「「手は届くのに心は遠かった」で始まり、「わかってるから言わないで」で終わる物語を書いて欲しいです。」のお題を消化したもの。ようやくマサキに触れられた白河の話。
肘が滅茶苦茶痛い@kyoさん。明日もPC作業につき、作業をするのは難しそうなので、溜まったログをログ置き場に移行する作業をしようと思います。(それが肘に良くないのはわかっているのですが)その数がなんと20編以上、10万字近くになっている事実に驚きです。書き過ぎや……
ちなみにまだリクは受け付けております。
いやだってお祭り番外編にしちゃったんですもの。白河視点で書けるものでしたら何でも大丈夫ですので、お寄せいただけますと幸いです。では、本文へどうぞ!
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<夢より出でて>
手は届くのに心は遠かった。
手のひらに残るマサキの温もりを留めるように、シュウはそっと自らの手を握った。袖を引くように腕を取った手のひらは、冷えた肌を持つシュウにとっては信じ難いほどの熱を持っている。
ようやくマサキに届いた自らの手。付き合いの長さにも関わらず触れ合うことのなかった肌に、いつかは気安く触れられるようになれればと考えていたシュウは、ようやく訪れたその瞬間に、過ぎ去った時間を何度でも自分はこれから繰り返し脳に刻んでゆくのだろう――そう思って、静かに目を伏せた。
人波の中にその背中を見出して、追い掛けてきたのだという。
人波の中にその背中を見出して、追い掛けてきたのだという。
研究開発の合間に気晴らしと散策に出たシュウは、城下より離れた都市の街角で突然に背後からかけられた声に、ついに幻聴が生じるまでに自分は疲労してしまったのだと思った。
「おい、シュウ。お前、人のことを無視しやがるつもりなのか」
続いた言葉のやけに耳に残る力強さに、ようやくそれが現実であると気付いたシュウは、マサキとその名を呼びながら足を止めて振り返った。黒々とした眼の下に白い筋の通った三白眼。藪睨みがちにシュウを見上げているマサキの姿を認めたシュウは、降って湧いた幸運に表情を僅かに緩めた。
「まさかあなたがここにいるとは思わなかったのですよ」
「任務の帰り道なんだよ。何か土産でもと思ってな」
そこでマサキは周囲を窺った。そしてシュウの側にいるべき連れの姿がないことに気付いたようだ。意外といった表情になると続けて言葉を吐く。
「お前はこんなところでどうしたんだよ。ひとりで歩いてるなんて珍しい」
「いつも彼女らと行動をともにしている訳ではありませんよ。私とて偶には気晴らしにひとりで外に出ることもあります。それにしても、あなたこそ珍しい。私を見かけて声を掛けてくるなど」
「店を探してたんだよ。そうしたら向こう側に、お前の背中らしきものが見えたもんだから」
その口ぶりから察するに、マサキはシュウの背中が見えたという理由だけで、道の向こう側からわざわざ声をかけにきたようだ。
らしいと云えばらしく、らしくないと云えばらしくない。邪神に心を囚われたシュウが暴虐の限りを尽くしていた昔ならいざ知らず、世界の脅威から遠ざかって久しい。今となっては、多忙なマサキにはシュウの相手をしている暇そのものが無いのだろう。彼の許にシュウが足を運ばなければ、顔を合わせることもそうそう無くなっていた。
近くて遠い他人。過ぎ去った年月の間に起きた数多の事件は、シュウとマサキの間に共闘するだけの信頼感を構築してくれたものだったけれども、だからといって友人と呼べるまでの関係性を積み上げてはくれなかった。それがシュウをして、マサキに踏み込み切れずにいる理由だと、当のマサキは知っているのだろうか。マサキに対して他人とは違った感情を抱いているシュウは、だからこそマサキが自らに抱いている感情を知りたいと思っていたし、敢えて知る必要はないとも思っていたりもした。
マサキにとって執着の対象となるのは、憎むべき敵だけなのだ。
