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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

よくあること / 師も走る季節に
悩ましいですねえ。
なんというか、この、もうちょっとピシッとした話を書きたいものですが。



<よくあること>

 平然とマサキのことを放置してみせる割には、マサキが自分の許を訪れないのは耐え難く感じるらしかった。長期の放置ののちに偶然どこかで顔を合わせようものなら、チカも舌を巻くほどの嫌味三昧。時には腹に据えかねるほどの泣き所をひと突きしてくることもあるシュウに、休暇を得たマサキは、だからこそ先ずシュウの許を訪れることにした。
「あっらー、マサキさん。ご無沙汰です。でも、ご主人様は作業中ですよ」
 前回、ここを訪れてから二か月が経過している。だというのに、ツイてない――研究を始めると日常生活を疎かにするばかりか、マサキの扱いさえぞんざいになる男に、マサキは辺りを見渡した。
 どうやら研究にかまけず、きちんと掃除をしているようだ。清潔な状態を保っている室内に、「ってことは、今日思い立ったってところか」肩に乗ったチカに言葉を返したマサキは、地下にある研究所に向かうべく、リビングのクローゼットの中に隠されているエレベーターのボタンを押した。
「複素数次元マッパーの調子が悪いらしいんですよ」
「直ぐに終わるかねえ」
「さあ。直すだけなら直ぐなんでしょうけど、ご主人様はこと機械のことになると凝り性を発揮しますからねえ」
 確かに。マサキは頷いた。
 総合科学技術者《メタ・ネクシャリスト》の称号は、勉強の才能だけでは取得不可能だ。絶え間なく研究テーマを見付けられるだけの好奇心と洞察力、そしてその研究を最後まで達成させられるだけの根気がないことには話にならない。そういった意味でシュウは、チカの云う通り凝り性であるのだろう。
「まあ、顔だけ見せりゃいいか」
 到着したエレベーターに乗り込んで、三十メートルほど地下にある研究施設に向かう。
「止めてくださいよう。あれでもご主人様、マサキさんの態度ひとつで機嫌が変わるんですよ。顔だけ見せて帰ろうものから、あたくしの晩御飯から木の実が一種類へっちゃいます」
「その分、普段はいいモン食わせてもらってるんだろ」
「それはそうなんですがね」
 小気味いい音を立てて止まったエレベーターが扉を開く。薄暗くもひんやりとした空気に満ちている通路が奥の研究スペースに向かって続いている。マサキはチカとともに、奥で燦燦と輝いている光目指して通路を往った。
 いつまでもウェンディに頼って研究施設を借り受けるのも肩身が狭いと感じたのだろう。旧時代の研究施設の上に自宅を建てるとシュウが云い出したのを聞いたマサキは、ついに頭がおかしくなったかと思ったものだったが、いざ自宅が完成して、研究スペースでのびのびと過ごしているシュウを目にしてしまっては何も云えない。何より彼の私財である。その使い道に口を挟む権利は元々マサキにはない。
「おい、シュウ……って、何をしてるんだ?」
 どうやら取り込み中であるようだ。研究施設に足を踏み入れたマサキの目の前で、シュウがそこいらの資料などを引っ繰り返しながら何かを探している。
「遮光グラスが見当たらないのですよ。先程、休憩を取った際に、この辺りに置いた筈なのですが」
「えー?」マサキの視界の隅で、チカが盛大に首を傾げる。
「……本当にそこに置いたのかよ」
 マサキはシュウの許に歩んで行った。そして、勿論。と、自信たっぷりに返事をしたシュウの額に手を伸ばした。
「なら、これは何だ」
 前髪の生え際に引っ掛かっている遮光グラスに、シュウがらしくもなく微妙な表情を浮かべる。
 恐らく、完全に外すのが面倒になったかして、ずらすだけで済ませたのだ。シュウにしては珍しいケアレスミスに、けれどもマサキは見てはならないものを見てしまったかのような気分になる。そのまま、無言で遮光グラスをかけ直したシュウに、ご主人様も人間だったんですねえ。チカが驚いているともつかない声音で口にした。


<師も走る季節に>

 大掃除だ。と、家に来るなり声を上げたマサキに、ここ最近きちんと家の手入れを行っていたシュウは途惑った。これ以上、何処をどう掃除したものか。確かにシュウは研究や読書といった趣味にかまけていると、あっさりと掃除の存在を忘れってしまったものだが、そうでない期間は人並み以上に掃除に力を入れているというのに。
 潔癖なきらいがあるシュウは、家具の板面の濁りは勿論のこと、埃の存在にも耐えられなかった。少しでも汚れを見付ければ、こまめにモップやカーペットクリーナーをかけずにいられない。身体さえ空いていれば面倒臭がることのないシュウを、けれどもマサキは覚えていないのかも知れなかった。もしかすると、研究に取り紛れて掃除を放置した際の部屋の惨状が印象に残ってしまっていたのかも知れない。
「日頃の掃除はしていますが」
「大掃除だっつってるだろ」
 憮然とした表情で云い放ったマサキに、シュウは自身の掃除の腕を誇るべくこう言葉を返した。
「しかし、マサキ。大掃除というものは、日々の掃除で手入れが行き届いていない場所の掃除をすることでしょう。毎日の掃除でそういった場所の手入れを行っていれば、わざわざやる必要のないことだと思いますが」
「大掃除だ」
 腰に下げていた剣を鞘入りのまま掲げたマサキが、どん。と、天井を突く。
 と、同時に降ってくる埃。
 天井の掃除はチカの役目であるとはいえ、きちんと監督をしていなかったシュウにも非はある。言い訳のしようのない惨状にシュウは溜息を吐いた。今のマサキの一撃で、テーブルだの家具だのが埃に塗れてしまった。
 このままでは落ち着いて寛げもしまい。掃除をする必要性に迫られたシュウは、剣を手前に置いて仁王立ちになっているマサキに諸手を挙げた。
「わかりました。やるとしましょう」
「わかればいいんだよ、わかれば。ってことで、お前はリビングと書斎とベッドルームの大掃除な。俺はキッチンとバスルームとトイレをやる」
「それは公平さを欠くのでは?」
「云い出したのは俺だからな。それに、あちこちに置きっ放しになっている本をどうするかはお前にしか決められないだろ」
「確かに」シュウはソファから腰を上げた。
 ソファの肘置きやローテーブルの上には、今日読もうと思って持ち込んだ本が積んである。寝室のサイドチェストの上もそうだ。寝際に読み進めている本が何冊も積んである。書斎に至っては云わずもがな。論文を書くのに取り出した資料が、そのまま机の上だの床の上だのに積み重なっている状態だ。
 一冊や二冊であればともかく、数十冊ともなれば、学術に明るくないマサキではどこに何を片付ければいいかわからないに違いない。早速と後ろ髪を縛ってエプロンを身に付けているマサキに、仕方ありませんね。シュウもまた大分伸びてきた後ろ髪を縛った。
 次いでマサキからエプロンを受け取り、着用する。
「終わったら庭の草むしりをするからな」
「夕方までかかりそうですね」
「その代わり、今日の飯は俺がお前のリクエストを叶えてやるよ」
「ならば、頑張ることにしましょう」
 何だかんだでシュウばかりが得をする結果となりそうだ。綺麗に磨き上げられた部屋で食べるマサキの手料理は、さぞや美味しいに違いない。口元を緩めたシュウは、リクエストの内容を考えながら、先ずはリビングの掃除と手を付けていった。



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