忍者ブログ

あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

肖像画
ちょっとWPに残すにしては詰めが甘い作品になってしまったので。



<肖像画>

 初めにその話が持ち込まれた時、その内容に意外性しか感じられなかったマサキは、彼が何か企んでいるのではないかと大いに勘繰ったものだった。
 ――絵のモデルになって欲しい。
 それが他の人間の口から発された言葉であったのならば、そんなこともあるだろうと思えたものだったが、よりにもよってシュウ=シラカワという研究ばかりが生き甲斐のような男からの申し出である。趣味らしい趣味のない男。彼がプライベートな時間をどう過ごしているのかは、彼の仲間たちでさえも知らないのだそうだ。
 ――いつか休日の過ごし方を尋ねたら、研究をしてるって返ってきたのよ。
 ――流石はシュウ様ですわ。ストイックなのです。
 サフィーネとモニカ。シュウに纏わるエピソードをこの世で最も収集しているだろう二人にしてもこの台詞である。堅物を通り越した頑迷ぶり。自ら自分を面白くない男だと口にする男だけはある。
 これで不信を覚えない方がどうかしているのではなかろうか。
 確かに彼は器用な性質であるらしく、大抵のことは人並み以上にこなしてみせたが、だからといって美術や芸術方面にまで才能に恵まれているとは限らない。どれだけマサキが世の物事に対して直感的に生きていようとも、肖像画である。器用さだけで描けるものではないものであることぐらい理解が及ぶ。
 対象物を選び取る美的感覚《センス》、対象物を絵に起こす為の分析力、対象物をカンバスに捉える写実性……シュウがその全てを兼ね備えているとは、マサキには到底思えなかったし、仮にそうであったとしても、そもそもの絵心が彼にあったなどという話を聞いたことがない。
 シュウ=シラカワという人間は、そのぐらいに他の趣味に乏しい人間だと周囲の人間に認識されていた。
 けれどもどういった風の吹き回しか。彼はマサキの拒絶にも折れず。むしろ、そういった反応さえも折り込み済みとばかりに、マサキが忘れた頃を狙ってはしつこくも申し出てきたものだ。
 ――一枚でいいから、あなたの絵を描かせてはくれませんか。
 繰り返されれば警戒心も薄れる。
 どれだけ魔術や練金学が発達している世界にせよ、たかだか一枚の絵。シュウが何かを企んでいたとしても、出来ることには限りがある。髪の毛や爪といった身体の一部を使った呪術とは訳が違うのだ。どれだけ強力な術を使ったとしても、使用しているが市販の絵筆や絵の具でしかない以上、悪戯程度の効果にしかならない筈だ。
 ――わかった。一枚だけだぞ。
 だからマサキは折れた。
 それでシュウのアプローチから解放されるのなら安い代償だった。
 どうもシュウ=シラカワという人間はマサキ=アンドーという人間に、大いに思い含むところがあるらしい。普段は距離を置いた付き合いしかしない――むしろ、マサキに興味などないといった態度を取ることが常な割に、いざ二人きりで話せる時間が訪れようものなら、会話が終わることを惜しむように、去り際に近くになっても言葉を重ねてくる。
 だからマサキは、予感が形を取ったような彼からのアプローチに途惑った。途惑って、そうしてどうにかしてその申し出を断れないかと藻掻いた。しかし、相手は鋼鉄の意思力を持つシュウである。絶望の淵から立ち上がり、粘り強く、また逞しく人生を再構築し続けているだけはある。彼はマサキに等しく、諦めるということを知らない男だ。
 それでも、マサキに比べれば、紳士な精神性の持ち主でもある。ただ拒否を続ければいいだけの話を、結果的にマサキが受け入れてしまったのは、何某かの拘りを自分に対して持っているだろう彼からのアプローチに恐れ慄いたのは勿論のことだったが、それ以上に、趣味らしい趣味を持たないと認識されている彼の描く絵に興味を持ってしまったからだった。
 研究一筋で生きてきた男の描く絵。
 それがどういったものであるのかマサキには想像も付かなかった。恐らく、サフィーネやモニカ、テリウスでも想像が付かないのではなかろうか。
 それ即ち、誰も知らない彼の秘密であるということだ。
 そう、サフィーネやモニカでさえも知らないトップシークレット。彼の趣味。滅多には訪れないシュウのクローズドな嗜好を把握出来る機会とあっては、流石にマサキの胸も躍ろうというもの。結果如何によっては、シュウの弱味をひとつ握れるのだ。彼に遣り込められることの多いマサキにとって、それは憂さを晴らす好機の到来だった。

