これにて完結です。ご存じの方には懐かしいものをお目にかけました。
そうでない方には、私にはこんな時代もあったのだと思っていただければ幸いです。
では本文へどうぞ!
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<かくて運命の扉は開かれた>
漆黒の闇がアルザールに襲い掛かる。
漆黒の闇がアルザールに襲い掛かる。
空を切り裂く鋭い音が連続して響き、その都度黒い影が右に左に出現したように見えた。視界では追いきれないスピードなのだとマサキが気付いた時には、既にアルザールは地に伏していた。切り裂かれた衣の合間から真紅の地がしたたり、彼の肌を伝う。
「お、お前が何故ここに……」
殴打された顔は青黒く変色し、原形を留めぬ程に変形している。瞬く間にどれだけの攻撃が加えられたのか。傍らに立つ影は額に掛かる髪を掻き揚げると、
「あなたの所業はいつでも――見ています」
平易に言い放った。
見下ろす瞳に込められているのはこれ以上とない――侮蔑。整い過ぎたきらいのある面映えに僅かな隙もなく、仮面のように映る。
「いつまで経っても成長しないどころか、毎度毎度手を変え品を変えよくまあ同性ばかりに手をつけるものですね。その執念と無駄な労力を厭わない気力と根性は賞賛に値します。ええ尊敬してもいい程です。しかも嗜好が少年にだけ偏っているのですから、その覚悟や如何ばかり。世の反感を真っ向から受け止めるなんて真似は立場を鑑みても中々――出来る事ではありません」
言うなり男はアルザールの手を踏みつけた。のみならずつま先を捻り回す。
情け容赦ない追い討ちに、アルザールの顔が苦痛に歪み、口元から呻き声が洩れた。
「う、うう……」
「何か仰りたい事でもありますか」
震える手が男に伸ばされる。息も絶え絶えにアルザールは吐き出した。
「も……もっと強く踏んでくれ」
男の眉が鋭く吊り上がる。きつく口唇を噛み締めると、男は袖に覆われた拳を握り締めた。
手の甲から色が急速に失われ、小刻みに震えだす。
「流石は陛下。見事な切り返しです」
「感心する所じゃねぇだろ……」
最早、只の傍観者と成り下がったマサキとザッシュの目の前で、怒る肩が幾度も跳ね上がり、そして弾けた。男の身体を包む漆黒と濃紫が不吉に混じり合うオーラが天を突く勢いで立ち昇る。
激しく吹きつける風が漆黒の衣をはためかせ、下から覗く腕がアルザールに向けられた――と、
低く紡がれる呪文の詠唱を耳にしたザッシュが気色ばむ。
「これは、久々に大技が見れそうですよ」
「大技って……どんな技だよ」
頬を紅潮させて、食い入るように視線を投げるザッシュにマサキは問い掛けた。
「僕の定義では、大技とは見た者がその瞬間に死を迎える技です」
「ふざけんなよおおおおおっ! 見ても死ぬんじゃ意味ないだろおおおおおおっ!」
「小さな事にこだわりますね、マサキさん」
「小さな事じゃねえええええええっ!? 考えろ! よく考えろ! 死ぬんだぞ!」
マサキの言葉に、顎に手を当てザッシュは思案する素振りを見せた。
「一度や二度死んでも、人間困らないと思いますけど」
蘇生術でも使えると言わんばかりの発言に、マサキはいきり立つ。
「命は一つしかねえええええええええっ! それともお前ザオリクとかリレイズとかレイズデットとかネクロマンスとか使えるのか!」
「使えません」
「なら二度も死ねないだろうがああああああっ!」
諍いを繰り広げる間にも、男の詠唱は進む。先刻から幾度も披露されたザッシュの魔力など比べものにならない高密度の魔力エネルギーが男に結集し、今や張り裂けんばかりの勢いである。
膨張したエネルギーは、男を、アルザールを飲み込まんとする程に巨大だ。