風の精霊の守護を受ける少年は気ままな気風に溢れている。親しい筈の仲間たちにさえ執着する様子がないのも、恐らくはその気風からくるもの。流石に義妹であるプレシアには大いに含むところがありそうではあったが、そのぐらいマサキが他人に対して心を駆り立てられているのを見かけるのは珍しいことでもある。
いずれにせよ、マサキにとってシュウ=シラカワという存在はその程度の存在に成り下がった――……執着の対象という起伏に富んだ関係からから、知人という変化に乏しい関係へ。時が過ぎても縮まりそうで縮まらない距離に、けれどもマサキからアクションがあったというだけで、シュウは現実から目を背けるように目の前の事実に飛びついてしまう。
「この辺りではカヌレが有名なようですよ」
既に愚かしいまでに盲目な己をただ嘲るだけだった日々は過ぎ、振り回されることさえも喜びだと感じられるまでに、シュウはマサキに対する自らの感情を認めてしまっていた。悩み、惑い、歓び、そして眠れぬ夜を幾つも越えてきたからこその今。自らの弱点とも呼べる愚かしさを受け入れて生きているシュウは、別離の時を先延ばしするようにそう言葉を吐いた。
「テュッティが偶に食べてるあれか。それにしても特産品に菓子類ってのも珍しいな」
「養鶏と養牛が盛んで、小麦の収穫量も多いからでしょうかね。この辺りの地域では製菓技術が発達しているのですよ。その卓越した製菓技術で作られた菓子類の中で絶品と評判なのがカヌレです。サフィーネたちが買って来たのを偶に食べますが、確かに他所の地域で作られたカヌレとは味が違いますね」
興味を示したマサキにシュウが知っている知識を披露してみせれば、関心を惹かれたようだ。腕を組んで宙を睨むと、「下手なものを買うよりは、菓子類の方が喜ばれそうだな……」と呟く。
「女性には喜ばれる土産になるでしょうね」
「でも、こう洋菓子店が多いとな。どこにすればいいのか悩んじまう」
どうやらシュウの提案に従うこと自体に対しては吝かではないらしい。名物に美味い物なしと云うだけに、迂闊なものに手を出すよりはその方がいいと判断したのだろう。辺りに建ち並ぶ洋菓子店の数々を見渡して悩む様子を見せたマサキに、それだったら――と、シュウは密やかな期待をしつつ言葉を継いだ。
「いい店を知っています。ここで会ったのも何かの縁ですし、案内をしましょうか」
名前は知れ渡っているものの、顔はそれほどでもないマサキであったけれども、それでもひと目見て風の魔装機神の操者だと見抜いてくる人間もいる。主に政治問題で公共の電波に乗ることが多いマサキのその姿を、シュウが案内した店の店長は覚えていたらしい。興奮しきった様子でカウンターの奥から飛び出してくると、弾丸のような勢いでマサキに話しかけ始めた。
名前は知れ渡っているものの、顔はそれほどでもないマサキであったけれども、それでもひと目見て風の魔装機神の操者だと見抜いてくる人間もいる。主に政治問題で公共の電波に乗ることが多いマサキのその姿を、シュウが案内した店の店長は覚えていたらしい。興奮しきった様子でカウンターの奥から飛び出してくると、弾丸のような勢いでマサキに話しかけ始めた。
救国の戦士であり、歴戦の覇者でもあるマサキの来店とあっては、店長であろうと舞い上がってしまうのは無理なきこと。苦笑しきりなシュウは口を挟む隙も与えられぬまま、壁の花となって待つこと暫く。あれもこれもと試食を勧めてくる店長に気圧された様子だったマサキは、かくて目当てのカヌレ以外の品も山ほど買い込んで店を後とすることになった。
「持ちましょうか」
「いや、いい。このぐらいならひとりで持てる」
喉が渇いたと訴えるマサキを伴って足を踏み入れた公園は、昼前だからか人気もなく。ひっそりとした空気を漂わせている公園の片隅で店を広げているキッチンカーから飲み物を購入したシュウは、気疲れした様子でベンチに伸びているマサキにそれを手渡した。
「ああ、悪いな。幾らだ」
