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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

ボタンの行方(2)
うちの白河とザッシュは仲良くなれないというのを思い知った回です。ザッシュが理屈屋過ぎ。何でこんなにうちのザッシュは黒いんでしょう。私、無邪気な彼を書こうとしているんですけど、毎回何故か黒くなるんですよ。本当に何でだ。
これは駄目ですね。お互いに歩み寄ろうとしても、どうにもならなくなるタイプ同士です。笑
<ボタンの行方~PRIVATE LIPS~>
 
 如何に繁栄の象徴たるラングランの城下街とて、丸一日を商売に充てる店の数は限られているものだ。ましてや夕暮れどき。巨大になればなっただけ、街は昼と夜でその表情をがらりと変える。
 詰所の交代の時間を迎えたザッシュは、営舎に戻る道すがら、ワインの入った紙袋を片手に、マサキを連れて店仕舞い寸前のボタン専門店を訪れた。「俺はこういうのを選ぶのが苦手なんだよ」と、丸長げして寄越したマサキの代わりに、店主の意見も参考にしながら、ザッシュはどうにか営業時間内にその上着に合うボタンを選び終えた。
「どうせだったら営舎に寄って行きませんか? 上着なしで帰るにはちょっと肌寒いですよ。体調管理も操者の努め。ボタンぐらいでしたら直ぐに付け終わりますし。それともこの後、何か用事があったりしますか」
 上着を預けると言ったマサキにザッシュがそう言葉を返すと、「あんまり営舎の雰囲気が好きじゃねえんだよな。お前はともかく、他の連中が堅苦しくて嫌になる」などと言いつつも、「けど、確かにちょっと寒いな」とマサキはザッシュに肩を並べてくる。
 そろそろ葉が落ち始める街路樹を街灯が照らし出している。街に流れ出てくる各家庭の夕餉の匂い。スープを煮込む匂いに、肉や魚を焼く匂い……濃紺に染まる空が、方々で灯る街明かりの数々を、宙にぽっかりと浮かび上がらせる。その柔らかい明かりは、レンガ敷きの道にふたりの影を長く落とした。
 他の操者たちの近況報告といった他愛ない会話をしながら、営舎へと続く道を往く。ひとつの和話題が終われば、次の話題へと。途切れずに続く会話に、マサキと仲間と呼び合える立場でよかったとザッシュは思った。
 酔いに任せてしてはいい事ではなかったと、今になって反省をしても遅いけれども、酔ったマサキが見せた隙に付け入ってしまったのは事実。ザッシュの感じる気まずさが短く済んだのは、マサキの過ぎた事を気にしない性格のお陰であるのだろう。
 どんな場所でもマサキは自然体だ。時に寛容で、時に皮肉屋で、時に冷静で、時に豪胆でもある。直情的で短気だと思われがちなマサキには、それだけの別の表情が隠されているのだ。僅かな付き合いでは見られないマサキのそれらの性格にザッシュが助けられているのは、ザッシュが魔装機操者という立場にあるから以外の何者でもない。
 営舎の貯蔵庫の片隅に例のワイン以外のワインを収めて部屋に戻れば、まるで最初からこの部屋の住人であったかのように窓辺に立って外の景色を眺めているマサキの姿がある。それがザッシュには少しだけ誇らしい。
 死して尚、影響力を持つ父親の庇護下を離れ、ひとりで生きる事を決心してから買い集めた裁縫道具。それをテーブルの上に出しながら、「待たせてしまってすみません。直ぐに終わらせますね」椅子に腰を下ろしたザッシュは、上着を膝の上に乗せ、糸を通した針を手にボタンを縫い付け始めた。
「この間見せて貰った写真な、良かったよ。ああいう付き合いが出来る友人がいるのはいいな。俺はどうしても、お前たちとの付き合いが主になっちまうから」
 斜向かいに椅子を置くと、ザッシュの手元を覗き込みながらマサキが言う。仲間に対する気安さが吐かせている言葉だとわかっていても、その心境を吐露する言葉にザッシュの胸は騒ぐ。その弱さごと、ザッシュはマサキを受け止めたいのだ。
 十六体の正魔装機の頂点に君臨する風の魔装機神の操者であり、伝説の剣士ランドールの名を持つマサキは、他人と対等な人間関係を構築するのが難しい。凡そ全ての人間が、自分より弱き存在になってしまう立場。マサキとて人間。等身大の自分を曝け出したい時だってあるだろうに、それは仲間といった彼と立場で結ばれている人間以外には、思い浮かぶことすらない望みであるのだ。
 だからマサキは彼を選んだのだろう。仲間として強固な繋がりを持つ自分たちの輪から外れた存在である彼を。ひとつ、ひとつ、ボタンを上着に付けながら、ザッシュはその繋がりの深さを想う。あんなに簡単に自棄酒に溺れてしまえる程に、マサキは彼には自分たちとの付き合いでは見せない自分を露わにしているに違いない。
 敵から味方へ。味方から敵へ。その関係は、ずっと味方で有り続けることより難しい事なのかも知れない。互いが互いを尊重し、己を貫き通すことを選択したからこその意地のぶつかり合いがそこにはある。羨ましくて、妬ましくて、悔しいけれども、認めずにいられない。ザッシュにとって、それは悲しい現実であったけれども、同時にとてつもなく腑に落ちる選択でもあった。
