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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

記憶の底 ReBirth(29)
剣の稽古篇が終わりました!

いやー楽しいっすね。アクションを書くのは!何せ今回のシュウは9歳なので、マサキに簡単に転がされてしまうのですが、これを絵で見られないのが残念と思う程度には筆に力を入れて書きました!

何度も云っていますが、話ももう終盤です!
長らくのお付き合いをいただきましたが、もう少しだけ宜しくお願いします。


<記憶の底 ReBirth>

 そう云ったシュウがマサキとの距離を取るべく歩き始めた。マサキはその背中を間近に思考を働かせた。彼と現在のシュウとの技量の差は、そのまま彼の伸びしろでもある。それは彼の限界が遥か先にあるということを意味していた。
 彼の現在の実力を測るには今の一戦で充分。僅かに距離が開いたところでマサキは剣を振り上げた。そろそろ荒療治の始め時だ。何を――と、声を上げたシュウが振り返りざまに後ろに飛び退く。
 同時にマサキは剣を振り下ろした。
 先程までシュウが立っていた場所に振り下ろされた剣が、床と弾き合って火花を散らす。剣先から生み出された風が疾風《はやて》となってシュウに襲いかかった。僅かに呼気を放った口元が、続けざまに人語とは解せぬ言葉を吐き出した。高速詠唱《スピードスペル》だ。咄嗟に自らの目の前に光り輝く壁を作り出した彼が、間一髪で吹きかかる風を弾いたのを見届けたマサキは再度、剣を振り被った。
「今の一瞬で三回は死んでるぞ! 油断はするな! 敵はひとりとは限らないからな!」
「はい!」マサキの目的を悟ったようだ。声を上げたシュウもまた剣を振り被る。
 そのモーションの間に距離を詰め、シュウ目がけて剣を振り下ろす。トン、とシュウの爪先が地を蹴った。即時に目の前から消える彼の姿に、けれどもマサキは騙されない。視覚情報に惑わされるのは三流の戦士のすることだ。気《プラーナ》の流れを探ったマサキは、振った剣の軌道を変えながら、彼が身体を引いた左後方へと跳躍した。
「|Огонь огонь《炎よ撃て》!」
 シュウの背後に燃え盛る炎の柱が生み出される。それは火炎を撒き散らしながらマサキへと一直線に迫ってきた。
 マサキは剣を振り下ろした。剣圧が生み出した風を床に当て、更に高く空へと跳躍する。足先を掠めて走り抜けてゆく炎の柱が、次の瞬間首を上げた。まるで見えない壁に突き当たったかのように鋭角を描いて曲がる炎の柱。それはマサキを追って宙へと舞い上がってくる。
「行きますよ!」
 シュウがマサキに向けて剣を構える。背後からは迫り来る炎の柱。床に足を着いたマサキは、身体の向きをシュウに対して90度に開いた。そして身体ががら空きになるのを承知で、右手にした剣で炎を薙いだ。
 ごう、と音を立てて風が炎を打つ。柱の頭部分が一気に弾け飛んだ。
「もらった!」
 姿勢を低くしたシュウが、床に滑らせた剣先を一気に払い上げた。風圧がマサキの鼻先を掠め、刃先が前髪を散らす。だが、マサキは怯まない。返す刃でもう一度炎を薙いだマサキは、そのまま地面を蹴って後方へと身体を逃がした。
「行くぞ、覚悟しろ! 纏めて吹き飛べ!」
 床に足を着けるより先、両《・》手《・》で掴んだ剣に気《プラーナ》を乗せたマサキは、炎と並んで迫って来るシュウに向けてその剣を打ち下ろした。剣圧に叩かれた床が溶けた鉄のようにぐにゃりと凹む。その衝撃波は幾重もの波となってシュウと炎に襲いかかった。
「|Кричи ветру《風よ叫べ》!」
 千々に散ってゆく炎が、散華と化して宙を舞う。まるでダイアモンドダストのように、炎の欠片がひらひらと空に溶けてゆく。その脇で咄嗟に放った魔法で風の鎧を作り、我が身を守ったシュウは、強大な力を惜しげ名もなく曝け出してみせたマサキ相手に次の手をどうすべきか考えあぐねている様子でいた。
 口惜しさに口唇を噛み、焼け付く付くような眼差しでマサキを睨み据えている。
 技量の差は歴然としている。その中で、たった一度。マサキの剣を落とす。宣言した誓いをどうすれば実現出来るのか。これまで潜り抜けてきた修羅場の記憶がない彼では、攻撃のパターンは想像力に頼るしかない。けれども効果的な戦術というものは、頭の中で考えるだけでは生み出せないものでもある。
「どうした。もう終わりか」
「御冗談を。まだやれますよ!」
 風の鎧を身に纏いながら突進してきたシュウを跳んで躱して回る。右に左にと身体を振られた彼は、魔力の消費も相俟ってか。それともし慣れない戦い方を強いられているからか。消耗がその度合いを深めているようだ。
「その程度か! お前の実力は!」
「まだやれます!」
 見境がなくなると、結局戦い慣れた方策に頼るようになるようだ。泥臭く剣を打ち込んではマサキに躱されるのを繰り返すシュウに、そろそろ一度区切りをつけてやるべきか――と、マサキはその剣を自身の剣で叩き落した。
