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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

得意の不在
「空はこんなに青いのに」で始まり、「緑が目に眩しかった」で終わる物語を書いて欲しいです。」のお題を消化したもの。胸が騒ぎ立つシュウのお話です。

べったーをご覧の方はご存じだと思いますが、順番を前後してこちらの作品を先に落とします。このシリーズ、他の作品は(時間がはっきりしているものもありますけど)どこから読んでも問題ないのですが、今後投下される以下の作品は時系列が決まっている関係で、出来れば順番通りに読んでいただきたく。

・或る晴れた日の 城下で偶然に顔を合わせたシュウマサ
 ↓
・夢より出でて 城下より離れた都市で顔を合わせたシュウマサ
 ↓
・月と太陽 気まずい別れを経験した二人の再会
 ↓
・あなただけに マサキの言葉に感情的になったシュウ
 ↓
・本心(仮)(これから書く話です)

今日で無事にリハビリシリーズも完結を迎えます。やっとこさを終わったリハビリですけど、何て云えばいいんでしょうね。昔の作品を昨日読んでしまったんですけど、「表現の幅が狭くなったな、私」と落ち込むことしきり。もっと精進しないと駄目ですね。
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といったところで、本文へどうぞ!
<得意の不在>

 空はこんなに青いのに、何故今日に限って自らの心は不穏にざわめいているのか。
 誰にも行き先を告げることなくひっそりと外に出たシュウは、愛機の操縦席から空を見上げて、どうしようもなく乱れている自らの心に溜息を洩らした。
 重なり合った雲の向こう側に大地が霞んでいる地底世界の日常的な風景。いつもなら心穏やかに眺めていられるその景色が、やけに胸を騒がせて仕方がない。滅多なことで落ち着きを欠くことがないシュウは、心当たりもなく生じた自らの情動の乱れに途惑いを隠しきれずにいた。
「ご主人様も人間ですしね。そんなことも偶にはあるんじゃないですか」
 主人の感情を波長として感じることが出来るらしい使い魔。シュウの上着のポケットの中から顔を覗かせていたチカは、そう云いながらもやはり中《あ》てられるところがあるらしい。「しかし落ち着きませんね、この状態は」うんざりした様子でそう呟くとよいしょと器用にポケットの中から這い出し、シュウの腕を伝いながらその肩に乗り上がってきた。
「憂さ晴らしですよ、憂さ晴らし。こういった気分の時には憂さを晴らすに限ります。どうです、ご主人様。このついでにどこかの遺跡でもぶっ壊しに行きませんか?」
「蛮行を勧めたがるのはあなたの悪い癖ですね、チカ」
「あたくしは世界に優しい方法を選んだつもりですよ。大体、破壊神信仰の神殿なんていつまでも残しておいてもいいことなんてないでしょうに。悪・即・斬ですよ、ご主人様。ぱーっと壊してしまいましょうよ、あんな陰気臭い神殿、ご主人様がが理想とするラ・ギアスの世界には必要ありませんでしょう」
「しかし迂闊に壊してしまうと、周辺地域の地形に変化を生じさせてしまいかねないですからね」
「でしたらどうするおつもりで? 何もせずとも回復する機嫌なんてそうないと思いますけど」
 そうは耳元で姦しく騒がれても、シュウにも原因がわからぬ現象であるのだ。
 何か切欠があってこうなったのであれば、その原因を取り除けばいいだけの話で済む。しかし朝目が覚めた瞬間からこうであったシュウには、思い当たる節がまるでなく。もしかしたら気圧の変化といった環境的な要因が障害を引き起こしているのやも知れない。そうは思いつつも、のたうち回りたくなるような情動の乱れはシュウの思考の働きをも乱してくれたものだ。
 不安定にも限度がある。シュウはやりきれなさをぶつけるように、グランゾンをひた走らせた。
「しかし久しぶりですね、こんな心理的に乱れた状態のご主人様と一緒にいるのは」
