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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

或る晴れた日の
「小さな奇跡が起きた」で始まって、「もう少し君を知りたかった」で終わる物語を書いて欲しいです。夢のような話だと嬉しいです。」のお題を消化したもの。城下で偶然に顔をあわせたシュウマサの話。

お題で引いた白河シリーズ。ここからシュウマサがメインの話になります。連作になりますので、出来れば順番通りにお読みいただけたら幸いです。

今週、実はスケジュールがきつめで、まともに活動できそうなのが火曜日しかないという@kyoさん。今まで行っていたところで新しい仕事を受注したらしく、それ関係で施設外が一日増えてるんですよね。それに加えて肘の通院もありましてってそういや肘はどうなったの?って話なんですけど、相変わらず痺れてはいますが、一時期のもう腕を動かせないっていう痛みは無くなりました。

このまま良くなるのを願うばかりです。

ぱちぱち有難うございます。べったーへのいいねも有難うございます。
今後もぼちぼちべったーは利用して行こうと思ってますので宜しくお願いします。
では本文へどうぞ!
<或る晴れた日の>

 シュウに小さな奇跡が起きたのは、そろそろ数を減らしつつある服を新調しようと訪れた馴染みの仕立て屋を出て、目の前の通りを大通りに向けて歩き始めた次の瞬間だった。
 すぐさま現れた四つ辻の角を右に折れたシュウの腕に、擦れ違いざまにぶつかった肩。悪い、と簡潔に謝罪を伝える声が知ったものであることに気付いたシュウは、既に足を止めてこちらを振り返っている少年に、「珍しい偶然もあるものです」と言葉を放った。
 マサキ=アンドー。
 彼は大仰に顔を顰《しか》めてみせると、「王都くんだりまで出張って来ておいて、偶然もへったくれもねえ」そう云いながら、少し離れた位置に立っているシュウの許に近付いて来ると、「一体、何の用事だよ。てめえの姿をこんなところで見かけると、嫌な予感しかしないんだがな」
 黒々とした瞳に白い筋の通った三白眼。上目がちにシュウを見上げてくるマサキの幼さ残る顔立ちは、口を開かなければ愛嬌を感じもしたものだったけれども、いかんせんぶっきらっぽうな言葉遣いが邪魔をする。せめて言葉遣いをもう少しばかり改めればいいものを……愛くるしい|個性的な顔立ち《ファニーフェイス》の持ち主であるだけに、その口の悪さがシュウには勿体なく感じられて仕方がない。
 けれどもそうしたマサキの口の悪ささえも、シュウは彼の持つ個性を引き立てる要素だと認めてしまっている。行儀の良いマサキなどマサキではないだろうに。そう思いながら、マサキのこととなると目が曇る自らの愚かさに、それさえも誇らしく感じられて仕方がないのだと、シュウはひっそりと微笑《わら》った。
「私にも日常生活は存在しているのですがね、マサキ」
「お前がわざわざ王都まで運ぶような日常的な用事がどこにあるんだか」
 不貞腐れたような表情で吐き捨てるように言葉を吐くマサキは、因縁深い場所に姿を現わしたシュウに対する疑惑を捨てきれずにいるようだ。そんなマサキの態度に、くどくどと説明を重ねるのは性分ではないにせよ、とシュウはその理由を口にすることにした。
「長い付き合いの仕立て屋がそこの角を折れた先にあるのですよ」
「服を仕立てるねえ……」そこでマサキはちらとシュウの着ている服に目を落とした。「まあ、俺の着てる服とは出来が違うもんな、お前の服って」
 既製品とは明らかに異なる生地の質の良さぐらいは、マサキであっても見抜けるようだ。ましてやオーダーメイド。市販の服は手足や腰回りが余ることもあったが、注文品にはそうしただぼつきがない。
 まさに誂《あつら》えられた一着。長く付き合いを重ねてきた店だけに、どういったデザインやカッティングをすれば、シュウの高い身長を映えさせる服が出来上がるのかを理解しきっている。気難しい職人肌の店主は、シュウが何も云わずともその好みを見抜いてみせたものだ。
 それで既製品に劣る服が出来上がる筈がない。
 それが鈍感なマサキをして、シュウの服の特殊さを認めさせるに至ったのだろう。幾分、表情を和らげたマサキは、それだったらいいと呟いて、シュウの顔から目を逸らした。
「おや、珍しい。このぐらいの説明で納得してくださるとは」
「納得しなきゃ話が終わらないだろ。それともお前、実は他に目的が……なんて云いやがるつもりじゃねえだろうな?」
「その程度には信用してくれるということですね。でしたら誓いますよ。本当にそれだけの用事でここに来たとね」
「なら用が済んだらさっさと帰れよ。俺が庇ってやれるのにも限度があるんだからな」
 既に向かっていた側に身体を向けているマサキに、このまま別れてしまうのも惜しいとシュウは手を伸ばした。マサキ、とその名を呼びながら腕を掴む。なんだよ、とごちりながらマサキが振り返る。
「もし暇でしたら、少し私に付き合いませんか。折角、ここまで足を運んだのに、このまま帰宅の途に就くのもつまらないと感じていたのですよ」
「けったいなことを口にしやがる」
 口ではそう云ってはみせているものの、満更でもなさそうだ。それでも素直に行くと返事をするのは躊躇われるとみえる。はあ、と聞こえよがしに溜息を吐くマサキが、腕を離して返事を待つシュウに向き直った。
 そして振り返った瞬間に瞳に深くかかった前髪を掻き上げながら、
「まあ、いいぜ。何処に行くつもりかは知らねえが、少しぐらいなら付き合ってやる」

