私は腐ってもシュウマササイト管理人ですので、どう足掻いてもザッシュには悲しい結末しか待っていないのですが、そんな悲しい話を真面目にやることこそが愛情だと思ったりもしなかったり。
ある意味一線を踏み越えるザッシュの巻。
書き忘れておりましたが、ぱちぱち有難うございます。そういた反応を励みにして、今年三十万字突破を目指して頑張ります。既に二十万字は超えたと思われるのですが、これ全部シュウマサで達成した数字とか私壊れてますよね。笑 でも幸せなんですよー。どうしたらいいのよー。笑
ある意味一線を踏み越えるザッシュの巻。
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<ボタンの行方~PRIVATE LIPS~>
――リーリリー……リーリリー……。
虫の音が騒がしい。夏の終わりが近付くに連れ、徐々にその数を増やしていった鳴き声は、秋が深まりをみせるに従って、我が世の春とその声をより大きなものとしていた。
営舎の出入り口に立つ兵士は、ほろ酔い加減で出てゆくマサキに対し、規律正しさを絵に描いたような敬礼を捧げた。返礼を会釈で済ませ、城下へと続く石畳の道。その示すがままに歩を進めながら、マサキは過ぎ去った時間を振り返る。
ヴァルハレビア家の名誉に賭けて誓うと言った通りに、ザッシュは一杯のワインを嗜む時間を、マサキと他愛ない会話を重ねただけで済ませた。ほう……とマサキは大きく息を吐く。何かが起こることを期待していた訳ではなかったけれども、夏の出来事を想起させるザッシュの台詞は、マサキに何かが起こった時の為の身構えをさせてしまっていた。
ザッシュはどうするのだろう。
マサキたち地上人にはない柵《しがらみ》に縛られてしまっている地底人たち。魔装機操者にとってのたったひとつの枷は、“世界の存亡に関わる事態には最優先で立ち向かえ”だけであった筈だ。それは裏を返せば、それ以外の義務を背負う必要はないという意味でもある。
その最大の鎖に繋がれるだけでは済ませてくれない家柄という身分。地底人操者たちは、自分たち地上人操者よりも数多くの制約に縛られているのだろう。酒臭い息の匂いを鼻に嗅ぎながら、マサキは城下街に出る。
すっかり暗くなった空に、眩く浮かび上がる城下街。天へと淡く昇る光が、夜の帳をいくらか薄いものとしている。その空の下。マサキは未だ人通りの多い大通りを往く。
「見合い、か……面倒臭え……」
気に入らない。マサキはザッシュの物分りの良さにそう感じてしまった。家の為に条件で相手を選び、子孫を残す。自己犠牲の精神ここに極まれりだ。だからこそマサキは、マサキには受け入れられそうにないザッシュのその考えを正したいと思ってしまった。きっと、ザッシュはそんな傲慢なマサキの考えを、自分の想いを口にすることで、それとなく窘めたのだ。マサキがそれ以上、何も言えなくなるのを承知の上で。
本当はわかっているのだ。マサキとて、もう子供ではない。ザッシュの想いに応えてやれない以上、自分にしてやれることなど何もない。そのぐらいは理解できる年齢になった。だのに、喉の奥に魚の小骨が引っ掛かっているような落ち着かなさが抜けない。
変わりゆく仲間たち。その変化は決して快いものばかりではない。それをそういったものだとマサキが受け止め切れるようになるまでには、まだまだ時間が必要なのだろう。
誰が誰を好きだの嫌いだだのと騒いでいられた幼かった日々。あの頃は良かったと振り返るほどにマサキは歳を取ってはいなかったけれども、その日々が遠くなりつつある事には気付き始めていた。それが遠い過去となる頃には、恐らく、仲間のそういった選択を人生のひとつの通過儀礼として、かくあるべきものだと受け入れられるようになっているに違いない。
でも、今の自分は嫌なのだ。
もっと生きることに貪欲に足掻いてみてもいいのではないだろうか。マサキは全てを悟ってしまったようなザッシュの態度が面白くないのだ。自分は決してその想いに応えてはやれないけれども、だからといって、これから先の人生にそういった出会いがないとは言えないだろうに。それを、一足飛びに見合い話に飛び付いてみせるなど、内に激情を秘めている男にしてはらしくない。
自分の身体を縋るように抱き締めてきたザッシュの腕の力強さ。薄々勘付いていたことではあったけれども、思いがけないザッシュの衝動的な行いに、マサキは表面だけで人間を判断してはならない事を改めて思い知らされたのだ。
無邪気な少年だったザッシュはもういない。
男の顔をするようになった青年は、だからこそ、自分の往くべき道を模索し始めた。家名を守りつつ、魔装機操者の立場を失わない道を。それはマサキにはない個人的な柵《しがらみ》だ。
もしかするとマサキは嫉妬しているのかも知れなかった。地底世界に自分を縛る個人的な繋がりを持っているザッシュに。そうでなければ、どうしてここまでザッシュの個人的な問題が気にかかったものか。他人の事なのだ。どうでもいいで済ませればいいだけの事である筈なのに。
不意に、目の前を往く人々の群れが二つに割れた。何だ? とマサキが思うより先に、道の先からやって来る一団を先導する王宮兵士の姿が現わになる。こんな時間になって賓客もないだろうに。マサキが訝しく感じながらも道を譲ろうとしたその時。