「そうですね。僕は恵まれていると思います。進む道が違っても、変わらぬ付き合いをしてくれる友人たちがいて、支えてくれる家族がいる。幸せですね。この幸せを守り抜く為にも頑張らないと」
「だからって、あんまり肩に力を入れ過ぎんなよ」
「大丈夫ですよ、そこは心得てます。ガルナンサに突き放されたくないですしね。頑張ると言っても違う事を、ですよ。実は、帰郷を躊躇っていた理由がもう一つあったんです。でも、それももういいかなって」
「もう一つ? 何をだ」
「親族が見合いをしろと煩くて。手紙でも煩くせっつかれましたし、帰郷しても案の定。僕を幾つだと思っているのやら。とはいえ、これでも戦士を輩出してきたヴァルハレビア家ですからね。父が将軍職を務められたのもその血があってこそですし、僕が魔装機の操者をしているのだってそうです。親族としては、一族の誉れであるその血統につまらない血が混ざることを恐れているのでしょう」
 全てのボタンを付け替えた上着をザッシュはマサキに渡す。ザッシュの手元をずっと覗き込んでいたその顔は、無邪気とも映る興味深げな表情から、まるで戦場を駆けている時のように険しい表情へと変化を遂げていた。
「ボタンがちゃんと嵌るか、着て確認してみて下さい」
「ザッシュ、お前もしかして」
「大丈夫ですよ、マサキさん」ザッシュは微笑んだ。 
 その血統によって将軍職を得た昼行灯の父を揶揄されることも多かったザッシュは、そういった評判を笑顔で遣り過すようになっていった。知っている人間だけがわかっていればいい。父がすべき時には出来る人間であることを、息子だからこそ誰よりもわかっていたザッシュは、何を言われたとしても言い返さない事を選んだ。
 だからこそ、ザッシュは自分の笑顔に自信を持っているのだ。自分の心を覆い隠す為の鎧として充分に機能してくれるこの笑顔。自分の想いは叶わなくていい。マサキは他人の感情を歯牙に掛けないといった事が出来ない人間だ。自分の想いがその枷となってしまうくらいだったら、きちんとこの想いを精算してみせよう。ザッシュの決意は固まりつつあった。
「家の存続を考えると、やはり僕が父の名代を継ぐべきなのだろうと思うんですよ。でも、僕自身はガルガードの操者です。ヴァルハレビア家の家督は継げても、軍での立場は継げません。だったら、早めに結婚相手を決めて、その子に軍で父の意思を継いで貰うのが最良でしょう。そうすれば、ヴァルハレビア家の名誉も保たれる。家族や親族も安心出来ますよね」
「だからって、お前はそれでいいのか。お前の人生はお前のもんだろ。お前自身が決めずに誰がお前の人生を決めるんだ」
「これだって自分の選択ですよ、マサキさん。選択肢を見付けるのは、自分の力だけじゃない。他人から提示されることによって気付かされることだってあるんです」
 ほら、と言ってザッシュはマサキが手にしたままの上着を手に取った。「ちゃんと着てみて下さいよ。これでも僕、裁縫の腕にはちょっと自信があるんですよ」椅子に座ったままのマサキの肩に上着を掛けてやると、渋々といった様子でマサキは上着に袖を通すと、ザッシュが付け替えたばかりのボタンを留めてゆく。
「ボタン付けは得意中の得意なんです。軍服のボタンも支給品ですからね。無くしたら始末書です。だから、そう簡単には取れないぐらいに、ちゃん付けられるようになったんですよ。どうですか、マサキさん。きつかったりしませんか?」
「ああ、大丈夫だ。手間を掛けさせたな。でも、ザッシュ」
 まだ何か言いたげなマサキを制してテーブルの裁縫道具を片付ける。タンスの上に用意しておいた例のワインとワイングラスをテーブルの上に乗せながら、ザッシュは言った。
「その話はこれまでにしましょう、マサキさん。誰かを好きになったからといって、必ずしも幸福な結末が保証されるものではないですよね。誰かの恋が実った影には、誰かの犠牲があることだってある。僕の恋はそういった性質のものだった。それだけです。それともマサキさん、僕の気持ちを受け入れてくれるとでも?」
「お前、さらっとそういう事を……」
「すみません。折角、この間の無礼をなかったことにして頂いたのに」
 ワインの栓を開けて、ふたつのグラスにそれぞれ注ぐ。管理の難しいワイン。それをどんな気持ちで彼はマサキに託したのだろう。きっと、本当に単純な侘びの品に違いない。
 嫌味にしては渡された品が高級過ぎる。ザッシュが兵士たちと連れ立って良く行く大衆酒場で出てくるワインとは香りからして違う。前回のワインのより、更に上物のワインに感じられるのは気の所為か。ザッシュはワインを注いだグラスをマサキに差し出した。
「それはそれとして、少しぐらいはお付き合いして頂けますよね、マサキさん? 変な話を聞かせてしまったお詫びです。安心して下さい。今日は絶対に何もしないと、ヴァルハレビア家の名誉に賭けて誓いますよ」
 そしてザッシュは、グラスを受け取ったマサキに自分の手にしたグラスを重ねてから、その中身に口を吐けた。それを契機として話題を変える。マサキも下手に話を穿り返すと、ややこしい事になると気付いたのだろう。それ以上、ザッシュの家庭の事情に口を挟むような真似はしなかった。
 
 
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