「そうですね……さっきの約束もありますし」
「約束……って何だよ」
「もう忘れたんですか。まあ、いいです。直ぐに思い出すでしょうから」
含み笑いを洩らし、ザッシュがマサキに向き直った。
「と、いう事で」
「いう事で?」
「逃げます」
マサキの手を取るとザッシュは走り出した。
「結局見ねぇのかよおおおおおおおおっ!?」
アルザールの体を飛び越え、壁の穴の奥に逃げ込む。
「そして伏せます」
「ふ……伏せるっ!?」
頭を押さえ込まれ、マサキは無理矢理地面に伏せさせられた。
その瞬間、
「ブラックホールクラスタ――――ッファイナルゥゥゥゥゥッ!」
男の咆哮が木霊した。
「うわあああああああああああっ!?」
「ブラックホールクラスタ――――ッファイナルゥゥゥゥゥッ!」
男の咆哮が木霊した。
「うわあああああああああああっ!?」
爆風と、轟音と、視界の利かぬ闇が辺りを支配する。
穴の痕跡も残さず壁がすっぽりと抜け、全身を嬲る怒涛の疾風にマサキの体は浮き上がった。吹き飛ばされまいと床にしがみ付こうとするもその手は虚しく宙をかぐ。
「しょうがないなあ」
流れ出した体をザッシュが掴んで引き寄せる。風圧で息も出来ないマサキと比べてザッシュは平然としたものである。空気抵抗などどこ吹く風と、マサキを自らの体の下に抱え込んだ。
「貸しですよ、マサキさん」
居心地の悪さにマサキは視線を反らす。先程からの所業はすっかりマサキに不信感を植え付けているのであるから仕方がない。
「……誰も助けてくれなんて言ってねぇ」
「素直さが足りないですよねぇ」
「お前の貸しは怖いんだよ」
「まあそれはおいおい、マサキさんに認めて頂くという事で」
「どんな方法で認めさせよう……あ、いや聞くのはやめておこう、うん」
「そんなの、ねぇ、決まってるじゃないですか」
言うなりザッシュはマサキの耳朶を噛んだ。
「ふざけんなよてめぇ! 答えなくていいんだよっ!」
この状況とこの体勢では逃げるにも逃げられない。
無邪気な笑い声がマサキの耳元で響き、からかうようにその舌が耳内に潜り込む。ぞくり、と這い上がる感触にマサキは首を振って逃れようと試みるも、ザッシュの口唇は耳に吸い付いていた。
薬の効果は切れたのだ。
にも関わらず襲い掛かる感触に、マサキは腰を捩った。
「ば……か……やめ……」
「適応能力が高いんでしょうね、マサキさんは。ほんの少しの経験だけでこんなに感度が良くなって。それとも前世の記憶(※1)の賜物ですか」
「そういうメタな台詞は止めろって言っただろおおおおおおっ!?」
衝撃は治まりつつあった。
耳元だけならともかく――胸元にまで侵蝕を始めたザッシュの掌に、マサキは一気に覆い被さる体を引き剥がすと駆け出した。この程度の風圧であれば駆け抜けるのも容易い。こんな城からはさっさと抜け出すに限る、と一目散に。
その足元が何かに取られた。
ザッシュが掴んでいるのだろうかと思えば、下を見た視界にそれらしき物体は映っていない。にも関わらず引っ張られる背中。マサキは懸命に足を進めるが、一向に前に進まない。
「ここからが本番ですよ。全くもう、世話の焼ける」
進まないどころかじりじりと後退する体を受け止めたのはやはりザッシュだった。
「何が起こってるんだよ」
「エネルギーは放出されるだけではないんですよ、マサキさん」
辛うじて残っている柱を背に立っていたザッシュは再びマサキの体を抱えると地に伏せた。その脇を瓦解が掠めて行く。しかし今度は前方にではなく後方に――背後の、恐らく男が立っている場所を中心点としたエネルギーの発散は、今度は収縮という形でその本領を発揮しようとしていた。
「うわあ、これは凄いですよ!」
