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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

続々・再会の操縦者たち
今日はちょっと忙しいように同僚には映っていたようで、そしてそれは真実だったようで、帰ってきてから疲れで眠ってしまいました。
 
万丈を出したからにはこの人を出さないとね。
あとは後日談を書いてこのリクは終わりです。
<続々・再会の操縦者たち>
 
 初めて口付けを交わしたのはいつだっただろう。
 蒼い闇に光点が瞬いては消えゆく美しい宇宙空間を、破壊された機体の残骸が漂う戦場と変えてしまった戦乱の日々。惑星の間を縫うように宇宙を往く戦艦の中で、偶々同じ空間にふたりきりになってしまった瞬間にだった。
 丁度、甲児たちとファースト・キスの話題で盛り上がったあとだった。
 話をしている最中に、甲児のその手の明け透けな話題を遠巻きに眺めていることが多い他の操縦者たちが、珍しくも乗り気で話に参加してきたものだから、マサキは意外に感じたものだった。きっとさやかの「お隣の男の子と幼稚園の頃にお互いの頬にしたキス」の話が、操縦者たちの幼い頃の記憶に対する懐かしさを擽ったのだろう。
 そんな思い出話でいいなら自分も、と次から次へと話に加わってくる彼らの話を、マサキは気恥ずかしく感じながらも興味深いものとして聞いた。何故なら、マサキには思い出すだけで甘酸っぱく感じられるようなその手の記憶がなかったからだ。
 そういった思い出がある彼らが羨ましい。マサキは少しばかりそう感じたものの、時間を巻き戻せる訳でもない。もしかしたら、幼児期の出来事。ただ忘れているだけかも知れない――……マサキには忘れてしまった思い出を伝えてくれる家族はもういなかったけれど、記憶というものはふとした瞬間に蘇ったりするものだ。
 いつかは思い出すこともあるだろう。家族とのキス、幼馴染とのキス……今日は他の操縦者たちの子供の頃の楽しい話を沢山聞けた。それだけでいい。マサキはそう思うことにした。
 そのまま、マサキはその場で居眠りをしてしまったようだった。気付けば艦内時刻はグリニッジで夜中の十二時を回っていた。夜間の巡航を担当する乗組員ぐらいしか活動していない時間。当然ながらあれだけいた操縦者たちの姿はもうない。ただひとり、戦況を伝えるテレビを眺めているシュウ以外には。
「起きたのですね、マサキ。この時間まで寝てしまっては、直ぐには寝付けないでしょう。どうですか、少し話でも」
 もう敵に回ることのない男だとわかってはいたものの、だからといってかつてのシュウがしてしまったことまでもがその現実ごと無くなったりはしない。マサキはぎこちなくシュウの近くに腰を下ろす。
「先ほどは賑やかでしたね。ああいった話題で、あなた方の話が盛り上がるのも珍しい。ところで、あなたはあの手の打ち明け話が苦手なのですか。いつも聞き役に回っているような気がしますが」
「話すことがねえからだよ。あったら少しは……どうだろう、話したかな。そういう思い出は大事にしておきたいもんだしな。話さずにとっておくかも知れねえ」
 ふふ……とシュウが微笑《わら》う。なんだよ。とマサキが訊ねてみれば、黙ったままその身が屈む。耳元近くに寄せられたシュウの口唇。息がかかるその距離で、シュウは悪戯めいた調子でマサキに囁きかけてきた。
「したことがないというのなら、練習してみませんか、マサキ?」
 冗談だろ、と訊ねようととしたマサキの口唇が塞がれたのは次の瞬間。咄嗟に顔を引くも、両手を取られてまた。抵抗しようにも、マサキの手首を掴むシュウの腕はびくともしない。
 そのまま、何度も。
 ときに頬や目尻にまで触れてくるシュウの口付けを、マサキは黙って受け続けることしかできなかった。下手に声を上げて、この状態を人目に付かせたくない。その気持ちがマサキを黙らせてしまったのだ。
「ほら、口を開いて。マサキ」
 やけに甘く聞こえるシュウの声。こういった声で囁きかけながら、こういった行為に及ぶのだ。そう思った瞬間。他人の知らないシュウの一面を覗いてしまったことに、マサキは何とも表現し難い高揚感を感じしまっていた。
 口の中に舌を差し込まれたマサキは戸惑いながらもシュウにされるがまま。絡み付いてくる舌に、マサキもまた自身の舌を緩く動かして応えた。後は堰を切ったよう。段々と激しさを増すその口付けを、マサキはひたすら貪った。
