いよいよクライマックスです!
文庫組180P余り。本当にここまでお付き合い有難うございます。ここから最後まで一気に駆け抜けます。いやー、長かったですが、ようやくこのシーンに辿り着きました。これが書きたかった……!
拍手有難うございます。活動の励みとさせていただきます。
では残り僅かとなりましたこの物語、宜しくお願いします。
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<記憶の底 ReBirth>
管理室で行くべき道を間違えて迷いかけたものの、その先の通路が土砂崩れで塞がれていたこともあって、深刻なダメージとはならなかった。行きつ戻りつ、どうにか居住スペースに辿り着いたマサキは、シュウを自分の部屋へと運び込むとベッドに寝かせて様子を見ることにした。
遅めの昼食の支度をしたかったが、彼の部屋に入れない以上はそうもいかない。シュウの部屋のセキュリティを解除出来るのは本人だけだ。マサキは戸棚からコーヒーを取り出した。冷蔵庫の中の牛乳はまだ賞味期限内だ。時間をかけて温かいカフェオレを入れたマサキは、カップを片手にソファに腰を落とすと、シュウが目を覚ますのをテレビを見ながら待つことにした。
魔力も気《プラーナ》もそれなりに消耗している彼が目を覚ますのには、それなりに時間がかかるかと思ったが、幸いというべきか。それともテレビの音が障ったのだろうか。一時間もしない内に目を覚ますと、すみません。と、自分が居る場所を即座に把握したようだ。反射的に身体を起こした彼は、ソファに座っているマサキを目にして気まずそうにしている。
「気にするな。気《プラーナ》を扱うのが初めてにしては良くやった。剣に気《プラーナ》を乗せるのは難しい。慣れない内はコントロールが上手くいかないのが当たり前だ。そんな中で、あれだけ稽古に付いてこれたのは流石だな」
「それならいいのですが」
「自信を持て。俺の剣を落としたんだぞ。有言実行じゃないか」マサキはシュウの肩を叩いた。「何か飲むか。それとも食事にするか。もう昼も大分過ぎたが」
「それでしたら、僕の部屋に行きましょう」
ベッドから這い出たシュウは、けれどもまだ本調子とはいかないようだ。恐らく気《プラーナ》の消耗が響いているのだろう。ふらつく足で二、三歩歩くと、支えを求めて壁に手を付いた。
ぜいぜいと息を吐いている彼にマサキは肩を貸し、部屋を出た。
間に一部屋挟んだだけの距離とはいえ、歩くことさえままならないシュウを連れてとなるとかなりの距離だ。マサキに寄りかかりながらゆっくりと前に進んでゆくシュウを、腕一本で支えてやりながら、マサキは彼の部屋のドアの前に立たせた。
彼の部屋のセキュリティシステムは指紋認証型とパスワードで出来ている。仲間であろうと気安く部屋に入って欲しくはないのだろう。手を上げるのもしんどそうな様子でセキュリティを解除したシュウを、マサキは引き摺るようにしてベッドに運び込んだ。
「夕食の時間までそんなに間も空いていないし、軽めに済ませるか」
「僕も手伝います」
「無理はするな。気《プラーナ》を消耗してるんだ。今日は大人しく寝ておくんだな」
気《プラーナ》が弱っている今のシュウにとっては、咀嚼がし易いものの方が食が進むに違いない。そう考えたマサキは、玉葱を使ってグラタンスープを作ることにした。
風邪の引き始めにプレシアが良く作ってくれる栄養価の高いスープ。手軽に作れる割には満足度も高い。さっくりとスープを完成させたマサキは、ベッドで身体を起こして読書をしていたシュウに、トレーに乗せたグラタンスープを手渡した。
玉葱の自然な甘味が食を進ませるグラタンスープをシュウは気に入ったようだ。ひと口含んで、美味しいと声を上げた彼は、後でレシピを教えてくださいとマサキに頼み込みながら、彼にしては驚異的なスピードでスープを完食した。
「読書もいいが、きちんと身体を休めろよ。普段の身体と比べれば病人のようなもんだ。無理をすればしただけ回復は遅くなるぞ」
「わかってはいるのですが」シュウはベッドの柵に深く背中を預けた。「ねえ、マサキ。僕は云いましたよね。あなたを地面に這わせることが出来たら、答えて欲しいことがあると。あなたの剣を落としたことはそれに値しませんか」
「そんなに訊きたいことなのか。もう充分、お前の疑問には答えた気がするがな」
「まだ大事なことを僕は聞いていないのですよ」
吐息にも似た呼気が彼の口元から洩れる。今の彼にとっては、息をするのでさえも難儀なことなのだ。当然だ。マサキは人事不省に陥る自身の気《プラーナ》不足を思った。意識を失うのは当たり前。身動きすることさえもままならなくなるあの状態に比べれば、シュウが陥っている状態はまだ軽いとも云える。