「そこにいるのはマサキじゃないの。こんな時間にあなたにこんな場所で会うなんてね。もしかしてあたしに用があったりしたのかしら」
数多くの取り巻きに囲まれたその中心で、目ざとくマサキの姿を見付け出したセニアは、典雅み笑ってみせながらマサキを自らの元へと呼び寄せた。「あら、酔ってるのね。城下でお楽しみ? その割には浮かない顔をしているけれど」
「お前こそ、こんな時間に何をしてるんだよ」
「視察よ、視察。新しく設立した高等教育機関の施設を見に行ってきたのよ。その帰り。これから情報局でレポート作成よ。休む暇もありゃしないったら」そう言って、マサキの表情を改めて眺めたセニアは、その心境が決して穏やかとはいかない事に気付いたのだろう。「ちょっと寄っていかないかしら? レポートを作成しながらだけれども、あたしでよければ話を聞くわよ、マサキ」
――リーリリー……リーリリー……。
マサキが去った部屋を片付けようとして、ザッシュはそれを名残惜しく感じている自分に気付いた。テーブルの上の二脚のワイングラス。空になった薄い緑色のラベルが貼られたワインボトル。先程まで居た筈の人間の不在は、それが日常であるからこそ、ザッシュの心に強い執着心を抱かせる。
自分は強い者に惹かれる性質を持っているのだ。
最初はリューネだった。眩い黄金《ブロンド》の髪を持つ年齢相応の少女は、戦場には不釣合いな玩具の人形にも似た人型汎用機《ロボット》を駆って、激動の戦乱を戦い抜いた。その迷いのない在り方が、ザッシュの目には限りなく尊いものに映ったものだった。
そんな彼女が心を惹かれて止まない風の魔装機神の操者を、何故かザッシュは恋敵《ライバル》として意識出来なかった。妬みよりも憧れが勝る。唯一無二の立場に君臨するマサキを、ザッシュは言葉を交わす事すら烏滸がましいと感じるほどに、以前から尊敬していたからだ。
自分は決してああはなれない。けれども少しでもその足手まといにならないような力を得たい。紅の魔装機ガルガードの操者に選ばれたザッシュは、魔装機神に最も近いと謳われるその性能を、だからこそ正しく使いこなしたいと思い、その為の努力を重ねてきたのだ。
軍属を離れても、その縁を使って、軍に近い場所に身を置き続けているのは、それが自分の戦闘意欲や技術を磨くに相応しい方法だとザッシュが考えているからだ。
だからこそ、マサキに話し掛けられれば胸が躍る。眩さに直視することすら敵わない。それがザッシュにとってのマサキという存在だ。そんなマサキに抱いている自分の感情を、ザッシュが尊敬ではなく恋の一種だと自覚するに至ったのは、魔装機の操者でもないにも関わらずマサキの傍にいることを許されているリューネの存在に嫉妬を覚えてしまったからだった。
自分ですらその傍らに近付くには、勇気を必要とするのに。
それを容易く叶えてしまったリューネ=ゾルダークという少女。戦場に於いても、戦力として自分以上にマサキに頼りにされている少女を尊いと感じていた自分が幻であったかのように、それからのザッシュは苦悶と懊悩を繰り返してゆくようになっていった。
けれども、その苦しみも過去の事。少しずつマサキとの距離が縮まるにつれ、ザッシュは自分の気持ちに折り合いが付けられるようになっていった。
会えば気安く言葉を交わせる事が出来るようになり、自分を訪ねて足を運んでくれるようにもなった。これ以上望むべくもない仲間としての親しい付き合い。自分の醜い欲望で、その関係を壊すような事だけはあってはならない。ザッシュが親戚の勧めに従って見合いをしようと思い切れたのは、今のマサキとの関係が、魔装機操者で有り続ける限り確立され続けるものであるからだ。
それでも。
マサキが口にしたグラスを手に取る。ただ尊敬していられた頃は過ぎ、恋に心を焦がす年齢になったザッシュは、もうずっとその欲と戦い続けていた。心が欲しい。それだけで済めば、恋心などこの世に存在しなくなるだろう。心が欲しければ、身体だって欲しい。子犬のように無邪気に好意を抱く相手に懐くような幼さは、自分の中にはもうないのだ。ザッシュはマサキの唇紋が残るグラスの縁を眺めた。
そこに口唇を重ねたい。簡単な事である筈なのに、叶え難く感じてしまう欲望。それをしてしまったら、自分は自分の中にある大事な何かを裏切ってしまいはしないか。そう思う半面、現実に叶わない願いなら、せめてこういった形でも叶えたい。そう望んでしまう自分もいる。
ザッシュの心の中にある天秤は、大きく揺らぎながらも、決してどちらかにだけ傾いてはくれない。それでも。ザッシュは躊躇いがちにグラスに口を寄せる。自分はもう決めたのだ。叶わない想いを振り切って前に進む選択をする決心を付けたからこそ、その葛藤にも区切りを付けよう。
震える口唇を、そっとグラスに重ねる。
重ねた瞬間、何かがザッシュの中で溶けた。溶けて零れ落ちた。それが頬を伝う一筋の涙となったのだとザッシュが気付くのには、暫くの時間が必要だった。
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