 それから機会を見付けては、マサキはシュウと口付けを交わすようになった。お互いの船室《キャビン》で……人気のない倉庫で……整備士たちが職務に忙しない格納庫《バンカー》の片隅で機体の影に隠れてしたこともあったし、非常階段の踊り場の影に身を潜めるようにしてしたこともあった。
「あなたの初めてが欲しかったのですよ、マサキ」
 練習だと言う割には何度も繰り返される密やかな逢瀬に、マサキがシュウにその理由を訊ねてみたところ、シュウはそうしらと言ってのけたのちにこう言葉を継いだ。
「思った以上にあなたがいい反応をしてくれるものですから、手放すのが惜しくなってしまった。そういう理由では嫌ですか、マサキ」
 
「待たせたね、マサキ」
 実力は折り紙つきでも、有象無象の集合体。そんなかつてのロンド・ベルを纏め上げた司令官《キャプテン》ブライト=ノアは、突然のマサキの訪問にも嫌な顔ひとつせずに、軍本部の応接室で面会に応じてくれた。
「忙しいところすまないな、ブライト」
「有事でもなければ、私はデスクワークが主だからね。むしろいい気分転換になる。訪ねてきてくれて嬉しいよ、マサキ」
 迂闊に口を滑らせないという意味において、これ以上に信用がおける男はそうはいまい。万丈のところに寄ったマサキがその足でブライトを訪ねたのは、誰かに話を聞いてもらうことで溜まりに溜まった鬱憤を晴らしたかったからだ。
 とはいえ、それは例の女性がビジネス以外の相手だったという結果を意味しない。ギャリソンの調査によると、知的財産管理技能士である彼女は、シュウが取得した特許の管理を引き受けている特許事務所に勤務しているらしい。「恐らくは特許権の管理の話でしょう」ギャリソンは調査結果の報告をそう締めくくった。
 有能な万能執事のギャリソンは、シュウのその他の人脈も洗ってくれたようだが、そこにも特に不審な点は見受けられないとのことだった。どうせ、ひと筋縄で行かない男のことだ。隠された人脈を持っているに違いない。マサキはそう思いもしたものの、他人に時間と金を使わせて行った調査結果に、不服だからという理由だけで文句を付ける訳にもいかない。少なくとも、破嵐財閥の情報網を使って行われたシュウ=シラカワという男の信用調査の結果は、マサキの期待をある意味裏切る結果に終わったのだ。
「ふむ。いい結果に終わってよかったじゃないか、マサキ」
「いい結果なのかね。その割には信用が置けねえんだよ、あいつは。こそこそ動き回ったり、勿体ぶった言い回しをしたり。自分の都合が先ずありきなもんだから、振り回される側の気持ちなんて考えもしねえ」
「変わらないものなどこの世にはひとつもないものさ。人の気持ちもそうだ。今の彼に深刻な問題がないのであれば、そこまで深く考える問題でもないと私は思うがね」
「人の気持ちねえ。あいつが変わったようにも思えないんだが」
 会えば会ったで某《なにがし》かの接触を伴う行為に及ぶ相手。シュウが何を考えているのかマサキにはわからない。思えば始まりが悪かったのだ。今朝方、布団の中でぼんやりと思い出してしまったロンド・ベルでのシュウと過ごした日々の記憶が、マサキを更に神経質《ナーバス》にする。
 抵抗してみせればよかったのだ。
 みっともなくとも派手に抵抗してみせていれば、今の曖昧な関係はなかっただろう。それでも、自分はいつかはそういった関係をシュウと持ってしまっていただろうか? 恐らくそうはならなかったに違いない。マサキは思う。
 魔が差してしまったのだ、お互いに。口付けを交わし、身体を重ね、甘い言葉の数々を耳にして、それでも尚、満たされない思いをマサキが感じてしまっているのは、だからなのだ。シュウはマサキを放置し過ぎる。それまでの付き合いと同じ距離を保ちながら、だのに身体的な接触を求めてくる。それは好きと嫌いを両方とも含んでいるような、両価値《アンビバレント》な関係だ。
 もっと踏み込める関係になれると、マサキは思っていた。何を考えているのか、どこでどうしているのか、わかり合えるような関係に。だのにそこは全く変わらないまま、身体の接触ばかりが増えていく。
