ここから先は書きたいシーンしか続かないので、@kyoさん大ハッスル。なんと本日の更新は5000字を突破しております。けれどもまだ本作最大のお楽しみには辿り着いておりません!
ここまで頑張って格好のいいマサキと感受性豊かなシュウを書いたのは、全てここからの展開の為なんですよ!過程は大事!それだけ費やした甲斐はありました!@kyoさん、自分で云うのも何ですが絶・好・調!
先に申し上げました通り、残り10000字ほどで終わる予定です。
どうぞよろしくお付き合いのほどを。
ここまで頑張って格好のいいマサキと感受性豊かなシュウを書いたのは、全てここからの展開の為なんですよ!過程は大事!それだけ費やした甲斐はありました!@kyoさん、自分で云うのも何ですが絶・好・調!
先に申し上げました通り、残り10000字ほどで終わる予定です。
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<記憶の底 ReBirth>
けれどもマサキは、9歳のシュウの言葉を素直には受け止められずにいた。
剣聖ランドールの名を受け継ぐ魔装機神サイバスターの操者という肩書は、マサキの地底世界での評価に一定の格を与えてくれていた。無論、マサキとてその肩書に相応しくあろうと努力を続けてはいたが、理想とする自身の姿にはまだまだ遠く及ばないというのが現状だ。
マサキ=アンドーという人間は、他者が評価するほど立派な人間ではないのだ。
自身に対する評価と実情の差異《ギャップ》。ふとした瞬間に耳に入ってくる神格化された己の評価に物思うことのないような人間はそうもいまい。彼らは戦場におけるマサキの戦いぶりを人間性に落とし込み、自らの理想でコーティングしてみせた。彼らが築き上げたマサキ=アンドーという偶像が、まるで人間らしさを感じさせない存在と化しているのはだからでもある。
打たれれば挫け、弾かれては折れる。けれども己の誇りと矜持を守る為にはしがみ付くしかない。マサキは泥臭くも青臭い戦場の現実を直視してきた。死と隣り合わせの日常生活。失われた命に限りはなかったし、その中には醜さを曝け出していったものも数多い。果たしてマサキがそうならない保証がどこにあっただろう? マサキ=アンドーという戦士は、人並みに脆い精神性を抱えたただの人間でもあるのに。
理想を掲げる戦いとは、彼らが思っているほど清く美しいものではないのだ。
感情的に鈍感な性質であるマサキは彼らの評価に深刻に悩むことはなかったが、過大評価だと苦笑する程度には自らに存在している人間くささを認めている。そう、自らに内在する普遍的な欲の数々と戦い続けているからこそ、マサキは自身の評価に奢ることをしなくなった。それに深く関わっているのが、シュウ=シラカワという人間であるのに。
彼はいつだって高く伸びたマサキの鼻をへし折ってみせた。自らの力を過信していたマサキの前に立ちはだかった最強にして最後の敵。彼はその立場から降りて尚、マサキの脆さを暴き続けようとする。そう、自らの欲をささやかに解消するだけだったマサキに、彼は他者によって与えられる快楽を教え込んだ。そうして、それから……
「読みませんか」
シュウが再びマサキに訊ねてきた。はっと顔を上げたマサキは、彼が手を置いている枕元の日記帳を見た。
彼はそこに自分のことをどう記したのだろう。それを見たい。猛烈に湧き上がった欲求に、マサキは強く首を振った。背負えないものに深入りをしてはならない。何の代償も得ず、自らの欲だけを果たすなどあってはならないことだ。
「僕はあなたがこれを見る資格があると思っています。他人のことはあったことしか記さなかった未来の僕が、あなたに関してだけは深く観察を続けていることがわかる記述を繰り返している。そこには恐らく、想像や思い込みも多いことでしょう。でも、そうして自身の考えを補わなければ、僕は僕のままならない感情を制御出来なかったのだと思います」
「そうは云われてもだな。他人の日記を勝手に読む、なんてことは」
「僕の記憶が戻らなければ、未来の僕のこの感情は何処に行ってしまうのでしょうね。もう、二週間が経過してるのですよ、マサキ。僕はとても自分の記憶が戻るとは思えないのです。だったら、せめてあなたにはかつての僕があなたをどう思っていたのかを知って欲しいと」
再びシュウに日記を差し出されたマサキは、躊躇いがちにそれを受け取った。中身を見ることに対する抵抗感が拭えた訳ではなかったが、シュウの言葉にも一理ある。二週間。一時的な記憶喪失にしては、時間が経ち過ぎてしまっている。