 店も大分入れ替わったラングランの城下町をマサキと共に眺めて歩きながら、新たに仕立てた服に見合う装身具を探しに装飾店に入り、前襟を留める為のタックピンを購入したシュウは続いて古書店に足を運ぶと、以前から欲しいと思っていた何冊かの書物を手に入れ、その間、煩くせっつく真似もせず買い物が済むのを待っていたマサキに礼をすべくレストランに足を踏み入れた。
「お前さ、前から疑問に思ってたんだけど、その金はどっから手に入れてるんだよ」
 宝石《いし》の付いたタックピンの結構な値段に眉を顰めていたマサキは、どうやらその金の出所が気になっていたようだ。レストランのテーブルに着くなり、メニューブックを開くより先にそう尋ねてきた。
「あなたと変わりませんよ」
「本当かよ。お前がちまちま賞金稼ぎをしているところなんて想像出来ないんだがな」
 疑り深く顔を覗き込んでくるマサキに、どうぞ、とシュウはメニューブックを手渡した。「お前の奢りなんだよな」念を押すマサキにシュウは深く頷いてみせる。
 ドレスコードはないものの、それなりに値の張るレストラン。メニューブックに目を落としたマサキが盛大に顔を歪めるのを、声を殺して笑いながら眺めていたシュウは、ひとしきり笑った後に、自らもまた注文を決めるべくメニューブックを開いた。
 浮かれ騒ぐまでに舞い上がってはいなかったものの、浮ついた心。喉元を掻き毟りたくなるような胸騒ぎは、そう簡単には静まりそうにない。いつもはひとりでそぞろ歩く道のりにマサキの随伴がある。たったそれだけで鮮やかさを増す世界が、シュウの目に眩く映る。
 突然に舞い込んだ小さな奇跡。腕と肩が触れ合っただけの偶然による邂逅は、二度と訪れないかも知れない時間をシュウに与えてくれている。その事実に感謝を捧げながら、「決まりましたか、マサキ」目の前で悩み続けているマサキにシュウが声をかけてみれば、まるで究極の選択を迫られているかのような表情がこちらに向けられたものだ。
「シチューとハンバーグ、どっちがいいと思う?」
「両方頼めば如何です」
「量が多過ぎるだろ。お前がシチューを半分食べてくれるっていうなら頼むけどな」
 気軽にメニューのシェアを口にしてみせるマサキに、日頃からそうした食生活を送っているのだと、シュウの心はさんざめいた。その相手はプレシアだろうか? それともリューネであろうか? それとも……あれだけ賑やかに仲間との生活を送っているマサキのことだ。ひとつの皿を仲間と分け合うことも珍しくないに違いない。即座にそう思い直してみたものの、シュウの動揺は限りなく。
「決めた。ハンバーグのセットにする。お前は決まったのか」
「とうに決まっていますよ、マサキ」
 平常心を奪われてばかりの己に、シュウはただただ苦笑するしかない。そんなシュウの笑顔をどう受け止めたのだろう。マサキは気まずそうに鼻の頭を掻いてみせると、
「そりゃ、メニューを決めるのに時間をかけ過ぎたとは思うけどな……」
 どうやら自分がかけた時間に、シュウが呆れていると感じたらしい。
 シュウにとってこんなに都合の良い解釈もない。そうですね、とただ頷くだけに留めたシュウに、マサキは暫く何事か云い訳めいた言葉を口にしていたが、ウエイターがオーダーを求めて近付いて来ると、従業員に見苦しい姿を晒す訳にも行かないと思ったようだ。シュウを見詰めたまま、口を噤んだ。
「ご注文はお決まりでしょうか」
「ええ、デミグラスハンバーグのセットと……」
