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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

迷い子/ささやかな虚勢
腰が死に申した。

昨日もうホントにしんどくて、横になってても痛いし、歩いても痛いし、何しても痛いしで苦しんでいた@kyoさんなんですが、なんと!今日の仕事が終わると!夏休みです!!!!

関東は台風の影響で天気の悪いお盆休みになるので、更新頑張ります!

拍手有難うございます。励みになります。本当に感謝しております。
レスに関しては本日返そうと思います!では、本文へどうぞ!
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<迷い子>

 格納庫にて自身の機体の整備に当たっていたシュウが、その場を離れようと思ったのは、兜甲児を筆頭とする一団がマサキ=アンドーを探してそこに降りて来たからだった。
「何だよ、ここにもいねえのか」
「自分の部屋で休んでるんじゃないのかしら?」
「あいつがそんなタマかよ。どうせその辺りをうろいつてるに決まってらァ」
 既に方々を探した後らしい。格納庫の隅まで覗いて歩く彼らに、嫌な予感しかしない――と、シュウは整備を中断して、艦内を下層から順に歩いて回ることとした。
 彼の壊滅的な方向感覚がどうやって培われたのか。残念ながら正常な方向感覚に恵まれているシュウには想像も付かなかったが、どうも彼は空間認識能力はおろか、地図を読む能力までも欠如しているようだった。案内図を目の前にしても直後にはあらぬ方向へと足を踏み出してゆく。ならばせめて目印だけでもきちんと見付け出せればいいものを、それさえも彼には難しいことらしい。例えばそこの角で乗組員《クルー》たちが世間話に興じていたといったことは良く覚えているが、地下二階のフロアの通路に付いている特徴的な傷といったものにはとんと興味が向かない。似たような構造からなる建造物の中では、そうした些細な違いに気付けるか否かが移動能力の差に繋がるというのに、彼はどれだけシュウがそれを指摘してみせようともそうした能力を養うつもりはないらしい。
 否、努力はしているようだ。
 ただその努力があらぬ方向へと実を結んでしまうのが、マサキ=アンドーという人間である。
 目印を記憶していられるようになっても、そもそもそこに辿り着くのに多大な労力が必要となる彼は、少しも油断をすれば即座に自分の現在位置を見失ってしまう。そしてまた元の木阿弥。闇雲に彷徨って、自分の知っている場所に出ようとした結果、却って見知らぬ場所に迷い込んでゆく。
 そんな彼がこの巨大戦艦の中でどうして無事でいられたものか。
 今頃はまた何処かで途方に暮れていることだろう――シュウはマサキが迷いそうなスポットを次々と探し歩いた。彼の場合、階を間違えていたぐらいは良くあることだ。似たような構造になっているエリアに入り込むと、自分が居る階層が何階になるのかという根本的な部分もどうでも良くなってしまうのだろう。最下層の格納庫に向かうのに、二階上のフロアで迷っていたのを見付け出した時には、さしものシュウも彼が巫山戯ているのだと思った。
「やったのね! 人に会えたのよ!」
 そうして方々を探し歩くこと十分余り。既に相当な時間を迷っていたようだ。人気のないエリアでようやくマサキの姿を見付け出したシュウに、彼の二匹の使い魔が喜びも露わに駆け寄って来る。
「この際、お前でもいいんだニャ! 格納庫に連れて行けニャんだニャ!」
 迷う度に救いの神と姿を現わすシュウの存在に、彼らが不信を感じることはない。単純にも目先の幸運と飛び付いてくる二匹の使い魔に対して、マサキ本人は自分が迷う度に出会すこととなる男に気まずさを感じているのだろう。バツが悪そうな表情で振り返ったマサキに、行きがかった風を装って、シュウは甲児たちが探していることを告げた。
「格納庫まででしたら、私もグランゾンの整備をする都合がありますので付き合いますよ」
 整備を途中にしていることは口にせずそう云えば、それだったら――とマサキが頷く。そうして彼はようやく目的地に辿り着けると喜ぶ二匹の使い魔を窘めると、シュウに肩を並べて歩き始めた。



