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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

虹の七色でのんびり拍手お題(橙):スイートレモン
旧拍手ネタです。
白河とミオのコンビは中々見られないので、書きたくなるのです。


<スイートレモン>

 うららかな昼下がり。ザムジードを駆ってふらりと散歩に出たミオは、家から三十分ほどの場所でレーダーが捉えたそれなりの数の機影に、急ぎその現場へと向かうことにした。
 残り十キロの地点だった。軽く操縦席に押さえつけられるような感覚があった。少し遅れて聴こえてくる複数の爆発音に、まさかね……。ミオは即座に脳裏に思い描けた情景を打ち消すように、ザムジードのコントロールパネルを叩いた。
 果たして、彼はそこにいた。
 彼自身の所作振る舞いとは一線を画す無骨なフォルム。その底の見えない性能から青銅の魔神とも呼称される青いカラーリングが特徴的なグランゾンは、既に全ての敵を倒した後とみえて、平原の只中に静かに佇んでいた。
「これは珍しい。こういった形であなたと顔を合わせようとは」
 時に魔装機操者を手助けするような真似をしてみせる割には、完全に仲間になる訳でもない。それは国際指名手配犯である後ろめたさからくるものでもあるのだろう……いつも気紛れにミオたちの目の前に姿を現してみせる男、シュウ=シラカワ。彼は通信モニターの向こう側。ミオの姿を認めると、表情に乏しい顔を少しだけ柔らかいものへと変えてみせた。
「それはこっちの台詞だって。レーダーに結構な数の反応があったから手助けしようかと思ったんだけど、全く必要なかったみたいね」
「死霊装兵とデモンゴーレムですよ。片付けるのに時間がかかることはあっても、やられることはありません」
「教団の連中? その割には随分見くびられたものだけど」
「恐らくは時間稼ぎでしょう。鼠という生き物は、臆病な割に牙を剥くことを厭わないものですよ。尤も、それに乗じていると、藪をつついて蛇を出すといったことにもなりかねなくはあるのですがね……」
 十六体の正魔装機の頂点に君臨する風の魔装機神の操者たるマサキは、シュウのこういった回りくどい物言いを露骨に嫌ってみせたものだったが、ミオにはそういった感情はなかった。恐らく、ミオはシュウに近しい論理展開をする人間であるのだろう。だからこそ、ふーむ……ミオは面倒臭い展開になりそうだと思いながら言葉を吐く。
「ヴォルクルスを召喚しようとしているってこと?」
「窮鼠猫を噛むとも云うでしょう」
「面倒臭いところに来ちゃったなあ」
「逃げる時間を稼いだだけかも知れませんが、暫くの間は様子を見るべきですね」
 代わり映えのしない大地。自然の恵みに溢れたラングランの平原は、先程まで戦闘が行われていたことを微塵も感じさせない様子で、抜ける風に豊かな穂を揺らしていた。
 シュウが相手をしていた教団の人間の時間稼ぎの目的がヴォルクルス召喚にあるのだとしたら、そろそろ何かの変化が起こってもおかしくはない。ミオは辺りの様子を慎重に窺った。伊達に長い歴史を誇ってはいない破壊神信仰。彼らのネットワークは広大だ。この限りなく広がる平原の只中に、彼らの神殿が隠されているとはミオには思えなかったが、そのまさかを逆手に取ってみせるぐらい造作ないことだろう。
「まあ、ヴォルクルスくらいでしたら、私ひとりでも何とかなりますし、あなたはご自身の時間を大切にしてくださって結構ですよ、ミオ」
「教団の手数を減らしたいのはあたしたちだって一緒なんだけど。それにほら、あたしは正義の味方なワケだし。このまま放ったらかしにして、自分だけ悠々とお散歩っていうのもね」
「でしたら私からあまり離れない方が」
 平原を細かく調査しようとミオがザムジードを移動させたことに、シュウは懸念を抱いたようだった。三キロほど離れたところでかけられた声に、「大丈夫よ。本気でヴォルクルスを召喚する気だったら、とっくに出してるでしょ」とミオは気楽に返す。
 その瞬間だった。
 ザムジードの目の前に禍々しい色合いの光が吹き上がったかと思うと、ドンッ、と大地を揺るがす轟音が響き渡った。「うっそぉ!」ゆらゆらと巨体を震わせながら、ミオの目の前に姿を現すヴォルクルス。ザムジードの姿を認めるなり、天を切り裂く咆哮を放ちながら、爪も鋭き腕を払う。
「ミオ!」
「いったあ……」
 コントロールが間に合わず派手に転倒したザムジードに、追撃とばかりにヴォルクルスは腕を振り上げた。
「やってくれたわね!」
 幸いザムジードのシステムは生きている。警報音《アラート》が鳴り響く操縦席だったが、それは機体バランスが大きく傾いたことに対するものであるようだ。明滅する計器類を見る限り、機体そのもののダメージは少なく済んでいる。だったら。ミオは近くに重なり合うようになって倒れている自らの使い魔三匹に声をかけた。
「行きなさい、お前たち! しっかりダメージを与えるのよ!」
 機体の体勢の立て直しを図るよりもヴォルクルスを退かせる方が先だ。ミオは手早くコントロールを再開すると、今まさに振り下ろされようとしているヴォルクルスの腕めがけてファミリアを発射した。それが着弾するのを確認するより先に、続けてコントロールパネルを叩く。
「あなたも立つのよ、ザムジード!」
「待ちなさい、ミオ! 無理に立っては却ってザムジードが危険に晒されます。今そちらに向かっていますから、立つのはヴォルクルスがこちらの有効射程範囲に入ってからにして、暫くは攻撃を凌ぐのに専念を!」
