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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

大団円《グランドフィナーレ》(了)
長いことお付き合いいただき、本当に有難うございました。
これにて30の物語、終了です。

気付けば30周年なんてどこにやら、というぐらい長くつづいてしまいましたが、様々な話を書けて楽しかったです。次は夢の頂を完結させて、そして白河祭りですね!宜しくお願いします。

拍手有難うございます。本当に有難うございます。お陰で完走出来ました!
これにてグランドフィナーレです。では、最終回。本文へどうぞ!
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<大団円>

 当座の生活に必要な食料を街で買い出し、彼の家に戻ってみれば、玄関を潜るなり響いてくるけたたましい使い魔の声。わかり易いなあ。呟きながらマサキがリビングに顔を出せば、珍しくも太陽が赤く染まらぬ内に家に戻って来たらしいシュウが、自らの使い魔と何事か話をしている最中だった。
「今日の夕食のメニューは何ですか、マサキ」
 果たして冷蔵庫の中にあるタッパーを見たのだろうか? 山のような食料を抱えて姿を現わしたマサキに視線を向けたシュウは、チカの話を遮ると興味をそそられた様子で尋ねてくる。
「その前に冷蔵庫の中を見ろよ」マサキはキッチンカウンターに荷物を置いた。
 そして冷蔵庫を開いたシュウの返事を待つ。プレシアから? 細やかに自身を気遣ってくれる女性の新たな届け物は、彼を充分に悦ばせたようだった。新しいワインを手に入れたのですよ。料理の供《とも》とするつもりであるらしく、冷蔵庫に眠らせていたワインを一本取り出してみせる。
「不摂生な生活だな」
「あなたが飲まないのなら、私がひとりで飲みますよ」
「お前ひとりにだけいい思いをさせるのは癪に障る」
 云いながら買ってきた食材を冷蔵庫に詰め込んでゆく。そうこなくては。涼やかな笑みを浮かべて頷いたシュウが、ワインボトルを冷蔵庫に戻す。恐らくは新しく入手したワインを見せびらかしたかっただけなのだろう。ワインの良し悪しのわからないマサキに見せて何が楽しいのか。マサキには彼の考えが理解出来なかったが、満足そうな様子の彼に悪い気分はしない。
「ところで今日の用事はそれだけですか」
「夕食を食ったら帰ろうかと思ってたんだが気が変わった。明日は一緒にこの家の掃除をするぞ」
「これはまた手厳しい」肩を竦めてリビングに戻ろうとするシュウの背中にマサキは続けた。「洗濯もだからな」
「このところ忙しかったのですよ」
 悲惨な有様だったのは冷蔵庫の中身だけに限らなかった。洗濯籠から溢れ出そうになっている衣類に、うっすらと埃が積もり始めている家具。それを自身のスケジュールの所為にしようとするシュウに、知ってる。マサキは云って、シュウを追いかけてリビングに入った。
「何を調べてるのか知らねえが、俺が来ても不在ばかりじゃねえか」そして先にソファに居場所を定めたシュウの前に立つ。「明日はこの家の大掃除だ。その後は俺の相手を――」
 そこにシュウの手が伸びてくる。
 手首を取られたマサキは彼の手に導かれるがまま、その腿の上に乗った。そして抱き寄せてくる腕に従って顔を胸に埋めた。普段の彼の生活態度同様に規則正しく刻まれている鼓動が、肌越しに伝わってくる。
 それをマサキは黙って暫く聞いた。
「ようやく算段が付きそうなのですよ」
 ぽつりと洩れ出た彼の言葉に顔を上げれば、彼はマサキの髪を撫でながら、これ以上となく満足気な笑みを浮かべている。
「何の話だよ」
「モニカとテリウスの話ですよ」
「あのふたりがどうしたって?」