 そうして頼んだハーブチキンのソテーをいつもより時間をかけて食べながら、シュウは個人的に知りたいと思っていたことをマサキに尋ねた。魔装機に乗らない間に何をしているのか……ひとりの時間をどう過ごしているのか……リューネやウエンディといった周りの女性たちをどうするつもりなのか……きっとそうしたシュウの詮索めいた質問を、マサキは話題の提供と捉えたのだろう。
「どうするも何も、リューネは好きで付いて来てるんだろ。それは俺がどうこう出来る話じゃねえよ。それにウエンディはサイバスターの開発者だしな。俺が嫌だって云っても切れる縁じゃなし」
 取り立てて嫌がる様子も見せずにシュウの言葉に応じてみせたマサキは、他の操者たちと行動を共にしている以外の時間は部屋で寝ていることが多いと答えた後に、単純に鈍感なだけなのか、それとも敢えて他人の気持ちに目を向けないようにしているのか、どちらとも取れない言葉を吐いた。
「随分と冷たいことを云いますね、マサキ。彼女らが好きで付いてきているのは事実でしょうが、それは自らの気持ちの赴くままというより、あなたの側にいたいからでしょうに」
「そうなのかねえ。まあ、好きにすればいいさ。俺はあいつらをどうこうしようっていう気持ちはねえよ。それよりお前、自分のことはどうなんだよ。他人のことに口を挟んでる暇があるなら……」
 シュウが投げかけた問いを拾い、そして話を広げるように問いを返してくるマサキは、それが彼の日常的なコミュニケーションの在り方なのだと感じさせるまでにリラックスした様子でいた。日頃、跳ねっ返りも強くシュウに絡んで来る人物と同じだとは思えない自然な会話の流れ。心地良く心を満たす穏やかな時間は、けれどもいつか終わりを迎えてしまうからこそ、シュウにとっては喜ばしく感じられもしたものだったし、寂しく感じられもしたものであった。
 ――いつもそうしたあなたでいてくれればいいのですけれどもね、マサキ。
 空になった皿を目の前に、そこから食後の珈琲の時間の分だけ話を続けたシュウは、云った通りにマサキの分の会計を持つと彼を伴って店の外に出た。
 薄い雲が流れるラングランの青き空。往来を雑多に人々が行き交っている。
「あなたは何処か行きたいところはないのですか、マサキ。私に付き合わせてしまった分ぐらいは付き合いますよ」
 離れ難い思いを胸に、シュウがそう申し出てみれば、マサキはそれを頃合いを告げる言葉と受け止めたようだ。恐らくはシュウを伴えない用事を抱えているのだろう。「いや、いい。随分時間を使っちまったしな」そう云うと、惜しむ様子も見せずにシュウに背中を向け、往来へと一歩を踏み出してゆく。
「それじゃ、俺は行くぜ」
 足を止めて、じゃあなと最後に軽く手を振ってみせたマサキは、そこからシュウを振り返ることもなく、人いきれの中へと姿を紛れ込ませていった。次第に小さくなる背。遠く去ってゆくマサキに届くことがないと知りながら、「楽しかったですよ、マサキ」そう言葉を吐いたシュウは、その場から足を動かすこともせず、過ぎた時間に思いを馳せた。
 兄妹としてのプレシアとの付き合い方……セニアとの普段の会話……好きな食べ物に好みの色……そうして先程までマサキと繰り広げていた会話の数々を反芻しきったシュウは、日常的なマサキの一面を目に出来た奇跡に再びの感謝を捧げながら、
 ――でも、出来れば。
 シュウはマサキが去って行った方向を凝視《みつ》めた。止むことのない人の流れが彼の背中を包み隠してしまった道の果て。名残惜しさは尽きぬとも去らねばならない……そう思いながら、叶えたかった望みを胸の中で呟く。
 もう少し、あなたを知りたかった。


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