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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

記憶の底 ReBirth(24)
そろそろ二日目も終わりとなりますReBirthです。亀の歩みでしか話が進んで行かないことにもどかしさを感じておられる方も多いんじゃないかとは思うんですけど、大丈夫です!安心してください!私が一番苦しんでおります!笑

だって一番書きたいシーンがまだ書けてない……

ご褒美までの距離が長過ぎるなあ、と思いつつも、このもどかしさが堪らんのですよね!と自分を慰めることにします!と、いったところで本文へどうぞ!クリスマスまでにはこの話、終わるといいな!!!


<記憶の底 ReBirth>

 シュウ自身に咎は求めない。
 シュウが邪神教団と対立する意思をみせたその瞬間に、マサキはそう決意した。彼を赦す。今際の際にゼオルートが云った言葉の意味を正しく理解出来ているか、マサキには今もわからないままだったが、恐らく憎んだり恨んだりしてはいけないというのはこういったことでもあるのだろう。もし、仮にサーヴァ=ヴォルクルスが人の心の弱さに付け込むような存在であったとしても、シュウは既に充分過ぎるほどの罰を受けている。自身の理想と現実の乖離にしてもそうだったし、失われた立場や地位にしてもそうだ。ならばもう彼に求めることは何もない。
 後はただ、彼が再び道を違えるようなことがないか、見守ってゆくだけ。
 バス停に辿り着き、相変わらずガタゴトと揺れの激しいバスに乗り、宿場町まで。夕暮れを迎えて賑やかな町に背を向け、そよ風が吹き抜ける平原を抜ける。うっそうと木立が繁る森、洞窟の中に隠されている非常用出口に身体を潜り込ませる頃には、辺りは暗くなり始めていた。
 その長い道のりの間、シュウはひと言も言葉を発することはなかった。
 長い階段を下ってゆく間も、無言のまま。ただマサキを背後に従えて歩くばかりとなったシュウに、かける言葉を持たないマサキは付いて行くしかない。自分のことながら、それでよくぞここまではぐれずに付いて来れたとも思うが、それはそれだけマサキがシュウを気に掛け続けたからでもあるのだろう。
 すらりとした長躯。群衆の中で頭ひとつ抜け出る彼の恵まれた体躯は、今は風が吹けば塵となって消えてしまいそうなまでに儚く映る。足取りは決して頼りなくはなかったが、その背中はひと回り小さくなったように感じられた。
 沈黙は雄弁なりとは良く云ったものだ。シュウは黙ることで、自身が受けた衝撃の度合いを語り尽くしていた。
 ようやくシュウが口を開いたのは、居住地区に戻り、彼の部屋の冷蔵庫に食材を収め終えてからだった。マサキ。と、さんざ涙を流した後のような掠れた声でマサキの名を呼んだ彼は、その声を整えるように声を張って言葉を継いだ。
「僕は強くなりたい。未来の僕を超えられるぐらいに強く」
 ああ。と、頷いたマサキは、その瞬間に彼が道中で何を考えながら歩いていたのかが理解出来た気がした。
 ――彼は怒り続けていたのだ。サーヴァ=ヴォルクルスという存在に。
 彼が何を考えながら歩いているのか。マサキは道中でその胸中を様々に推測した。神経質な面が目立つ少年は、潔癖にも未だに自身が犯した罪について考えているのではないだろうか? 若しくは、邪神に精神を乗っ取られることとなった己の弱さを責めているのではないか? いや、もしかすると彼はアルザール同様に、喪われた命の数々を自らの疚しさが奪ったものと考えているかも知れない……けれどもそれは間違いだったのだろう。
 マサキが知るシュウ=シラカワという男は、常に未来を見据えて生きているのだ。
 ただ前に、ひたすらに前に。例えその原動力が自身の運命を捻じ曲げられたことに対する怒りであろうとも、人生を諦めることなく生き続けようとする彼の姿勢は立派なものだ。凡百の人間が挫けてしまうだろう理不尽な奇禍に遭っても、折れることのない頑健な精神力。彼の人間性に問題がないとはマサキは云わないが、それだけは手放しで褒め称えていいと思っている。
 9歳のシュウは、その境地に辿り着いたのだ。