 マサキが尋ねれば、それなんですよ、マサキさん。ふわりと宙を舞って降りて来たチカが、シュウの肩にとまる。ニャんの話ニャんだニャ。遠慮のないチカの態度にこちらも遠慮は無用と悟ったらしかった。シロとクロがチカを追うようにしてソファに上がってくる。
「クソ狭いな、お前ら。少しは遠慮ってもんを」
「その前にあたくしの話を聞いてくださいよ。ご主人様ったらあのふたりを王家に返すって聞かなくて」
 はあ? マサキは盛大に声を上げた。「お前、何を考えてるんだよ」
 自身を追って王家を出奔したふたりの王族を、今また王家に返す。
 確かに彼らがシュウの許から離れる決意をした以上、彼らには新たな居場所が必要ではある。これまでシュウ=シラカワという能力の高い男に付き従ってきた彼らは、そうでなくとも浮世離れした生活を長く続けてきただけあって、一般市民の生活には不慣れなままだ。世間の荒波に揉まれて生きてゆくには純粋無垢。彼らは王家を出て尚、王族気質を捨てきれてはいない。
 神殿近くの街に居を定めた彼らが、果たしていつまでその生活に音を上げずにいられたものか。それはマサキも憂いていたことであった。だからといって、彼らに帰る場所はない。アルザールがこの世を去ったのも、最早随分と昔のことになってしまった。しかも魔力を持たないセニアは主流を外され、自身の実力で以て王家に居場所を作るしかなくなっている。
 シュウの庇護下から離れる決意をした彼らは、今度こそ自身の力で生きなければならなかった。
 けれどもそれは彼ら自身が選んだ道だ。この豊かなるラングランで、新たな人生を自ら生み出してゆく。そこに口を挟めた義理はマサキにはない。だのにシュウは彼らの未来を自身の力で定めてしまおうとしているのだろうか? それは果てしなく横暴で、はてしなく残虐な介入だ。
「チカもあなたも誤解しているようですが、私は今直ぐ彼らを王家に戻そうとしている訳ではありませんよ」
「だったら何の算段が付いたって云うんだよ。まさか都合のいい時だけ、王家の力を借りようってつもりじゃねえだろうな。そうじゃなくともセニアに苦労をかけてるんだぞ、お前ら。あいつにこれ以上の気苦労をかけるような真似をするんじゃねえよ」
「都合がいいも悪いも、元々私たちは王族の一員です」きっぱりと云い切ったシュウに、虚を突かれたマサキは言葉を失った。「些細な行き違いで居場所を失ってしまいましたが、その事実が消えてしまった訳ではありません」
 それは。とマサキは口籠った。
 サーヴァ=ヴォルクルス。その比類なき悪意の塊が、このラングランに現実のものとして存在していなければ、彼らは今も王室にて栄華に満ちた生活を送れていたに違いない。そう、全ては些細な釦の掛け違い。運命とはそうした切っ掛けで大きくその輪を乱してしまうものであると、今のマサキは知ってしまっている。
「だからこそ、ですよ。彼らの今後に何かが起こってしまった時の為に、頼れる場所はあった方がいいでしょう。そうは思いませんか、マサキ」
「それは確かにその通りだが、それがあいつらを王家に返すって話になると、それはまた別の話だとしか」
「例えそれが自らの意思でなかったにせよ、私がラングラン王家に仇なしてしまったことには違いない。私が犯した罪は簡単には償えるものではありません。そうである以上、私が彼らにしてやれることには限りがあるでしょう。せめてもっと近しい肉親の力を借りれるぐらいには、彼らを復権させてやらなければ。その為の手回しをしていただけのこと。王家に帰る帰らないといった話は、彼らの決断如何ですよ」
「本当でしょうね、ご主人様?」
「あなたは早合点が過ぎるのですよ、チカ」シュウはマサキの髪を撫でながら云った。「マサキと同じでね」