 今回の件だってそうだ。シュウがビジネスで地上に出ることがあることなど、マサキは考えてみたこともなかった。地底世界での動きにしてもそうだ。普段のシュウが何をして過ごしているのか、マサキには考えが及ばない。そういったシュウの私的《プライベート》な情報を全くと言っていいほどマサキが知らないように、シュウだってマサキが今ここでこうしてブライト相手に自分に対する愚痴を吐いているなど知りようもないに違いない。
 それがマサキは気に入らない。これでは本当に都合がいいだけの相手ではないか。
「ところでマサキ、他に話はないのかね? その件については初耳だが、甲児の件で色々と物思うところがあるようだと万丈から聞いたが」
「何で俺の行動や考えがあんたらに筒抜けなんだよ!」
 マサキは思わず声を上げた。上げてしまってから、慌てて声を潜める。
「甲ちゃんも万丈のところに行ったって言うし。どういうことなんだよ、本当に」
「まあ、あのふたりはああいう性格だからね。人付き合いの幅が広いのだろう。万丈は青春してるじゃないの、といった調子で楽しんでいるようだったよ。ほら、君はこちらの世界の住人ではないだろう。だから、じゃないかね。どこでどうしているのかがわかるのが、きっと嬉しいのだよ」
「だからって人の悩みを面白がるんじゃねえよ、あの野郎も傍迷惑な性格してやがるな」
 人を選んで行動しているつもりなのに、何故こんなことになってしまっているのか。ブライトにまで話が筒抜けになってしまっているということは、他のロンド・ベルの操縦者たちにも伝わってしまっている可能性が高い。これは面倒な事態になりつつあるようだ。マサキは宙を睨む。
「どういった悩みかはわかりかねるが、君から甲児に言い難いのであれば、私から言ってもいいが」
「別に甲児の件についてはそこまで真剣に悩んでる訳じゃねえよ。ただちょっとな。羨ましく感じちまったものだから」
「羨ましい? 君が? 何を?」
 驚きに目を見開いて矢継ぎ早に疑問を口にしてくるブライトに、マサキは自分がロンド・ベルのメンバーたちにどう思われているのか気付かされる。
 きっと、彼らの目にはマサキが尊大な自信家に映っているに違いない。
 人の輪の中にいながら、どこか一歩引いた態度で彼らの行動を眺めている部分がある。そうシュウに評されたことがあった。そのマサキの態度が、まるで自分と他人は違うと言っているように見えるのだと。
「何だよ、俺が他人を羨ましがるのがそんなに悪いのかよ」
「いや、君はそういった感情とは無縁だと思っていたものだから……失礼したね、マサキ。しかし何を羨ましいと感じるのかね? 君と彼は気の合う似た者同士と思っていたが」
「俺は甲ちゃんみたいに、あっちの女にふらふらしたり、こっちの女にふらふらしたり、なんてことはしてねえよ。それでもさやかさんが甲ちゃんを見捨てないのがなあ。俺が女だったらとっくに愛想を尽かしてるんじゃねえかってなんて思ったら、なんかちょっとな。羨ましいって」
 瞬間、呆気に取られたブライトが、次の瞬間には声を上げて笑い出す。
「何が面白いんだよ、ブライト」
「いや、これは、失礼……そうか、マサキ。君もまだそういう年齢だったね。甲児のあれは悪ふざけみたいなものだろう。本気にしていたら身が持たない。それをさやかもわかっているのではないかね?」
「だからなんだよ。何だかんだで仲良くやってるな、って思ったら」
 何がそんなに可笑しいのか。肩を震わせて必死に笑いを堪えているブライトに、マサキは渋面になる。「何だろうなあ。あんた、そんなに人が悪い性格だったっけ? そこまで笑う話かなよ」
 口ではああ言ってみせたものの、マサキはシュウの件については真剣に悩んでいるのだ。この先の付き合いをどうすべきなのか。それは甲児とさやかを羨ましいと感じてしまうほどに。
「君に年相応の面があることがね、意外だったものだから……そうか、マサキ。君は彼らの関係に嫉妬してしまったのか。大丈夫だよ、マサキ。そういった気持ちは時間が解決してくれる。彼らとの付き合い方もそのときにはわかっているだろう」
 どうやらブライトはマサキが甲児とさやかの仲に入り込めないことに、友人として嫉妬を感じてしまっていると思ったようだった。
 無理もない。マサキは思う。まさか甲児とさやかが男と女として堂々と付き合えていることに、マサキが羨ましさを感じているなどと、この話の流れでどうして思えよう。それだったら、マサキが甲児を独占しているさやかに嫉妬を感じていると考えた方がしっくりくるだろう。
