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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

個人授業(前)
欲望の赴くがままに。そんなお話です。
<個人授業>

 公務員試験の結果が出てから三日後。シュウのマンションに呼び出されたマサキは、前回シュウのマンションを訪れた時に解かされたテストの結果を聞かされていた。
「国語と社会はまあまあですね。英語は文法に問題あり。理科は化学式や物理の計算が苦手で、数学は理解が完全に追い付いていない……と。この結果から察するに、あなたは知識を記憶するのは得意なようですが、それを応用するのは苦手なようです。非常にわかり易い傾向で、ある意味良かったと云えるでしょう」
 流石に自らの居所で白衣を羽織るような真似はしないものの、きっちりと結ばれたネクタイ。スーツのジャケットを脱ぐこともせず、マサキをテーブルに着かせたシュウは、書斎から持ち出してきたテストの束を手に、まるで個人面談といった趣きで向かいに座っている。
 性行為の最中ですら衣服を全て脱ぎ捨てるような真似はしない男、シュウがその黒いスーツを脱ぎ捨てるのは、ベッドに入る直前。シャワーを浴びにバスルームに入る時と限られている。彼が常に黒いスーツを身に纏っている理由をマサキは知らない。興味はあったものの、どうもシュウは自らのプライバシーに立ち入られることを良しとしないようで、マサキがそれとなく尋ねてみても、有無を云わせぬ口調ではぐらかされてばかりだった。
「では、今後実際にどうしてゆくかという話ですが」
 彼が手にしているテストの束は、中学から高校までの六年間分の総ざらえ。制限時間三時間で全てを解けと云われたマサキは、四苦八苦しながらも回答欄を全て埋め、その結果がいかなるものとなるのか、半ば死刑執行を待つ囚人のような気持ちでいたのだが、シュウの言葉を聞く限りは、思ったほど絶望的な状況ではなさそうだ。
「先ず、これから一ヶ月をかけて、中学分の学習内容の復習をします。次いで、年内を目途に現在の授業内容に追い付いてもらいます。わかっているとは思いますが、一月末の期末テストが高校最後のテストです。そこで赤点を無くすのを最初の目標にしましょう。公務員試験対策はその後です」
 シュウの言葉にマサキは深く頷いた。
 来年の公務員試験には必ず受かってみせる。誓いを新たに、シュウに渡された採点後のテスト用紙に目を落とす。恐らくはこうした状況を見越していたのだろう。パソコンで作成された手作りのテスト用紙。教師という本業を持つシュウに、担任であるからとはいえ、個人的な理由でここまで手間をかけさせているのだ。これでやる気を出せなかったとしたら、マサキの性格に大きな欠陥があるとしか思えない。
「そのテスト用紙はあなたにあげましょう。持ち帰って自宅学習に使うのですね」
 ひと通りテストに目を通したマサキは、テストの束を鞄に仕舞った。それを待っていたかのように目の前に差し出される数学の参考書とノート。どうやら先ずは“理解が完全に追い付いていない”数学の復習から行うつもりなようだ。
「五教科を一ヶ月で終わらせるとなると、ひとつの教科に使える日数は六日です。とはいえ、私も学校での雑務がありますからね。毎日はあなたに付き合えません。あなたの勉強を見るのは三日に一日ぐらいが限界でしょうね。残りの日々はプリントを渡します。それを繰り返して解きなさい」
 わかった。と、短く言葉を返して、マサキは鞄から筆記具を取り出す。
「中学数学で特に顕著な問題が見られたのは、因数分解、関数、方程式です。今日はそこを重点的に教えるとしましょう。では、参考書の付箋が貼ってある頁を開いて……」