目を輝かせて魅入るザッシュにマサキはといえば、何が起こっているのかさっぱり把握出来ずにただただ足を踏ん張らせて、その空気の流れに自分は巻き込まれまいと堪えるだけだった。
目を閉じて。耳に渦巻く気流が放つ音だけを聴く。
轟々と鳴り響く風の音を。
――やがて、気圧が元に戻りザッシュに促がされるままマサキが体を起こすと、そこにはあの大量の瓦解もアルザールの姿を模った人形もアルザール本人の姿も無かった。
男だけが一人、その場に佇んでいる。
「国王陛下はどうなされましたか」
ザッシュの言葉に男は額に掛かる髪を払って、それは冷徹な表情を浮かべると言った。
「どこぞの次元を今頃は彷徨っている事でしょう。運が良ければ戻れるやも知れませんね、ザッシュ」
自らの名を呼ぶ声に、ザッシュは恭しく男に向かって一礼すると、
「これは挨拶が遅れました。お久し振りです、殿下」
「殿下って……おい一体どういう話なんだよ」
「こちらの方が勇者ですか」
ザッシュのマントを掴んで問い掛けるマサキに、男は漸くその存在に気付いたとでもいう風に冷ややかな視線を投げた。
「そうですよ。素質は充分……国宝であるあの剣を扱えるのはこの方だけだと、祭器が預言した存在です」
「いや、だからどういう話なんだよ」
「成程……ですが、今はまだ小さき存在、といった所ですね。あなたの足元にも及ばない」
「将来的な発展性を見越してこその預言です」
「いや、だから……」
「ならばその芽を摘み取るのも私の役目――」
「そうはさせませんよ。いくら殿下であろうと勇者を阻むのであれば――容赦はしません。僕は僕の立場に則って勇者を一人前に育てあげるという使命がありますから」
「……ちょっと待て」
「そうですか。あなたと手合わせするのも面白いとは思いますが、少々、気が変わりました」
あまりにも不憫ですから――と、男がマサキの前に進み出る。即座にザッシュはマサキを庇うように立ちはだかった。
睨み合う二人はまさに一触即発。
「随分と思い入れがあるようですね。あなたにしては珍しい」
「殿下こそ、何を勇者如きに情けを掛けているんです」
「いやだから待てって」
「どちらにしてもあなたとの戦いは避けられない……という事ですか」
「僕はあの頃の子供とは違います。甘く見ると殿下の方が危険で」
「あああああああっ!? てめぇらいい加減にしろよ人の話を聞きやがれええええええっ!」
マサキは二人の間に割って入ると咆哮した。
「大体人間関係が小さく纏まり過ぎてるんだよ! つーか魔王って結局王族なのかよ! って事は家族喧嘩に国中を巻き込みやがったのかこの大馬鹿野郎共が! しかも俺が預かり知らぬ所で勝手に保護者役とか決めてるんじゃねぇよ! これでもしも魔王になった理由があの馬鹿の棟梁の狼藉だったりしたら俺はこのまま帰るぞ巫山戯んなああああああっ!?」
ザッシュは目を丸くして驚き、対して男は目を細めると冷笑した。
僅かな間。
マサキは言い過ぎてしまったかと悔やむ。これが見当外れだった日には二人に対して――或いは今この場にいないアルザールに対して、その人となりを侮辱しただけになってしまう。
その瞬間、ザッシュは満面の笑みを湛え、手を打った。
「うわあ、的確な読み! 流石はマサキさん」
「って、マジネタなのかよこれはあああああ!?」
「そうですよ」
ザッシュの説明に拠ればこういった話であったらしい。
――元々、国王の甥に当たる男は王位継承権で言えば第三位の玉座に近い立場にいた。過去には真摯に摂政に取り組んでいた時期もあったのだが、相次ぐ国王の狼藉に潔癖な性格は耐えられず出奔。数年立って魔王軍の進撃が始まると、その頂点に君臨していたのが男であった……