 ※ ※ ※

「お前さ、自分が面白くない人間だと思わねえ?」
 シュウの許に通うこと三日。完成した肖像画を目にしたマサキは、反射的にそう口にしてしまっていた。
「出来が不服ですか?」
「そうじゃねえよ」
 シュウが描き上げたマサキの肖像画――大判のカンバスに描かれたその絵は、むしろ想像以上の出来だった。
 確かに絵を描くことを専業にしている芸術家たちと比べれば、数段落ちる。それでもそこいらの人間に描かせるよりは遥かに上手い。ひとつだけ不満があるとすれば、その表情だ。彼の性格の影響だろうか。カンバスの中のマサキは、どこか陰鬱で、そして物思いに耽っているような顔をしている。
 使われている絵の具の色もあるだろう。マサキがよく見る鏡の中の自分より、大人びて見える。
 それでも確りと特徴を捉えた絵。白目が筋引く三白眼に、深い緑を湛えた髪。そして、つんと上を向いた小鼻に、厚ぼったい下唇。しゅっと締まった顎の形など、よくぞここまできちんと描き込めたものだと思うぐらいに、それはマサキ自身が良く知る安藤正樹だった。
 だから面白くないのだ。
 シュウの欠点という秘密を握れると思っていただけに、全身が脱力する。マサキは長く座らされていた椅子に伸びた。あーあ。と、自分でも気落ちしているのが明瞭りとわかる声が口を吐く。
「お前、何なら出来ないんだよ」
「そうは云われましても、大抵のことは家庭教師に教わりましたし」
「人間、欠点があった方が可愛く感じられるものだってのによ。もう、本当に何なんだよ、お前……」
 そもそも才能がなければ描けもしないものを、家庭教師に教わったのひと言で片付けられるのも癪に障る。はあ。溜息をひとつ。盛大に吐き出したマサキは、けれども、いつまでも気落ちしていても仕方がないと、カンバスを正面に心なしか満足気な様子でいるシュウに目を遣った。
「ところで、それ、どうするんだよ」
「寝室にでも飾ろうかと」
「止めろよ。お前の家の寝室に俺の肖像画があるとかぞっとしかしねえ」
「なら、リビングにしましょうか」
 しらと云ってのけるシュウの表情は、限りなく真顔に近い。
「馬鹿か、お前」マサキは顔を歪めた。
 幾ら自分が描いていいといった肖像画とはいえ、毎日のようにシュウの目に触れるのは耐え難い。物置にでも仕舞っておけと云えば、折角描けたものを仕舞い込むのは耐え難いようだ。なら、書斎では。と、シュウが代案を出してくる。
「いや物置だ」
「それならリビングに飾りますよ」
 やいのやいのと云い合うこと数分。何がそこまで冷静な彼をして熱くさせるのか。理解不能なシュウの情熱にマサキは負けた。
「わかった。書斎だ。それ以上はまからねえ」
「充分ですね」
 後に英雄ランドールとして、数多の肖像画が残されることとなるマサキではあったが、それはこれから数年後のこと。その未来を知らないマサキは、この気紛れが、シュウと自分を繋ぐ重要な思い出になるとは思いもよらず。
「出来れば普段は布か何かで覆っておいて欲しいんだがな」
「善処します」
 かくて、マサキ=アンドー時代の唯一の肖像画は、シュウの居所の書斎で額に入れられ、仰々しく飾られることとなったのだった。





PR

コメント