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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

神の祝福(前)
ぴぐぶらの今年のローズフェスティバルに出す予定の作品です。
続きはぴぐぶらに作品を落としてから上げるつもりです。

ローズフェスティバルなので、当然薔薇絡みのお話です。

いつも拍手有難うございます。最近黒髪眼鏡のことばかり云ってますが、私の最推しは白河なのは揺らぎません。シュウマサは我が人生。そういう気持ちで今後も頑張ります。



<神の祝福>

 街を染め上げる千紫万紅の花々。通りの脇に、家の軒先に、所狭しと咲き誇る花々は、まさに我が世の春と季節を謳歌しているようでもあった。
 ラングランに流通する花の四割を生産している街だけあって、そこかしこに花が溢れている。流石は花の都と呼ばれるだけはある――ラングランの風に乗って漂ってくる爽やかな花の香りを嗅ぎながら、マサキは辺りを見渡した。
 任務の帰りに寄った街だった。
 街の南西にあるラングラン最大規模のフラワーガーデンには凡そ三千種の花が咲き誇っている。その噂を聞き付けたリューネが、「帰りにちょっと見に行こうよ」と誘ってきたのが始まりだった。街に咲き誇る花々に圧倒されつつ潜ったフラワーガーデンの門。広大な土地に、まるで絵画を描くように並べられた種々様々な花々は圧巻のひと言だった。
 豊かな色相に彩られた広大な花の庭は、情緒が欠けていると指摘されることも多いマサキをも唸らせた。
 とかく美しい。
 ラギアスの泥臭くも豊かな自然も美しかったが、それとは趣のことなる美しさ。人の手が加えられた庭とはここまで優美に輝くものなのか。毅然と咲き誇る花々の気高くも柔らかい様相に、さしものマサキも兜を脱いだ。
 捻くれ者な一面を持ち併せるマサキは、日頃、何かれに付け余計なことを口にしがちだった。素直に何かを褒めることが出来ずに、ついうっかり口を滑らせてしまう。仕方のないことと見逃してくれる仲間も多かったが、生憎リューネ=ゾルダークという女性はそういった性格をしていない。これまでマサキは、慎まないその口の所為で何度リューネと喧嘩になったことか。
 ――凄いな。滅茶苦茶綺麗じゃねえか。
 マサキからその言葉を引き出せた事実に満足したのだろう。上機嫌なリューネと過ごしたフラワーガーデンでの時間は、任務の疲れを吹き飛ばしてくれるまでに穏やかで満ち足りたものだった。
 ところが、である。
 その油断がいつもの事態を引き起こしてしまった。
 フラワーガーデンの出口のアーチを潜り、街の中心部へと戻ってくる道すがら。ほんの一瞬、通りに面している時計屋のショーウィンドウの中身に気を取られた。見事な自動巻き時計。文字盤を外されて飾られていた中身の精巧な作りに、少しだけ――そう、本当に少しだけ目を奪われてしまった。
 だからマサキはそれだったらと、リューネを呼び止めて、時計屋に入ろうと思ったのだ。
 ところが、視線を戻すと、前を歩いていた筈の彼女の姿が何処にもない。
 マサキはすぐさま足を止めて辺りを見渡した。来た道、往く道、通りの向こう側。二つ名で呼ばれるこの街は外からの観光客も多いようだったが、通りの向こう側が見渡せないほどではなかった。通りに並ぶ店が全て見通せるぐらいの人通り。おかしいな。マサキは首を捻った。つい先程まで言葉を交わしながら一緒に歩いていたリューネ。彼女は何処に行ってしまったのだろう?
 病的な方向音痴であるマサキは、自分が道を間違えたのだと思った。何処かで彼女とはぐれたことに気付かぬまま時計屋の前に辿り着いてしまったのだ……マサキは来た道を引き返し始めた。フラワーガーデンの門の前だ。あそこに居れば、いずれリューネが探しに来てくれるに違いない。
「本当に大丈夫ニャの? 時計屋の前にいる方が良くニャい?」
「動き回った方が危険ニャんだニャ」
 足元に絡みつきながらマサキに付いてくるシロとクロの不安げな表情。そうは云ってもだな。マサキはリューネの姿を探しつつ、フラワーガーデンがあると思しき方角へと足を進めていった。
「てか、マサキ。フラワーガーデンが何処にあったか覚えてるの?」
「おいらたち覚えてニャいんだニャ。ってことは」
「俺に何を期待してるんだ、お前らは」