「スーパーダイジェスト版でお送りするとこんな感じですね。勿論この間には愛憎溢れるサイドストーリーがあったりしたんですが……例えば僕と国王陛下の蜜月とか、殿下が陛下の色牙にかかりかけた事件とか」
「そんな爛れたサイドストーリーはいらねぇ」
「興味があるならここから一大スペクタクルロマンでお送りしますけど」
「いらねえっつーてるんだよっ! ホントお前人の話聞けよっ!?」
冷めた目線で二人の遣り取りを眺めている――この辺り、どうにも呑気な魔王である気がしなくもないのだが、男には男なりの考えがあるのだろう。その姿を片腕を開いて示すとザッシュは男の名前を口にした。
「という事で、こちらにおわしますがこの国の第三王位継承者であり、国家を脅かす漆黒の魔王でもあるクリストフ殿下改めシュウ=シラカワ魔王です」
「意味わかんねえよ! 何で魔王が苗字と名前を持ってるんだよ!」
「趣味、ですよね?」
のほほんと見上げるザッシュに、シュウは眉間に皺を刻むと、
「あなたの仕える低俗下劣な男と一緒にしないで頂けますか」
「っていうか、お前本当にそんな理由で魔王になったのかよ」
「下らない……そのような目先の問題に拘って本質が見えるとでも」
「俺が勇者として旅立つかどうかはお前の動機一つにかかってるんだよ。下らない所か十分に問題だぜこれは。最重要課題って言い換えてもいい」
それもその通りである。
壮大な家族喧嘩に自分が加わった所で所詮は部外者。こういったデリケートな問題は、本来当事者の間で処理されるべきものである。蚊帳の外にいる自分がでしゃばった所で、よしんば事態が解決を見たとしても当事者達がそれで納得出来るのか。
マサキが考えたのはそこであった。
「流石は僕の勇者ですね」
「僕の、じゃねえええええっ!? お前どんどん厚かましくなってやがるな!」
マサキを背後から確りと抱き締め、今にも頬擦りせんばかりの勢いでザッシュは耳打ちした。
「ですが、そういったことは問題ではないんですよ。王室が求めているのは国民に納得させられるだけの理由と体裁です。魔王を勇者が倒せば、そこには悪と正義の公式が成り立ちます。尤も国民に解りやすく、且つ、王室の不逞を晒さない方法として選ばれたのが勇者の存在です。ご理解頂けましたか、マサキさん」
「……俺はそんな生贄だか人柱だかになるつもりはねぇぜ」
「……こういう体質なのですよ、王室は。あなたもその虚飾の世界を垣間見たでしょう」
シュウは溜息を洩らすと、
「さあ、これで漸く本題に入れます」
ザッシュの腕に捕われたままのマサキの頬に手を置いた。
「ま、ままま待て! もうあんな展開は御免だぞこの野郎!」
「誰があの生き物と同じ振る舞いに及ぶと言いましたか」
「だったらこの手を離せよ」
解りました、とシュウは手を離した。
この態度だけでも信用に値するとマサキは真摯な視線をシュウに向ける。
「――私が言いたいのは、あなたが疑問を感じているように、この王室の代表に立ってこのまま勇者として歩むのが正統な判断なのか。そこにもう一つの選択肢を加えて差し上げましょうという話です」
「……具体的には?」
「あなたが私の軍に加わる事」
「それは……どうだろうな」
確かに尋常ではない危害を加えられたのに違いはないが、そこまで王室や王室に関わる人間に対して好戦的になれはしない。それもまた一時の悪夢であったと思えば、やがては過去に埋もれる経験の一つでしかないのである。
何よりそれだけの理由で何の咎もない国民まで巻添えにするのは――、
「無理ですよ。勇者たるべく生まれてきた人にそういった選択肢は選べません。その性質すらも考慮に入れた預言ですよ。殿下がどれだけ説得された所で、それは無益な結果しかもたらさないでしょう」
「お前、真面目な話をするならこのふざけた体勢をどうにかしろよ」