 夕方過ぎから三時間。空腹時の方が勉強の効率はいいという理由で食事もさせてもらえずに、つきっきりでシュウに勉強を教わったマサキは、最後に、要点を把握出来ているかどうかの確認の為に、シュウが口頭で出題するそれぞれの単元の問題を解くこととなった。
 因数分解、関数とどうにか及第点をもらい、残すは方程式のみとはいえ、何せマサキは育ち盛りの男子高生だ。空っぽの胃は一時期頻繁に音を立てていたが、限界を超えただろう。今は静かなものだったが、いつまた猛烈な飢えが襲いかからないとも限らない。
 腹が減った。マサキはそう口にしてみたものの、それで止まるような男に教師が務まる筈もなし。ちらとマサキを一瞥しただけで、シュウは手元の問題集に目を戻してしまう。
「それでは最後の単元の確認テストです。今から中学方程式の問題を三問出題します。もう大分遅くなっていますし、これが終わり次第夕食にしましょう。この時間となると、24時間営業のファミレスぐらいしか連れて行ってはあげられませんが、折角ここまであなたが頑張ったのですしね。久しぶりの外食にしましょう」
 どうやら決めたところまではカリキュラムを消化させるつもりでいるようだ。
 それでも、これさえ終われば夕食。しかもシュウと外食。
 シュウの言葉にマサキの気持ちは俄然盛り上がった。教師と生徒の一線を超えるのは早かった割に、自身が教師であるという自覚があるらしいシュウは、マサキの公務員試験が近付くにつれて、マサキと会うのを控えるようになっていった。それが一転。勉強を教えるという理由があるにせよ、マンションに呼び寄せている。のみならず、これまで人目を憚ってか。数回しか行ったことのない外食にも連れて行くという。
 これで張り切らない方がどうかしている。マサキは気合いを入れ直してノートに向かった。
 授業中の教師宜しく――とはい、シュウは実際に教師であるのだから、その方がやり易かったのだろう。マサキの背後に立つシュウは、その手元を覗き込みつつ、早速とばかりに問題を口にした。
「先ずは簡単な問題からいきましょう。3x^2-45=0は?」
 マサキはノートにペンを走らせた。
 3x^2=45……x^2=45÷3……x^2=15……シュウが時間をかけて丁寧に教え込んでくれただけあって、マサキの理解力も大分上がったようだ。このぐらいの問題なら簡単だ。そう感じられるまでに、スラスラと問題を解く手が進む。x=√15。答えを口にしたマサキに、正解です。解けて当然といった口振りでシュウが頷く。
「では、次は難しめの問題を出しますよ。(2x-3)^2-2x+3=12は?」
 もう一回。マサキは声を上げた。先ず問題が書き写しきれない。
 仕方ありませんね。身を屈めたシュウが、耳元で低く囁きかけてくる。(2x-3)^2-2x+3=12ですよ、マサキ。するりとその手がマサキの胸に回される。
 突然の出来事に、マサキは最初、何が起こっているのか理解が追い付かなかった。
 問題を書き写すのに集中していた所為もあった。シュウの手がそこで自分のシャツのボタンを幾つか外しているのはわかっていたものの、それが意味する行為にまで考えが及ばないのだ。(2x-3)^2-2x+3=12……さも当然とばかりにシャツの合わせ目に潜り込んできたその手が肌を這い回るようになっても、マサキは方程式をどう解くか思い出すのに必死になっていた。
 やがて冷えた温もりを伝えてくる指先が乳首を捉える。ん……先端をそうっと指の腹で撫でられたマサキは小さく声を上げた。そこでようやく、シュウが不埒な行いに及んでいることに気付いた。お前、何して……ゆるゆると乳首を刺激してくるシュウの指に身悶えながら、マサキはペンを置くとシュウの手首を掴んだ。
「それでは問題が解けないでしょう、マサキ」
 耳に押し当てられている口唇が、囁くように言葉を吐いてくる。
 夏休み以降というもの、公務員試験を控えていたからだろう。シュウがマサキに触れてきたのは数えるほどしかなかった。しかも、性行為に至ったのは一度きり。学校であろうとマサキがねだれば性行為に及んできた男の謹厳実直な振る舞いに、マサキとしては欲求不満を覚えたものだったが、自身の夢が叶うか叶わないかの瀬戸際に立たされているのもあって、あからさまに不満を口にしたりはしなかった。
「馬鹿……これで、どうやって、解けって……」
 そうした現状は、確実にマサキの身体を蝕んでいたのだ。
 ただ撫でられているだけなのに、どうしようもなく身体が反応する。あっ、あっ……シュウに触れられている一点から、蕩けるような快感が滲み出てくる。集中しなければいけないとわかっていても、声を上げずにいられない。やだ……やめろって……腰に走る疼き。マサキの肩は何度も不規則に跳ね上がった。
「心頭滅却すれば火もまた涼し、ですよ。受験はプレッシャーとの戦いですからね。これぐらいの刺激で雑念を感じてしまうようでは、日頃の授業に対する姿勢も知れようというもの」
「意地悪、云うな。どれだけやってないと思って」
「なら、云い換えましょう。ちゃんと解けたらご褒美ですよ、マサキ」
 狡い。云いながらもマサキはペンを再び手に取った。そして、ノートに書き付けた問題を眺めた。こじんまりとした自分の字が、快感に細まった視界の向こう側で揺れている。


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