 呆気なく手から剥がれ落ちた剣に、呆然とした様子でシュウが立ち尽くす。赤子の手を捻るように自身の剣技をいなしてみせたマサキに、力量の差を思い知ったのだろう。流石は剣聖ランドールの名を継ぐ者……そう呟いて、深く息を吐いた彼は天を仰いで、どうすれば……と言葉を吐いた。
「どうすれば僕はあなたに一撃を食らわせることが出来ますか」
「魔法を使いながら剣を振るえるなら、答えは簡単だ。同じことを気《プラーナ》を使ってやればいい」
「気《プラーナ》を? でもそれは体力を倍以上のスピードで消耗しながら戦えということですよ」
「毎回使えとは云ってない」マサキは床に転がっているシュウの剣を拾い上げた。「ここぞという時に使うんだ。使い時をどこにするかは経験で覚えてゆくしかない。初撃《ファーストアタック》でインパクトを与えるのに使うのか。相手をかく乱する為のフェイントに使うのか。確実に相手に一撃を当てる為に使うのか。それともとどめの一撃に使うか。使い方は幾らでもある。けれども使ったからには、次は見切られて当然。その覚悟を持って使え」
 剣をシュウに渡してやったマサキは、先程床に置いた紙袋を拾い上げた。「次の稽古だ」云いながら、その中からロープを取り出す。部屋の中にあった荷物用の細いロープは、稽古で使用する分には用途に足る剛性がある。
「そのロープは何に使うんです」
「これでお前の左腕の動きを封じる」眉を顰めたシュウにマサキは続けた。「制限のかかった状態での動きに慣れれば、制限を解かれた時の動き方が変わる。お前は攻め込むのは得意だが、守りに入るのは苦手だ。煽られれば直ぐに手を出すしな。そこを直す」
「これで直せるのですか?」
 シュウに左腕を出させたマサキは、腕を吊る要領で、彼の左腕を動かぬようにロープで固定した。さあな。その最中にシュウに問い掛けられたマサキは笑って答えた。「それはお前の心掛け次第だ」
 そこから一時間をかけて気《プラーナ》を剣に乗せる稽古をつけた。
 シュウ曰く、魔力を巡らせるのと要領は同じであるらしい。然程時間も経たずに気《プラーナ》を剣に乗せて振れるようになったシュウに、マサキはひたすらその状態で素振りをさせることとした。消耗具合は激しかったが、負けん気の強さが地に伏せるということをさせないようだ。腕をふらつかせながらも100回剣を振り切ってみせたシュウに、10分ほど休みを与えたマサキは、続けて左手が不自由な状態のまま、マサキを相手とした剣の打ち合いを命じた。
 但し、今回は気《プラーナ》は使わせない。魔法を放つのもなしだ。
 距離を決めて、そこから動かずに剣を黙々と打ち合う。素振りに標的が出来ただけの状態ではあるが、長い手足を持て余しているシュウにとって、剣が届く範囲を覚え込ませるこの訓練は必要なものだ。
 勿論、何も考えずただ剣を打ち合うだけではない。そこには力の強弱や、剣を打ち下ろすタイミングといった駆け引きが生まれる。力技で押し切るようにして攻め込む剣技から、駆け引きを用いた高等戦術を駆使する剣技へと。マサキの目論見は彼にそういった一段上の技術を身に付けさせることにあった。
 既にハードな素振りをこなしていたシュウは、度々剣を飛ばした。彼の右手の疲労が相当なものに及んでいることをマサキは気付いていたが、実戦に耐え得る技術を身に付けさせるのが目的だ。マサキは手加減をすることなく、シュウの剣を払い、また彼の剣を目がけて自らの剣を打ち込んだ。
 それでもシュウが音を上げることがなかったのは、負けん気の強さは勿論のこと、マサキに稽古を付けてもらえる機会がそうそうないことを本人が悟っているからでもあるのだろう。
「少し、わかってきたような気がします。力の加減は勿論ですが、手首の動きも大事なのですね」
「手首だけじゃない。腿の動き、腰の動き、肩の動き。全部が連動することで、剣はその動きを自在に変える。わかったなら関節の動きを意識してみるんだな」
 そこから更に、繰り返し、繰り返し、剣を打ち合うこと一時間ほど。ついにマサキの剣が飛んだ。
 要領を掴めば上達が早いのは料理に限らないようだ。関節を連動させて剣の動きを変える。変化が生まれた彼の剣筋は読み難さを増していた。そうした最中にあっての不意を突かれた一撃に、マサキの手は耐え切れなかった。
 カーブを描いて宙を舞い、床に転がった剣を暫く眺める。これなら明日以降の稽古にも期待が持てるだろう。
「良くやった」最早、息も絶え絶えなまでに疲労困憊しているシュウにマサキはそう声を掛けた。
 直後、大きく息を吐いた彼の身体が、膝から崩れ落ちる。気力だけで保たせていたに違いない。床に倒れ伏した彼は、既に瞼を閉じて意識をすっかり失っている状態だ。慣れないことばかりの稽古の中で、良くぞここまで踏ん張ったと云うべきだろう。彼の左腕を拘束しているロープを解いてやったマサキは、そのまま自分よりも頭半分は高いその長躯を担いで居住スペースに戻ることとした。




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