息荒く肩を上下させ、快感の余韻に震える躰が徐々にその熱を失いつつある中で、マサキは腕を伸ばすとシュウの足を掴んで引いた。屈み込んだシュウが顔を仰がせると軽く口付けてくる。やけに静まり返った化学準備室にその繰り返される口付けの音だけが響く。
「結局、汚れてしまいましたね」
「え……あ、本当だ。ごめん……」
袖で辛うじて残っている白衣をシュウが脱がせ、仕方がないでしょう――と白い布に散る染みを微笑みで遣り過ごし、そのまま掴んだ白衣でマサキの肌に線引く残留物を拭う。
新たな染みが生まれた白衣をまじまじと見詰めてマサキは割り切れない気持ちになる。化学教師としての制服でもある白衣を自らの排出物で汚してしまったのだと。罪悪感にいたたまれない。欲情したのは自分、それに付き合ったのがシュウ。いつもとは立場が逆だ。
場所柄弁えず強請った自分に対する羞恥もあって、マサキは消え入りそうな声で呟いた。
「……けど」
そもそも何故、こうなってしまったのか。四時間目の騒乱を振り返ると、シュウはミオが引き起こしマサキが大きくした騒動など細事でしかないと思っている節がある。淡々と処理に当たっていたシュウに足枷を与えたのはマサキ自身の欲に他ならない。
「着なさい」
渡された制服の匂いは真新しい。皺もなく糊の効いた制服を腕に抱えてマサキは訝しげにシュウを見上げた。予備の制服というには新し過ぎる状態に気付かぬ程に鈍感でもない。
「これ、どうしたんだ」
「買いましたよ。そう都合よく制服の予備がある訳ないでしょう」
「悪い……」
黙々と着替えを終えると、シュウは「さあ戻りなさい」と扉を指差す。促がされるままマサキは化学室側の扉の前に立った。授業が始まっている時刻、人目になるべく付かぬよう空いている教室から出ろという事らしい。
「お前、それどうするんだよ」
後を続いて化学室に入るシュウの手には汚れた白衣がある。
「ロッカーに仕舞いますよ。予備の白衣もそこにありますしね。片付けるなら生徒のいない今の時間しかないでしょう。流石にこれを人目に触れさせるのはどうかと思いますし」
「……そう、だよな」
廊下に続く扉にマサキが手を掛けると、視界の隅に伸ばされたシュウの腕が壁に手を付いた。何事かと振り返るより先に耳元に降る低い囁きは、行為の最中の意地悪さとは打って変わった穏やかなもので、
「――求められれば、悪い気はしませんよ」
そのまま仰がされ、口唇が塞がれた。
「あ……」
僅かに触れただけで離れた口唇に物足りなさと名残惜しさを感じながらマサキはシュウを見上げる。物言わぬ姿は部屋から出ろと言っているのか。ウェットになれとは言わないが、もう少し――そう、もう少しだけ甘やかして欲しい。
「今日は真っ直ぐ帰りますか」
「え?」
「あなたが物足りない表情をしているようなので」
意地の悪い問い掛けに、マサキは俯いて白衣を掴んだ。顔を耳まで赤く染め、囁きよりも小さく、吐息よりも重く。
「……これの後始末もつけなきゃなんねぇし……行っても、いいって言うなら」
「今日は職員会議がありますから――」
掴まされたのは、マンションの鍵。
――先に帰っていなさい。
「結局、汚れてしまいましたね」
「え……あ、本当だ。ごめん……」
袖で辛うじて残っている白衣をシュウが脱がせ、仕方がないでしょう――と白い布に散る染みを微笑みで遣り過ごし、そのまま掴んだ白衣でマサキの肌に線引く残留物を拭う。
新たな染みが生まれた白衣をまじまじと見詰めてマサキは割り切れない気持ちになる。化学教師としての制服でもある白衣を自らの排出物で汚してしまったのだと。罪悪感にいたたまれない。欲情したのは自分、それに付き合ったのがシュウ。いつもとは立場が逆だ。
場所柄弁えず強請った自分に対する羞恥もあって、マサキは消え入りそうな声で呟いた。
「……けど」
