ここまでお付き合い有難うございました。しんどかったですが、こういうトーンの話も稀には良し。そんな作品になりました。
29番目のナンバリングの作品をどうするか、実はまだ決めていないのですが、来週~再来週の間にはそれを完結させて、なんとか四月中に全ての物語を書ききりたいと思っています。宜しくお願いします。
ぱちぱち有難うございます。励みになっております。
ひとりで暴れても楽しくはありません。こうして活動を続けていられるのも読んでくださる皆様のお陰です。感謝してもしきれるものではありませんが、本当にありがとうございます。では、本文へどうぞ!
29番目のナンバリングの作品をどうするか、実はまだ決めていないのですが、来週~再来週の間にはそれを完結させて、なんとか四月中に全ての物語を書ききりたいと思っています。宜しくお願いします。
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<されど、物語は続く>
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口付けをもうひとつ。頬を濡らしている涙に口唇を滑らせて、シュウが口を開いた。
「待てますか」
「待つ……って」
「言葉のままですよ、マサキ。ラ・ギアスに帰れるその日を、あなたは待てますか」
そして更に口付けをもうひとつ。マサキの口唇にささやかに落としたシュウは、表情を引き締め、真摯な眼差しでマサキを見下ろしながら言葉を継いだ。
「何年かかるかはわかりません。議会に蔓延る貴族たちの考えひとつで世の理が決まるラングランの政治制度に於いては、法案をひとつ通すにもそれなりの人脈と影響力が必要になります。そうである以上、既に決まってしまった法案を引っ繰り返すのは容易ではありません。
ですが、マサキ。私|た《・》|ち《・》とて元王族。如何に罪人の烙印を押されようとも、人脈が絶えた訳ではありません。現在も王室に残り、一定の影響力を保ち続けているセニアもいます。私がいて、セニアがいて、モニカがいて、テリウスがいる。全員の人脈と影響力を活用すれば、あなた方の再召喚も叶わない望みではないでしょう。
とはいえ、あなた方の送還は議会で賛成多数につき可決された法案です。これを覆すのが容易なことではないのは、先程も云った通り。これから根回しを開始するとして、どれだけの月日がかかったものか。もしかすると、それは半年後のことかも知れませんし、十年後のことかも知れません。その、いつ訪れるのかわからない未来の為に、あなたの生活や未来を犠牲にさせる訳には行かないでしょう。だからこそマサキ、あなたに私は訊くのです。確実ではないその未来を、あなたは待てますか」
なんてことだ! マサキは心を震わせた。セニアの力だけでは難しかった議会の転換を、それならば自分たち元王族の力を結集してでも叶えてみせるとシュウは云ったのだ。
それはもしかするとシュウたモニカ、テリウスの立場を更に危ういものにするやも知れない。
多少ならずとも彼らの活動が見逃されてきたのは、その人脈ゆえであったけれども、それは神聖ラングラン帝国との利害関係の一致ゆえでもある。魔装機計画というラングラン最大の軍事計画という複雑な政治利権が絡む問題に、果たして彼らが立ち入ることを議会は許したものか。表舞台に立てない彼らが政治に介入権を持つなどあってはならない事態であることぐらい、マサキもこの十年で成長したのだ。わかり過ぎるぐらいにわかっている。
議会は抵抗するだろう。その抵抗が足の引っ張り合い程度で済めば御の字。ましてや、反逆者の烙印を押されたままの彼らだ。それはもしかすると強制的に彼らの身柄を拘束する方向に向くやも知れなかった。
そうした不利益を被ることを、恐らくシュウはわかった上でマサキの望みを尋ねている。
全てはマサキをラ・ギアスに取り戻す為。