「そんなことを云っても、この体勢でどうやってこの化物の攻撃を防げっていうのよ! ザムジードを転がせとでも云うつもり!?」
 云った先から振り上げられるヴァルクルスの腕に、ミオは連続してファミリアを叩き込んだ。巨体の割に反応速度の早いヴォルクルスは、流石にファミリア程度の武器では大きく怯んではくれない。それでも撃たなければザジードが潰される。ミオは弾数が尽きるまでファミリアを撃った。
「もう! しつこいなあ!」
 これ以上、待ってはいられない。立ち上がる隙を突かれて、再び倒れることになろうとも立たなければ。ミオがそう判断して、ザムジードの機体コントロールを始めた瞬間だった。
「ミオ、そのままで!」
 地を唸りながら突き進んできた弾道が、ヴォルクルスに着弾した。それは一撃では止まず、二撃、三撃と立て続けにヴォルクルスを炎に巻いた。その反撃を差し挟む隙もない勢いで行われるグランゾンの猛攻に、既にファミリアでそれなりのダメージを負っていたヴォルクルスの半身が崩れ落ちる。
「あたしにも出番を寄越しなさいよ!」
「先ずはこちらに合流を!」
 立ち上がったついでと残った半身に拳を食らわせて、ミオはザムジードをグランゾンの立つ位置《ポイント》へと疾《はし》らせた。移動速度の遅さが弱点《ネック》でもあるザムジードは、敵との距離を稼ぐのが不得意な機体だ。とはいえ、グランゾンのお陰で、ヴォルクルスの攻撃がザムジードに向くことはない。
 平原を駆け抜けるザムジードの側面で展開される苛烈な砲撃戦。ミオがザムジードをグランゾンの隣に立たせる頃には、残ったヴォルクルスの半身も大地に沈もうとしているところだった。
「あたし、いいところ何ひとつないじゃないのよー……」
「あの体勢にも関わらずの猛攻は目を見張るものがありましたよ」
「助けて貰うだけになっちゃった」
「構いませんよ。元々、私の個人的な柵《しがらみ》でもあるのですから」
「そうは云ってもね」ミオは頬を膨らませた。
 助けに入るつもりで来た筈が、盛大に足を引っ張る結果になってしまった。はあ……自らの無様な有様に、思わず溜息が口を吐いて出る。なんだかモニター画面のシュウの顔を直視するのもやるせない。ミオは視線をコントロールルーム内部に這わせた。何かが床に転がっている。
「あ、そうだ。ねえ、シュウ。お礼をしたいんだけど」
「構わないと云いましたよ。どうぞお気になさらず」
「いいからちょっと出てきてよ。直ぐに済むから」
 先程のザムジードの転倒で転がり出たに違いない。ミオは床に散らばっているそれらを拾い集めると、これもまた床に転がっていた紙袋の中に収め、使い魔たちにザムジードを任せて外に出た。
 地を這うように吹き上がる風が、ミオの髪を嬲る。今日は風が騒ぐ日だ。乱れた髪を直しながら、ミオは視線を正面に向けた。
 風が止み、静けさを取り戻した大地。その中央で頭を垂れる穂に囲まれるようにして、先にグランゾンから降りたシュウが立っている。彼はミオに視線を向けると、その胸に抱えられている紙袋を目にして、僅かに眉を顰めてみせた。
「それは……?」
 怪訝そうに口にする辺り、シュウにとって、この紙袋から溢れんばかりの果実は、馴染みの薄いものであるようだ。
「橙《だいだい》よ」
「ダイダイ……ですか」
「鏡餅はわかる?」
「日本の正月飾りのひとつで、縁起物だとか」
「そう。その鏡餅のてっぺんのお飾りに使われている果物なのよ。蜜柑のお仲間。今朝の市場《マーケット》で見かけて懐かしくなっちゃって買ったんだけど、あたしひとりでこの量は食べきれないでしょ。皆にお裾分けしようと思って積んでたんだけど、丁度いいタイミングだし」
「私もこの量はひとりでは食べきれませんよ」押し付けられた紙袋を抱えながら、シュウはそこでようやく気を抜いたのだろう。穏やかな笑みを浮かべてみせると、「食べ方はオレンジなどと同じですか」
「皮むいて筋とって食べるだけよ。サフィーネたちと分ければいんじゃない?」
「では、有り難くそうさせていただきましょう」
 何故だろう。ミオは思うのだ。シュウはミオに対して寛容であるような気がする。同じことをマサキがしようものなら、シュウはきっと頑なに固辞してみせるだろう。その程度にはミオの存在はシュウに許されているようだ。
 かつてのヴォルクルスに支配されたシュウの残虐性を目の当たりにしていないミオは、マサキたちのような蟠る感情をシュウに対して持っていない。だからなのだろうか。マサキたちほどの警戒心をシュウに対して抱けないミオは、魔装機神の操者の中ではシュウのすることを最も許容している人間だ。
「勿体ないし、できればちゃんと全部食べてね」
「ええ、なるべく食べきるようにしますよ」
 けれどもミオは、それを口に出してシュウに直接訊ねるほどに、シュウに対して執着心を持ってはいないのだ。そう、マサキと自分は違う。あんな風にミオはシュウに執着できない。その意味と理由をミオは察しつつあった。
 追う者と追われる者。
 シュウとマサキの間にはミオの想像もつかない時間が流れている。
「じゃあね。さっきはありがと!」
「こちらこそ。では、またいずれ」
 紙袋を片手に抱えてグランゾンに消えるシュウの背中を見送る。さわさわと頬を撫でる風。その心地よさに目を細めながら、ミオは中断した散歩の続きをすべく、自らも草むらを掻き分けてザムジードに戻った。


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