私の書くシュウは、本当によく口が回りますよねー……
と、いうことで続き。
と、いうことで続き。
聖夜に限りない約束を(3)
それから、特に共通の話題が他にあるでもなし、と、シュウにサイバスターでの最初の一撃の踏み込みが甘かったことを指摘されたマサキが、先日ミオに教わりながら魔装機操者たちでラクロスをプレイしたこと、それで腕が筋肉痛になっていること、その結果、コントロールパネルが叩き難くなっていることを明かすと、彼は意外にもラクロスをプレイしたことがあるらしく、「成程、それで……あれは想像以上に激しいスポーツですからね」と、話に乗ってきた。なんでも、王宮にいた時分に嗜んでいたことがあったのだとか。
いつでも書にばかり埋もれて暮らしているのかと思った彼の意外な一面に、マサキが「お前でもスポーツをやるんだな」と応じてみれば、「馬術以外に何がしかのスポーツを嗜めと言われたのですよ。放っておくと私は本ばかり読んでいるらしいですから」との返事。
どうやら彼はラクロスという言葉の響きに関心を持っただけで、競技の内容を深く知らぬまま、プレイをすることを決めたらしかった。「クリケットとどちらにするか悩んだのですが、こちらは競技内容の資料が書庫にありましたので」とはいえ、興味本位でプレイするには運動量の多い競技。その激しさに最初の内は、殆ど他のことができないほどにばて疲れたのだとか。「やらなければよかった、と後悔しましたね」
「お前、身体を動かすことあるのかよ」
「ありますよ。日常生活を快適に過ごせるぐらいには」
行動を稀にともにすることはあったけれども、日常生活の動作を行う以外のシュウは本を読んでいるか、グランゾンのメンテナンスに余念がないかのいずれかしかしていなかった。そんな折に、金魚のフンよろしくついて回っているモニカやサフィーネ、テリウスが話しかけても、上の空。絶対に目の前の書物や機器類から視線を外すことがないのだから、徹底しているのにも限度がある。
「どうせ散歩とかその程度なんだろ」
「軽い筋トレぐらいはしていますよ。知識を追い求めるがあまり、本が読めなくなってしまっては本末転倒でしょう」
頃合を見て運ばれてくるコース料理を酒のツマミに、そうして話をした。
マサキの意見を取り入れたのか、シュウはメインディッシュに魚料理を選択していた。鮭のムニエル。どうやら女性向けのコース料理らしい。全体的に量の少ないコース料理の数々に、それで腹がくちるのかとマサキが「チキンはどこに行ったんだよ。もう少し量を食ったらどうなんだ」訊いてみれば、「追加で頼むか悩んでいるのですよ」と、シュウがなんとも表現しがたい能面のような表情で、それでも台詞だけは悩んでみせるものだから、
「頼めよ。半分ぐらいなら食べてやるから」
言って、マサキは店員を呼んだ。スモークチキンのサラダを、とシュウが注文する。もっとクリスマスらしい料理を頼もうという気はないらしい。しかも本の話題が出たところで、堪えきれなくなったのか、メニューをテーブル脇のブックスタンドに立てながら、「ところで、読みかけの本があるのですが、食事ついでにそれを片付けてもいいですか」
「お前、本当に本を読むのが好きなんだな」
「本を読むのが好きなのではなく、自分にとって未知なる知識を収集するのが好きなのですよ」
言いながら、上着のポケットから文庫本を取り出す。その背表紙のタイトルを覗き込んだマサキは、自分には一ミリも理解できない単語ばかりが並んでいることに気付いて、盛大に顔を顰めるしかなくなった。人との食事をなんだと思っていやがる――だが、幸いにも、彼にとってその文庫本はマサキが思うほどに難しい内容ではなかったらしく、どうやら、メニューを捲るのと同じ気楽さで読み進められるものでもあるらしい。
それは、本の頁を捲りながら料理と酒を口に運び、その上でマサキと話をする余裕があるほどだった。
「先ほどの話の続きですが、同じ知識を集めるのであれば、ネットワークの世界の方が利便性は高いでしょう。ただ、ネットワークの世界は不特定多数が接続しているだけあって、情報にノイズが多い。だからこそ、私は書物を紐解くのが好きなのでしょうね。
それらの知識の中に、新たな法則を発見したときの快感は、言葉にできないほどですよ。どんな世界も知識がひしめき合うこの小さな脳内の世界に比べたら狭いものです。この広大な知識の世界と比べれば、日常生活などどれだけの些事であることか。
許されるのであれば、私は生命維持に必要な活動ぐらいしかしたくない……ときどき、本当に実行に移したくなることがあるのですよ。自分をコンピューターにできないかと。ただ知識を収集するだけのコンピューターに、生命維持装置に繋いだこの脳をリンクさせて、死ぬまで知識を集め続けられたら、それに勝る幸福はないだろうからこそ」
「やめとけって。絶対にどこかでは身体を動かしたくなるから」
「あなたはそうでしょうね」シュウは声を上げて笑った。「けれども私はそうではない。息をすることそれ自体ですら億劫でたまらなくなることがある」
「お前、それは相当に重症だぞ。どこか身体が悪いんじゃないか」
「知っていますか? 高知能を有する人間というのは、その大半が普通の人間と比べて身体が弱く、その活動量に乏しいのですよ。当然ですよね。普通の人間が身体活動に割り振る分のリソースを、私たちは脳内活動に割いている。尤も、この論には、知識を収集するのに熱中するがあまり、身体活動が疎かになっている可能性も否定できないという欠点がありますが」
シュウはどうやら本気で知識の収集こそが自分にとっての最大幸福だと信じているらしく、それからも熱弁が続いた。自分たち高知能児の希少性や、その指向性……。彼は自分にとって得意な話題となると、マサキが追いつけないほどに饒舌になるのだ。
それを迷惑と感じるほどマサキは子供ではなかったけれども、クリスマスの夜にするには堅過ぎる話題のように感じられてならなかった。ならば、口数も減るというものだ。それにシュウは気づいたのかも知れない。本を読み終えると同時に、少しばかり気まずそうに、マサキに何か他の話題はないかと訊ねて寄越した。
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