ここで覚悟を決められずしてどこで覚悟を決めたものか。問われずとも決まっていた答えなれど、胸の内に灯る希望の光。その力強い輝きに押されるようにして、マサキは震える口唇を開いた。
「……お前が待てって云うのなら、待ってみせる」
「だったら」シュウの口元が薄く歪んだ。「待っていてください」
ゆったりとした笑み。生きた世界が世界であった男は、そう簡単には自信を失うことがない。かつては鼻持ちならなく映った表情が、今のマサキには例えようもなく頼もしく映る。
「軍での慣れない勤務は疲れることでしょう。私が食事の支度を終えるまで、ゆっくりと休んでいてください。それともそれは後回しにした方がいいですか、マサキ」
シュウの手がマサキの頬に滑り落ちてくる。
マサキはシュウに向けて手を伸ばした。背中に腕を回して、その身体を引き寄せる。鼻を突くラ・ギアスの大地の香り。常に中天に座す太陽、湾曲する地平線にかかる雲。色鮮やかに脳裏を駆け巡る情景に、もう胸が騒ぎ立つことはない。マサキは胸いっぱいにその香りを吸い込んだ。
――望んでいたものがここに在る。
たかが三ヶ月、されど三ヶ月。ようやくシュウに届いた手に、マサキは逸る心を抑えきれずにいた。目を伏せて、間近に収めたシュウの顔に自らの顔を寄せる。鼻先にかかる息。吐息混じりの口唇を重ねる刹那、「……後にしろ」と口にしたマサキは、己の心の求めるがまま。次の瞬間には、ひたすら貪欲にシュウの口唇を貪っていた――……。
カウチで一度、食事を終えてからベッドで一度。
カウチで一度、食事を終えてからベッドで一度。
時間をかけて行われた長くも短く感じられる情交を終える頃には、とうに日付も変わっていた。きっと今頃、同じアパートメントの住人たちは、明日に備えた眠りの最中にあるのだろう。紅斑の散った身体を、シュウとともに入ったバスルームで洗い流したマサキは、早くも帰路に着くつもりらしい。着替えを終えるなり、玄関に向かったシュウの背中に、「もう、行くのか」と言葉を投げかけた。
「ここは部外者が長く居ていい場所ではなさそうですしね。あなたの立場が拙くならない内に、私は戻ることにしますよ」
決して来客のないアパートメントではなかったけれども、軍が借り上げている営舎相当の建物には違いない。そうである以上、来客にも節制が求められるもの。マサキの軍での立場を鑑みる発言に、それでももう少しばかり余韻を残していって欲しいと望んでしまう。三ヶ月ぶりの再会に不釣り合いな滞在時間。マサキとしては、わかってはいても寂しさが拭えない。
「……行くなよ」
反射的にシュウの上着の裾を掴んだマサキは、吐息よりも密やかに。気恥ずかしさを押し殺しつつ、引き留める言葉を吐けば、僅かに眉根を寄せたシュウの顔が振り返る。
「それは私の台詞でしたよ、マサキ」
伸ばされる手。滑らかで節ばったマサキよりも一回りは大きな手のひらが、仕事に出る父親が追い縋る子どもを宥めるように、柔らかく髪を撫でる。「子ども扱いするんじゃねえよ、お前はいつもそうだ」そう愚痴りはしたものの、それだけ。マサキはその手を払うことなく、シュウなりの感情表現に身を任せた。
やがて、髪を梳いていた手が頬へと下りてくる。促されるがまま、顔を上げたマサキの口唇にシュウの口唇が重なる。軽い口付け。幾度か口唇を舐めた程度で終わった口付けが、ここでふたりで過ごした時間の濃密さを伝えてくるようだった。
「セニアが帰りを待ち侘びているのですよ」
胸に身体を寄せて、凝《じ》っと。マサキはシュウの言葉を聞いた。
「私たちの一存でことを進めてしまってはね。またあなた方をこちらの都合で振り回すだけとなってしまうでしょう。あなたから色好い返事を聞けて良かったですよ、マサキ。今回の件でセニアは相当に辛酸を嘗めたようですからね。今頃は手ぐすね引いて、行動開始の報を待ち望んでいることでしょう」
「だったら、せめて五分でいい。このままでいてくれ」
マサキの言葉に応じるように、シュウの手がその身体を包み込む。
