ブルーローズだなんだって大きな話にしましたけど、やりたいことはシンプルなこの話。
11本の薔薇の花束の意味は、後日談で明らかになります。
11本の薔薇の花束の意味は、後日談で明らかになります。
<神の祝福>
薔薇のアーチも尽き、視界が開けた庭には一面の薔薇が咲き誇っている。蠢く人影は、花の世話に勤しんでいる園丁たちであるのだろう。彼らに軽く会釈をしながら、目の前に姿を現わしたログハウス風の建物に向かってゆくシュウに、まさか――と、マサキは言葉を継いだ。
この薔薇園はその園丁が作り上げたものであるのだろうか? それにしては園の規模が大きい気がするが、この話の流れでそれ以外の可能性があるようにも思えず。マサキは探るようにシュウの顔を見詰めた。
どうやら、そのマサキの予想は当たっていたようだ。
「その、まさかなのですよ」ふふふ……と、シュウが可笑しくて堪らないといった笑い声を上げる。「叔父は求めるものに正直な人間が好きでしたからね。この街にあった別荘を潰して出来た土地をまるごと彼に与えたのですよ」
ログハウスの入り口に立ったシュウが呼び鈴を鳴らす。奥から響いてくる足音が扉を挟んだ位置で止まる。ややあってぎいと軋んだ音を立てながら開かれた扉。その向こう側から、白髪も目立つ初老の男が姿を現わした。
「お待ちしていましたよ、坊ちゃん」
陽に焼けた肌は、日々、薔薇の世話に励んでいるからであるのだろう。坊ちゃんと気安く呼べる辺り、王室時代のシュウと馴染みが深そうだ。相好を崩してシュウを出迎えた男は隣に立つマサキを目にして、「これは魔装機神の操者様」と、恭しく頭を下げてきた。
「邪魔するぜ」マサキも軽く会釈を返す。
「どうぞお気になさらず。見学希望者には門戸を開いておりますから」
「そうなのか。出入り口に守衛が陣取ってたから、俺はてっきり関係者以外立ち入り禁止なのかと」
「珍しい薔薇が多いものですから、不届き者もそれなりに」男はそこでシュウに向き直った。「ところで坊ちゃん。今日はいつもの品だけで宜しいので? それだけででしたら、用意も出来ていますし、直ぐにお持ちいたしますが」
いいえ。と、笑ったシュウがちらとマサキを窺ってくる。
「折角ですから、彼にも土産を持たせたいのですが」
「坊ちゃんの申し付けでしたら何なりと」
直後、身を屈めたシュウが男の耳に何かを囁きかけた。
声を潜めて伝える必要がある以上、ただの土産ではなさそうだ。不安に駆られたマサキは足元の二匹の使い魔に目を遣った。野生の本能が騒ぐのだろう。薔薇に吸い寄せられるように飛んできた蝶々に意識を奪われているシロとクロに、暴れるんじゃねえぞ。マサキは先回りして釘を刺した。
「そういうことでしたら、喜んで」
ふむふむと頷きながらシュウの言葉を聞いていた男がにこりと笑う。
「直ぐにご用意いたしましょう」
そう云って、身のこなしも軽やかにログハウスに姿を消した男に、マサキの不安は増々募る。
「おかしなものを用意させるんじゃないだろうな」
「まさか。リューネにも土産をと思っただけですよ」
「内緒話をしてる時点で信用ならねえ」
不安が募ったことで溜まった鬱憤を、いよいよ腰を落として臨戦態勢に入った二匹の使い魔にぶつける。マサキは石畳が敷かれている小路を蹴り上げた。足先でマサキに払われた二匹の使い魔が、酷いんだニャ! と口々に抗議の声を上げるが、希少性の高いブルーローズに何かあってからでは遅い。
サイバスターの整備費用や戦争時の遠征費用に金を溜め込んでいるマサキにとって、二匹の使い魔が出す損害に対する損害賠償金ははした金であったが、だからといって金を払えば終わりという話でないことぐらいわかっている。どれだけマサキが頑張ったところで、彼らがブルーローズを生み出すのにかけた時間は取り戻せないのだ。
「お前らがここの人たちがかけた時間と同じだけ、花の世話をし続けるっていうならやってもいいぞ」
「無理ニャんだニャ」
「ごめんニャさい」
マサキの威嚇も手伝ってか。素直に反省の意を示す二匹に、「後、少しなんだから大人しくしてろよ」マサキはそう云い含め、きちんと座って待つように促した。
