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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

記憶の底(4)
書いてる私がじれったさでどうにかなりそうなんですけどー!

ということで、どうにか紳士でいようとするシュウの葛藤編です。こう書くと身も蓋もなくなりますが、でも要約したらそうなるんですよ。私の要約機能は、多分ちょっと壊れてるんでしょう。

いつもぱちぱち有難うございます。励みになります。

そんなに長くやるつもりはないので、残り三回ぐらいでこの話は終わると思いますが、最後までお付き合いのほどを宜しくお願いいたします。では、本文へどうぞ!
<記憶の底>

 二度の経験はマサキをどう変えたのだろう。
 その答えをシュウは得られなかった。
 破壊神サーヴァ=ヴォルクルスを崇める邪神教団は裏切り者を許さない。ルオゾールという数少ない神官を喪った彼らは、それを教団にとっては甚大な損害と認識したのだろう。シュウたちをしつこく付け狙うようになっていた。
 籠の中の鳥が自由を求めて羽ばたいた先もまた、大きな籠の中であったのだ。
 シュウは教団と戦う決心を固めた。彼らの動向を探り、その道筋を追い掛ける日々。その間のマサキは、ラングランに攻め込んだシュテドニアス軍勢との戦いに明け暮れていた。顔を合わせる機会に恵まれなかったふたりの道が再びひとつになったのは、つい先日のこと。
 顔を合わせれば憎らしい台詞を吐く。そんなマサキですら愛おしかった。
 他人の知らない彼の顔を知っているという優越感。もしかするとヴォルクルスに操られたシュウを引き戻してくれたのは、そういった彼との記憶なのかも知れない……シュウは今更引き返せないほどにマサキに執着している自分に、滑稽だと笑った。
「何だよ、あんた……いきなり笑ったり……」
 記憶が戻ることを期待して点けたテレビから流れるニュースの数々を、他人事のようにマサキは眺めていた。何もわからない彼には、戦後処理のニュースは他所の国の出来事ぐらいにしか捉えられないのだろう。隣で書物を紐解いている男の方が気になって仕方がなかったようで、ちらちらとシュウの様子を窺っていたものだ。
「お腹が空きませんか?」
 マサキのことを考えていたとも云えず、シュウは話題を逸らした。
「減った」
「なら、夕食の支度をしましょう」
 地底世界について教えなければならないことは山ほどあったが、シュウは敢えてマサキが尋ねてくるまでそれらについて言及するのを避けた。
 一度にあらゆることを教えられても、脳も処理しきれまい。そうでなくとも自分の記憶が無いという異常事態に直面しているのだ。精神的な負担はなるべく減らしてやりたかった。
 ソファから立ち上がったシュウは、ほら、とマサキをキッチンに手招いた。
「俺もやるのか?」
「ただテレビを見ているだけでは退屈でしょう」
「料理は苦手な気がする」
「いくら苦手でも玉葱の皮ぐらいは剥けるでしょう」
 気の短いマサキは余計に玉葱の皮を剥いて、身を痩せさせたものだったけれども、暫くもすれば慣れたようだ。ピーラーでの皮剥きを任せても、難なくこなせるようになった。
 きっと元来は器用な性質であるのだ。
 野菜たっぷりのミネストローネとチキンソテー。パンにサラダが揃った食卓。あまり仲間と食事をともにしないシュウにとって、他人がいる食事の席は久しぶりだ。ひとり増えただけでも賑やかな席に感じられる。
「何の本を読んでたんだ?」
「流体力学の本ですよ」
「何を云ってるかさっぱりわからねえ」
 そう云って呆れたような表情をしてみせたマサキは、きっと、相当に腹が減っていたのだろう。あっという間に食事を平らげると、更にスープを二杯おかわりして、「やっとひと心地付いた気がする」と笑った。
 それからシュウは自分の服を渡して、マサキをバスルームへと追い立てた。