 チカの言葉をマサキはシュウが支配的に彼らの未来を決めようとしているように受け止めたが、シュウの言葉を咀嚼するに、シュウ自身は単純に自らの許を離れて行ったモニカとテリウスの身を案じているだけのようだ。だからこそもっと大手を振って身内たるセニアを頼らせてやりたい。その彼の想いはマサキにも理解出来る。
「だったらお前がこのところずうっと出歩いてたのは」
「半年以上もかかるとは思ってもいませんでしたよ」大きく息を吐いたシュウが宙を仰ぐ。「それだけ私が彼らを自分の都合で振り回してしまったということでもありますが」
 何処で、誰を使って、どうやってなどとはマサキは聞かなかった。彼が有しているコネクションは、マサキの想像が及ばないところにまで及んでいる。それを薄々勘付いていたマサキは、だからこそ深く詮索することを避けた。
 何よりシュウは、自身の復権を望んではいないのだ。
 それはシュウがモニカとテリウスに懸けている思いが、それだけ純粋であることを示している。喧しいだの姦しいだの口では幾らそう云おうとも、大事な仲間で家族でもある。幾度マサキとの逢瀬を繰り返そうとも、帰ってゆくのは彼らの許。そう、打算のない善意を彼らに施そうとする程度には、シュウ=シラカワという人間はふたりのいとこを大切に扱っていたのだ。
「だがな、シュウ。あのふたりはセニアに頼ってどうこうってほど、やわじゃなくないぜ」
「それならそれでいいのですよ」シュウは口元に笑みを浮かべてみせた。
 それがひとつの大きな仕事をやり遂げたような表情をしているように映るのは、彼がそれだけその為の交渉に時間をかけてきたからであるのだろう。マサキは彼の苦労に思いを馳せた。かつて王族であったとはいえ、一度は重罪人の烙印を押された者たちだ。復権、と簡単に口にしてはみせても、その道は多大なる困難に彩られていたことだろう。
 ねえ、マサキ。シュウの手がマサキの身体を抱き寄せてくる。「私はね、私という人間に人生を懸けてくれた彼らに、最後に何か出来ることをしてあげたかっただけなのですよ」
「まるであいつらとの付き合いが終わるような云い方をしやがる」
「そうでもしないとあなたを獲得出来ないでしょう」
 シュウの口唇がマサキの耳元に降りてくる。
「だからあなたも、そろそろ私のところに来る決心を付けてはくれませんか?」
 温かい息が吹きかかる耳孔に、直接潜り込んでくる彼の声。マサキはいつの間にか大人になっていた義妹を思った。今日の彼女の帰りは何時になることだろう? けれどもそれをマサキは昔ほど案じなくなってしまっている。
 そうだな。マサキは頷いた。「近くプレシアと話をしてみるよ」
 いい返事を期待していますよ。そう言葉を返してきたシュウが、丁度時刻を告げてきた柱時計を見上げた。そろそろ赤く染まり始めた太陽が、窓に色を付けている。それはマサキに、ジンバランで見た燃えるような夕陽を想起させるに充分足り得た。
 一年が過ぎたのだ、あの輝ける日々から。
 だったら覚悟を決めないとな。マサキは自らの気持ちを奮い立たせた。シュウの周囲の人々が決意と覚悟を新たにした今、シュウの傍にいてやれるのは自分だけしかいない。マサキはシュウの背中に手を回して、その胸に顔を埋めた。プレシアはどう反応するだろう? 冷蔵庫の中に収まっているタッパーに詰められた彼女の想いは、ありきたりなお裾分けとは一線を画していたからこそ、案外あっさりと送り出されるような気もしたものだ。
「少し早いですが夕食にしましょう、マサキ」
 彼の言葉に面を上げる。
 考えなければならないこと、しなければならないことはあったが、先ずは目先の目的を片付ける方が先だ。マサキはシュウとともにソファから立ち上がった。そして一羽と二匹の使い魔とともにキッチンへと、夕食の準備をすべく足を踏み入れて行った。

<了>


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