 病的な方向音痴を誇る自分が正しい道など覚えている筈がない。多分こっちだろ。マサキは勘を頼りに前に進み始めた。心なしか見知らぬ景色が目の前に広がっている気がする。
「ねえ、マサキ。本当にこっちでいいの?」
「ニャんか見覚えのない通りに来た気がするんだニャ」
「全ての道は何処かには通じてるんだよ」
 そう、ここは街なのだ。サイバスターに乗ってラングランの雄大な自然を駆け抜けている訳ではない。そうである以上、全ての道は何処かしらに通じている筈だ。
 マサキは自信満々に言葉を継いだ。だから大丈夫だ。ええ? と足元から上がる声。主人に似て方向感覚のないシロとクロが、主人の暴挙に呆れ顔を晒している。
「それが毎回被害を拡大する原因ニャのね」
「おいら、気付いたら草原のまんニャかに居るのは嫌ニャんだニャ」
「流石に、そうなる前に引き返す――」
 瞬間、周囲に咲き誇っている花の香りが一層色濃く立ち上った気がした。ぷんと鼻腔を擽る甘ったるい匂い。花の蜜に薄荷を混ぜたような一種独特な香りは、自然界にある匂いとは異なる。
 ――これと同じ匂いをさせている男を知っている。
 人工的な甘い香りにマサキは顔を顰めた。この手の嫌な予感は外れない。恐る恐る周囲を窺う。
「おや、マサキ」
 周囲にばかり気を取られていたからだろう。いつの間にか正面に立っていた男が、マサキを見下ろしてふふ……と微笑《わら》った。
 シュウ=シラカワ。彼は地面の上を滑るように歩く。それだけではない。広域指名手配犯である自覚がある彼は、気配を殺す術にも長けていた。だからこその急接近。マサキは舌打ちしながらシュウを見上げた。涼やかな切れ長の瞳が、穏やかにマサキの姿を捉えている。
「様子を窺うに、迷ったといったところでしょうかね」
 顔を合わせるなり図星を突かれたマサキは、抵抗をする気力を根こそぎ奪われた気分になった。
 剣聖の称号に与り、魔装機神の操者という立場に就くマサキの唯一の泣き所。病的な方向音痴。その所為で要らぬ危機に陥ったこともあったが、だからといって周りの人間が頑張った程度ではどうにも出来ないからだろう。マサキの周囲の人間たちは、マサキの方向音痴を軽く考えている節があった。
 茶化すようなシュウの口振りに、そういった彼の考えが透けて見えた気がしたマサキは、だからこそ、お前もかよ――と項垂れるしかなく。けれども、そうした考えは直ぐに改めた。今のマサキは人の手助けなくして、リューネとは合流出来ない。いや、出来るかも知れなかったが、確率としてはかなり低い。
「わかってるなら、道案内ぐらいしろよ」
 人は本当に困窮すると、自分でも思いがけない行動をするようだ。
 シュウの衣服の袖を引いたマサキに、マサキは自分のことながら驚かずにいられなかった。いけ好かない男に縋ってしまった。けれども今更、それは間違いだと手を引っ込めるのも気拙い。マサキは袖を掴んだまま、シュウの顔を見上げ続けた。
 シュウとしても、マサキが素直に助けを求めてくるとは思っていなかったようだ。微かに瞠目した瞳。意外そうにマサキを見下ろしているシュウの口から、途惑い混じりに言葉が吐き出される。
「御冗談を。私とて、この街に用件があって訪れているのですよ」
「ちょっとでいいんだよ。フラワーガーデンの入り口まで連れて行ってくれれば、そこで大人しく待つから」
「そうは云われましても――」
 そこでシュウが何かを思い付いたようだ。にたりと裂ける口。人の悪いこの男は、マサキを目の前にすると特にその虫が騒ぎ出すらしかった。
 きっと何かを思い付いたに違いなかった。わかりました。そう云ってマサキの手を袖からほどいたシュウが、付いて来なさい。と、今しがたマサキたちが来たばかりの道に向かって歩き始める。
「私の用事に付き合ってくれれば、道案内をしますよ。なあに。直ぐ済む用ですよ」
「本当に、直ぐ済むんだろうな」マサキは慌ててシュウの後を追い掛けた。
 優雅に歩いているように見えて、シュウの歩くスピードは予想外に速い。あっという間に人混みの中に姿を消しそうになる男が、マサキには花に呑まれてゆくように映った。
 咲き誇る花に彩られた街は、美しい代わりに、訪れた人間を引き込むような魔力がある。彼とまではぐれてしまっては、一生、この街から出られなくなる――マサキは脳裏を掠めた予感を打ち払えなかった。




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