今日こそインモラルを更新だ!と頑張っていたのですが、時間的に間に合いそうにないので、今日もまたSSでお茶を濁します。明日こそ……明日こそ……
<素顔のままで>
顔を合わせれば嫌味に皮肉。それが高じて互いに無視を決め込むほどの喧嘩に発展することも珍しくはなかった。愛機を駆り出してその場を戦場にすること数度。だからマサキは、シュウがマサキ=アンドーという存在を面白く感じていないのだと思っていた。
|明瞭《はっき》りと彼の口から話を聞いた訳ではなかったものの、どうやらシュウはサイバスターの操者として期待されていた時期があったようだ。テュッティやヤンロンからさわりだけ聞かされたマサキは、地底世界に召喚されて間もなかった頃、サイバスターを見上げていたシュウの姿を思い出さずにいられなかった。あれは未練だったのだ。意味のわかった過去の出来事に、マサキは遣る瀬無い思いに駆られたものだった。
それでは、彼がサイバスターに選ばれたマサキの存在も面白く感じないのも已む無し。多彩な才能に恵まれた男は、きっと各方面より過大な期待を受けていたのだ。
マサキはそういった想像が及ぶようになるぐらいには、シュウ=シラカワという人間と彼を取り巻く環境が理解出来るようにはなっていたが、さりとて彼に同情するかと聞かれればそれはまた別の話だった。魔装機神サイバスターの操者。16体の正魔装機の頂点に君臨するマサキは、その立場を同情程度で譲ってはならないということぐらいわかっていた。
サイバスターにより相応しい人間は誰であるのか――だからこそマサキは、圧倒的な力の差を思い知らせるようにシュウを相手とした戦場に幾度も立った。
伊達に多芸多才を誇ってはいない。シュウが自身の才能と情熱を傾けて造り上げた機体は、その想いに応えるように能力を開花させた。サイバスターとも互角に戦える能力を誇るグランゾンとの戦いは、決着が付かないことが当たり前だった。
そうした経緯があったからこそ、シュウに好かれているなどとマサキは思っていなかったのだ。
彼は先ず、素直にマサキの相手をするということがなかった。嫌味に皮肉。ものの数分もしない内に飛んでくる彼の口撃に、マサキは幾度凹まされ、幾度堪忍袋の緒を切らしたことだろう。それをわかっていながら繰り返すシュウは、マサキを挑発して叩き落すことに一種の悦楽を感じているようでもあった。
恐らくシュウは、マサキの能力は信頼していたが、マサキ=アンドーという人間自体には思い含むところが多かったのだ。
だからその瞬間、マサキは驚かずにいられなかった。
決して油断をしていた訳ではなかった。ただ圧倒的に数が多かった。格下の魔装機相手に集中砲火を食らったマサキは、彼らに囲まれたその中央でサイバスターの装甲強度が保持ラインを割る直前まで追い込まれていた。途中、当たりどころの悪かった一撃によって額を切ってしまっていたのも災いした。派手に流れ出た血が視界を塞いだ。拭っても拭っても止まることのない血液に、ついにその瞬間が訪れてしまった。
「機体損壊率80%! 戦域の維持は不可能ニャんだニャ!」
「脱出ポッドを作動! ここは引くのよ、マサキ!」
|操縦補助《サブコントロール》に専念していた二匹の使い魔が声を上げた。周囲を敵に囲まれている状態で脱出ポッドを使用したとしても、逃げ切れる可能性は限りなく低かったが、生存率を上げる選択肢は他にない。特攻など以ての外。生き延びればいつかまた好機《チャンス》は巡ってくる。そう考えを巡らせたマサキが頷いた瞬間だった。
風よりも速く飛び込んできた機影が、その姿を捉えさせぬ怒涛の勢いで敵機を薙ぎ倒してゆく。正面パネルモニターの向こう側で展開する一方的な蹂躙劇に、安堵したマサキは操縦席に深く身体を埋めた。何が何だかわからないが、助かった。流れ出た血液が意識を朦朧とさせていた。
鳴り響く砲撃や剣戟の音に、揺れ動く操縦席。この隙に、サイバスターを体勢を立て直せる場所に逃がさなければ。マサキはそう思いもするも、最早ぴくりとも指が動かない。
そうこうしている間に、戦いの音が止んだ。
ややあって、警告音《アラート》が通信チャンネルを開くように要求してくる。けれどもマサキは動ける状態にない。後はお前らに任せる。そう云って、マサキは泥に嵌まったようにままならない身体を昏い意識の底へと沈めていった。
――……サキ、マサキ。
頬に走る鋭い痛みに目を薄く開いたのは、それから暫く時間が経ってからだった。
血に汚れた視界の向こう側にマサキの頬を叩いている人物の顔がある。シュウだ。マサキはその瞬間、滅多なことでは動揺しないシュウが、動揺も露わにマサキの名を呼び続けていることに気付いてしまった。
「マサキ、起きなさい。マサキ。後生ですから、目を開けて」
その顔が今にも泣き出しそうに見えてしまったのは、もしかしたら流れ落ちる血液の所為であったのかも知れない。けれども、どうやらシュウ=シラカワという男は、マサキが思っているほどマサキを嫌っているようではなかったようだ。
「なんて、顔してるんだよ――……お前」
マサキはシュウの頬に手を伸ばした。想像していた以上に温かい。
「……大したことじゃない。額を切っただけだ……血の量が多いから、派手な怪我をしたように見えちまってるけどな……」
「それなら良かったですよ」シュウがマサキの手をやんわりと引き離した。「ラ・ギアスの平和の守り手をこの程度のことで失う訳には行きませんからね」
そう云ったシュウの顔に浮かぶ表情は、既にいつもと変わりのないポーカーフェイスだったけれども、マサキは何故か涙が零れ出そうになるまでに満たされてしまっていた。
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