 そして、ひとりきりになった空間で、これからのことについて考える。
 記憶がなくとも生活が出来ることへの安心感か。マサキは大分、この特殊な環境にも慣れたようだ。笑顔を見せるようになったのもそこから来ているのだろう。むしろ問題は自分の方だ。シュウは度々自らを襲う衝動的な欲望をどう処理すべきか悩んでいた。
 ベッドはひとつ。
 自分の好みで広いベッドを置いてはあるものの、まさか二人で寝る訳にもいくまい。そんなことをすれば、どうなってしまうことか。記憶があるならいざ知らず、記憶のないマサキにまで自分の欲望をぶつける訳にもいかない。暫くはソファで休むことにしようと、シュウは自分の分の枕とブランケットをリビングに持ち込んだ。
 眠れるまで本を読み、眠くなったらそのまま寝ればいい。そもそも実験だ開発だという生活になれば、三日ぐらいは寝ないのが当たり前の生活をしているのだ。今更、一日ぐらい眠れぬ夜があったぐらいで、倒れるほどやわな身体でもあるまい。
「わかってたけど、あんたの服はでかいな」
 袖や裾を折り返しても、体格差を感じさせる姿。そんな姿でさえ劣情を煽って仕方がない。
 あまり側に寄らないで欲しいものだと思いつつも、リビングに戻って来たマサキは、ソファの脇に置かれている枕とブランケットを見て事情を察したようだ。シュウの隣に腰を下ろすと、「あんた、ここで寝るつもりなのか」邪気を感じさせない表情で云ってのける。
「ベッドはひとつしかありませんからね」
「だったら俺がこっちで寝るよ。世話になっているのは俺の方だし……」
 風呂から上がったばかりの肌がしっとりと濡れている。
 襟元から覗く浮き出た鎖骨。掴みやすそうな手首に、抱えやすそうな腰。どこもかしこもシュウには自分を誘っているように見えてしまう。もう少し、自分に対して警戒心を抱いて欲しいものだ……マサキにとって自分が安心出来る類の人間ではないと自覚しているシュウは、だからこそ抗い難い欲望を押さえようと必死だった。
 記憶が戻った際に、記憶がないからこそ好き勝手にされたなどと思われるのは、さしものシュウであっても癪に障る。そのささやかな自尊心がシュウの正気を保たせる。いっそ、このままマサキを自分のものにしてしまえたら。そんな思いも無きにしも非ずだったが、果たしてそのマサキは、シュウの欲しいマサキであるのだろうか? シュウは自分の中に突如として湧き出た疑問に答えを出せない。
 出せない以上は、何もせずに済ませるのが賢明なのだ。
 いずれまた、マサキはシュウを求める日が来る。その為の機会なら幾らでもある。そう自分に云い聞かせながら、「大丈夫ですよ、マサキ」シュウはマサキに云った。
「何日かすればあなたの記憶も戻るでしょう。それに、私が読書を趣味にしているのはわかったでしょう。ここでなら気兼ねなく読書が出来る。読書に疲れたらそのまま眠れるなど、考えてみればこれ以上の環境もない。ですから気にしないでください。今のあなたがするのは自分の心配だけでいい」
 そして納得いかない表情で物云いたげにしているマサキの髪を、これぐらいなら許されるだろうと撫でた。
 まだ微かに湿り気の残る髪を梳《す》く。「乾ききっていないですね。風邪を引きますよ」云えば、「大丈夫だろ」の返事。随分、ぞんざいな口を利くようになったものだ。そう思いながらも、かつてのマサキを彷彿とさせる口調は、シュウの中に一筋の光明を見出させた。
 記憶が無くともマサキはマサキなのだ。
 それなら自分は耐えられる。二度の性的な経験の続きは、彼の記憶が戻るのを待ってからでいい。そう思ったのも束の間。シュウに髪を弄られるがままでいたマサキは不意に身を乗り出してくると、「マサキ?」シュウの胸元を掴みながら、その口元に自らの口唇を重ねてきた。


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