思い出したんですよ、今度こそちゃんと。この話が三部作だったってことを!
1)一緒に暮らそう
2)SUGARTOWNはさよならの街
3)send my love
で完結するマサキシュウの同棲開始話です。
1)一緒に暮らそう
2)SUGARTOWNはさよならの街
3)send my love
で完結するマサキシュウの同棲開始話です。
<一緒に暮らそう 2020>
今年、初めての雪が降った日のことだった。
積もるほどではない小雪がちらつく中、まだ朝も薄暗い内から、厚い雲の下、シュウは客人たるマサキをベッドに放ったらかしにして、近くの町で行われるらしい骨董市へと徒歩で出かけて行った。
読書と研究以外の趣味たる趣味を持たない男は、偶にこうして掘り出し物を求めて市へ行っているようだった。それはチカ曰く、優雅な趣味としての骨董収集ではなく、研究に必要な文献だったり、鉱物だったり、遺跡の出土品だったりを入手する為であるらしい。
手ぶらで帰ってくることが多いのも、だからなのだと云って、「今日はあたくしも大人しく家にいることにしますよ、マサキさん」と、ベッドを這い出てリビングに入り、暖炉に火を入れるマサキを追いかけてきたチカは、その肩にちょこんと止まった。
「お前、鳥の姿をしている割にはものぐさだよな」
流石に寒い。厚手のコートを羽織り、革の手袋をして、雪対策のされたブーツを履いて、傘を片手に出て行ったシュウは大丈夫なのだろうか。マサキはガウンを羽織っても震える寒さに、暖炉の火が回るのを待った。
「だって、寒いものは寒いじゃありませんか。それ云ったら、マサキさんの猫二匹なんてどうするんです? 『雪だ、雪だ。途中まで一緒に行くニャ』って、ご主人様について行っちゃって。猫は炬燵で丸くなるものでしょうに」
「あいつらは雪に限らず年中そうだよ。海だ、山だ、雲だ、空だって騒いじゃ、あっちふらふら、こっちふらふら。呼んでも中々戻ってきやしねえ。使い魔の仕事を何だと思ってやがるんだろうな、あいつら」
火かき棒で何度か薪を掻き混ぜながら火を起こす。ようやく暖炉内に上がった炎に、ひと心地。ゆっくりと温まり始める身体に、マサキはほうっと息を吐いた。
「……マサキさんの方向音痴の理由が、あたくしには何となくわかった気がいたしますよ」
「だろ? 俺だけの所為じゃねえんだよ、絶対。方向指示《ナビゲート》はあいつらに任せてるんだ。それで迷うってことは俺の所為じゃなく、あいつらのナビが悪いってことだよな」
「ご自分で位置情報を読み取られては? まさか、ひとりと二匹。全員が全員、方向音痴って訳ではありませんでしょう?」
「それをやると更に激しく迷うから、あいつらに任せてるんだよ。何を今更云うかね、お前は」
「はあ、そうでございますか」気の抜けた声でチカが呟く。
一気に暖気が回ったリビングと続きになっているキッチンに入り、床に作り付けになっている食料庫の扉を開く。キッチン周りは少し肌寒い。マサキは食料庫からチカの為に木の実が詰まった鳥用の餌を取り出すと、ぱらぱらと専用の餌入れに入れてやる。それをキッチンテーブルの上に置き、今度は自分の朝食の準備を始める。
卵を焼いて燻製肉をスライスする。昨日の夜に茹でたジャガイモが、まだ残っているのを思い出して、冷蔵庫から取り出す。それらを皿に盛り付けて、テーブルへ。レタスを千切り、キュウリを切って、トマトを添えたサラダ。小鉢に盛って、これもテーブルへ。
「ラジオかテレビの音が欲しいところでございますね」
「この時間は何をやってたかな……」
コンロの上に乗っている、昨日の残りのスープを火にかける。リビングからラジオを持ってきて、シンクの隅に置く。チャンネルを弄ると、軽快なリズムをバックに朝の音楽番組が流れてきた。
「そういえば、マサキさんはご主人様の歌を聴いたことがありましたっけ?」
「偶に気分がいいときに口ずさんでるよな。いつも同じメロディを口ずさんでるみたいだけれど、あれは何の曲なんだ?」
「何と驚くことなかれ! 日本の昭和歌謡らしいですよ」
「へえ、そいつは驚いた。俺が知らないってことは、俺の生まれるかなり前の曲かね」
ふつふつと音を立て始めた鍋の火を止めて、温まったスープをマグカップに注ぐ。食事をする前に手を合わせて頭を下げてしまうのは、日本人としての習慣だ。マサキは木の実を啄み始めたチカを視界の端に収めながら、自分もまた食事を始めた。
「タイトルは何て云ってましたっけね。リンゴ追分けじゃなくて、帰ってこいよでもなくて……まあ、いいです。機会があったらご主人様に訊ねてみてくださいよ」
「あんまり知りたくはねえな。今の今までクラッシックだと思ってたし」
「謎は謎のままにしておきたいタイプで?」
「イメージを壊したくないことだってあるだろうよ。何でもかんでも知ることがいいとは限らない、って話だ」
