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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

愛を囁く日に聖者に甘い贈り物を(4)
マサキとセニアの会話の巻その2。
だらだらとシリアスな展開が続いておりますが、それもそろそろ終わります。
<愛を囁く日に聖者に甘い贈り物を>
 
 不眠不休で厳重警戒体制を敷くこと、それから半日。急ぎ連絡の取れた魔装機操者たちと王都の警備を交代したマサキは、セニアからの呼び出しを受けた情報局にと足を運んだ。
 流石にこの状況下とあっては、見知った顔の局員たちも情報収集に忙《せわ》しない。通りすがる局員との会話も挨拶程度。最上階の最奥にある執務室に足を踏み入れれば、無機質な室内に幾重にも展開されたホログラフィック・ディスプレイの中央で、セニアがそれらの情報に目を通しているところだった。
「軍歴五年と十七年ですって」
「何が」
 挨拶よりも先に彼女が発した言葉にマサキが聞き返せば、「武器庫の警備を担当していたふたりよ」言って、彼女はいくつかのディスプレイを閉じた。「経過は芳しくないわ」
 あまりいい話は聞けなさそうだ。ディスプレイを睨み付けるように見詰めているセニアの険しい顔付きが、それを物語っていた。
「火薬に直接点火したって話だが」
 マサキは手近な椅子を引き寄せて、そこに腰を落とした。膝に肘を突き、両手を組んだ上に顎を乗せる。
 消火活動を終えたザッシュから入った追加の情報では、彼らは所持を認められていたライターで武器庫の祝砲用の火薬に直接火を点けたと思われるそうだ。大した量の火薬ではなかったとはいえ、それは王宮に被害を及ぼす規模でという意味でしかない。二名の兵士は、未だに意識がはっきりしない状態が続いているようだった。
「武器庫の番をする兵士は王宮警備隊の中でも軍歴三年以上の兵士に限られるのよ。しかもライターは支給品。戦時下では色々と使い道があるからね。
 ということは、もし今回の武器庫爆破が計画通りだったとしたら、人心掌握術に相当長けた人間が組織の中にいると思わないといけないわ。まさか五年と十七年も機を伺って王宮警備隊に所属していたなんてね、有り得ないもの」
 豪胆にして豪腕と称される情報局のトップにしては気弱な台詞を吐き、セニアは細く長い溜め息を吐いた。
「そのくせやったことといえば、武器庫の爆破だけ。しかも自爆なんて……――嫌だわ、この感じ」セニアは小声で呟いた。「あちらにいつでも自分たちの匙加減で王都ぐらいどうとでもできると言われているみたい」
「ふたりの経歴は」
「データベースで参照できる範囲では模範的な経歴よ。アドロス=ザン=ノードス。国境警備隊に五年。駐屯兵として五年。剣技と銃の扱いに長け、魔装機も操縦できる才能ある兵士だったようね。その実力を認められて、駐屯地のフォルツ大隊長の推薦で王宮警備隊入り。そこから七年。真面目な勤続態度は折り紙つきの叩き上げの兵士よ。
 もう片方はサラブレッド。セオドア=ザン=ハッシュダルド。代々軍属を務め上げた家系の生まれ。父親も王宮勤務の兵士だったのだけれど、王都が壊滅した際に行方不明になっているわね。母親は彼が幼い頃に流行病で亡くなったみたい。士官学校を経て、父親の友人であるゼムス卿の推薦で王宮警護官に着任。目立った戦歴はないけれど、模擬戦の成績は良かったようよ。小隊長として国境警備隊への転任の話も出ていたようだし、出世コースに乗っていた兵士じゃないかしら」
「父親が行方不明、か」
 あの戦役で喪われた命は膨大な数に上る。多くの兵士たちはその憎しみや悲しみを、シュテドニアス連合国やバゴニア連邦共和国に向けた。それは攻め入られた側の当然の倫理でもあった。
 けれども、一部の兵士たちは、それを魔装機、或いは自分たちが生まれ育ったラングランという巨大国家に向けた。それは国家を分裂させ、内乱を引き起こした。
 戦火は限りなく。専制君主制から立憲君主制へとラングランが生まれ変わっても、テロリストが撲滅しないのは、だからだ。ならば、その兵士もそういった兵士のひとりでないと、どうして言えるだろう。
「遺体が確認できない兵士が多数いたのよ、あのときは。彼らは特例法で十年経てば戸籍上の死亡が認められることになっているけれど、まだそこまで時間は経ってはいないしね……もしかしてマサキ、父親が生き延びていると思ってる?」
「あの惨状を目の当たりにしてそこまで楽観的になれるほど、俺は現実に甘えていないつもりだぜ。ただな、五年を耐え抜ける動機にはなるんじゃないかって思ってな」
「その結果が自爆テロ? 笑えないわ、その冗談」セニアは落胆の表情もありありと、頭《こうべ》を垂れた。「それにもう片方は十七年なのよ」
「そうなんだよなあ。流石に無理がある。それまでにいくらでもチャンスはあった」
 いかに調和の結界があったとしても、それは魔装機の動きは制限しないのだ。軍属十七年の生活で魔装機の操縦技術をも身に付けた天才肌の兵士がやるテロ行為にしては、規模があまりにも小さ過ぎる。ましてやアドロスは、王都の壊滅と内乱をも経験してきているのだ。
「フォルツ大隊長とゼムス卿の方は?」
「フォルツ大隊長は内乱のときに、一時的にカークス将軍側に付いたのよ。その責任を取って、内乱集結後に軍を退《しりぞ》いて、今は故郷で隠遁生活を送っているそうよ。って言っても、軍属三十年よ。勇退と言っても差し支えないんじゃないかしら。立てた武勲だって結構な数だしねえ。
 ゼムス卿の方は、先々代が領主に取り立てられた貴族の家系でね。当人は今は地方議会の最大派閥の長をやっているわ。どちらも詳しい調査はこれからだけれど、この辺りにテロリストとの繋がりやヴォルクルス信教が絡んでくるとなると、広範囲な洗い出しが必要になってくるわね」
「そのぐらいの地位を持っているとなると、もうちょっと規模の大きいテロを仕掛けてきそうなもんだ。それを武器庫に火の手を上げただけで終わらせて、自分のキャリアまでふいにするなんてのはなあ。
 あのふたりだってそうだ。中央広場に意識が向いている時間にテロを仕掛ける。これ自体はいいさ。けれども軍属五年と十七年だ。武器庫に保管されている武器や火薬の量は知っていただろう。そんなふたりが武器庫を爆破先に選んだ意味はなんだ? どちらにしても理屈に合わねえ」
「愉快犯としか思えないわよね」
 ディスプレイをスクロールさせていたセニアの手が止まる。そこにはもう有益な情報はないらしかった。ホログラフィック・ディスプレイから離れると自らのデスクに着いた。そして革張りの椅子にゆったりと腰掛けて、マサキを見遣る。
「だったらまだ、あの武器庫の下に何がしかのヴォルクルスに纏わる遺物があるって言われた方が納得できる」
「武器庫を爆破して自らを生贄に捧げたってこと?」
「そこまでは言ってねえけどな」
 思いつきで口にした話に、思いがけず信憑性を認められてしまったマサキは狼狽えた。しかもセニアは面白いとすら感じているようだ。先程までの悄然とした面持ちはどこにやら。顔を生き生きと輝かせて、「遺物があるって話は聞かないけど、調べてみる? もしかしたら、そういった意味で何か出るかも知れないわよ」とまで言い出す。
 セニアとて人間。鬱屈が溜まることもあるのだろう。年末から延々予言絡みのあれこれの対策に追われ続けている彼女の胸中を推し量って、気に毒に感じた直後、マサキははっとなった。そう、彼女とて人間なのだ。理屈に合わない不合理なテロ行為より、原因と結果が見合っている宗教の世界の方が安心できるに決まっている――と。
 
