この作品、さっくり読める中編を目指していた筈なのですが、あまりさっくりしていないような。
いつもいつも冗長な作品になってしまって申し訳ありません。
※納得いかなかったので中盤を打ち直しました。(12月24日)
いつもいつも冗長な作品になってしまって申し訳ありません。
※納得いかなかったので中盤を打ち直しました。(12月24日)
※シュウ×モニカの性描写があります※
夜離れ(23)
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抱くだけの女だったら、痩せた女性の方がいい。シュウはそう思った。モニカのふくよかな、丸みを帯びた女性らしいラインの肢体を目の当たりにしたときに。
それもただ痩せているだけでない。肋骨が浮き上がり、腿の間に逆三角形の隙間ができるぐらいに、肉の薄い女性がいい。
身体の奥に抜き差しされている男性自身を、やはり顔を枕に伏せたままモニカは受け止め続けていた。あっさりと達してしまえれば、彼女に苦痛に似た時間をこうも長く感じさせずに済んだものを。挿入してから、そしてそれを一度モニカが中断させてから、さして時間が経った訳ではなかったが、楽な様子を動きが止まった瞬間にしか見せない彼女の様子に、シュウは思った。
しかしそれは僅かばかりの良心ではなかった。満足感。その時を振り返る瞬間に、少しでも綺麗な記憶を残しておきたいという強烈な自己満足《エゴイズム》。いつまでもこうして、自分はひとり、己の為だけに生き続けるのだろう。快楽《けらく》に溺れそうになりながら、薄氷一枚の意識を保つ。
「ふ……っ」
「苦しいですか」
「いえ……ただ、熱いのです」
切なげというより苦し気な呼気が、モニカの口唇から何度も漏れる。汗に濡れた額に、髪の毛が張り付いている、その吐息を口唇ごと飲み込んでしまおうとはシュウは思わない。何故だろう。それをしてしまっては、この行為に求めた意味自体を否定してしまうような気がした。
もしかすると自分は、ただモニカを母にしたいだけなのかも知れない。
いずれ所在を失うだろう彼女やサフィーネに、居場所を与えてやりたいだけなのかも知れない。
それを幾重もの嘘や誤魔化しで糊塗して、そうして自らの本心を、自らにさえ悟らせずに、シュウは自らの終わりの日をひとりでひっそりと迎えたいだけなのかも知れない。
馬鹿々々しい。そう思う。
「お優しいのですね」
「優しい? 私が?」
「こうして私を気遣ってくださいますもの」
いつもそう。そう言葉を継いだモニカはそこで、男性自身を受けいれながら初めて笑顔を見せた。
「どれだけ邪険に私を扱おうとも、最後には私が側にいることを許してくださるのですわ」
自分はどこに向かおうとしているのだろう。王家がふと脳裏に過る……フェイルロードがいて、セニアがいて、モニカがいて、テリウスがいて、そして自分がそこに居たあの頃。全員が幸福できらびやかな未来を信じていられたあの頃。あの頃から道は大きく隔たってしまったというのに。
「ただの私の勝手ですよ」
「勝手で結構です。私にとってはそれが幸福、なのですから」
無邪気にそう言い切れるモニカに、だからこそシュウは苛立ちを募らせるのだ。我欲でしかない身勝手な行動を、全く異なる行動原理で、まるで自分が優しさを内包した人間であるように作り変えてしまう。
そうっ……と、モニカの髪を撫でる。撫でて、次の瞬間。幸福そうに目を閉じた彼女のその髪を掴むようにして頭を枕に押し当てて、シュウはそれまで加減を加えていた腰の動きの遠慮を捨てた。
遠慮を捨てて、何も物言わずに果てた。
三度目の交わりは、窓際でカーテンを掴んで。夜の帳《とばり》が天蓋を覆い尽くした闇を向こうに、抱え込まれた腰の下。ひたすらに攻め立てられた。
三度目の交わりは、窓際でカーテンを掴んで。夜の帳《とばり》が天蓋を覆い尽くした闇を向こうに、抱え込まれた腰の下。ひたすらに攻め立てられた。
四度目の交わりは、床の上で。長い毛足の絨毯を背中に、幾度も体位を変えて交わった。
そして五度目の交わりは、浴室の鏡の前で。行為の最中の自らの顔を見るのを嫌がるマサキを、彼は凝視しているようだった。その長い交わりが終わりを告げたのは、その場所で。果てたマサキが足を崩して床にへたり込んで音を上げたからだった。
彼は何も言わずにマサキの身体を抱き上げてベッドへと運び、自らは床に脱ぎ散らかした服を拾い上げて着替えを済ませ、動く気力も尽き果てたマサキをベッドの脇から見下ろして、その髪を、頬を、口唇をそうっと撫でると、身を屈め。
――私もですよ。
そう呟いて、口付けをひとつ。
ひとり寝はもう嫌なのだとマサキは言ってしまいたかった。終わりの見えない夜を一人で堪え、過ごしていくのはもう嫌なのだと。けれども言ったところで、今更何が変えられる筈もない。言いたいことはもう伝えた。その答えももう貰った。これ以上を望むのは、道がはっきりと隔たりを見せた今となっては無理なこと。
「行くのか」
