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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

夜離れ(2)
※続きます※
夜離れ(2)

人生に倦んでいる元大公子へ

 精霊が踊り歌う時節、いかがお過ごしかな? お主のことだ。相も変わらず書物に埋もれて、悪巧みの算段に余念がないのじゃろう。全く、いつまでも子供のように現世を拗ねておるでない。正しきなりは精霊なりと、春光節にも書かれておったじゃろう。やんちゃも程々にしておかんと、いとも容易く足元を掬《すく》われかねんぞ。
 さて、問い合わせにあった件に関してだが、確かに王女に縁談を勧めたのは儂じゃ。いつまでもつれない男の愛情を求め続けるよりも、遥かに実りある人生を送れると思ってな……と書くと、お主はきっとそんなくだらない理由で、王女の人生を決めるなと思うのじゃろうな。やれやれ。情けも碌すっぽかけられん男がよくも身勝手にそう思えるもんじゃ。とはいえ、衣食に不自由のない生活をさせているだけでも上出来と言うべきか。王女のあかぎれの目立つようになってきた手が不憫ではあるが、男の身であるお主に、女性の化粧品や身だしなみにまで気を配れというのは酷なような気もするしのう。
 まあ、年寄りの愚痴はここまでにして、そんな感情的な理由で縁談を勧めたのではないことだけは、儂の名誉の為にも記しておこうと思う。
 度々城下に出入りしているお主のこと。新王と新王妃の噂はもう聞いておろう。成婚三年が過ぎても、世継ぎに恵まれる気配がないとな。口さがない王侯貴族は既に夜伽が耐えて久しいと、お二方の仲を冷ややかに吹聴して歩いているほどだ。全く、貴族社会というものは厄介なものじゃのう。そうして陰口を叩くのも忠誠心の表れだなどと、好意的に捉える向きもあるそうじゃないか。
 そうでなくとも長く放って置かれた遠縁。調和の結界を維持するのもやっとの魔力では、風当たりが強くなるのも仕方のないことではあろう。世継ぎにこそと期待をかける貴族たちが増えるのも致し方なきこと。しかし実際のところ、新王の新王妃へのご寵愛は変わらず……とあっては、妾腹《しょうふく》に期待をするのも難しい。

 それをどうにかしたいと考える側近たちがおる。
 そのぐらいのこと、お主だったら情報として得ておるじゃろう?

 恵まれた魔力を持つ元王女に期待をかける側近たちは数多い。それもそうじゃ。あの栄華の時代を生き抜いてきた側近たちは、未だ王宮に数多く残っている。行方不明の元王女に期待をかけずに、どこに期待をかけるのじゃろうな。それ故の縁談……と書けば、王女に何が期待されているかは、語らずとも伝わるじゃろう。
 彼らの傀儡とも言われる新王ではあるが、中々どうして。柔軟な理性をお持ちの聡明な方じゃ。調和の結界の維持に必要な魔力を個人で有することの難しさを、よく心得ておられる。

 魔力なくして、王家が王家として成立することはあり得ん。

 調和の結界を破壊したこともあるお主にとっては、決して面白くない話であろうな。だからこそ極秘にとも思ったのじゃが、時は流れた……少しはかつての聡明さを取り戻しているだろうと信じて筆を執る。よく考えるがいい。その意味をな。
 精霊の恵み多き豊饒なる大地の中心より、祈りを込めて。


