大分、風邪も良くなりました。明日からは仕事に復帰できそうです。
体調をお気遣いいただくメッセージありがとうございます。いやー、十何年ぶりの鼻にくる風邪だったんですが、早めに休めたこともあり、三日で復調まで持って来れました。熱がなくても、早めに休むの大事ですね!!!
その他拍手も有難うございます!また明日からも頑張ります!
体調をお気遣いいただくメッセージありがとうございます。いやー、十何年ぶりの鼻にくる風邪だったんですが、早めに休めたこともあり、三日で復調まで持って来れました。熱がなくても、早めに休むの大事ですね!!!
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<記憶の底 ReBirth>
武器屋の左側に伸びている道は高台に続いている。マサキは迷った。来た道を戻って時計塔に行ってみるか。それとも高台に行ってみるか。
シュウ曰く、高台の上には平和を祈念する鐘が置かれていて、誰でも自由に撞くことが出来るようだ。対する時計塔は登ることは出来ないようだが、目の前に広場があり、大道芸人たちがショーを繰り広げているのだとか。
「どっちに行くか悩むな」
「バスの時間もありますしね」
遠く天に伸びている時計塔を見上げてみれば、街に到着してからもう一時間余りが経過していた。バスの時間まで一時間半ぐらいだとしても、どちらか片方を見るのが限界だろう。悩んでいる時間もない。どちらもそれぞれ魅力的に感じられたマサキは、決断をシュウに任せることにした。
「なら、鐘を撞きに行ってもいいですか」
「いいのか? 時計塔に行っても構わないんだぞ。さっきの子どもは、多分時計塔に行った後だろ」
「風船って歳でもありませんよ」肩を竦めてみせたシュウが、それに――と、言葉を継いだ。「僕にはそのぐらいしか出来ることがありません。このラングランの地が、二度と動乱に巻き込まれることのないように祈ることぐらいしか」
「……わかった。行こうか」
本音を云うのであれば、あまり思い詰めるなとマサキはシュウに云ってやりたかった。シュウの過去に何があったのかはさておき、彼が自らの意思で邪神教団に属することになったのではないのは明らかだ。そうである以上、自らの力ではどうにもならなかった出来事に対して自責の念を抱いて何になろう。現在のシュウは邪神教団を殲滅すべく日々戦いを続けている。それでも充分過ぎるぐらいに、彼は自身が犯してしまった罪を悔いているではないか。
けれどもその言葉は、9歳のシュウにとっては何の慰めにもならないのだ。
彼は運命が確定した未来の世界にいる。
虚構《フィクション》の世界の話であれば、ここから過去に戻って未来を変える戦いが始まるところだろう。けれども、ここは現実《ノンフィクション》の世界だ。どれだけ9歳のシュウが悔やみ、全てを取り戻そうとしたとしても、彼は過去には戻れない。
ただただここから新たに歩み始めることを強いられる。マサキはシュウと肩を並べて歩きながら、彼の内心を慮った。変わることのない未来に身を置くことになってしまった彼の苦悩は計り知れない。
「すみません。僕の我儘に付き合わせてしまって」
「気にするな。そういった由来の鐘なら、俺だって撞いておかなきゃな」
斜面に経つ住宅の隙間を縫うように走るなだらかな坂道を、その頂に向かって上がってゆく。
時折、カーン、カーン……と、高く鳴る鐘の音が響いてくる。誰が鳴らしているのだろうか。昼下がりの閑散とした通りには、まばらに人の姿があるばかりだ。
「観光客が物見遊山で向かうような場所じゃなさそうだな」
「あるといっても鐘ぐらいですしね。見晴らしはいいらしいですが、見れる景色と云っても、街と平原ぐらいでしょうし」
「そういうのも楽しいもんだがなあ」
歩くこと15分ほど。景色が急に開けたかと思うと、急な斜面に100段はありそうな長い階段が姿を現わした。
「……これは上るのに骨が折れそうだ」
「傾斜がきついですね。上るのはさておき、下りるのは難儀しそうです」
頭上から鐘の音が聞こえてくるということは、この先が高台の頂になるようだ。マサキはシュウに手を差し出した。「荷物、持つか」最初に本屋に入ってからというもの、シュウはずっと手提げ袋を手にしている。10冊の本ともなれば相当の重さになるだろう。おまけに途中で剣を購入している。両方の重みで身体が疲れを感じていてもおかしくはない。