依然、体を拘束するザッシュの腕にマサキは愚痴った。しかしザッシュは一向に腕を離さないばかりか、そこに力を込めると更に強くマサキを拘束する。
「つまり、要約すると――偶には僕にも美味しい思いをさせろって事ですよ、この鬼畜変人大魔王が」
この一言にシュウの眉が僅かにだが――動いた。
「何で強引にそっちに話を持って行くんだよおおおおおっ! 折角真面目に進行しだした話がまた元に戻っちまうだろこの笑顔炸裂大魔人がああああああっ!」
それは髪の毛程にも満たない動きであった。
だが、それだけで充分な表情の変化であった。その僅かな動きでシュウの表情は凍てつくブリザードと化してマサキの背を凍らせたのだ。酷く毒々しい冷笑がその口元に浮かび、先ずはザッシュを、次いでマサキを見据えた。
目は笑っていない。
「解りました……それで、あなたはどうするつもりですか、ザッシュ」
「待てよ、待て! 俺はまだ勇者になるともならないとも言ってねえっ!」
「なら、マサキさんに選んで貰いましょうか」
「勇者の立場を愛人か何かと履き違えてないかお前らあああああっ!」
「その方法は?」
「少しでいいから冷静になれよっ!? っていうか俺を置いて話を進めるのもいい加減に――」
「こう、ですよね……マサキさん」
体を抱いた手がするり、とマサキの服をたくし上げ――その掌が肌に触れた。
顔を紅潮させたマサキがザッシュの腕を掴んで引き剥がそうと――その手首を拘束したのはシュウだった。 掴んで離さぬ手に寄せられる顔。口唇に触れる寸前の吐息が掠め、マサキは必死に叫んだ。
「いや、いやいや待てよお前! 少し前の回想を思い出せ! ちょっとは道を踏み外したかもしれねぇけど、一番真っ当なキャラクターとして成立してんのはお前だけなんだよ、シュウ!」
「演出に野暮な事を言いますね」
「お前あの伏線を演出の一言で片付け……っ」
ザッシュの口から吐き出された息が耳を擽り、マサキは言葉を詰まらせる。どうにも耳が弱いのか。過剰に反応してしまう自分が恨めしい。
「――僕を忘れて貰っては困りますよ、マサキさん」
「……や、めろ……って」
言うなり執拗に耳を責め出す舌。濡れた感触が丹念に舐め上げていく。
時に舌を差し入れ、時に舐め、噛んで、啄ばむ。全身を駆け抜ける痺れにマサキは言葉も絶え絶えに、口唇を噛み締めると俯いた。手首も体も拘束されていては動くにも動けない。辛うじて自由になる頭を振る事で抵抗を示すも、それがこの状況で受け入れられるかといえば難しい。
「……や、だ……」
対抗して首筋を辿るシュウの口唇に身を竦める。
やけに冷えた温もりに醒めかけた意識は、直ぐに溺れた。腰から下の震えは怯えているからではなく、強烈に支配する快感がもたらした――侵蝕。
深く体を支配する疼きに息が上がり、口唇もわななく。
「……あ」
肌を這う手が胸の突起を摘み上げ、小さな声を放った口唇にシュウが顔を上げる。
仰がされる、顔。
抵抗をする気も奮わず、マサキは薄く口を開いたまま口付けを受け入れた。何がどうなっているのかも解らない。与えられ、仕掛けられる愛撫だけが現実で、それが今の世界の全てだった。
脳が焼け、視界がぼやける。
中途半端に残る服がマサキの体に纏わり付き、汗に濡れた肌に張り付いた。いつの間にやら拘束は解かれ、四肢を絡め取るように這い回る複数の手が随所を責めてはつれなく離れる。そのもどかしさに縋り付き、或いは顔を埋めてマサキは強請った。
それがどちらに対してなのか、薄膜に覆われた思考では判断出来ない。
「――……あ、や……っん」
鼻にかかる甘ったるい声は紛れもなく自分が発しているもの。耳に直接響くその声を他人のもののようにマサキは聴いていた。
――耳鳴りがする。
