30の物語、最後の話になります。
私の夢しか詰まっていない話ではありますが、よければお付き合いください。
拍手、コメント有難うございます。励みになります。
コメントについては後程レスをさせていただきますので、暫くお待ちください。
では、本文へどうぞ!
.
私の夢しか詰まっていない話ではありますが、よければお付き合いください。
拍手、コメント有難うございます。励みになります。
コメントについては後程レスをさせていただきますので、暫くお待ちください。
では、本文へどうぞ!
.
<大団円《グランドフィナーレ》>
「お兄ちゃん、出掛けるんだったらそこのタッパー持って行って」
出掛けてくると声をひと言かけたマサキに、焼き菓子を作っていたプレシアが、エプロンで手を拭いながらキッチンから出てくる。
云われてマサキが周囲を見回せば、確かに彼女が云うように、ダイニングテーブルの上にタッパーが三つ乗っている。これか? マサキはタッパーから漂ってくる匂いを嗅いだ。酸味の効いた香りは鶏《チキン》のトマト煮のもののようだ。
昨日の夜、彼女が時間をかけて作っていた料理はどうやらこれであったらしい。厚いステーキで夕食を済ませたマサキは、彼女が追加で何かを作っている様子だったのが気掛かりだったのだが、こうした目的の為に準備をしていたのだとわかれば納得がいく。
マサキは料理の戸棚の下扉を開き、そこに収められている紙袋のひとつを取り出した。ずしりと重いタッパーを倒れないように積み重ねる。科学を捨て去ったラ・ギアス社会では、ビニール袋が使われることは滅多にない。汁が洩れたら大変だな。ぽつりと呟いたマサキに、気を付けて持ってね。プレシアが重ねて云う。
「持って行くもんはこれだけか?」
「ちゃんとこの間のお裾分けのお礼だって伝えてね。お兄ちゃん、そういうこと直ぐなあなあで済ませちゃうから」
「わかったよ」しっかり者の義妹の言葉にマサキは鼻の頭を掻いた。「忘れてなきゃ伝えるさ」
「そういうところだって云ってるのに、もう」
下からマサキの顔を覗き込んでくるプレシアの頬が盛大に膨れている。そうは云われてもなあ。マサキは彼女の視線から顔を逃した。元来口煩いところがあった義妹は、近頃更にその気質を強めている。頼もしく感じる半面、子供らしく振舞うことを知らないままに育ってしまった彼女に申し訳なさを感じもする。
出会った頃からずうっとこうだった。
物分かりが良く、しっかり者。他の魔装機操者たちの話を聞くに、プレシア=ゼノサキスという少女は、彼らが召喚された時点で、既に年齢と見た目に見合わぬ精神性を備えた人間であったようだ。ゼオルートの館の家事の一切を取り仕切り、だらしのない面もあった父を時に叱り飛ばして奮起させる。それは彼女が、自身の家族に欠けてしまった母親の代わりを自発的に務めていたからこその気丈さでもあった。
それがマサキには面白くなかった。
もっと子供らしく、我儘に生きていい。
齢15で成人を迎えるラ・ギアス世界では、地上世界の常識は悉く通じなかったものだ。早期に促される社会の一員としての自覚。彼女はラングランという国家に生きるひとりの国民として、自分が何を出来るのかを初等科教育で考えさせられたのだという。
確かにマサキと出会った当時の彼女の年齢は、そろそろ成人となることへの自覚を促される時期であった。だからといって彼女のような境遇に生まれ付いてしまった人間が、一足飛びに大人になることを許していい道理があるだろうか。マサキは自身の過去を振り返った。子どもが子どものままでいることを許してくれない境遇。それはマサキ自身にも降りかかった運命であった。自分の世話を自分で見なければならないのは勿論のこと、親が遺したあれこれを自分の力で処理していかねばならない。冗談じゃねえや。マサキは心の中で悪態を吐いた。彼女は他の同年代の子どもたちが子どもらしく伸び伸びと過ごした日々を、家事と父、そしてマサキたち魔装機操者の世話に費やしてしまっている。その不公平を、マサキが是正したいと思ってしまうのは当然の成り行きだ。
「お兄ちゃん、聞いてる?」
「お前、大きくなったよな」
いつしか成人を迎え、身長の伸びた義妹は、マサキの肩を超える位置に頭が届くようになった。それが更に彼女の中の責任感の強い部分を刺激してしまったのだろう。日々逞しさを増す義妹は、かつて父ゼオルートにしていたようにマサキを叱り飛ばすことも珍しくなくなった。
「もう! 全然人の話聞いてない! あたし今日、帰り遅くなるって云ってるのに」
「何だって? 何か用でもあるのか?」
「ジノさんからお茶会に誘われてるの。シモーヌさんやベッキーさんと一緒に行くからねって、この間お兄ちゃんに云ったでしょ」
「あー……」マサキは宙を仰いだ。「まあ、あいつらが一緒なら……」
紳士で責任感が強く、心に正しい天秤を持っている男は、プレシアを目の前にすると激しく心を乱してしまうようだった。|je t'aime.mon amie.《愛しています。愛しい人よ。》そう云って臆面なくプレシアに迫ってゆく彼を、マサキは幾度怒鳴り飛ばしたことだろう。それでも挫けることなくプレシアへアプローチを続ける彼。彼が主催するお茶会とあっては、マサキが不安にならない筈がない。
けれども彼はバゴニアから魔装機操者としての活動に参加してるだけあって、強靭にも限度のある鋼の自制心を有しているようだ。崩れることのない倫理観。彼は間違ってもプレシアとの関係で一線を超えることがない。少女とは愛でるもの。魔装機操者の仲間たちに進展のない関係を揶揄されようともその矜持を捨てることのない男は、現在に至るまでプレシアと節度のある付き合いを続けている。
「多分、向こうで夕食をいただくことになると思うから、お兄ちゃんの今日の晩御飯はそれを使ってね」
相手がジノであることは気に入らないが、彼女が余所で夕食を済ませてくるのはマサキにとっては都合がいい。
「わかった」短く頷いたマサキは、ダイニングの片隅で丸くなっている自身の二匹の使い魔を呼んだ。「シロ、クロ、出掛けるぞ」
ぴょこんと耳を立てた二匹の使い魔が、身のこなしも鮮やかに飛び起きると一目散にマサキの許へと駆けてくる。どこに行くのニャ。口々に騒ぎ立ててくる二匹の使い魔を足元に、「行く先なんて決まってるだろ」マサキはそう云い切って、ゼオルートの館を後にした。
.
PR
コメント