 昨日までは自らに傅いていた筈の兵士たちが、自身を「そこの男」と憚ることなく呼ぶ。彼にとって、それは耳にしていただけの現実が形を取って現れた瞬間だった。
 王家の一員として研鑽を怠らずにいた彼からすれば、彼らの扱い方は屈辱以外の何物でもない。けれども、そうした境遇に彼を堕としたのは、他でもないサーヴァ=ヴォルクルス。ようやくその事実を受け入れたシュウは、覚悟を口の端に乗せながらマサキを振り返った。
「だから、マサキ。明日は僕に思う存分稽古を付けてはくれませんか。僕は未来の僕がしていたように戦いたい。例え記憶が戻ることがなくとも」
「わかった」マサキはシュウの肩を叩いた。「明日は覚悟するんだな」
 はい。と頷いたシュウが笑った。「流石にお腹が空きました」
 眼差しの鋭さも手伝って冷ややかに映る顔立ちだったが、何故だろう。9歳のシュウが笑うと、その顔は途端に人懐っこさを増す。彼は心掛け次第ではこういった表情も出来るのだ。そう考えると、現在のシュウは勿体ないことをしているようにも思えたものだ。
「お前、そういった表情も出来るんだな」
「そういった表情、ですか?」
「人懐こい顔だよ。屈託なく笑えるんだな、って思ってさ」
 心安らかなる笑顔は、彼のこれから先の人生に待ち受ける苦難を微塵も感じさせないものだ。
 そう、彼は決定的な不幸を未だ知らない。過酷な現実を目の当たりにした訳ではない彼は、耳にした話の凄惨さに心を痛め、苦悩することはあれど、それは自身の身に降りかかった奇禍というよりも、身近な他人に襲いかかった奇禍として受け止めているからこその反応であるようだ。そうである以上、彼の苦しみは現在のシュウが抱えているそれらには遠く及びもしない。
「未来の僕はあまり穏やかな表情はしていなかったようですね。眉間に皺が出来ているのを見るとつくづくそう思いますよ」
「いや、まあ。笑うは笑うんだがな……何ていうか、その、目が笑ってないっていうかな」
「ああ。わかりますよ、マサキ」シュウはそこで何を思ったか、そうっと目を伏せた。「僕の父がするような笑顔ですね」
 どうやら現在のシュウが見せる表情の数々は、彼の父親から譲り受けたものであるらしい。成程、そう云われると、アルザールの豪放磊落な表情の数々とは確かに系統の違った表情である。血筋とは表情にも出るものなのか。マサキは解けた謎のひとつに素直に感心したが、しかしシュウ自身はそれを快く感じていないようだ。
「何が食いたい? って云っても、俺に作れるものには限りがあるがな」
 マサキは話を食事のメニューに戻すことにした。そうでなくとも9歳のシュウは強いショックを受けたばかりだ。そうしたことの積み重ねで、記憶の戻りに差し障りが出るようなことがあっては。これから先のマサキのシュウへの関わり方にも影響を及ぼす、彼の記憶。傷を広げるような真似はしない方が賢明だ。
「昨日が肉料理でしたから、今日は魚が食べたくもあります。朝もベーコンでしたしね」
「魚料理ねえ。煮るか、焼くか、蒸すか……」
 マサキは夕食のメニューを何にするか考えた。魚を焼いて終わり、という訳にもいかない。シュウはそれでも文句を云わなさそうではあるが、まだまだ育ちざかりにあるマサキの腹はそれだけではくちないのだ。
 食材はたっぷりある。マサキの料理の腕の程度はたかが知れているが、その少ないレパートリーであれば作れないものはなさそうだ。傷みやすい葉物はサラダにして早めに消化するとして、後はスープに使うか……頭の中でメニューを組み立てたマサキは、早速と食材を収めたばかりの冷蔵庫を開いて、必要な食材を取り出していった。
 けれども、思いがけず飛び出した父親の存在を匂わせる台詞は、マサキに彼にも家族がいるのだという現実を強く意識させた。話題に上ることもなかったシュウの家族。彼らはどうしているのだろう? それともとうにこの世を去ってしまった後であるのだろうか?
 シュウに幾つかの料理の下準備を任せながら、マサキは考え続けずにいられなかった。まだまだ謎多きシュウ=シラカワという男。彼の事情を知れば、少しは彼の態度を理解出来るようになるだろうか? マサキはこれまで寄せたこともなかった類の関心をシュウに寄せていることに、この時点ではまだ気付いていなかった。




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