洗い物は後回しにしよう。マサキは朝食を終えると、着替えを済ませ、家の掃除を始めた。書斎、書庫、寝室にリビング、キッチン……どこも割と綺麗に片付いている。
口煩く言い続けた甲斐があったというもの。最初の頃は埃の積もった場所も多かったシュウの独り家は、この半年ぐらいの間でマサキが手本を示してみせたことも手伝ってか、劇的な改善を見せていた。
簡単で済んだ掃除を終えて、シンクに漬けておいた皿を洗い、ラジオに聴き入っているチカをラジオごとリビングに運び込む頃には、厚い雲から降ってくる雪は相変わらずだったけれども、外はすっかり明るくなっていた。
しかし、何をチカはそんなに熱心に聴いているのやら。ソファに腰を落ち着けたマサキがその内容に耳を傾けてみると、人生相談の真っ最中。三角関係の精算をどうすべきかという若い女性からの質問に、コメンテーターが熱い持論を展開しているところだった。
「お前の趣味は本当に良くないよな」
「今更、何を仰ってるんです? あたくしご主人様の使い魔ですよ?」
マサキは窓の外に目をやった。ぱらぱらと降り続ける雪。地面を濡らしては溶けてゆく、今年最初の雪。町の外れだの林の中だのに居を求める家主のお陰で、マサキがその家を訪れた時の外の景色はどこか侘しさを感じさせるものばかりだ。
通りかかる人影のない世界は、自分ひとりのもののように思えてくる。この景色をひとりで眺めるのは寂しいものだ。マサキは反射的に賑やかなゼオルートの館での日常生活を思い出していた。
朝から来客が絶えない館。自分がそうした日常生活を送っている間、チカだけを話し相手に、シュウはここで生活をしているのだ。
「あー、終わってしまった! マサキさん、次、次の番組に行きましょう! この後の国営放送の情報番組がこれまた放送事故の宝庫で……」
そんなチカにせがまれるがままチャンネルを変えてやりながら、ラジオを聴きつつ、マサキは二匹の使い魔とシュウの帰宅を待った。先に二匹の使い魔が戻ってくるかと思いきや、昼頃、両手に大きな手提げ袋を下げたシュウが先に戻ってきた。
「どうやら今日は大漁のようですね、ご主人様」
「これはそういった品ではないのですよ、チカ」
その荷物をキッチンに運び込むシュウはどこか上機嫌に映る。余程の掘り出し物があったのだろうか? 不思議に思ったマサキがキッチンに入ると、テーブルの上に新聞紙に包まれた品をその梱包を解きながらシュウが広げているところだった。
それは二組の食器のセット。少し使い古された感はあるものの、上品な意匠は色褪せていない。
「ゴートマンの食器ですよ」
名前だけはマサキも聞いたことがある。食器ブランドとして有名だ。テュッティが買ってきたティーカップがゼオルートの館にもあった。マサキはテュッティにその値段を聞いた訳ではなかったが、趣味に乏しい男がわざわざ買い求めてくるほどのブランドなのだ。きっとあのティーカップもそれなりの値がするのだろう。
「今では有名ブランドになったゴートマンが初期に販売していた食器です。ファンの間では高値で取り引きされているようですが、このセットには欠けがあるからか、安値で売られていたのですよ」
そしてその中から、一枚の皿を取り上げると、それをしげしげと眺めながらシュウが云った。
「一緒に暮らしませんか、マサキ」
あら! と声を上げたチカが、そそくさとキッチンから姿を消す。突然の思いがけない申し出に、どう答えたものかマサキは悩んだ。何を考えて今更、自分との同棲を持ちかけてくるのだろう? ひとりで暮らすシュウの生活のこれまでの長さを思う。心変わりの理由がわからない。
「気の迷いじゃないだろうな」
「同棲にせよ、結婚にせよ、気の迷いでするものでしょう? 気が迷わなければ、同じ生活を繰り返すだけですよ、マサキ」
何だか言いくるめられているような気がする。でも、とマサキは窓の外を眺めた今日の午前中を振り返る。ひとりで眺めているのは寂しい景色だったけれども、ふたりで眺めれば、きっと新しい発見があるに違いない。
「俺がここに来るんだろ?」
「嫌ですか? それでしたら新しい家をまた探しますが」
「そうじゃねえよ。いいのか、それで。本当に。俺が来てからひとりの生活の方が良かった、なんて言われても困るぜ」
「構わないから言っているのですよ。私はね、マサキ。この食器を見た瞬間に思ったのですよ。これをあなたと一緒に、日常的に使う生活がしたいと」
世の中の恋人たちが同棲や結婚に踏み切るのも、きっと似たような理由に違いない。マサキはシュウの背中にもたれかかった。そうして、肩に顔を埋めて、肯定の意味を込めて小さく頷いた。
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