「そう焦らずとも、お前のことだ。このまま稽古を続ければ、そう遠くない内に俺と対等に戦えるようになるだろう」
「もう四日目、ですよ。もう数日もすれば、彼らが戻って来てしまう」
「弱気だな。そんなに自分の能力に自信がなくなったか」
「あなたの力は強大ですからね。常人がそう簡単に辿り着ける境地ではないと、流石に今日で思い知りました」
シュウはそう云って、腿に広げている古めかしい本に目を落とした。憂いを帯びた眼差しが、凝《じ》っとその表面に記されている文字を見詰めている。
「簡単なことですよ、マサキ。僕が訊きたいのはたったひとつ。あなたは未来の僕とどんな関係だったのですか」
わざわざ条件を付けてまで訊きたいと望んだ内容であるのだ。シュウが敵だ味方だといった通り一遍な答えを期待してはいないのは明らかだ。
けれどもマサキは彼のその問いに、正しい答えを返せる気がしなかった。
知人ではあるが、友人ではない。敵ではないが、味方でもない。過ちを犯してしまったことはあれど、だからといって恋人と呼べるような関係でもない。徐々に距離を近くしているとは思うものの、だからといって彼がマサキの世界に必要な人間であるかと問われれば、いなくともきっと世界は変わらない――としか答えられない。
彼はマサキにとって謎多き存在であるのだ。
シュウ=シラカワ。或いはクリストフ=マクソード。彼がふたつの名前を持っている理由さえも、マサキは良くは知らないままだ。謎めいた彼の私生活《プライベート》に興味がないと云えば嘘になったが、だからといって殊更にそれを知りたいとも思えない。極力、干渉を避けたい相手。今のマサキにとって、シュウ=シラカワと云う人間はそういった立ち位置にある。
「どんな、って云われてもな。敵でもなければ味方でもない奴だとしか」
マサキの返事を訊いたシュウは悲哀も露わに、顔を上げた。真っ直ぐに正面の壁を見据えているシュウの瞳には、最早マサキの姿は映っていないのだろう。
まるで目を合わせるのを避けているようなシュウの態度に、マサキは黙り込むしかなかった。彼の記憶を戻すのに、果たしてこの話は貢献するのだろうか。巌のように硬くなった自身の心に、マサキは思った以上に自分がこの話にナイーブになっていると気付かされる。
云っていいことと云ってはならないことを明確に区別しているマサキからすれば、シュウとの拗れた関係は誰であろうと覚られてはならない秘密なのだ。
云わずに済ませられるのであれば云わずに済ませたい。そう、例えそれがシュウ自身であろうとも……ましてや彼はまだ9つだ。明晰な頭脳を有しているとはいえ、精神的な幼さが抜けきった訳ではない。その彼が、どうしてマサキの本能的な欲望を理解出来たものか。
「自分が記憶を失っていると知った僕は、先ず記憶の手掛かりとなるものを探しました。最初に見付かったのは上着のポケットに入っていた手帳。けれどもこれにはスケジュール的なものや、思い付いた理論が書き連ねられているだけでした」
ぽつりぽつりと自らのことを語り始めたシュウは、まるでマサキの答えを訊かなかったことにしてしまったようにも感じられる。だからといってマサキに何が返してやれる筈もない。マサキはただ黙って彼の言葉に耳を傾けた。
「僕は考えました。子どもの頃の習慣は大人になったら失われてしまうものなのか」シュウが一瞬、ちらとマサキを窺ってくる。「僕には日々の日課がありました。一日の終わりに今日の出来事を書き留めておく」
まさか。マサキは全身が総毛立つような怖気に襲われた。続けて背中を伝い落ちる汗に、動揺が明らかになっていることを知る。
ちりちりとこめかみを焼く嫌な予感。それは、その言葉は――。マサキは今にも叫び出したくなる衝動を必死の思いで堪えながら、続くシュウの言葉に耳を傾けた。
「どこかに未来の僕の日記帳があるに違いない。僕はこの部屋を探しました。ああいった人たちに囲まれて生きている彼のことです。簡単に見付けられるような場所に置いておくとは考え難い。僕は僕の習慣に則ってこの部屋を探しました。そして見付けたのです、彼の日記を」
喉が驚くほどに乾いている。マサキは口の中に溜まった唾液を飲み込んだ。まさか。そんなことがある筈がない。どうかすると震え出す手を強く握り締める。
「大抵は日々の何気ないことばかりが綴られていました。何処に行き、誰と会い、何をしたか……未来の僕は今の僕とは異なり、何も書かずに済ませることも多かったようで、一冊の日記が終わるのに三年以上の月日がかかっていました。けれども、それを読み進めてゆく内に僕は興味深い記述を見付けたのです」
そして言葉を区切った彼は、今度こそ真っ直ぐにマサキを凝視《みつ》めてきた。
「あなたのことですよ、マサキ=アンドー」
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