「大丈夫ですよ、マサキ。未来の僕は僕よりも体力があるようですし」
「けど、この階段は結構なもんだぞ。少しでも不調を感じたら、直ぐ俺に寄越せ。何かあった時に、身軽に動けた方がいいからな」
「わかりました。その時には直ぐに云います」
とはいえ、記憶を失った彼はそういった環境の中でも、きちんと基礎的なトレーニングを積んでいたようだ。階段を上るシュウの足取りは、まるで背中に羽根でも生えているのではないかと思うまでに軽い。それは、どうかするとマサキを置いて行きかねない勢いだ。
中身は9歳だもんなあ。マサキは後を追いかける形になりながら、ぼそっと言葉を吐く。
「身体が軽くて仕方ない年齢だろ、今のお前」
「でもそれは、その動きに付いて来る身体があってこそですよ」
「あんまりあいつが真面目にトレーニングをしてるとは思えないんだがなあ」
学術、魔術、剣術……何であろうとそつなくこなしてみせるシュウは、努力とは無縁の人間なようにマサキの目には映っていた。そのイメージは今も変わることはない。けれども、9歳のシュウを見ていると、それは考え違いであるのだと思わされる。
彼はそれと覚らせずに努力を重ねている人間であるのだ。
未来の自分の知識に追い付く為に書を求め、未来の自分の剣技に追い付く為にマサキに師事を求める。これがどうして努力ではないと云えただろう? 9歳のシュウは求めるものに貪欲に、正しく努力を重ねることを知っているではないか!
彼がどの技能でもひとかどの人間となったのは、そうした努力を続けてきたからでもあるのだ。まだ才能的に未熟な9歳のシュウを前にして、ようやく彼の努力を知ったマサキは、そこに秘められている現在のシュウの努力にも目を向けずにはいられなかった。
出来る姿ばかりを見てきた。
そこに至るまでには、またその技能を維持し続ける為には、不断の努力が必須であるというのに。
「僕はあまり他人に努力をしている姿を見せたくないのですよ、マサキ。だから未来の僕もきっとそうなのでしょう」
ややあってそう言葉を吐いたシュウの表情は窺い知れなかったが、その口ぶりは、未来の自分を案じているようにも捉えられた。
「別に努力は恥ずかしいことじゃないだろ」
「地上人の血が流れているというだけで、僕を見下す人も多いですからね。彼らに馬鹿にされない為にも、僕は努力を知らぬ大公子でいなければならないのですよ」
その瞬間、いっそう高く響いた靴音が、9歳のシュウのままならない立場に対する心境を表しているようだった。
「そういった意味で僕は僕の知能には感謝していますよ。彼らは僕に基礎的な能力ですら及ぶことがない。そう思っていられますからね」
最後の一段を上り終えた彼は、そうして清々しいまでの笑顔を浮かべながらマサキを振り返った。着きましたよ、マサキ。そう云って、階段の向こう側に姿を消したシュウに、慌ててマサキは階段を上がった。高く目の前に続いていた階段が途切れた先に広がる展望台。その向こう側には見渡す限りの平原が続いている。
「これは絶景だ」
「この景色を見られただけでも足を運んだ甲斐はありましたね」
ちょっとしたグラウンドぐらいの広さがある展望台には、思ったよりも多くの人々が集まっていた。恐らく、地元民にとっての憩いの場でもあるのだろう。井戸端会議に花を咲かせる人々がそこかしこ見受けられる。
その中央に、石造りのアーチに吊るされている黄金色の鐘がある。カーン……カーン……景色を眺め終えた観光客が鐘を撞く。その様子をマサキはシュウとともに見守った。カーン……カーン……澄んだ音色が、風に乗って、草原の遥か彼方まで響き渡る。
マサキは続いてシュウが鐘を撞くのを見守った。
カーン……カーン……カーン……真っ直ぐに鐘を見上げて、シュウがその音色を響かせる。カーン……カーン……彼の思いが込められた七つの鐘の音。カーン……カーン……マサキはその足元に目を遣った。御影石で作られた台座には、ラングランの内乱が終結した年と「平和祈念」の文字が彫り込まれている。
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