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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

記憶の底 ReBirth(31)
もうちょっと先まで書きたくもあるんですが、申し訳ありません。今日、朝から頭痛が凄くて。あまり無理はせず早寝しようと思っているので、この辺で区切りたいと思います。

先を読みたいのは誰よりも私ですからね!!!!!

いやもう続きを書きたくて書きたくて仕方がないんですけど、でも健康には変えられぬ。あと10000から15000字ぐらいですかね。それで完結すると思います。宜しくお付き合いのほどを。

拍手有難うございます!有難く励みとさせていただいております!このお話はもう直ぐ終わりますが、白河祭りはまだ続きますので、よければそちらもお付き合いくださいませ!


<記憶の底 ReBirth>

 何が書かれているのか、などマサキにはわかりようもなかった。まさか明け透けに情事の内容を事細かに書くこともしまいと思うも、9歳のシュウが異変を感じるぐらいであるのだ。それなりに踏み込んだことが彼の日記には書かれているに違いなかった。
 沈黙が重い。
 何か云うべきであるのだろう。このまま口を閉ざせば閉ざしただけ、現在のシュウとの関係について通常の人間関係ではなかったことを認めることになる。マサキは焦った。何でもいい。何か云わなければ――けれどもいざ口唇を開いたところで、一語たりとも言葉が出てこない。
 言葉がないことに焦れた訳ではなかっただろう。マサキを凝視《みつ》めるシュウの眼差しは温かだった。全てを悟り、受け入れたような達観しきった表情。それは9歳のシュウの、この問題に対する覚悟のほどを窺わせた。
「読みますか? 未来の僕の日記帳を」
 ややあって広げっ放しでいた本を取り上げた彼は、それをマサキに差し出してきた。
 良くなめされた皮が張られた表紙に、色ムラの多い羊皮紙。びっしりと書き込まれている文字は、成程、確かに几帳面が強い彼の手で記されたものらしい。得てして人の手で書かれた文字というものは、右か左に傾きがちなものであったが、彼が書いたと思しきそれは極めて平均的なバランスを保っていた。
 メモ書きなどを目にしたことはあったが、纏まった文章になっている彼の文字を目にするのが初めてなマサキは、一見しただけでは出版物としか判別出来ない彼の精緻な筆遣いに、そりゃ勘違いもする――と、場違いにも感心せざるを得なかった。
 とはいえ――。直後に正気に返ったマサキは、勢いで受け取ってしまったシュウの日記帳を果たして自分が読んでいいものかと考えずにいられなかった。彼のように物事を計画立てて進めることのないマサキは、決して日記を付けたことがなかったとは云わなかったが、彼のように継続的に書き続けられることもなく三日坊主で終えてしまっている。それでも、その内容がナイーブなものであるのは理解が及ぶ。
 どうってことのない一日の出来事を記しただけでも、そこに自身の感想が挟まった時点でそれは私的な文書と化すのだ。
 大したことを日記に書かなかったマサキですら、自分の日記帳を誰かに見せたいとは思わなかった。ましてやマサキ以上に几帳面な性質であるシュウのこと。仲間たちの目を憚る場所に隠されたことと合わせても、その内容を彼は誰にも見せたくないと思っているに違いなく。
 幾らそこに自分のことが書かれているにせよ、興味本位で目にしていいものではない。マサキは好奇心を抑えて、シュウの日記帳を閉じた。
 知りたいことは沢山あった。
 彼の過去にしてもそうだったし、謎多き私生活にしてもそうだった。マサキに対する態度の数々の原因と理由にしてもそうだったし、何を考えて不埒な行動に及んだのかという感情にしてもそうだ。けれどもマサキはそれを知りたいと望みつつも、同時に知りたくないとも思ってしまっている。
 目にしたことで生じる彼に対する責任を、マサキは負いたくないのだ。
 シュウ=シラカワという人間の人生の責任を負うのは彼だけでいい。そこにマサキは関わりを持ちたくなかった。人がひとりで持てる荷物の量には限界がある。マサキの両手は魔装機神操者という立場とそれに付随する責任だけでいっぱいいっぱいだ。彼の個人的な事情や感情をも背負い切れるほど、今のマサキ=アンドーという人間には余裕がない。それをマサキは自身のことだからこそ、誰よりも的確に把握していた。