不意に遠くなった声に、感覚だけが研ぎ澄まされて行く。指が、舌が、触れている場所だけが熱く火照り、快感がその一点から全身へと拡散して最後には脳を鋭敏に刺激した。
――耳鳴りは止まない。高山に登ったかのような鼓膜への圧迫感は徐々に激しくなって、マサキの聴覚を麻痺させた。その臨界点で、
「ぶわっはっはっはああああああっ!儂も仲間に入れろおおおおおおおっ!」
空間を裂いて出現した不屈不倒の色魔の色欲全開な絶叫に、視線険しくシュウとザッシュは振り返るとマサキから手を離し、見事なシンクロ振りで咒文を詠唱し出した。
「ディストーション・ブレイド!マ・キ・シ・マ・ム―――ッ!」
「ブラックホールクラスタ―!フ・ァ・イ・ナ・ル―――ッ!」
アルザールは再び次元の彼方へと葬り去られた。
「ぶわっはっはっはああああああっ!儂も仲間に入れろおおおおおおおっ!」
空間を裂いて出現した不屈不倒の色魔の色欲全開な絶叫に、視線険しくシュウとザッシュは振り返るとマサキから手を離し、見事なシンクロ振りで咒文を詠唱し出した。
「ディストーション・ブレイド!マ・キ・シ・マ・ム―――ッ!」
「ブラックホールクラスタ―!フ・ァ・イ・ナ・ル―――ッ!」
アルザールは再び次元の彼方へと葬り去られた。
幾度目かカウント不能なアルザールの撃退に、床に座り込んだマサキは虚ろな視線で、その行く末を見詰めている二人を見上げて呟いた。
「……なあ」
振り返った二つの顔に素朴な疑問を口にする。
「お前らさ、二人で力を合わせればこの王宮を建て直すの簡単なんじゃねぇ……あの色欲ジジイが戻って来たら撃退すればいいんだし。どうせ安い忠誠心と下らないプライドなんだろ、お前らを縛ってるのって」
マサキの言葉に、それは今、初めて気付いた風に二人は顔を見合わせたのだった。
「何だこれ」
「何だこれ」
マサキは分厚い大学ノートを机の上に放り投げた。
ここは理科管理室。最早お馴染みとなった放課後の集合だが、シュウは職員会議で不在である。退屈を持て余していたマサキにミオが差し出したのがこの大学ノートだった訳だが、読み進める内にその表情は不快さを増し、最後の方は諦めに似た一種超越的なものと化した。
「どう? 結構な傑作じゃない?」
「どこが傑作なんだよ」
マサキの側で勝手に給湯所からコーヒーを用意し、それをずずいと啜っていたミオが身を乗り出して感想を求める。
「お前が書いたのか」
「そうそう、今年の「大文化祭地雷付き(※2)」で公演するのって良くない?」
しらと言ってのけるミオにマサキは椅子を後方に吹き飛ばしながら立ち上がり、その胸座を掴み上げだ。
「どこをどうやったら公演出来る内容になるんだよこれがああああああっ!? 普通に18歳未満立入禁止だこの内容はっ! しかも文化祭に地雷を付けて、他校やOBや父兄にまで今度はその被害を広げるつもりかこのポンコツ実行委員っ!」
「やっぱり日常にスリルは必要よね」
「スリルにも限度ってもんがあるだろおおおおおっ! 何でバイオレンスな方向に突き進むんだよお前は!」
「まあ地雷はともかくとして、その脚本はどう?」
地雷は何があっても譲らないつもりらしい。ほとほと脱力してマサキは椅子を取り戻すと腰を落とした。何からどう言い聞かせればいいのか既に不明だ。
「お前なあ……さっきも言ったけど、これは普通に成人指定だろうが。大体こんなの誰が見るんだよ」
「一部の女子には大ウケ」
「そういうコアな観客を想定してんじゃねぇよ。一般人はドン引きだ」
「しかも本人出演のおまけ付き」
「ば、馬鹿かっ! 死んでもやらねぇぞ俺はっ!」
「そんなこと言っちゃって、マサキ実は嬉しかったりしない?」
「そこまで耐久力は落ちてねぇ」
