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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

春は巡る
「あなたに秘密があるように」で始まり、「さよならの数を数えた」がどこかに入って、「だから帰ろうよ」で終わる物語を書いて欲しいです。」のお題を消化したもの。いつかのどこかでの戦いの合間の話だと思ってくれると幸いです。

また云うのを忘れておりました。拍手・感想・ひとことコメ有難うございます。今週末から30の物語の更新を再開しようと思います。今暫くお待ちください。
引いたお題があと三つほどありまして、それを完成させたらこの白河を主題にしたリハビリシリーズも終わりになります。思ったより長くリハビリをしてしまいましたが、書いていて思ったのは、疲れていると人間ホント酷い文章書くよねっ!ってことだけです。笑

では本文へどうぞ。
<春は巡る>

「あなたに秘密があるように、私にも秘密はあるのですよ、マサキ」
 そう言葉を吐いた瞬間、図星を突かれたようにマサキの身体が微かに揺れた。
 動揺を身体で表し易い性質のマサキはいつもこうだ。反応してみせなければその話を深く掘り返すこともないものを、確信があって云っている訳でもないシュウの当て推量に逐一反応してみせる。果たして、どういった秘密を抱えてしまったのか、俯いたその表情を覗き見たい衝動に駆られながら、けれどもシュウはマサキの前に立ち続けるだけだ。
 それほどに近しい仲でもない。
 自らマサキの許に足を運ぶことはあったものの、それ以外でシュウがマサキと顔を合わせたのは、何某かの問題に絡んだ場所でばかりだった。王都然り、戦場然り、敵地の只中然り、ヴォルクルスの神殿然り……稀にプライベートで顔を合わせる機会にも恵まれたものだったが、お互い連れがある状態では、そうそう踏み込んだ話をする訳にも行かず。
 長い付き合いでありながら、ゆっくり話をする機会にはそうそう恵まれなかったふたり。しかもマサキはシュウと顔を合わせれば、粗暴に噛み付いてくるか、尊大にも皮肉たっぷりの口を利くかのいずれかしかない。これでは踏み込んだ話どころか世間話をすることすら難儀だ。
 そういったふたりの関係に、シュウ自身は思うところがあったりもするのだが、これまでの経緯《いきさつ》が経緯である。例えヴォルクルス教団の支配下にあったとはいえ、シュウが彼の養父であるゼオルートの命を奪ってしまった事実は覆せない。あの決闘は、確実にマサキのシュウに対する人物評を変えたことだろう。白河愁という人間は無為に命を奪える人間であると……しかもシュウ自身が手を下したのではないにせよ、ヴォルクルス教団が時間を掛けて張り巡らせた蜘蛛の糸は、ラングランに壊滅的な被害を齎したものだ。
 それが結果、長い戦いをマサキに強いることとなってしまった。
 これでマサキの恨みを買わない自信はシュウにはない。
 出会っては別れ、別れては出会いを繰り返してきたシュウとマサキ。別れの挨拶を口にするような仲ですらないふたりの付き合いは、さよならの数を数えたりする必要すらないものだったが、それでも脳裏に鮮やかに思い描けるほどにシュウにとっては印象深いものばかりだ。
 特にヴォルクルスに精神を支配されようとしていた意識を引き戻してくれたあの瞬間のことは、シュウにとっては忘れ難い出来事として胸に刻まれている。闇の中に響いてきたマサキの声が、シュウにとっては天上から垂らされた蜘蛛の糸であった。細く頼りないその糸を伝うに従って、それは太さを増し、急激にシュウの意識を現実世界へと引き上げてくれたものだ。
 自らを救えるたったひとりの人間。シュウにとってのマサキは、マサキが思っているような卑小な存在ではない。道を示すように遠く光を放つ、とてつもなく偉大な輝ける星。それは他の誰であっても変われない立場だった。
「お前の秘密って……何だ……」
 シュウにとって替えが効かない存在であるところのマサキ。彼はきっとシュウに尋ねたかったのだ。シュウが抱えてしまっている秘密の数々を。
「俺への答えがそれだって云うなら、聞かせろよ。お前の秘密ってヤツを。それはそんなにお前を頑なにさせるものなのか」
 不意に顔を上げると、それでも素直にそれを尋ねるのは躊躇われたのだろう。マサキにしては殊勝にも、消え入りそうな声で尋ねてくる。
「人に秘密を尋ねるには、それなりの信用が必要でしょう。あなたは私に対してそれだけの信用を稼げていると思えますか、マサキ」
 戦いの道中。野営の最中に珍しくマサキに誘われて外に出た。そして日頃の態度について物思うところがあったらしいマサキに、その態度を改められないのかと問われたシュウは、「そうしたいのは山々ですがね、習い性のようなものでもありますし」と答えた。
 それで話を済ませるつもりだった。
 そこにマサキが食い下がってきた。「少しは努力をしろよ、お前」余計な口を利かなければ、話しは穏便に済むものを――と思いながらも、シュウはマサキが見せたその態度にどうしようもなく欲望を感じてしまっていた。
 こんな好機は二度と訪れないかも知れない。だからこそ、つれない態度で跳ね除けることがシュウがマサキに恵んでやれる最大の優しさなのだと、シュウは追い縋るようなマサキの言葉の数々を、自らの鋭利な刃物のような言葉で退け続けた。
 それでもマサキは退かなかった。恐らくは、自ら云い出したことだけに、後に退けなくなってしまってしまっていたのだろう。最後には挑戦的にシュウを睨み付けながらこう云ってくれたものだ。
 ――お前、何かあるのか? 態度を改める努力も出来ないって相当だろ。
 そのマサキに対するシュウの答えが、今に続く始まりのひと言だったのだ。