簡単に諦めてしまうのはマサキの性分ではなかったが、どこかで区切りを付ける必要はある。
マサキは表紙に手をかけた。息を深く吸う。これを読むことは、シュウの記憶が戻らない現実を受け入れることでもある。それでもいいのか。マサキは最後に自分自身に念を押した。そして、覚悟を決めて表紙を開いた。
その瞬間だった。
不意に伸びてきたシュウの手が、マサキの手から日記を取り上げた。シュウ。マサキは彼の名を呼んでその顔を窺った。苦悶に満ちた表情を浮かべている彼は、どこか人が変わってしまったようにも映る。
「……自分のすることだと思って大目に見ていれば……」
マサキは目を見開いた。
どこか自分の感情を抑えたような声。その話しぶりは紛れもなくマサキが良く知る人物のものだ。シュウ。マサキは重ねてシュウの名を口にした。けれどもそれを聞いているのか、いないのか。彼はマサキから取り上げた日記を反対側の床に投げ捨てると、続けてマサキの手首を掴んできた。
「お前、記憶が――!」
そこには頼りなさを感じさせていた少年の姿はもうない。昏い光を孕んだ紫水晶《アメジスト》の瞳。獰猛で凶悪な眼差しがマサキをしっかと捉えている。「お前、何を……!」気《プラーナ》を失っているとは思えない力強さで、マサキをベッドへと引き上げようとするシュウにマサキは藻掻いた。
「巫山戯ろよ……! このっ……」
空いた手で彼と格闘を繰り広げながらも、その手を払い切るには至らない。長時間の稽古は、マサキからもそれなりの気《プラーナ》と体力を奪っている。「くっそ……っ!」無言でマサキを組み敷こうとするシュウに、マサキは彼の怒りの真髄を見たような気がした。
当然だ。
他人に自身の感情を開陳することのない彼にとって、私的な出来事やそれに付随する考えが記された日記は、決して人の目に触れさせたくないものの最たるものの筈だ。わかっていたじゃないか。マサキはシュウと揉み合いを続けながら、彼の荒れ狂う胸中を思った。他人がしでかしたことであれば、彼は恐らくもう少し穏やかに対応してみせたのではないだろうか?
9歳の自分。過去の己。その存在は、その後に過酷な人生を歩まざるを得なくなった彼の目にどう映ったのだろう。もしかすると彼は、輝かしい人生を送っていた過去の自分を懐かしくも眩ゆいものとして見ていたのかも知れない。そうでなければ、どうして9歳の自分がしていたことを現在進行形で見ていたような口を利いたものか。
シュウとの取っ組み合いで疲れ果てたマサキは、ベッドの上で彼に両手を抑え込まれたまま。静かに身体の力を抜いた。
「そんなに見たかったですか。私の日記が」
怒りを滲ませた声。マサキを見下ろす表情は、彼にしては珍しくも高ぶった感情を露わにしたものだった。
「見たくなかったって云ったら嘘になるな」
「見て、どうするつもりだったのです」
マサキが素直に答えるとは思っていなかったようだ。瞬間、虚を突かれた様子を見せたシュウは、けれどもすぐさまマサキ相手に油断はならないと思い直したのだろう。直後には捉えているマサキの手首を強く握り付けてくる。
きっと跡が残るに違いない。マサキは痛みに眉を顰めながらも、ぼんやりと脳の奥で呑気にもそう考えていた。
そしてシュウの問いにどう答えるかを考えた。
けれども、幾ら考えたところで、そこに彼が納得しそうな理由は見出せなかった。
マサキはただ知りたかっただけだったのだ。自分に不埒な行いを働いた男が、何を思って、そしてどういった考えでそうするに至ったのかを。どうせ戻らぬ記憶であるのならば、せめて最後にそれを知って、そして消えてしまったシュウ=シラカワという人格への弔いとしたかった。
「お前が何を考えていたのかを、知りたかった」
マサキは静かに言葉を吐いた。
今となってはその行動に意味はない。マサキは彼の日記帳への関心がずっかり自分の中から消え失せてしまっているのを感じ取った。そう、彼が存在しているならば、それは無用な行動なのだ。何故ならマサキはシュウを彼が抱えているものごと背負い切るなどということは出来なかったし、するつもりもないままだったのだから。
だから、この問答には最早意味はない。マサキはわかっていた。シュウの記憶が取り戻された今、マサキに残されている使命は、無事にここから出てプレシアの待つ家へと帰ることだけだ。だのにシュウは、自らの汚された自尊心《プライド》をそのままにしておくつもりはないのだろう。いっそう眼差しを険しくすると、冴え冴えと響く声でこう言葉を吐いた。
「なら、その答えをあなたはもう知ったでしょう」
