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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

鋭意専心して途ならず(前)
今回のリクエストは「子供の時、剣術を勉強するシラカワさん/大人になってから剣術で敵と戦うシラカワさん」です。ひとつに纏めてしまおうかと思っているのですが、これで良かったでしょうか?

内容としては、いつも以上に好き勝手している感が否めませんが、3~5回ほどで終わる予定ですのでお付き合いいただけますと幸いです。


<鋭意専心して途ならず>

 疲労に苛まれながらも数多の書物に埋もれ、ベッドの中、それらを読み耽りつつ夜を過ごしていた。
 ラングラン各地より取り寄せた剣術指南書の数々は、決してクリストフが期待していた程に数が多くはなかったが、剣技の道を窮めてゆくのに必要な概念を学ぶのには充分に足りていた。とはいえ、クリストフが必要としていたのは、心構えといった観念的且つ道徳的な指針ではない。昼間の醜態を補えるだけの実戦的な技術――一矢を報いることなく終わった初めての仕合に自尊心を砕かれたからこそ、師範をあっと云わせられるだけの剣技の型を求めて書物をつまびらいていたクリストフは、ややあって鳴り響いた柱時計の音に慌てて面を上げた。
 日付が変わっている。
 明日も早朝より稽古が控えているというのに、これでは本末転倒ではないか。書物と向き合って過ぎた時間の長さに思いを馳せたクリストフは、かけた時間の割に収穫の無かった現実に落胆しつつも、困難な現実を目の前にすればしただけ闘志を掻き立てられる性格でもある。明日こそこの借りを返してみせると固く胸に誓うと、枕元に積んだ書物もそのままに、ベッドサイドの明かりを消してベッドに潜り込んだ。

 ※ ※ ※

 齢二桁を数えるより先に、凄まじいスピードで数々の学問を修めてゆくクリストフの文官向きな性質を案じたのは、父カイオンではなく叔父たるアルザールであった。折に触れてはもっと身体を動かすようにと諭してきた叔父は、それでも一向に身体を動かす気配のないクリストフに痺れを切らしたようだ。圧倒的な王位という立場を盾に、クリストフに剣技を習うよう王命を下してきた。
 王族だからと云えど、その座に甘んじてはならない。武術、学術、魔術……あらゆる術に通じてこそ、王族はその座に就くことを許される……王族に国民の規範たるよう求めるアルザールとしては、甥の偏った性質に物思うところが多かったのだろう。空いた時間を使って知識の吸収に余念のない甥。王族としての王道を突き進む素直な性質の息子フェイルロードとクリストフを比較することも多かった叔父は、お前は変わっている。クリストフに対してそう不思議そうに口にすることも多かったが、だからこそ傑出した学問の才を有する甥に、未来の王族の一員として期待をかけていたようだ。
「剣技の道は一日にして成らず。堅忍不抜の精神を忘れることなかれ」
「鋭意専心努めて参ります」
 玉座の間でアルザールを前に膝を折って誓うことを余儀なくされたクリストフは、半ば強制的に習得せざるを得なくなった剣技に、だからこそ初めは関心が薄かった。
 そもそも、武術、学術、魔術と、そのどれもに積極的で、且つ、それなりの適性をみせているフェイルロードがいるのだ。順当に行けば、次代の王座に就くの彼で間違いない。そうである以上、何も万事に通じる人間ばかりを育てようとしなくともいいのではないだろうか?
 けれどもいざ剣技を学ぶとなると、次第に生来の負けず嫌いな性格が顔を覗かせるようになった。
 初めてにしては筋がいい――クリストフに剣技を教えることとなった師範は、云われるがまま剣を振ったクリストフをそう評してはみせたものの、彼が手本としてみせる剣技の数々と比べれば、当然のことながら圧倒的に見劣りがする。現実を客観的に受け止められるクリストフは、日を重ねても彼の動きに近付くことのない自らの剣技に、どうしようもない劣等感《コンプレックス》を抱かずにいられなくなった。
 何事も始まりから上手くこなせる人間などいない。常識として知っていた現実の壁に、クリストフは初めて行き当たったのだ。
 息を吸うように知識を吸収出来る学術。
 生まれ付いての魔力で当たり前のように使いこなせる魔術。
 クリストフにとって、自身に与えられた才能とは努力を必要とせずに発揮されるものなのだ。だからだろう。クリストフが師事する数多の家庭教師たちは、傑出した才能を持つクリストフが、圧倒的多数を誇る『普通』という感覚を知らぬままに育ってゆくことを強く危惧していた。
 ――他人はそうはいかないのです、クリストフ様。
 現にクリストフは『出来ない』ことに鈍感だった。歳の近い従兄であるフェイルロードは自身の苦労を滅多に表に出さない人間ではあったが、敷地を近くして生活をしていれば耳に入ることが多々ある。魔術教義の習得に彼が難儀していると耳に挟んだクリストフは、何故そうなるのかが理解出来ずに、自身の家庭教師たちに尋ねて回った。
 ――人間とは失敗を繰り返すことで、技能を習得してゆく生き物であるのです。
 彼らが時間をかけてクリストフにそう説いてくれたからこそ、クリストフは自身の他人の違いに考えを及ばせられるようになったが、それでもこんな単純なことに他人は難儀するのか――と、そうした話を耳にするにつけ思ってしまうのを止められはしなかった。
 その思い上がりを改めさせたのが、剣技との出会いであったのだ。



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