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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

鋭意専心して途ならず(中前)
楽しくなっちゃったなあ。(挨拶)

実際、白河ってあっさり何でも習得しているんだとは思うんですけど(魔装機神におけるジョーカー(=チートキャラ)ですし!)、それだと彼の精神性に説明が付かないので、敢えて壁にぶつかる所を書いてみることにしました。そうしたら思ったより私が楽しくなってしまったという……

あと3回くらいは続くんじゃないかと思います。では、本文へどうぞ。


<鋭意専心して途ならず>

 地を這っても、這っても、這っても、立ち上がるしかなかった。
 斬りかかっては剣を弾かれ、次の一撃で地面に沈む。悔しさに滲んだ涙を歯を食いしばって瞳に留め、また立ち上がっては剣を拾い師範の死角を狙って斬りかかって行った。土に塗れた自らの姿を無様だと嘲りながらも、生来の負けん気の強さが地に伏せることを許さない。クリストフとは繰り返し地面に身体を打ち付けながらも、しぶとく何度も立ち上がった。
 人間とは失敗を繰り返すことで、技能を習得してゆく生き物である。剣技の習得という壁を目の前にして、幾度もの挫折を思い知ったクリストフは、家庭教師たちが教えてくれた言葉の意味が少しだけわかるようになっていた。
 実技を伴う稽古は、最初こそベッドから起き上がるのに難儀する程にクリストフの身体を痛めつけたものだった。全身が悲鳴を上げるといった経験をするのが初めてだったクリストフは、もういっそ剣技の習得を諦めてしまおうかとも思ったものだったが、易々と赤子の手を捻るように師範に打ち負かされた記憶が、そのまま引き下がることを良しとしてはくれなかった。
 山と揃えた剣術指南書が、『地道な努力に勝るものはない』と説いていたこともあった。
 どれだけ御大層な方法論が書き記されていようとも、最終的に行き着く結論は同じ。急がば回れ。だったら努力とやらを続けてみせようではないか。クリストフはそこに書かれている基礎的な訓練を自主的に行うようになった。
 その甲斐あって、ただ地面に這い続けるだけだった日々に変化が起こるようになった。先ず、視界が変わった。目の前にしか注意が向かなかった視界が、広く取れるようになった。それだけではない。地面に転がるその瞬間、世界がスローモーションで動いているように見えるようになった。
 クリストフはダメージの少ない部位を地面に当てることを覚えた。自然と身に付いた受け身の技術は、稽古にかかる身体の負担をかなり減らしくれた。初めの頃、稽古が始まって十分も経たずに起き上がることさえままならなくなっていたクリストフは、今では三十分以上もの長きに渡って師範と稽古を続けられるようになっていた。
 ありきたりな言葉ではあったが、昨日の自分より今日の自分。僅かでも成長が感じられるようになれば、少し先の目標が立てられるようになる。昨日よりも数撃多く師範の攻撃を受けられるようになろう。それが出来るようになったら、稽古を一時間耐えられるようになろう。その次には一撃を当てることを目指そう……。
「今日はこれまで!」
 凛とした師範の声が稽古の終わりを告げた。
 ああ、もう終わりなのか。地に臥せていたクリストフはゆっくりと立ち上がった。まだまだ道半ば。師範に一撃を当てるにはクリアしなければならない目標が幾つもある。それこそが自分が越えてゆかなければならない壁だとわかってはいても、そこに至るまでにかかる時間を思うと気が遠くなりもしたものだ。
「有難うございました」
 一分一秒でも長く、稽古を続けていたい。そうは思ってみたところで、剣技にばかりかまけていられる立場でもない。静かに師範に向けて頭を下げたクリストフは、稽古場を立ち去る師範の背中を見送ってから、次に与えられているスケジュールをこなすべく、先ずは着替えと自室へと戻ることにした。
「やあ、クリストフ――……?」
 その道すがらでフェイルロードと顔を合わせた。
 王命を拝した際に玉座の傍に立っていたフェイルロードは、当然ながらクリストフが剣術を学ばなくなければならなくなったことを知っている。だが、その稽古の過酷さまでは知らなかったようだ。土に塗れたクリストフの姿を目にしたフェイルロードは驚きに目を見開いてから、「大丈夫かい。袖口に血が滲んでいる」そう云ってクリストフの手を取った。
「酷い有様だ。服もこんなに汚して」
 所々擦り切れている服に、血の滲んだ袖口。成程、確かに酷い有様だ。改めて自らの格好に目を遣ったクリストフは、自らに対する嘲笑を禁じ得なかった。
「僕が剣術を修めるには、足りないものが沢山あるからですよ」
「それにしてもこれはやり過ぎだ」フェイルロードが隅々まで目を走らせてくる。「ああ、こんなに痣が出来て……父はこのことを知っているのかい、クリストフ」
 さあ……? フェイルロードの言葉に首を傾げてみせたクリストフは、血の滲んだ手の甲へと目を落とした。
 痛みを感じないぐらいに熱中していたのだろう。いつしか負っていた傷は、けれどももうクリストフの自尊心を傷付けはしなかった。一歩、また一歩と着実に成長を重ねている自分。フェイルロードへの言葉とは裏腹に、クリストフは着実に自分に自信を付けていた。
 ――近い未来には無傷で稽古を終えられるようになろう。その為には地面に這いつくばってばかりでは駄目だ。師範の剣戟を躱せるようにならなければ……
 自然と浮かんできた考えに、クリストフは自分のことながら、変われば変わるものだ――と口元を緩めずにいられなかった。その表情をどう受け止めたのだろうか。君はどうかしている。溜息混じりに呟いたフェイルロードは、アルザールと話をすると云い置いて、一足先に王宮へと戻って行った。



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