そもそも何故、こうなってしまったのか。四時間目の騒乱を振り返ると、シュウはミオが引き起こしマサキが大きくした騒動など細事でしかないと思っている節がある。淡々と処理に当たっていたシュウに足枷を与えたのはマサキ自身の欲に他ならない。
「着なさい」
渡された制服の匂いは真新しい。皺もなく糊の効いた制服を腕に抱えてマサキは訝しげにシュウを見上げた。予備の制服というには新し過ぎる状態に気付かぬ程に鈍感でもない。
「これ、どうしたんだ」
「買いましたよ。そう都合よく制服の予備がある訳ないでしょう」
「悪い……」
黙々と着替えを終えると、シュウは「さあ戻りなさい」と扉を指差す。促がされるままマサキは化学室側の扉の前に立った。授業が始まっている時刻、人目になるべく付かぬよう空いている教室から出ろという事らしい。
「お前、それどうするんだよ」
後を続いて化学室に入るシュウの手には汚れた白衣がある。
「ロッカーに仕舞いますよ。予備の白衣もそこにありますしね。片付けるなら生徒のいない今の時間しかないでしょう。流石にこれを人目に触れさせるのはどうかと思いますし」
「……そう、だよな」
廊下に続く扉にマサキが手を掛けると、視界の隅に伸ばされたシュウの腕が壁に手を付いた。何事かと振り返るより先に耳元に降る低い囁きは、行為の最中の意地悪さとは打って変わった穏やかなもので、
「――求められれば、悪い気はしませんよ」
そのまま仰がされ、口唇が塞がれた。
「あ……」
僅かに触れただけで離れた口唇に物足りなさと名残惜しさを感じながらマサキはシュウを見上げる。物言わぬ姿は部屋から出ろと言っているのか。ウェットになれとは言わないが、もう少し――そう、もう少しだけ甘やかして欲しい。
「今日は真っ直ぐ帰りますか」
「え?」
「あなたが物足りない表情をしているようなので」
意地の悪い問い掛けに、マサキは俯いて白衣を掴んだ。顔を耳まで赤く染め、囁きよりも小さく、吐息よりも重く。
「……これの後始末もつけなきゃなんねぇし……行っても、いいって言うなら」
「今日は職員会議がありますから――」
掴まされたのは、マンションの鍵。
――先に帰っていなさい。
それを確りと掴んで、マサキは小さく頷いた。
「……職員会議っていつ終わるんだ」
扉を開け、人気の失せた廊下に出る。一番近い生物室から響いてくる教師の声が、生徒のざわめきと共に廊下に流れ出る。教科書を読み上げているらしい。その授業中のありふれた光景が繰り広げられているだろう教室を背にマサキはシュウの数歩前を行く。
頬の熱さに振り返れぬまま、階段へと。
「さあ……解らないからあなたを先に帰すのでしょう」
「そうだな」
「退屈ならどこかで時間を潰して――」
階段前の踊り場が分岐点だ。教室に続く昇り階段に足を掛けて、マサキはシュウを振り返った。階段を下りずに見送るが如く立つ黒衣の姿を。
結局、マサキはシュウに勝てないのだ。どれだけ苛立ちを覚えても、理不尽に泣かされようとも。躰だけならとうに離れていてもおかしくはない。だのにこれだけこうしてその関係を続けているということは恐らく、きっと、いや多分、もしかすると。
「――……大人しく、待ってるから」
シュウが微笑む。その微笑みこそがマサキを満たしてくれる最も大切なもの。
「なるべく早く帰りますよ」
優しい微笑みが階段の角に消え、マサキはマンションの鍵をポケットに納めた。ポケットの上からそれを無くさぬよう大事に抑え、そうして五時限目の授業が行なわれている自分の教室へ向かう。
放課後を心待ちにしながら。
ちなみにその制服代は後々ミオに請求され、彼女は呪練制服の天井知らずな金額に泣く事になるのだが――それはまた別の話。あの男子生徒の家には、普通の制服を監督不行き届きの謝罪を兼ねてシュウが届けに行き、ついでに、というよりそれが目的なのだろうが、「マサキの制服」を取り返したとか。
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