 流れては高低差を変えてゆく大地。そして形を変えてゆく雲。雄大なラングランの自然は、かつてこの地に動乱を齎したグランゾンでさえも温かく迎え入れてくれているように感じられたものだ。
 暴虐な何かに突き動かされるがまま。唯々諾々と教団の方針に従ってラングランに陰謀を張りめぐらせたシュウは、時には自ら手を下しつつ、また時には裏で糸を引きながら、彼らが理想とする世界の構築に励み続けた。
 形あるものを全て壊す。それだけの破壊衝動の塊と化すまで。
 だからこそシュウは、この手で全てを取り戻してみせると誓ったのだ。
 戦い疲弊して豊かさを失った世界。人々の嘆きを目にしたシュウは、自らの意思を封じられた空白の時間を埋めるように精力的に動き続けた。そうでなければ償い切れない己が犯してしまった罪。後悔は今でもシュウの胸にある。
 地位に才能、そして自由と、恵まれた立場に生まれながら、シュウは多くを望み過ぎてしまった。籠の外の世界は更に大きな籠の中の世界であるとを知らなかった過日のシュウ。そもそも人はふたり集まった時点で柵《しがらみ》を作りだす生き物なのだ。人がひとりでは生きられない以上、他人との付き合いは断ちきれぬもの。故に、自由は心の中にしか存在し得ない。そんな単純な答えをあの頃のシュウは悟れなかった。
 愚かな少年の自由を求める気持ちに限りはない。欲張り続ければ欲張り続けただけ、満たされなさは募ってゆく。その満たされなさはシュウの心に餓えを生み出した。
 サーヴァ=ヴォルクルスは人間の心の隙間に潜り込む精神体だ。飢えを抱えたシュウの心に潜り込むなど造作もなかったことだろう。だからこそ邪なる神は、シュウを傀儡として世界に脅威を振り撒くことに成功してしまったのだ。
「私はそんなに心を乱されているようにあなたには感じられますか、チカ」
「勿論ですとも。以前のご主人様はこんな感じでしたよ。突然に心を乱されては、それをぶつけるように戦いに励まれたではありませんか。もうお忘れになってしまいましたか? あの日々のことを」
「忘れてはいませんよ、チカ。ただ日々に忙殺されていると、思い出す機会に恵まれないからでしょうね。あなたに云われるまで、そうだったという実感を得られずにいましたよ」
 失われた命ばかりは神ではないシュウにはどうにも出来なかったし、全てを元通りという訳にも行かなかったものの、どうにか以前の形を取り戻したラングラン。その限りなく豊かに映る大地を、二度とシュウは踏み荒らそうとは思わない。
 それでもチカにとって現在のシュウの波長は、あの頃と同じように感じられるものであるのだろうか。チカの言葉にかつての己を振り返ったシュウは、今となっては途切れ途切れな部分も多いその記憶を、忌まわしきものを封印するように胸の底に沈めていった。
「それでいいんじゃないですかね。苦痛を振り返ることを続けていると、人間の脳というのはその状態に快感を覚えるように出来ているとも云いますからね。そんな精神状態を続けていたら、またヴォルクルスに乗っ取られるとも限りません。さあ、ご主人様。何でもいいから気晴らしをしましょう!」
「そうは云われましてもね……」
 面白味のある人間ではないと自覚しているシュウは、自らの気晴らしになりそうな娯楽を思い浮かべてみた。読書に散歩、芸術鑑賞。そして研究と、どれも決して快活に身体を動かすとは行かない趣味ばかり。これには流石にシュウも自らの陰気な性質に愚痴のひとつも吐き出したくなったものだ。
 ――こういった時に、彼はどう過ごしているのだろう。
 ふと脳裏に色鮮やかに浮かび上がった少年の面影に、もしかしたら自分は――と、シュウは不穏に騒ぎ立てる自らの心が求めているものに気付かされたような気がした。
 鮮烈な印象を残す眼差しに、意思を秘めた口唇。つっけんどんな態度を表すかのようにつんと上を向いた小鼻に、目指す未来を描いているかのような直線的な眉。瑞々しさに満ちた肌の上に並ぶ彼の顔のパーツを、シュウはひとつひとつ思い浮かべてゆく。
 その顔を覆う鮮やかに色を放つ髪。その緑が眩しかった。


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