「俺が見ていいものじゃない」
「見てもらった方が話が早いと思ったのですが、残念です」
 シュウはマサキから日記帳を受け取ると、それを枕元に置いた。残念だと口にした割には、そこまで気落ちはしていないようだ。大切なものを愛でるような眼差しを日記帳に向けながら、その皮の表紙を幾度か撫でた彼は「僕はこういった人間ですから」と、マサキを通り越した誰かに語りかけているような調子で言葉を紡ぎ始めた。
「様々な人間の様々な思惑の中で生きることを余儀なくされてきました。王宮内の人間関係はシンプルなように見えて複雑で、自らに傅く人間が必ずしも自分の味方とは限りません。彼らの争いは僕らの目の届かない場所でひっそりと行われるのが常で、気が付いた時には味方がいなくなっているなんてことも日常茶飯事でした。だから僕は血縁である叔父や従兄であるフェイルロードにも心を許せずにいたのです。彼らが僕に肉親として接してくれているのはわかっていましたが、だからといってそれに甘えてしまっては、僕を主流に置きたくない人たちの反発を招いてしまいます。それは微妙なバランスで成り立っている王室の平和を乱すことになり兼ねません。だからこそ僕は、彼らと末永く付き合ってゆく為にも、彼らと一定の距離感を保って付き合っていかねばなりませんでした」
 そうして日記帳から視線を外したシュウは、ブランケットの掛かった自らの膝を眺めるように視線を落とした。
「僕が心を許せるのは母しかいなかったのです」
 マサキはここで急に言葉を発していいものか悩んだ。現在のシュウの笑い方を父に似た笑い顔と評した彼は、どうも自分の父親にいい印象を抱いてはいないようだ。けれどもそれを、果たして先程返事らしい返事をしなかった自分が訊ねていいものか。
 シュウは口を閉ざしている。
 彼なりに自分の育った環境を振り返ることには抵抗があるのだろう。冷静に状況を分析しているように見えてもまだ9歳だ。心を許せる味方に限りがある環境が辛くない筈がない。マサキが同じ環境に同じ年齢で置かれることとなったら、彼のように冷静に立ち回れたものか。きっと激しく混乱して癇癪を起しているに違いなかった。
 シュウは変わらずに口を閉ざしている。
 何を思い、何を考えているのか。黙って顔を伏せたままでいる彼に、マサキは折れた。重苦しく続く沈黙に耐えきれずに口を開く。
「……父親はどうした」
「父はあれで結構な野心家ですから」
「そうか」マサキはそれ以上、シュウに父親のことを訊ねることを避けた。
 短く、端的に、その特徴だけを口にする言葉に、彼の全ての感情が詰め込まれているようだった。怒り、悲しみ、憎しみ……恐らく、彼はマサキが考えている以上に、自らの父親に対して思っていることがあるのだろう。けれどもその全てを訊き出したとして、彼の父親が何処にいるのか。マサキが王宮に上がるようになった頃には既に存在のなかった人間だ。そもそも生きているのかさえも怪しい。
 全てを引き受けられない以上、そこから先は訊いてはならないことであるのだ。それをシュウも理解しているのだろう。だからこそ彼はマサキにそれ以上の理解を求めることをせず、更に先に話をすすめるが如く言葉を紡いでみせるのだ。
「でも、マサキ。だからこそ僕は未来の僕が日記に記したあなたのことを読んで、あなたに興味を持ったのですよ。彼らがあなたに頼ることを決めたことを、内心一番喜んだのは他でもない僕ですからね。だってそうでしょう。過去から現在に至るまでの僕の身に何が起こったのか、僕は想像することしか出来ませんが、それはきっと今以上に僕の心を頑ななものとしてしまったのでしょう。その僕が誰かにこんなにも執着し、心酔し、そして心を許している。あなたは僕の予想に違わない素晴らしい人間です。あなたの在り方をこの目で確かめた僕は、未来の僕の見る目の確かさに感心しました。そして喜びました」
「喜んだ?」
「当たり前ですよ、マサキ。僕は自分が外の世界にそういった存在を得られたことが、とても――そう、とても嬉しかったのです」


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