幾ら何でも公衆の面前で性行為に及べる程、マサキも羞恥心は捨てていない。どれだけそれに似通った状況に置かれていようとも守らねばならない最後の砦というものはある。
「そっかあ……じゃあ文芸部に寄稿しようかな」
「お前、最近迷走しまくってないか……」
恐ろしい事を次から次へと平気で口にするミオにマサキは頭を抱えた。
ここで止めようと無理を押せば、間違いなくガンナーズブルームの威嚇が待っている。レベルが微妙に違う二人では、実はミオの方が強かったりするのだが――腰が引けるのはその所為だとマサキは認めない。
「せめて名前は変えてくれよ。ケツがむず痒くって仕方ねぇ」
「いいじゃない。この機会にカミングアウトしちゃえば」
「何をどうカミングアウトするんだよ! それに実名出したら立場が危ないのはむしろお前だそれに気付けえええええっ!?」
「そうかなあ。センセだったら笑って許してくれそうな気がするけど」
「他の教師の存在を忘れるな……」
ああ、と両手を打つミオにマサキは項垂れた。気付くのが遅い。幾ら自由な校風が売りの輝明であっても、教師を実名で弄るのは問題になるだろう。二学期そうそう職員会議の議題に名前が挙がるのは勘弁して欲しい。
早く職員会議が終わってシュウが戻ってくればいいのに――と願いながらマサキは溜息を洩らした。少なくとも彼女を物理的にも精神的にも制止出来るのはシュウしかいない。戻って来たら来たで確実に厄災が――それはこのしょうもない台本と同じように降りかかるのだが、それでも。
「まあいいや。あたしとしては地雷さえ達成出来ればそれだけで満足だし」
「地雷からいい加減離れろよおおおおおっ!? 大体文化祭ってどこに地雷を仕掛けるつもりだお前はあああああっ! ランダム配置とかふざけんなよ! 開幕に人間大砲も禁止だ!」
「何言ってるの、マサキ」
にっこりとミオは微笑んだ。
むしろ笑顔魔人はこちらの方である。現実のザッシュは少しばかりマサキに懐いているだけで、一向に相手にされないリューネを追い掛け続けているのは周知の事実。どこからどうその発想を持ち出して来たのだか、聞いてみたいような聞きたくないような。
碌な事を考えていない子悪魔の微笑みがマサキを覗き込む。
「文化祭の開幕は「人間ロケット」で決定してるのよ。科学同好会に小型ロケットを制作して貰ってる所。先人未踏の生身で宇宙到達を目指さないとね♪」
ウィザードならまだしも、一般生徒には到底耐えられないであろう発案にマサキはまたもいきり立った。科学同好会の顧問はあの男である。大方、マサキを載せるといった条件と引き換えに協力を約束したのであろうが、迷惑極まりない存在である。
「シュウううううううううっ!」
魔剣を勢い良く月衣から引っこ抜くとマサキは管理室を飛び出した。
廊下で職員会議を終えたシュウと鉢合わせしたマサキが、そのまま自習室に引っ立てられ、散々な目に合ったのはいつもの通り。虚構であろうが現実であろうがその待遇は些かも変わっていないのが実情である。
「うーん、内面を鋭く描き出した問題作?」
大学ノートを手にしてそのキャプションを考えるミオは、あたしって才能あるじゃない、と呟いて一人忍び笑いを洩らした。
※1……シュウマササイトですので、どこをどう切っても前世の記憶はシュウマサです。
※2……魔装inNWの運動会で地雷付き競技を大量に出したような記憶が……
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※1……シュウマササイトですので、どこをどう切っても前世の記憶はシュウマサです。
※2……魔装inNWの運動会で地雷付き競技を大量に出したような記憶が……
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