「このぐらは奢りますよ」
「付き合わせちまった上に飲み物まで奢って貰うのもな」
財布を開いたマサキが目を細めて、遠くにあるキッチンカーのメニューを見る。それほどに視力がいいのかとシュウは驚いたものだったが、どうやら足を運ぶのが面倒だっただけなようだ。適当な紙幣を掴むと、ほらとシュウに差し出してくる。
「結構ですよ、マサキ」
「迷惑料だと思って受け取れよ」
シュウはそっとマサキの手から紙幣を抜き取ると、財布の中の自らの紙幣類を収めているポケットとは、また別のポケットにそれを収めた。いつか何かの折に、こうした形で返せることを期待しながら財布の口を閉じる。
「厄介な店に足を運んじまった」
「だから飲み物ぐらいは奢りますよと云ったのですがね」
「お前を責めてるんじゃねえよ。試食させて貰った菓子はどれも美味しかったしな。ただ、ああいう反応をされちまうとな。断れなくなっちまうんだよ。俺の顔を知っていてもいいけどさ、出来れば知らない振りをして欲しいもんだ」
きっとマサキにとってああした店員の反応は、ある意味日常茶飯事な出来事でもあるのだろう。その都度、風の魔装機神の操者のイメージを損なわないように気を遣ってきたに違いない……シュウはベンチの上に並べられている紙袋の数々にちらと視線を投げかけて、そういった立場に与っているマサキの苦労を思った。
「お前みたいに術を使えればな……って、そういやお前今日は普通に出歩いてるな」
「人の記憶というものは、風化が早く進むように出来ているのでしょうね。ましてやラングランの国土は広大ですしね。王都を離れれば私の存在も、人々の記憶には残らないものなのかも知れません」
「本当かよ。お前の場合、他に何か切り札を持っててもおかしくねえ」
殆ど一気に飲み物を飲み干したマサキは、ひと心地付いたのだろう。ほうっと息を吐くと立ち上がった。手近な屑籠に紙カップを放り込む。そして、そろそろ頃合いとばかりにベンチの上の手提げ袋に手を伸ばした。
シュウは反射的にその腕を掴んでいた。
離れ難い思いが咄嗟に取らせた行動だった。理性を感情が裏切った事実にシュウが動揺を覚えるより先に、なんだよとマサキが振り返る。どうしようもなく愛おしく感じられる幼顔《ベビーフェイス》が、きょとんとした表情を浮かべている。その顔を暫く黙って眺めていたシュウは、次の瞬間、自分でも驚くほどに自然にその口唇に口を付けていた。
ぴくりとその身体が震えた気がした。
恐らくは突然の出来事に思考が追い付いていないに違いない。取り立てて抵抗を示す様子もなくシュウの口付けを受けているマサキに、もしかすると二度と彼と顔を合わすことはないかも知れない――と、寂しさがいや増す考えがシュウの脳裏を過ぎった。
「……俺はもう行くぜ」
ただ口唇を触れ合わせるだけの口付けを、触れた瞬間と同じくらいさり気なく。その口唇からシュウが自らの口唇を離してみれば、藪睨みがちなマサキの視線が珍しくも真っ直ぐにシュウに向けられた。
「本当に手を貸さなくとも大丈夫ですか。荷物の積み込みぐらいは私にも手伝えますよ」
「大丈夫だろ。重いもんじゃねえし」
そうして、シュウが起こした行為の意味には触れぬまま。シュウに背中を向けて大量の手提げ袋を掴み切ったたマサキは「そろそろ行かなきゃセニアに怒られちまう」と、まるで自分に云い聞かせるかのように吐き出してから、身体をシュウの方に向けると、最早その話題が互いの間に上ることもないのだろうと油断しきっていたシュウに対して、
「さっきお前がしたことに関しては、今度話をするからな」
怒っているとも拗ねているとも取れるような憮然とした表情では、その内容の想像も付いたものだ。だからこそシュウは、その言葉を最後に去って行ったマサキの背にこう呟かずにはいられなかった。わかっているから、云わないで――と。
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