「ええ。今日も早いのですよ、色々と」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
室内の明かりが消える。色の塊に見える彼の背中が扉を滑り抜ける。名残惜しげにマサキは閉ざされた扉を凝《じ》っと見遣って、そうして程なく。ベッドの上、両の瞼の上に腕を置き、
――終わったのだ。
続けようと思えば続けられなくもない関係にも違いない。どの道、あの二人の間の子供は王と王妃の子として育てられるのだ。いずれはまた、彼らは野に降りて来る。それに、そもそもが王都に仇をなした連中なのだ。いかに彼らの血縁であるセニアとて、彼らを手元に置き続けるなどという危険は犯すまい。
――終わったのだ。
続けようと思えば続けられなくもない関係にも違いない。どの道、あの二人の間の子供は王と王妃の子として育てられるのだ。いずれはまた、彼らは野に降りて来る。それに、そもそもが王都に仇をなした連中なのだ。いかに彼らの血縁であるセニアとて、彼らを手元に置き続けるなどという危険は犯すまい。
けれども。
私も、などというならどうして背中を向けて去って行くのか――マサキは静かに長く息を吐いた。瞼の奥が熱い。熱くてたまらない。たまらないのに嗚咽さえこの口唇からは洩れもしない。
コツ……コツ……コツ……静まり返った館に響く足音。遠ざかった靴音を聴いたばかりのマサキの耳に、それは届いた。次いで扉を叩く音がする。聴き慣れた響きにマサキはまさか、と慌ててブランケットを身体に絡めた。
「失礼致します、マサキ様」
職務に忠実な|召使い《エリザ》は、暗がりの中、灯火器《ランタン》と思しき明かりだけを頼りに、ベッドの傍らに近付いて来ると、「起きておられますでしょうか」マサキを見下ろすように声を潜めて言葉を吐く。
寝たふりをしてしまえばいい。そう思いながらもマサキは人恋しい。さっきまであれほど近くに感じられた彼の温もりが、今となってはもうこんなにも遠いのだ。
数秒の間。マサキは、「ああ……」と答えた。
「だから申しましたものを」
酒で焼けた喉から出たのは掠れた声。ひたすらに嬌声を上げ続けた所為でもあるだろう。それでエリザは全てを悟ったらしかった。どこか悲しげにそう呟くと、「――明かりを点けても宜しいでしょうか?」と訊ねてくる。
謹厳実直な召使いがわざわざ忠告を吐くくらいだったのだ。どうせその辺りの事情は知られていることに違いない。マサキは肯定の意味を込めて頷く。少しの間。天井から降り注ぐ眩い光が室内を照らし出す。
きっと凄まじい惨状なのだろう。マサキはそこでようやくその現実に思い至った。何度も繰り返し交わった記憶が蘇る。ソファの上で……ベッドの上で……窓際で……床の上で……そして浴室で――そこもかしこも汚してしまった。その後始末をするのは彼女なのだ。
「お風呂の用意をして参ります。少々お待ちくださいませ」
けれどもそれを詫びれるほど、マサキの面の皮は厚くなく。気まずさに言葉なく頷くだけで、他に何もできないまま。マサキはそうしてエリザが用意した風呂に浸かり、身体のそこかしこに残る彼の温もりを熱い湯で洗い流した。
洗い流して、それから、マサキはベッドメイキングの済んだベッドに身体を潜り込ませ、彼女に進められるがままに、瓶《ボトル》に残った酒を口にした。
「直ぐに眠りに就けることでしょう。今日はもうゆっくりとお休みくださいませ。それではわたくしは、これで失礼致します」
部屋が再び暗がりに包まれる。靴音が遠ざかる。泥のような身体を深くベッドに沈めて、マサキは緩やかな眠りに落ちていった。
泣きこそしなかったけれども、心地よい交わりではなかったらしいモニカを、それからも幾度かシュウは抱いた。
泣きこそしなかったけれども、心地よい交わりではなかったらしいモニカを、それからも幾度かシュウは抱いた。
数度もすれば慣れた様子を見せるようになったモニカだったけれども、それでも深い快感を感じるまでには至らなかったらしい。こればかりは慣れと資質でもあるのだ。性行為《セックス》に貪欲さを持てない者に、交歓の神は微笑みかけない。だからやも知れない、その交わりの日々は長くは続かなかった。
「精霊様のお告げを受けたのです」
彼女は喜々としてそう告げると、月のものが遅れていることをシュウに伝えた。聞けば、サフィーネやテリウスには先に伝えてあったらしいのだから、モニカの自分への思いというものは、愛情というよりも信奉に近いものなのかも知れないとシュウは思う。
そこから居所を変え、人目を忍んで暮らすこと数か月。諸々の調整がついたと王宮からの報せが届いた。特に遅らせる必要のある用事でもなし。ましてや早ければ早いほどいい用件であるのだから、居所をまた変えるのをシュウたちが厭う必要もなく。
かくしてシュウを筆頭とするかつて大陸を動乱に陥れた一味は、ラングランの西端近く。セニアが手配した王家所有の古城に匿われるに至ったのだ。
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