               ――イヴン=ゼオラ=クラスールより

 予想していた中では最も良くない状況にあることを告げるイヴンからの手紙を読み終えたシュウは、これ見よがしにサイドテーブルの上に開いたままの便箋を置いた。「読まれても宜しいので?」と、忠実な割には口煩いだけのときも多い|使い魔《チカ》が、投げ遣りとも取れる主人の行動に梁の上から降りてくる。決して見られていい内容の手紙ではないことが、主人の感情の流れを感じ取れる使い魔だからこそわかったのだろう。「モニカ様の不審な態度の理由でございましょう。第三者に知られたくないことでは?」シュウの肩の上に止まって囁く。
「利用し、利用されるという関係について、彼女らがどう考えているのかを知りたくもあるのですよ……それよりも先ず、我が身の振り方を考える必要がありそうですが」
「まあ、ご主人様とて、無関係ではいられませんですしね。階位の高い王位継承権を持っていたという過去が、現在においてどういった状況を招くのかについて、お三方とももう少し真面目に向き合う必要があるとはあたくし常々思っていたことではありますし」
「とはいえ、私の往く道は決まっている」
「それならばいっそ利用しきって生きてみせればよいものを……迷いを見せるなど、ご主人様らしくない」
「私がそんなに慈悲深い性格だとあなたは思っているのですか?」シュウは乾いた笑みを口元に浮かべる。「欲ですよ、欲。目的に対して最短距離を明示されて、それで心が揺らがないほど、私の精神は高潔には出来ていない」
 どうにもシュウが上手く笑えないのは、思ったよりも早く、彼らがモニカを必要としている現実と直面することになってしまったからだった。
 いずれは誰かがその策謀に思い至ると、シュウは思っていた。王家に連なる血筋を、その能力のほどを、調べ上げてから事に挑んだのだ。調和の結界の維持で精一杯な魔力しか有しない新王は、それでも縁戚の中では傑出した魔力の持ち主でもある――それは即ち、彼に代わる者が、正当な血統以外にはいないことを意味する。
 けれどもそれはもっと後のことだろうとシュウは考えていた。
 よもや三年ばかりで、世継ぎのいない事態に不満が募ろうとは……読みが違ってしまったのは、自分の計画が早く進み過ぎてしまったからだろうか……それともそれだけ、アルザールが遺した栄光の日々を懐かしく思う者たちが多かったという話なのだろうか……考えて、シュウは首を振る。原因を求めても目の前の事態は変わらない。新王と王妃の間に子供が産まれない限り、そしてその子の有する魔力が、王家に傅く者たちの期待に応えない限り、モニカは求められ続けることとなるのだ。比類なき魔力を有する元王女であるからこそ。
「茨の道でもあたくしは一向に構いませんけれども」
「それでは歴史に名は残らないでしょう」
「だからこそ王家の血統に楔を打ち込むと? それはそれで残酷な選択ですこと!」
「あなたはいつからロマンチストになったのですか?」
「さあ。やはり、ヴォルクルスの影響が大きかったんでしょうかねえ。それとも真っ直ぐな魂たちに触れて、使い魔本来の感情を取り戻したのやも知れません。何にせよ、あたくしとてご主人様の使い魔。主人の不利益に成り兼ねないご判断に際しましては、熟考を促すのも務めでございます。急いては事を仕損じる……ご主人様のもうひとつの祖国の言葉でございましょう?」
「人の人生というものは、短きものです。そう感じることも増えたということですよ」
「ご主人様、全くあたくしの忠告を聞く気がございませんね!」
 はあ。と嘴の隙間から、鳥とは思えぬ溜息が洩れる。「だから次代に? ご自分のことを幾つだと思っておられるのでしょうね! それでしたらもっと後の奥の手にしても遅くはないでしょう!」
「モニカが求められる時期は限られているでしょう」
「表向きには、でしょう。あの元老院の生き残り連中が、そんな一筋縄な考え方をする筈がありません。亡きフェイルロード王子とて、何度廃太子の危機に陥ったことでしょうね!」
「あなたがある意味私だということを忘れていましたよ」
 口煩くも、耳元でがなりたて続けるチカに、シュウはようやく心安く笑う。自分が身を置く当たり前の日常に触れたことで、思いがけない手紙の内容に動揺してしまった心が平静を取り戻しつつあるのだろう。それだけ、かつての王宮での日々は、自分の心に暗い影を落としているのだ。
「しかし先延ばしにしていい問題ではありませんね。彼女らの身の振り方の問題は」
 イヴンの手紙にあったように、魔力の高い元王族の価値は高い。モニカは当面、交渉のカードとして、或いは駒として利用できるだろう。しかも思った以上に、長く。しかし、その価値が無くなるまで面倒を見きれるかと言われると、純粋さや汚れなさを失おうとしない元王女は扱いに困る存在だ。面倒を見きれる自信はない。
 サフィーネの情報収集能力は、今は役に立っている。そういった意味では彼女にも価値はある。とはいえ、容姿を大いに利用したその遣り方は、いずれは通用しなくなるときが来るのだろう。そうなってから何の責任が取れるかと訊かれても、シュウに与えられるものは限られている。
「あたくしのことをロマンチストと仰った方と同一人物とは思えませんね、ご主人様。それこそ好きにさせておけば宜しいのでは? あたくしどもの味方になると決めたのはあの方々自身ですし、あたくしどもが勝手にしたところで、留守を守るにせよ、ついてくるにせよ、ご自分たちの好きに動かれるだけでしょう」
「それもご尤もなのですがね、私に対する欲を捨てて貰わない限りは――」そこでふと、シュウは、あの夜の出来事を思い出す。ひとつ屋根の下で、寝所を別にしているからと安穏としていたシュウが目の当たりにしたモニカの決意。「……女性もいずれは盛りを迎えるときが来る。そんな単純な時間の経過に思いを馳せられなかった私自身への罰なのでしょうね」
「そんなにこの手紙が衝撃的で?」チカはシュウの肩からサイドテーブルに乗り移ると、てい、と器用に嘴と足を使って便箋を折り畳んだ。その目に内容が入らないように、気を遣っているらしい。「予想の範囲外でしたらさておき、予想の範囲内だったのでしょう。でしたら何の問題があるというのでしょう。さあ、封筒にお仕舞いください」
「どこかでは結論を出さなければならない問題だと、その程度には善良さを残しているつもりなのですがね」
「よく仰います! 悪徳が皮を被って歩いているような人生を送っておきながら! もし、ですよ。仮にご主人様に善良さが残っているのだとしたら、それは例え相手が女性であろうとも、簡単に寝所に招き入れるなって話だけで済みますよ! 違いますか?」
 シュウはチカに促されるがまま、便箋を封筒に仕舞った。ただのパルプ紙。精霊に仕える神官らしい簡素な素材の手紙を、そのままサイドテーブルの引き出しの中に収める。こうしておけば、サフィーネ辺りが掃除のついでに手にするだろう。
 後のことは女同士に任せるのもいい。
 そう。一度はサフィーネに任せたことでもあるのだ。何があったのか、モニカに話を聞いてやって欲しいと。だとすれば、己の目的、それ以外でモニカと向き合うのは今更に過ぎる――……恋情や愛情といった意味での答えであったら、シュウは既に自分の出すべき答えを得てしまっているのだから。

 そう、答えを出してしまっているのだから。


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