 ――とはいえ、今回の件に本来の中点の位置は関係ないだろ。サフィーネが会った男が、どこを中点だと考えているかであって。
 ――あなたの言う通り、彼らがどう考えているかの問題です。だからこれがテロであった場合、厄介なのですよ。
 
 取り澄ました表情ばかりが思い浮かぶ男は年越しのファーストフード店でマサキの言葉にそう返してみせた。宗教にテロリズム……信仰とは彼が言う通りに理不尽なものなのだ。そうである以上、そこに意味を見出せるのは当の本人たちだけでしかない。
 恐ろしい考えがマサキの脳裏を過《よ》ぎる。この件に関する全ての推測は無意味である。それを無理矢理に打ち消して、マサキは言った。
「いくらかかるんだよ。先史時代の地層に到達するまで、地面を掘り返すって」
「ボーリングしてセンサーで感知すれば、直ぐよ。まあ、そのボーリングにお金がかかるんだけど」
「白鱗病の対策に、今回の警備費用。いくらかかったことやら」
 笑顔が上手く作れないマサキに気付いていないのか、現実的な問題を指摘されたセニアは、その膨大な予算を消費してしまった分から更に予算を引き出す方法を考えあぐねた末に、「あたしのポケットマネーを使うしかないかしらね」言って、宙を睨んだ。
 
 
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