 子供じみた友人への占有欲。そう感じたブライトは、だからこそ、マサキの意外な幼い一面を目にしたと思って笑ったのだ。
「時間、ね。まあ、だから甲ちゃんについてはそこまで深く悩んでないっていうか……それも含めての甲ちゃんなのはわかってるっていうか……」
「それとも何だい? 君、もしかして好きな人でもいて、そちらが上手くいっていないから羨ましく感じるといった話なのかね?」
 どくん、と鼓動が跳ね上がり、ぴくりと肩が震えた。かあ、っと顔が熱くなる。マサキは思いがけない反応をみせた自分の身体にひたすら焦った。取り繕おうにもこの状態。上手く言葉が出てこない。
「ああ、成程。そういうこと」
 元々、その相談をしようと決意してここまで足を運んだにも関わらずの醜態。マサキはどうしたらいいのかわからなくなって、しどろもどろに言葉を継いだ。
「いや……あの、その……これは……」
 そんなマサキの様子を微笑みつつ、黙ってブライトが眺めている。
 どうやって何を相談しよう。マサキは悩む。先ず言葉が続かない。自分はここまで奥手な性格だっただろうか? 予想だにしていなかった事態に狼狽えるマサキに、「大丈夫だよ、マサキ。話せる範囲でいいから話してごらん」そこは流石の猛獣使い。有象無象の操縦者たちを纏め上げてきただけはある。ブライトはマサキを落ち着かせるように言うと、膝の上で両手を組んだ。
 頬の赤みが引いていくのがわかる。鼓動がその心拍数を緩やかにしていくのも。
 マサキはゆっくりと話し始めた。滅多に会わない相手であること……自分が思っているほどに、相手が自分に会いたいとは感じていないのではないかと思っていること……会わない間に何をしているのかわからないこと……ブライトは黙ってマサキの話を聞いている。
「だから、なんだよ。俺がいない間も、甲ちゃんとさやかさんは一緒にいるだろ。こっちにいない間の俺は任務をこなしてるか、だらだら過ごしてるかのどっちかだ。一体、俺は何をしてるんだろうって」
「君はその気持ちをきちんと相手に伝えたのかい?」
 おもむろに言葉を吐いたブライトにマサキは首を振る。
「怖いんだよ。言ったら何かが壊れそうな気がして」
 そう、マサキは怖いのだ。シュウの気持ちを確認することが。そこまで頻繁に会いたくないと言われてしまったら、自分はどうすればいいのか。受身で居続けてしまった自分。それをシュウが都合よく振り回しているように感じられるからこそ、些細なひとことで、その関係が壊れてしまうのではないかとマサキは思ってしまうのだ。
 ブライトはそんなマサキの言葉の重みを受け止めるように、ひと呼吸置いてから言った。
「人間の気持ちというものはね、言わなければ伝わらないことの方が多いものだ。君がそう感じていても、相手はその言葉を待っているかも知れない。人との付き合いはそういったことの積み重ねだろう。その結果、擦れ違ってしまうこともあれば、誤解を生んでしまうこともある。だったら、言わずに済ませるより、言って済ませてしまった方がいい。違うかな、マサキ」
「相手はその言葉を待っているかも知れない、か……」
 シュウとの関係が終わってしまうのが怖い。マサキは思う。けれども、シュウとこのままの関係を続けていくのも嫌なのだ。さりとて、あれもこれも嫌では話は進まない。
「どうだろうね、マサキ。思い切って話をしてみては」
 ブライトの言う通りだ。人の考えは聞かなければわからない。そして逆も真なり。自分の考えを相手にわかってもらう為には、それを言葉にして伝えるしかない。マサキは小さく頷いた。
「いい結果になることを望んでいるよ、マサキ」
 ブライトは組んだ手を解くと、屈めていた身体を起こした。そろそろ頃合といった動作に、マサキは応接室の時計を見上げる。いつの間にか、針はかなり進んでしまっている。少しのつもりが随分と長居をしてしまっていた。
「悪かったな、ブライト。貴重な時間を取らせてしまって」
「そういったことは気にするものじゃない。君は我々の仲間なのだからね、マサキ」ブライトは当然と言い放ってから、言葉を継いだ。「それよりも、どうだね。ついでにアムロにも会っていかないかい? 丁度、新兵訓練でこちらに来ていてね。もう少しもすれば休憩時間に入る。君に会えれば喜んでくれると思うよ」
 
 アムロと話しをしたあと、マサキは景気付けと甲児たちを誘ってカラオケに行った。歌いに歌った三時間。気分上々でラ・ギアスに戻り、目が覚めてみれば掠れた声が喉を突く有様だった。