先程の一撃で危機感を覚えたようだ。ふわりふわりと優雅にその場を去ってゆく蝶々に、気長に待つしかないと覚ったのだろう。行儀よく石畳の上に座った二匹に、それでいい――と、マサキはシュウに向き直った。
「しっかし、お前を『坊ちゃん』呼ばわりねえ。そんなに古い付き合いなのか」
「私が物心付いた時にはもういましたからね。よく花がどうやって育つのかを聞きにいったものですよ」
確かに王室育ちなシュウは、美しいものに造詣が深そうではあった。そもそも、嗜好品ひとつ取っても彼は上質な贅沢品を好んだものだ。あれだけ豪華絢爛な場所で育った以上、さぞや目も肥えていることだろう。そう思いながら、マサキは言葉を継いだ。
「花がどうやって育つか、ねえ。水やって肥料やってじゃ済まないんだろうな」
「希少種は受粉すること自体珍しいですからね」
「そこからなのか。そりゃ大変だ」
「だから品種改良に頼るしかなくなるのですよ」
男はまだログハウスの中で作業中であるらしく、出てくる気配がない。
「十年目にして、ようやく青色の色素を持つブルーローズを作り出せたのだそうですよ」
「十年か……」
「様々な園芸家が挑み続けたブルーローズ。市場に出回っている品種は赤味を抑えたものばかりです。そこにようやく産み落とされた青い色素を持ったブルーローズ。それがどれだけ奇跡的なことかわかりますか、マサキ。かつてのブルーローズの花言葉は『不可能』や『存在しない』といったネガティブなものでした。それが今や、『奇跡』であったり、『神の祝福』であったり、或いは『夢叶う』であったりと、希少性を際立たせるものばかり。この青い薔薇に、人々がどれだけの神秘を感じたのかが伝わってくるようではありませんか」
ぎぃと軋み音を立てながらログハウスの扉が再び開く。姿を現わした男が手にしている三つの花束。うっすらと水色に色付く程度の青さではあったものの、それは紛れもなく青い色素を持ったブルーローズのみで作られたものだ。
「あなたにはこれを」
その中でも一番ボリュームのある花束をシュウが渡してくる。
「こんなに貰えねえよ。この後、道案内もしてもらうってのに」
「私からの気持ちですよ」
腹に一物ありそうなシュウの笑顔に、嫌な予感を覚えたマサキは手にした花束の薔薇の本数を数えてみた。
十一本のブルーローズ。何か意味があるのか。尋ねてみるも、シュウからの返事はない。
きっと自分で調べろということだろう――マサキはシュウが手にしている小ぶりな花束の薔薇の本数を数えた。どちらも五本ずつ。片方はリューネに渡す分として、もう片方を彼はどうするのだろう。園丁の男と立ち話に興じ始めたシュウを隣にマサキは考え込んだ。
こうまであからさまに薔薇の本数をシュウが変えてみせたということは、その数そのものに意味があるのは間違いない。十一本。口の中で自分の花束に使われている薔薇の本数を繰り返したマサキは、変わらずに行儀よく座っている二匹の使い魔を見下ろした。
「世のニャかには知らニャい方がいいこともあるのね。あたし、嫌ニャ予感がするのよ」
「おいらも嫌な予感がするんだニャ」
未知なるものに対する怖れがありありと窺える四つの眼《まなこ》に、マサキは宙を仰いだ。
知りたいような知りたくないような気持ちがないまぜとなった胸の内。きっとシュウのすることだ。嫌味に決まっている。そう思う半面、ここまでの時間を振り返って、今そういった回りくどい嫌がらせを彼がするだろうか? そうも思ってしまう……。
ややあって、マサキは思い切った。穏やかなのも今日限り。きっと次に顔を合わせた時には、また彼の嫌味や皮肉を聞かされることになるのだろう。そして瞬間的に腹を立てたマサキは、彼と終わりのない口論を繰り広げるに違いない。
「知らぬが仏って云うしな」
マサキは薔薇の花束に視線を移した。そして、神の祝福。と、先程シュウに教わったばかりの花言葉を呟く。
「花言葉に免じて許してやるよ」
そう言葉を継げば、どういった思考を経てその発言に至ったのか理解が及ばなかったようだ。何の話です。シュウがマサキを振り返る。お前の無礼の話だよ。続くマサキの言葉に怪訝そうな表情を浮かべたシュウに、ははは。と、マサキは声を上げて快笑した。
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