冷えた温もりに包まれながら、規則正しいシュウの胸の鼓動を聴く。情交の後の疲労感。疲れに身を任せて身体を寄せ合うだけの時間がマサキは好きだった。
「次に会った時に、何をしたいか決めておいてください。今回はあなたを探し出すのにかかった時間の分、訪れるのが遅くなってしまいましたが、私が云ったこと。これまでのあなたの分、私はあなたに会いに来ますよ、マサキ」
ただ黙って、身体を寄せ合うこと暫く。やがておもむろに吐かれた言葉に、マサキは小さく頷いた。
直後に口を吐いて洩れ出る欠伸。これきりではないのだという安心感が招いた眠気が、急速にマサキの身体を支配する。身体に残る疲労感は倦怠感に変わり、手足はしきりとその重みを訴え出す。今ベッドに入ろうものなら、五分と経たずに眠りに就けたことだろう。離れ難くはあったものの、シュウの云う通り。マサキには明日も軍での勤務が待っている。寝ますか、と問いかけられたマサキは、うん、と頷いた。
「では、マサキ。またいつか」
来た時と同じく、去り際も突然に。ドアの向こうに姿を消したシュウの靴音が遠ざかるのを確認したマサキは、ベッドルームへと。自らの身体をベッドに深く沈めると、ブランケットを被るのももどかしいぐらいの眠気に誘われるがまま。深い眠りへと落ちていった。
ブラインドの隙間から差し込む朝日が、瞼に眩く降り注いでいた。
ブラインドの隙間から差し込む朝日が、瞼に眩く降り注いでいた。
時刻は六時ジャスト。アラームが鳴り響くベッドルームで目を覚ましたマサキは、ベッド脇のチェストに手を伸ばすと、その上に乗っているスマートフォンを掴んだ。慣れた操作でアラームを止め、節々が軋む身体を引き摺るようにベッドを出た。
定刻通りに目覚めた朝。クローゼットの中からゆっくりと、時間をかけて今日着る服を選んだマサキは、ベッドメイキングを済ませてからダイニングへと出た。壁一面の窓の向こう側、レースのカーテンの奥に広がる街の景色を眺める。清々しい朝だ。胸いっぱいに朝日の匂いのする空気を吸い込んで、マサキはキッチンへと入った。
冷蔵庫の中には、昨日シュウが作ったスープの残りが入っている。軽く炙ったバケットを浸して、チーズを載せ、レンジの中へ。スープが温まるまでの間、バナナとオレンジを切る。昨日使った分で切れたヨーグルト。それだけ買うのは面倒臭くもあったが、フルーツだけだと物足りなくも感じる。どこかに寄ってから帰るのも悪くはないか……そう思いながら、カウンターテーブルの上。用意した朝食を並べてゆく。
リューネの次回の訪れがいつになるか、マサキはわからないままだったけれども、ひとつの答えを得た自分がどう彼女の求婚《プロポーズ》に応えるべきかはわかっている。
もう、マサキが迷うことはない。
いつか訪れるその日まで、鮮やかに脳裏に描かれる思い出とともに、かつて生きた世界でマサキは生きてゆく。ラ・ギアスへの再召喚。もうセニアは孤軍奮闘しなくとも良くなったのだ。シュウという援軍を得たあのじゃじゃ馬は、きっと水を得た魚のように権謀術数が張り巡らされた世界で生きてゆくことだろう。
――だったら、俺はここで生きてみせる。
舌に乗せたスープの味を噛み締めるように味わったマサキは、いつものルーティン通りに身支度を済ませ、空いた時間でヤンロンの早朝トレーニングに合流しようと、アパートメントを後にした。エレベーターホールを抜け、ガラス製の出入り口を抜け、スマートフォンを片手に。昨日、受信したままになっていたミオのメールに返信を打ち終えてから、まばらな人影が今の時刻を物語る地下鉄《サブウエイ》に向かういつもの道すがら。小路を抜けて、大通りを往く車の数々を眼前に。ふとマサキが青く抜ける空を見上げると、そこには。
ラ・ギアスの太陽を思わせる輝きで、地上の太陽が光を放っていた。
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