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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

鋭意専心して途ならず(中後)
私はフェイルロードと白河を親しい仲にはしない人なのですが、今回はクリストフの幼少期ということもあって普通にフェイルロードに接する白河を書きました!褒めて!←

次回でこの話は終わります。

いやー、白河の過去(捏造)を書くのは楽しいですね。妄想が止まりませんわ……


<鋭意専心して途ならず>

 フェイルロードがどういった稽古を付けられているのか。クリストフは目にしたこともなければ耳にしたこともなかったが、稽古後のクリストフの惨状を目の当たりにした彼の態度から察するに、彼に付けられている稽古はもっと穏やかなものであるようだ。
 流石は本流。順当に行けば時代の王となることが確実な第一王子は大事に育てられているらしい。
 ちらと小耳に挟んだ程度の噂話ではあったが、王弟であるクリストフの父カイオンは、元老院より「傍流が本流に波風を立てるような真似は控えるように」と母ミサキとの結婚の際に釘を刺されていたようだ。
 要は本流より先に子を儲けるなということだ。
 王位継承権は王の直系嫡子より授けられるのが慣例だが、そこに傍流の年長嫡子が存在すれば、話がややこしくなるのは必死。王室の混乱を最小限に食い止める為にも、フェイルロードはクリストフより先に生まれなければならなかった。
 約束された栄光の下に産み落とされたフェイルロード。彼との扱いの差を感じさせられる度、クリストフとしては物思わずにいられない部分もあったが、だからといってその現実を嘆いてばかりでは何も始まらない。自室に戻り、着替えと手当を済ませたクリストフはその後のスケジュールを恙なくこなした。
 案の定と云うべきか。フェイルロードの直訴をアルザールは軽く受け流したようだ。
 夕方過ぎにクリストフの許を訪れたフェイルロードより、今のままでいいとアルザールが云ったと聞かされたクリストフは、やっぱり――と、叔父が下した裁定に思ったものだった。
 そもそもクリストフのことを変わり者と評する叔父のことだ。身体を動かすことを滅多にしない甥の目を覚ますのに、剣技といった鍛錬を必要とする技術の習得は適っていると思っていそうである。若しくは、自信家な甥の高く伸びた鼻をへし折るいい機会だと考えたか……いずれにせよ、言葉を濁してクリストフに父の決定を告げたフェイルロードが気まずそうにしていた辺り、あまりいい理由ではなさそうだ。無理もない。クリストフは将来を嘱望されている第一王子を見遣った。
「すまない、クリストフ。何の力にもなってやれなくて……」
「構いませんよ、フェイルロード。朝にも云った通り、僕の力が足りないだけの話。いずれはきちんと一矢報いられるようになってみせますよ」
「それにしても物事には順序というものが――」無力さに苛まれているのだろう。言葉を荒らげたフェイルロードをクリストフは片手で制した。「……君は本当にそれでいいのか、クリストフ」
 噂は既にクリストフの許にも届いていた。
 魔術教義の習得にフェイルロードが難儀しているのは、彼が有する魔力量に問題があるからではないか。口さがない元老院の重鎮たちが、まことしやかにそう囁き合っているのをクリストフは何度も耳にした。近頃ではどうやら女官たちの口にまで上る話題となっているとも聞く。
 その現状に彼の父たるアルザールが心穏やかでいられる筈がない。王位に就く為に必須の能力である魔力を欠いているやも知れない第一王子は、その唯一の欠格を除けば王位に相応しい性質であるのだ。正義感に富み、公平性を有し、他者への愛情と労わりを忘れない……そう胸の内で彼の長所を並べ立ててみたクリストフは、成程、確かに自分は可愛げがない。そう思って笑わずにいられなくなった。
「笑っている場合かい、クリストフ。君は時々、こちらが不安になるほど、自分が置かれている状況に対して大らかになる」
「大丈夫ですよ、フェイルロード。師範はきっと、僕にその稽古の中でしか見付けられないものがあると思っているのでしょう」
「そういった理由であればいいのだがね……」
 父たるアルザールにかけられた期待に応えるべく、日々鍛錬を欠かさぬフェイルロード。彼は自らの父が時折立場を盾に、クリストフを我が意のままに扱う理由に気付き始めているようである。
 アルザールは出る杭を打たずにいられないのだ。歳の離れた双子の姉妹を儲けたのも、そうした王宮内部の不穏な空気に気付いていたからこそ。わかっている。クリストフはゆっくりと目を伏せた。地上人蔑視の傾向が強い地底世界。表立って物を云ってくる人間はいなかったが、微妙な空気を肌で感じる機会は多かった。
 それはクリストフの限界を表していた。どれだけ高貴な血筋に生まれ付こうとも、そして、どれだけ豊かな才能に恵まれようとも、地上人との合いの子であるクリストフに自由はない……。
 ややあってクリストフは顔を上げた。そして重ねて、大丈夫ですよ。と云った。
 地べたを這い蹲《つくば》るのが日常な稽古。痣や生傷は絶えなかったし、駄目にした服の数も相当だ。それでも続けずにいられないのは、昨日の自分よりも今日の自分の方が確実に成長をしていると感じられるからだ。それは知識の獲得と同じだけの快感をクリストフの心に生み出した。
 始まりは王命だった。けれども今のクリストフは、それを強制されているとは思わなくなっていた。そう、どれだけ傍目に尋常ならざる具合に映っていようとも、クリストフ自身は剣技の稽古を『楽しい』と感じているのだ。
「剣の稽古は楽しいですよ、フェイルロード。僕はだから投げ出さずに続けているのです」
「そうか……」クリストフの言葉に、フェイルロードは曖昧な笑みを浮かべてみせた。「君がそれでいいというのであれば、これ以上は強く云わない。けれど、クリストフ。辛いと感じたらいつでも云ってくれ。他に打てる手はないか、探してみるよ」



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