次回で終わる予定です!!!!
こんなところで!?ってところで切れていますが、でもあの、シュウマサぽさは出せたんじゃないかと……
こんなところで!?ってところで切れていますが、でもあの、シュウマサぽさは出せたんじゃないかと……
<衰弱の魔装機神操者>
ベッドに入り、本を開く。
――多元宇宙において個人の存在の同一性が当然の帰結であるのであれば、その人生もまたある程度の同一性を有する筈である。何故なら、水や空気など、生物が生きられる環境の必要構成物質は、揺らぐことなく定まっているからだ――……
寝しなの伴と読み始めた本の進みは遅い。ほんの十分ほど……眠くなるまでの時間つぶしでもあるからこそ、内容を咀嚼しながらゆったりと読み進めてゆく。
マサキが戻ってきたのはシュウが15ページほど本を読み進めた頃だった。あー、さっぱりした。などと口にしてはいるが、床を踏む彼の足取りは間変わらず覚束ない。
「服、借りたぞ」
「その為に出したのですから、お気になさらず」
ふらつきながらベッドの脇に立ったマサキが、のそのそとベッドに潜り込んでくる。ふわりと漂ってくるボディソープの香り。我慢出来ずに身体を洗ったようだ。忠告を聞かなかったことにしている潔癖ぶり。だが、シュウはそれには気付かぬ振りをして、手にしている本に向き直った。
「寝る」
「ええ、どうぞ」
「風邪、うつっても文句云うなよ」
念を押してベッドに収まったマサキにシュウは苦笑しつつも、云いませんよ。と、背中を向けたまま返した。
きっと、風呂に入るので体力を使い果たしてしまったのだ。直ぐに響いてくる鼾。本の数十センチほど背後にあるマサキの気配を感じながら、シュウは読書に耽った。
邪な考えが脳裏に浮かばなかったといえば嘘になる。
振り返って、ほんの僅か。手を伸ばせば触れられる距離にマサキがいる。掻き抱いてしまいたい。ひとつのベッドをともにしているという事実に、シュウの胸が騒ぎ立つ。シュウは仄暗い寝室の中で、微かに顔を照らす程度の明かりを頼りに、邪念を追い払うように文字を追った。
浅ましく、意地汚い。
どういった性質のものであろうとも、欲というものは、本質的には汚らわしいものだ。何故ならそれは、利己の追及によってのみ生み出されるものだからだ。だのに、極まりきった欲は、まるで自身が唯一の解であるのかのように振舞ってみせる。それは欲を抱くことに一種の崇高さを感じさせるまでに、シュウの主観を侵していった。
かといって流されるほど、飢えた日々を送っている訳でもない。いや、飢えてはいたが、ささやかな幸福が気晴らしの役割を確りとこなしていたからこそ、シュウは己の矜持のままに高潔でありたいという己を保持することが出来ていた。
シュウとて人間だ。葛藤もある。
受け入れたいと望む自分と、受け入れ難いと忌避する自分。愛や恋などといった有り触れた感情は、あるがままの人間の剥き出しの欲のひとつであったが、それをシュウは無条件で我がものとして扱えるほど悟りを開いてはいなかった。
本能的な欲求なのだ。
人間らしさを形作る感情を、そしてその発露を、シュウは自然の摂理、或いは世界の理として、失ってはならないものと定義している。だが、自分がそれに踊らされるのは嫌で堪らない。感情という正体不明なエネルギー。泣き、笑い、怒り、喜ぶ。当たり前の営みを、けれどもシュウは心の何処かで、理性によってコントロールされるべきものであるべきだと思っている。Reason is, and ought only to be the slave of the passions, and can never pretend to any other office than to serve and obey them.(理性は情念の奴隷であり、また奴隷であるべきであり、故に、情念に仕え服従すること以外、いかなる役割も果たすことは出来ない。)と声高らかに論じたのは高名な社会学者であるディビッド=ヒュームであったが、理性を重んじ尊ぶラ・ギアス人からすれば、彼のエポックメイキングな主張は到底認め難い暴論だ。
だからシュウは、弱ったマサキに付け込むような安直な手段を取り得なかった。
地上人と地底人に差異があるなどとは、ふたつの世界を繋ぐ存在であるシュウは決して思わなかったが、かといって感情に任せるがままに欲に溺れること――人として有り得る熱情の発散方法――を、良しとしてしまえるほど、どちらかの世界に肩入れをしている訳でもない。
――チカが聞けば、『またそうやってやらない理由を探して!』と、声を上げるのだろう……
シュウは閉じた本をサイドチェストの引き出しに片付けた。物煩いをそぞろ続けてしまったからか、気付けば本を捲る手が止まってしまっていた。時計を見れば、そろそろ寝た方がいい頃合いだ。枕に頭を埋め、胸に溜まったブランケットを首元まで引き上げる。そうして、ぼんやりと天井を見上げながら、明日をどう過ごすかについて考えを巡らす。
今日一日のマサキ様子を鑑みるに、いきなり劇的な回復をみせるとは考え難い。
最大の懸案であるモンテカルロファミリーについては心配していない。優秀なる女狐、サフィーネ=グレイスは必ずやシュウの期待に沿う結果を齎してくれる筈だ。備蓄のない食料についてもテリウスに手配を済ませている。スープの残りは心ともなかったが、それが尽きる前には届けてくれることだろう。残るはモニカだが、特に報告なく去ったということは、ならず者たちの意識改革を完璧なまでに仕上げてくれたに違いない。
シュウに残された問題は、マサキをいつ王都に帰すか、そして自らの次の住処を何処に定めるかということだけだった。
――西に行こうか。それとも東か。
人目を避けるようにして生きているとはいえ、王宮育ちのシュウは完全に不自由な暮らしには馴染めなかった。そこそこ交通網が発達していて、街に近く、豊かな電気と綺麗な水が得られる場所……シュウは幾つかの候補を脳内に挙げた。文明が発達しきったラングランでは、そのぐらいの条件を満たす地域は幾らでもあったが、そこに知己の人間が尋ねて来難い場所という条件を加えると、候補になりそうな場所は限られた。
サフィーネとモニカには、そこから丁度いい住処を探す役を果たしてもらうことにしよう。
マサキを王都に帰すまで、この家を彼の為に居心地いい場所に整えておかなければ。それがセニアに口を利いてもらったシュウに出来る最大限の心遣いだ。そしてシュウ自身の巨大な欲を鎮める方法のひとつでもある。
欲に溺れるのを厭うシュウは、欲をコントロールしたいと願うからこそ、誰にも邪魔されずにマサキの看病をするというささやかな欲を叶えるべく目算を付けた。
そうして、今度こそ何にも煩わされずに眠ろうと目を閉じた。
――さ、ん……
どうやらマサキが寝返りを打ったらしかった。ぎしり軋んだベッドに、シュウは目を開いた。
――さ、ん……
どうやらマサキが寝返りを打ったらしかった。ぎしり軋んだベッドに、シュウは目を開いた。
あのマサキがシュウの腕に身体を寄せている。
目を見開いたシュウは、身動ぎひとつせず。ただ頭ばかりを動かして、暫く静かにマサキに視線を注いでいた。
――かあ、さん……
譫言だ。わかっている。
――かあ、さん……
譫言だ。わかっている。
けれども直後に擦り寄ってきたマサキの身体に、シュウは表現し難い憐れみを覚えずにいられなかった。母と呼ぶには硬い身体でしょうに。そう呟きながら、横を向いてマサキの身体を抱き寄せる。それで安心したらしかった。再び喉を鳴らし始めたマサキに、シュウは腕を離すことなく眠りに就いた。
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