 テュッティはそんなマサキに大いに物を言いたそうだったけれども、それに付き合っている時間はない。マサキは適当にテュッティの小言を遣り過ごして、サイバスターに乗って待ち合わせの場所に向かった。
 小さな公園だった。植え込みがあって、ベンチがある。その程度の。
 住宅街の片隅にひっそりとあるその公園にマサキが着いたとき、シュウは既にベンチに腰掛けて、膝の上に置いた本に目を落としている最中だった。
 寝起きの掠れた声は大分回復をみせてはいたものの、本調子にはまだ遠い。マサキはシュウの隣に腰を下ろすと、「こんな声で悪いんだが」と、先ずは自分の不調を詫びた。
「どうしたのです、マサキ。その声は」
「昨日、ちょっとな……」
 景気付けに行ったカラオケでこんなことになったとも言えず、マサキは口篭る。たったひとことで済む話をする為に、自分はどれだけの勢いと勇気を必要としているのだろう。その結果がこの掠れた声だ。マサキとしては居心地が悪いこと他ない。
「具合が悪いのでなければいいですよ。私と会うのに無理をさせてしまってはね」
「俺が誘ったのに、悪いな」
「声だけなのでしょう? だったら構いませんよ。ところでどうしますか? 食事がまだなら食事にしましょうか。それとも他にどこか行きたいところでもありますか、マサキ」
 その居心地の悪さに甘えてしまってはならないのだ。マサキは両手を握り締めた。前に進みたい気持ちがある。その気持ちの為に万丈やブライトにまで迷惑を掛けてしまった。
 他人を巻き添えにしてしまった以上は、某かの結果を出さなければならないだろう。それがどちらに転んだとしても、マサキが恐れずに行動した結果だ。受け入れることに躊躇いはない。
「あのさ、その前に……」決意が揺らがない内に、とマサキは言葉を放った。「お前、俺と会いたいって思うことあるのか?」
「どうしたのです、突然」
「偶にしか連絡を寄越さないだろ、お前。会うのも偶然に頼っていることが多いし。だから俺が思っているほど、お前は俺と会いたいと思っていないんじゃないかって」
 シュウの手が伸びてくる。マサキの頬を撫でたその手が、髪に滑り、ゆっくりと引き寄せる。「お前はそうやってまた」その続きをマサキは言えない。
 口唇に触れるシュウの温もりが、何度もその感触を伝えてくる。それが終われば顔に降るような口付け。降り注ぐ日差しが照らし出す公園のベンチで、いつ人目に付くかもわからない中での口付けに、それでもマサキは逆らおうと思えない。ただ黙ってその口付けを受ける。
「私に会いたいと思ってくれているの、マサキ?」
「……思わなきゃ言わないだろ、こんなこと」
 そうですね。そう言って、シュウがマサキを抱き寄せる。
「私はあなたの貴重な時間を奪いたくないのですよ、マサキ。やらなければならいことも多ければ、仲間も多いあなたにとって、時間はどれだけあっても足りないぐらいでしょう。だから空いた時間を少しだけ私に分けてくれれば、それだけで満足なのですよ」
 前にも後ろにも進まないシュウの返事にマサキは困惑する。それは自分の都合にマサキの都合を合わせたいといった気持ちの裏返しではないだろうか。
 勇気を振り絞った結果が現状維持では報われない。マサキはやりきれなさに顔を伏せる。
「でも、あなたがそう望んでくれているのなら、私はもう少し我侭になりますよ」
 聞きたかったシュウからの返事がマサキの耳に届いたのは、その次の瞬間。言葉にすれば何かが変わるのだ――。マサキはゆっくりと手を動かして、シュウの衣装を掴んだ。その肩に顔を埋めて、鼻に慣れた香水の匂いを嗅ぐ。
「寂しい思いをしたの?」訊かれたマサキは頷いた。
 そして、これから先のシュウとの関係に思いを馳せた。きっと様々な出来事が起こるに違いない。楽しさや嬉しさの合間には、悲しい思いをするだろうし、やりきれない気持ちを抱えもするだろう。
 そのときには今日の勇気を思い出そう。ほんの少しだけ前に進んだ今日の勇気を。
 挫けなければ前に進めるのだから。
 食事に行こうぜ。マサキは言う。そうしましょう。とシュウが言う。
 緩やかに解かれた手に、ベンチから立ち上がる。マサキは少しだけシュウの後ろを歩きながら公園を出て、その先に続く道に一歩を踏み出した。
 
 
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