「知っただって?」
マサキの言葉に、そう。と、頷いたシュウが、厳粛とも思える厳かさで言葉を継いだ。
マサキの言葉に、そう。と、頷いたシュウが、厳粛とも思える厳かさで言葉を継いだ。
「私はあなたに執着している」
力任せにベッドに押え付けられた手首が、ぎしぎしと悲鳴を上げている。
「そしてあなたに心酔している」
その言葉は先程、9歳のシュウがマサキに語って聞かせてきた言葉だった。
「あなたに心を許していなければ、どうして私は、あなたにこうして触れられたものか!」
苛烈に言葉を吐く彼の表情の向こう側に、マサキは9歳のシュウの面影を見たような気がした。
嗚呼、彼は今尚苦しんでいるのだ。自らが辿った人生を知った9歳のシュウが途惑い、怒り、悲しんだように。
それは恐らく遣り場のない感情に対する苦しみであっただろう。シュウ。マサキはただ彼の名前を口の端に乗せた。9歳のシュウを宥めた時のことを思い起こしながら、そうして彼に今かけるべき言葉を探した。けれどもそうしたある種の|公平性に満ちた《フラットな》感覚は、長くは続かなかった。
「お前、やめ……っ!」
頭を垂れたシュウの口唇がマサキに口元に迫ってくる。
マサキは咄嗟に顔を背けた。夜毎望み、自慰に耽った日々は振り返れば直ぐそこに当たり前の過去として存在していたけれども、だからといって素直に彼に身体を預けられるような状況でもない。マサキには立場がある。魔装機神操者という絶対唯一の立場が。
裏切ってはならないものの為に、マサキは意地を張らねばならなかった。
足をばたつかせ、時には彼の腹を蹴り上げ、必死に抵抗を続ける。そう遠くない内に体力が尽きるのはわかりきっていたが、わかっているからといって抵抗を止めていい理由にはならない。マサキは藻掻き続けた。まるで手負いの獣だ。尽きかけている筈の気《プラーナ》が、まるで最後の輝きを放つかのようにシュウに力を与えている。
マサキの頬を挟み込んだ彼の手が、言葉を吐くのも難儀なまでに顎を圧迫してくる。限界か――マサキは息荒く、ベッドに沈み込んだ。直後に塞がれた口唇に、激しい眩暈が襲いかかってくる。もう身体を起こすこともままならない。残された気《プラーナ》を食い尽くすかのような勢いで口唇を貪ってくるシュウに、マサキは身体を預けた。口唇の端から洩れ出る吐息が熱い。絡め取られた舌が深く、彼の口腔内へと吸い込まれてゆく。
こんな切羽詰まった状況であるというのに、マサキはシュウから与えられる口付けに恍惚を感じてしまっていた。ああ、ああ、ああ。これが欲しかった。マサキは緩く舌を動かした。意地を張り続けた自分が折れることを選んでしまったのは、この弱さが原因であるのだ。
気《プラーナ》と体力を消耗してしまっていたから――などというのはおためごかしに過ぎない。けれども目の前のこの男に身体を許すには、それは充分な大義名分足り得た。現にマサキは消耗しきっていた。奪われた気《プラーナ》は視界を利かせ難くしていたし、腕や足に至っては1ミリも動かせる気がしない。
だのに欲望はマサキの思考を明瞭《はっき》りと働かせた。記憶を失った自分が自分の全てを預けきった小さな世界。彼の腕の中で、マサキは自分でも驚くほどの安らぎを得ていた。これで楽になれる……飢えを抱え続けたマサキの身体と精神はとうに限界を迎え、ただただ欲望の従僕と成り下がる道しか残されてはいなかった。
「や、め……ろ……」
それでも、声にならない声でマサキは最後の儚い抵抗を試みるのだ。彼の口唇が剥がれた後に、自らの耳へと下りてきたその瞬間に。
嫌ですか? 冷えた声が、マサキに残酷な現実を突き付ける。進むか退くかの二者択一。それはマサキの心を大きく揺らがせた。進んでしまっては戻れない。知っている。マサキは霞んだ視界から自らを遮断するように瞼を閉じた。仲間たちの顔、サイバスターの雄々しき姿、そして名も知らぬ民と雄大なラ・ギアスの大地……様々なイメージが瞼の裏側に過ぎっては消えた。
だからマサキは奪われることしか出来ないのだ。
そうでなければ自分の意地が報われない。マサキはシュウを追い続けた日々を脳裏に蘇らせた。流された数多くの血を、喪われた人々の命を忘れてなるものか。そうすることで、マサキはともすれば欲望に溺れそうになる自らを奮い立たせようと試みた。
――人並みの幸せなんて、クソ食らえだ!
けれども気炎を吐くマサキの心とは裏腹に、身体はぴくりとも動かなかった。
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