<ささやかな虚勢>

 それはマサキにとっては沽券に関わる事態だった。孤独に対する恐怖。周囲から人の気配が失せると途端に襲いかかってくる怖れの意識は、過去からの脱却を果たした筈だったマサキを酷く途惑わせたものだった。
 仲間に囲まれて賑やかに暮らすのが日常となったことで、収まりをみせた恐怖心。それが日増しに激しさを増してゆくようになってしまったのは、戦いの為とはいえ地上世界に戻って来ることとなったからか。それとも、生物の存在が感じられない宇宙空間に上がることになってしまったからか。理由は判然としなかったが、己が逼塞した精神状態にあることにはマサキ自身も自覚があった。
 救いの手を求めている。
 さりとて、他人に縋るような真似はしたくない。それはマサキにとって、|自我同一性《アイデンティティ》に関わる問題だった。絶対的な強者として地底世界に君臨する秩序の番人、魔装機神サイバスター。その|操者《パートナー》に選ばれているという事実は、マサキの自我同一性を揺るぎないものとしてくれた。戦場を舞う白亜の大鳳に相応しい戦士たらねば。マサキが親しい仲間たちに弱味を見せられなかったのは、自身に対して厳しくあろうとするマサキの意地であったのだ。
 けれども、そうしたマサキの決意とは裏腹に、マサキの身体と心はマサキの意思を裏切るようになっていった。
 ひとり寝を余儀なくされる戦艦の|客室《キャビン》。減灯した空間に身体を横たえていると、四方八方から壁が押し迫ってくるような息苦しさに襲われるようなった。それを耐え忍んで目を閉じれば、やがては脚が小刻みに震えるようになる。うたた寝を繰り返して迎えた朝。三日もそういった状況が続けば、さしものマサキも根を上げずにいられなくなった。
 とにかく心安らげる環境で眠りたい。
 格納庫、談話室、食堂……人気を感じられる場所で仮眠を取りはしたものの、身体を横たえられる訳でもない環境での眠りは、疲労感が増すだけの結果にしかならなかった。このままでは戦況にも影響を与えかねない。思い余ったマサキは、ある夜、自分に与えられている部屋で休んでいるシュウの許を訪ねた。
 自分でもどうしてそんな行動に出たのかはわからない。憎むべき敵から赦すべき罪人となった男は、マサキにとっては決して心許せる相手ではなかったが、代わりに数多くの|操縦者《パイロット》や|乗組員《クルー》から人望を集めていた。彼ならばマサキがどんな醜態を晒したとしても、自分の胸一つに収めてくれることだろう。たったそれだけの直感的な判断で、マサキはシュウを頼る決心をした。
 予想していた通り、彼はマサキに何を尋ねることもしなかった。
 既に休む時間となってからの来訪に眉を顰めはしたものの、切迫したマサキの様子にただ事ではないことを読み取ったのだろう。ベッドを貸せ。居丈高なマサキの要求に、彼は理由を尋ねることもなく、自身のベッドをマサキに明け渡してくれた。
 そのベッドで久しぶりに深い眠りに就いたマサキは、それからも度々彼の許を訪ねては、彼を傍に置いて眠るようになった。
 大抵の時間、彼は読書をして、マサキが睡眠を終えるのを待っているようだった。それでいい。マサキは彼にその場から立ち去ることだけはしないでくれと頼み込んだ。恐らく彼自身、マサキの態度などから察するところがあったのだろう。わかりましたとだけ口にした彼は、マサキが目を覚ますまでその傍らにその身を置いてくれるようになった。
 穏やかに過ぎてゆく時間。次第に彼に対する警戒心も解け、身体を伸ばして眠れるようになったマサキは、だからこそ予期せぬ事態にどう反応すればいいかわからなくなってしまったのだ。
 それはある夜のことだった。いつも通りにシュウの許を訪れ、いつも通りに彼のベッドで眠りに就いたマサキは、いつも通りに深い眠りへと落ちていった。時に夢に意識を引き戻されることはあっても、彼の気配がそこにある。心安らかに眠りを貪れる幸福を噛み締めながら深い眠りに落ちること数度。ふと口唇に人肌に似た温もりを感じて目が覚めた。
 キスの経験がない訳ではなかったマサキは、瞳を薄く開いて様子を窺うより先に、それが他人の――それも恐らくは彼の口唇の温もりであることに気付いてしまっていた。だからこそ瞳をうっすらを開いた先に、彼の顔があっても驚くことはなかった。
 ただ、酷く途惑いはした。
 巫山戯るなと跳ね除けられれば、きっとまた違った展開がマサキを待ち受けていたことだろう。けれどもマサキはどうすべきか迷い悩んでしまった。ようやく得られた安寧の地。安らかな眠りを得られる場所を、この程度のことで失いたくない。そう、マサキは彼の行為を、ほんの悪戯心か或いは気の迷いと捉えたのだ。ほんの少しばかり我慢をして、そしてあったことに目を瞑れば全ては元通りになる――……淡い期待をマサキが抱いてしまったのは、彼が自分に好意を抱いているなどとは微塵も思っていなかったからだった。
 顔を合わせれば腰が引ける。それはマサキに限ったことではなかったようだ。彼もまたマサキに対して苦手意識を抱いているのだろう。口を開けば嫌味か皮肉、或いは揶揄っているとしか受け取れない台詞を吐いてきたものだ。これで穏やかな関係を構築しろと云うのは難しい。マサキが彼を赦しきれずにいるのは、そうした彼の何処か斜に構えたような態度の所為でもあったのだ。
 マサキの口唇を緩く吸い続けている彼は、口付けの相手が目を覚ましたことに気付いているのだろうか? ふと舌先を口唇の合わせ目に這わせてくると、暫くの間、ゆるゆるとその窪みを舐め上げ続けた。そしてつい開いてしまった口唇の隙間へと、舌を潜り込ませてくる。
「調子に、乗んな……っ」
 次の瞬間、マサキは反射的にその身体を押し退けていた。
「舌を入れなければいいの?」
 悪びれることなく口にした彼の手が、柔くマサキの頬を撫でる。つ、と再び重ねられる口唇。や、だ。声を上げて顔を背けたマサキに、残念。彼は例え難く愉し気に言葉を吐くと、マサキの身体に覆い被さっている自身の身体を退けた。
「寝ますか? それとも――」
「帰る」マサキは口唇を拭いながらベッドから出た。
 再び眠りに就いたとして、安全な眠りが約束されている訳ではない。二度の彼からの口付けは、マサキに過大な警戒心を抱かせるに充分足り得た。マサキは部屋を出る直前に、彼を振り返った。ベッドに腰掛けてマサキを見送る彼の口元に、しっかと刻まれた笑み。何を考えているのかを微塵も覚らせない表情が憎らしくて仕方がない。
 何処に向かい、何処で寝よう。
 人気のない通路に出たマサキは、覚悟を決めて格納庫へと下りて行った。



以上です。


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