じている恰幅のいい女性二人組の脇を抜け、子どもが道に白墨を使って落書きしているのを横目に先を往くシュウに、でも――と、マサキは頭を掻きながら続けた。
「フラワーガーデンからは遠ざかってるよな」
「私の目的地は其処ではありませんからね」
頼りなくも方向感覚ぐらいはマサキにもある。その体感から察するに、シュウはどうやら街の北側へと向かっているようだ。
街の南側にあったフラワーガーデンからは確実に遠ざかっている道のりに、野生の勘で動けば良かったな。マサキは付かず離れず付いてくるシロとクロにそう云った。けれども主人の病的な方向感覚の実態を知っている彼らはそうは思わなかったようだ。「ニャに恐ろしいこと云ってるの?」とクロが、「あの状態でフラワーガーデンに戻れる筈がニャいんだニャ」とシロが口にする。
その言葉で、シュウは今更ながらにマサキがこの街にいる理由に興味を持ったようだ。
「そう云えば、あなたは何故この街に?」
「今になってそれを訊くかね」マサキは呆れて溜息を吐いた。「任務の帰りだったんだよ。リューネが凄い綺麗だから見に行こうって云うからさ、フラワーガーデンを見に立ち寄ったんだ」
そこまでは順調だった。珍しくもはぐれることなく目的地に辿り着けた自分に、そうマサキが言葉を続けると、それをどうやら曲解したようだ。それはそれは。と大仰に応えてきたシュウがクックと声を上げて嗤った。
「順調に関係を深めていっているのですね」
「お前は何を云ってるんだ?」
「すべきことをきちんとこなしているようで何よりだと云っているのですよ」
そろそろ建ち並ぶ住宅にも終わりが近付いてきたようだ。光が差し込み始めた道。通りの先に高く伸びる鉄柵が見えている。どうやら薔薇園であるようだ。柵の向こう側で咲き誇る白薔薇の群れ。久しぶりに嗅いだ花の香りに、先程までの不安が嘘のように払拭されてゆく。
懐かしささえも感じさせる香り。住宅街を抜けたマサキはシュウに続いて薔薇園の門に近付いて行った。
ただの薔薇園にしては物々しい。入り口に立つ一組の守衛がじろりとマサキに視線を注いでくる。魔装機神操者とはいえ、必ずしもマサキの顔を知っている者ばかりとは限らない。マサキは大人しくシュウの後ろに立った。彼らとは顔馴染みなのか。スムーズに中に通されたシュウに続いて、マサキもまた薔薇園に足を踏み入れる。
「凄いな、あいつら。俺を睨みやがった」
「あなたの高く伸びた鼻を折るにはいい機会だったでしょう、マサキ」
「誰も彼もが俺を知ってるなんて思っちゃいねえよ。ただ、ここがそんなに大事な場所なのかって」
「ラングランに流通する花の四割を生産している街ですからね。それだけに、ここでしか作られていない品種も多いのですよ。特にこの薔薇園は、王室から納入業者の指定を受けているぐらいでして」
「納入業者? 花を納品してるのか?」
「品種によっては繁殖が難しく、一代限りであったりするのですよ。ですから定期的に花を仕入れる必要があるのです」
はあ。マサキは大仰に溜息を吐いた。
幾度か足を踏み入れたことのあるラングラン王宮は、一目で贅を尽くしたとわかる造りをしていた。各地から集められえた一流の調度品に、芸術作品。そして蒐集品。ひとつひとつは優れた作品であっても、それが一極に集中すれば統一感を欠く。華美を通り越してけばけばしい。ごちゃついた雰囲気を好まないマサキからすれば、無駄に飾り立てられたあの場所は決して品がいいとは感じられなかった。
それは王宮庭園にしても同様だった。調和の取れたフラワーガーデンとは異なり、限られたスペースにありったけの花々を詰め込んだような庭。確かに美しくはあったが、権勢の誇示が先にあるからだろう。どこかちぐはぐな印象を受けたものだ。
「金にあかせて珍しいものを集めてるってか。そんなことわざわざしなくとも、ラングランの自然だけで充分だろ」
「フラワーガーデンを見に行った人の口から出る言葉とは思えませんね。あれとて人の手が入った庭ですよ」
「それはそうなんだが、伝わってくるもんが違うって云うかな」
「成程」シュウが感心した様子をみせた。「あなたはわかる側の人間なのですね」
足を止めたシュウが辺りを見渡した。仄かに色の付いた薔薇が咲き誇る庭。白薔薇だとマサキが思っていた薔薇の数々は、近くに寄ってみれば、薄く色に染まった薔薇の集合体であったと知れた。
薄く藤色に染まる薔薇もあれば、薄く紫に染まっている薔薇もある。その中にひっそりと咲く水色の薔薇。そこにそうっと手を伸ばしたシュウが、ブルーローズと呟いて花弁を指先でなぞった。
「ブルーローズ? 青いっていうほど青くないな」
「薔薇には青色を作り出す色素がないのですよ。だから青みがこれだけしかなくとも、充分にブルーローズと呼べるのです」
「色素が元々ないならどうやってこの薔薇は出来たんだ。水色だって青だろ」
それに対してシュウが微笑む。行きましょう。と先を促されたマサキは、彼に続いて薔薇園の中を続く小路を歩いて行った。
無言の時。白い衣装をひらめかせながら歩く男の背中は何も語らない。マサキは周囲を眺めた。元々色素そのものが存在していなかったブルーローズ。記憶を浚ってみれば、確かに王宮庭園にも何輪か割いていたように思える。
ただ、数多の品種が豪華絢爛に咲き誇るあの庭では、色付きの薄いブルーローズは白薔薇の一種にしか見えなかった。
「青い薔薇《ブルーローズ》、か」
ややあって、マサキが呟いたひと言に反応するかのように、この薔薇は――と、シュウが口を開く。
「昔、王宮にいたひとりの園丁が育て上げたものなのですよ。彼は希少価値の高い花が集まる王宮に、強い好奇心を持っていたようでしてね。叔父に直接願い出たのですよ。この庭の花を使って品種改良がしたいと」
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