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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

記憶の底(8)【追記アリ】
前回が恐ろしく長かったので、今回は短めで区切りました。
この話に於いて回っていない白河はとても貴重ですね!笑

毎度お馴染みついでのようで申し訳ありませんが……

拍手・感想、本当に有難うございます!

いやもう本当に励みになります。疲れも吹き飛びますね! この二連休で両作品ともにある程度まで算段を付けて、次に進めたらと思っていますので、どうぞ最後までお付き合いのほどを宜しくお願いします。

それでは、本文へどうぞ。
<記憶の底>

 バルディア州はメヌエット海に近い平原の只中。未だ戦闘が起こってから一日しか経過していないからか。昨日、シュウがマサキを救出した時そのままに、点在する敵機の残骸の中央にて、サイバスターは機体を傾がせながら立っていた。恐らく、放浪癖のある少年のこと。情報局はサイバスターが行方を断ったことに気付いていないのだ。しかも、町から遠く離れている平原の只中とあっては、近隣住民からの通報も期待出来ない。
 この調子では捜索部隊は出ていないだろう。
 手近な軍の駐留部隊に連絡を入れるべきだろうか……悩みながらもグランゾンの中、膝の上にマサキを乗せてここまで辿り着いたシュウは、少し離れた位置からサイバスターの様子を窺っていた。
「昨日は気付かなかったけど、あの人型汎用機《ロボット》は鳥みたいな形をしてるんだな」
「風の魔装機神の名に与《あずか》るのに相応しい形状《フォルム》でしょう。あれこそが、あなたが操者を務めるサイバスター。ラングランの旗印たる魔装機神ですよ」
 曲線パーツが多いサイバスターは、見る者に雄々しくもしなやかな印象を抱かせる。頭部パーツが形作る毅然とした表情。その容姿は女性的でもあり、男性的でもあった。
 機体に宿りし風の精霊サイフィスを彷彿とさせる中性的なデザインは、線を描くような細めの形状《フォルム》が多い他の正魔装機たちとは、明らかなコンセプトの違いを感じさせたものだ。それだけ特徴的な形状《フォルム》を持った魔装機――わけてもトップクラスの性能を誇る魔装機神だ。マサキの記憶に与える影響も期待出来たものだが、グランゾンのモニター越しにその姿を食い入るように凝視《みつ》めている表情は浮かないものだった。暫くもすると、彼は何も思い出せないとばかりに、弱々しく頭《かぶり》を振った。
「何も応えてやれないんだ、俺……」
「応える? 何に?」
「呼ばれてる気がするんだよ、サイバスターに」
 思わず嘆息しそうになったシュウは、辛うじてその感情を押し殺す。
 ――嗚呼、やはり風の精霊サイフィスは、マサキを深く必要としているのだ。
 精霊に愛されし魔装機神の操者たち。中でもマサキは特に深くその愛情を受けていた。
 サイフィスは自らに近しい魂を求めたからこそ、長くサイバスターの操者を決められなかった。その末に、ようやく辿り着いた答えがマサキだ。だからこそ彼女はマサキに惜しみなく恵みを与えたものだ。幾度となく繰り返された共鳴《ポゼッション》。魂の共振とでも呼ぶべき現象を起こすほどに、風の精霊サイフィスはマサキ=アンドーという地上人を気に入っている。
 そういった意味で、シュウがマサキに与えられるものは何もない。どれだけ知識を蓄えて、それを情報として与えたとしても、当のマサキにとって必要でなければ塵《ちり》にもならない。彼にとって必要なものは、いざという時に他人を守れる力だけである筈だ。そう、わかり易くとも、単純明快であっても、世界を守れる力。それこそがマサキたち正魔装機の操者たちにとっての正義だ。
「あんたが云うには、俺はあの人型汎用機《ロボット》の操縦者だったんだよな。俺も何となくそうなんじゃないかって気はしてる。でも、こうして近くに来てみても、何も思い浮かんでこないんだ」
「そう思えるだけでも充分な進歩ですよ。今思い出せないということは、今がその時ではないということ。サイバスターに宿る風の精霊の力を侮ってはならない。彼女はあなたが思っている以上に様々な力を揮《ふる》える存在だ」
「風の精霊?」マサキはシュウを振り仰いで尋ねてくる。
「私たちが住まうこの地底世界には、神も精霊も実在しているのですよ」
「それがサイバスターに宿ってるって?」
「そう、精霊信仰を国教とする神聖ラングラン帝国において、風の精霊サイフィスの守護を受けるのが、あなたが操者を務める風の魔装機神。わかりましたか、マサキ。あなたは様々なものに守られている存在だ。だから安心しなさい。あなたの記憶は必ず戻ります」
 何の気なしにシュウが吐いた言葉に、マサキは何故か非常に憂いを帯びた瞳をしてみせた。「記憶、か……」重苦しく呟き、シュウから目を逸らすとサイバスターに目を遣った。
 沈黙が続く。どうやら余計な物煩いを誘発してしまったようだ。
 それもそうだ。密度の濃い時間に忘れてしまいそうになるが、マサキが記憶を失ってから未だ一日しか経っていない。知らない世界を目の当たりにするだけでも精神的負担《ストレス》は相当だっただろうに、更にはあれもこれもと教え込まれたものだ。町からの帰り道でカルチャーショックと言葉を吐いたマサキ。彼は押し寄せる情報に押し潰されそうになっているのではないだろうか? それなのにシュウは、軽々しくもマサキに期待をかける言葉を吐いてしまった。記憶は必ず戻ると。
 今云っていい言葉ではなかった――と、シュウは後悔したが、だからといって口にしてしまった事実が消せる筈もない。「……どうしました、マサキ?」シュウは気遣いの足りない自分を取り繕うように言葉を継いだ。
「いや、何でもない……」マサキは云って、何かを振り切るように首を振る。
「サイバスターの声が聞こえるのであれば、その操縦も可能だと思いますよ。乗ってみますか?」
 マサキを愛する風の精霊であれば、そのぐらいの無理は叶えてくれよう。そう考えたシュウが勧めてみるも、マサキは首を横に振るだけだ。「応えてやりたい気持ちはあるけど、今はまだ応えられないんだ」独り言のように呟く。
「有難う、ここまで連れて来てくれて。今日はもうこれでいい。またここに来る必要が出来たら、あんたに頼むよ。そうしたら今度は……」
 その先は良く聞き取れなかった。
 恐らく、もう少し側に行くと云ったのではないだろうか。確かに、昨日の今日でサイバスターに呼ばれている気がするからといって、一足飛びに操縦席に乗り込むのは勇気の要ることだ。右も左もわからない世界で、戦闘用の人型汎用機《ロボット》を操縦する。その結果、どういった事態に自分が陥るのか。シュウの胸の傷を戦闘によるものだと解しているマサキはそれを予測したに違いない。
 今のマサキにとっては、ここからサイバスターを臨むのが精一杯なのだ。それも無理かぬこととシュウは思いながらも、こういった機会が次もあるとは限らないことを知っている。
「その頃には軍に回収されている可能性もありますよ」
「その時はその時だ。のんびり記憶が戻るのを待つよ」
 そう云ってシュウを振り返って笑ったマサキの顔は、迷いを吹っ切ったような清々しさに満ちていた。


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