「……そう、だよな。そう簡単に口に出来るもんじゃねえよな……安易に聞いちまって悪かった。今の言葉は忘れてくれ」
 少しの間。そしてようやく言葉を吐いたマサキは、どう表情を取り繕えばいいのかわからない様子でそこに立っている。そのしおらしい態度がまた、シュウの中に渦巻く欲望の力を強めるとも知らずに。
 許されるのであれば、全てを打ち明けてしまいたい。
 それは限りない誘惑だった。シュウはマサキという年若い少年に、自らの全てを知って欲しいという欲を持ってしまっていた。かといって自分を委ねたいのではない。ただ受け止めて欲しい。そして、あるがままの自分がこの世に存在していることを赦して欲しい。シュウにとってそれは贖罪にも似た気持ちだった。
 一歩間違えば依存になりかねないその選択を、薄氷の上に立つような危うさでシュウが踏み止まっていられたのは、そうした秘密を知った時に、マサキが白河愁という人間に対してどういった感想を抱くのかが予想出来てしまっていたからだった。
 跳ねっ返りの強い性格をしておきながら繊細《センシティブ》でもあるマサキは、きっとその事実をシュウが考えているよりも重く受け止めてしまうことだろう。それがシュウには耐えられなかった。シュウは本当にただ、その大樹のように逞しい精神でやんわりと受け止めて欲しいだけなのだ。
 出来ればいつもの不遜な態度そのままに、笑い飛ばして欲しいぐらいに軽く受け止めて欲しい。けれどもマサキにそれは出来ない。シュウに秘密を尋ねるだけで、あれだけ思い詰めた表情になる少年なのだ。明かされた秘密をひとりで抱えきる重圧《プレッシャー》に耐えられるとは、シュウには到底思えず。
「あなたの秘密は、マサキ?」
 だからこそシュウはそう返した。出来るだけマサキに笑い飛ばしてもらえるように、気安く。
「……それについてはお前の言葉をそっくりそのまま返してやるよ。お前、そこまで俺に信用されてると思ってるのか?」
 シュウの態度は功を奏したようだった。始まりこそ気まずそうであったものの、次には口の端を吊り上げてみせると、それまでの重苦しい空気を払拭するようにマサキは笑ってみせた。
「違いないですね。私はあなたの信用を得られるほど、優しい性格でもない」
「それは違うだろ」
 それでいい。そう思って話を終わりにしようとしたシュウに対して、間髪入れず。その自虐を否定する言葉をマサキが吐く。
 よもや否定されると思っていなかったシュウは面食らって言葉が続かない。
 マサキはいつだってそうだ。シュウの予想をいい意味で裏切ってみせる。シュウを斃せるまでの成長を遂げてみせ、シュウを現実に引き戻せるほどに力強い存在となってみせ、そして今……だからこそシュウはマサキから芽を離せなくなるのだ……僅かに目を見開いたシュウは、凝《じ》っと。マサキの顔を見詰めながら、続く言葉を待った。
「何だかんでお前、あいつらの面倒をちゃんと見てやってるじゃねえか。それに俺のことだって……」
 そこで言葉を切ると、マサキは眩しそうに目を細めた。きっとシュウが色々と世話を焼いたことを云いたかったに違いない。けれどもそれを素直に口にするのは、その性格上出来なかったのだろう。マサキは静かに首を左右に振ると、何かを振り切ったように、
「これ以上はもう云わねえ。だから帰ろうぜ、シュウ」


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