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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

Lotta Love(17)
そろそろ胃からメープルシロップが出そうな@kyoさんです。

旅先の解放感は人を変えるんじゃないかなー、などと思ったりしているので、今回はいつもは見られない白河の表情というものを意識して書いてみたりしているのですが、どうでしょうかねえ。少しは可愛げのあるところを見せられてますかね。

日頃、公言している通り、わたくしツンデレ&ゲンデレスキーですので、本当はもう少しツンやゲンを出したくもあるにはあるんですが、まあ旅先ですしね!デレが続いてもいいんじゃない?笑

そんな感じの回です。

ぱちぱち&ひとことコメ有難うございます。早速使っていただけて有難い限りなのです。
では、本文へどうぞ!
<Lotta Love>

 時刻はもう8時近くになっている。
 後始末の為に時間をかけてシャワーを浴びたからとはいえ、時間が過ぎてゆくのは早い。片付けを終えてヴィラを後にしたバトラーを見送って、ガラステーブルにふたつ並んだナシゴレンに、マサキは早速と手を付ける。スプーンでライスを掬って口に含んでみれば、想像したよりも辛い。声を上げるほどではないにせよ、じんわりと口の中に広がる辛味は、水を飲まずに食べきれるようなものではなく。
「……本当に辛いな」
「インドネシア料理はスパイシーな物が多いですからね」
 長く滞在すれば慣れる味付けなのだろうか。平然と食事を進めているシュウを真似て、マサキは添えられている目玉焼きを崩してみることにした。米と混ぜ込みながら口に運ぶ。幾分、辛さが和らいだように感じられる。
「屋台やレストランなどでは、後から調味料で辛さを調節出来るようになっているところもありますよ」
「クレイジーだなあ。辛さって、舌が慣れると足りなくなるって云うけどさ」
「料理に香辛料を多用するのは、食べ物を日持ちさせる為の技術ですからね。こういった気候の国では仕方のないことです。むしろバトラーは私たちに気を遣って、辛さを和らげてくれたようにも感じますが」
「本当かよ。辛くて仕方がない」
 辛さの中に感じられる甘み。米と調味料の甘さがなければ挫けてしまいそうだ。食べ慣れた米食だけあって、味そのものに拒否感はないものの、この辛さはいただけない。しかも今日のバリも暑くなりそうだ。リビングに差し込む強い日差しとナシゴレンの辛さに、じんわりと額に浮かんでくる汗を拭いながら、マサキは食事を続ける。
「ところでさっき、バトラーと何を話したんだ?」
 済ませようと思えば五分で済ませられる食事ではあったが、元来がゆったりとした時間を好む男。どうせ几帳面なこの男のことだ。きっと今日の準備も済ませているに違いない。そういった性質であるシュウを側に置いて気忙しく動くのもと、マサキは食事をゆっくりと進めるついでに先程のバトラーとの会話の内容について尋ねてみることにした。
 ふ、と緩む口元。
 人の悪い笑みを浮かべてマサキを見詰めてくるシュウが、「何を話したと思います?」と逆に尋ねてくる。「お前な……わからないから聞いてるんだろ」学校教育程度の英語の知識しかないマサキに、どうしてネイティブな英会話の内容がわかると思うものか。しかもそれすら過去のことなのだ。ラ・ギアスで生活をするようになってから、マサキは全くと云ってもいいほど他言語に触れなくなった。
 稀に地上に出たとしても、英語でのコミュニケーションを取るのは必要に迫られた時だけ。大抵は日本語の通じる仲間との遣り取りに終始してきた。そういったマサキの事情はシュウも知っている筈だ。それではマサキも揶揄《からか》われていると感じようというもの。
「俺が英語がわからないからって、二人で適当なことを話してないだろうな」
「そんなことはしませんよ。ただ、あなたと私の年齢が離れているからでしょう。どういった関係か尋ねられたのですよ」
「ああ。まあ、友人って風には見えないだろうしな……でもあのバトラー、知ってたって云ってただろ。何て答えたんだよ」
「聞きたいですか?」
「お前のその返事で聞きたくなくなった」
 わざわざ聞きたいかと尋ね返してくる時点で、それが碌でもない返事であったことが窺える。きっと、マサキの想像が付かないような返答をしたに違いない――マサキは顔を顰《しか》めながら、再び食事に手を付けた。それでこの話は終わったものだと思ったのだろう。それは残念と、珍しくも惜しげなくシュウが会話を切る。
「何だよ。いつもなら嫌でも聞かせる割に、今日は大人しく引くじゃねえか」
「私にも仏心はあるのですよ、マサキ」
 これまでの生き方からして、今更に仏性《ほとけしょう》の表れもないだろうに。一体、バトラーに何をどう答えてみせたらこうした言葉が出たものか。大口を叩いてみせるシュウに不安を煽られたマサキは、思わず椅子から身を乗り出していた。
「お前、そんな碌でもない返事をしやがったのか?」
「さあ、どうでしょうね」
 今にも声が洩れ出しそうなシュウの笑みが、マサキの目にはどうしようもなく質の悪いものに映る。これは聞かない方が自分の為だ。本能的にマサキはそう思った。けれどもシュウの言葉は止まらない。
 ――Significant other.
 と、謳うように続けると、聞き慣れない単語に呆けるしかないマサキの顔を覗き込み、「意味がわかりますか?」と尋ねてきた。
「シグニフィンケンターザ?」耳に聞こえた発音をそのまま繰り返す。
「Significant other.ですよ。スマートフォンで調べてみるといいでしょう」
 皿に三分の一ほど残っているナシゴレンをそのままに、マサキはスマートフォンを使っての意味検索を試みることにした。
 ベッドルームに置きっ放しにしていたスマートフォンを、行儀が良くないのを承知で取りに向かう。シャワーから戻った時には気付かなかったが、ベッドの上にきちんと折り畳まれた状態でシーツとブランケットが置かれている。恐らくは、クリーニングに入るヴィラのスタッフの目を気にしてのことに違いない。
 マサキですら目に余る惨状だったのだ。シュウにとっては更に目に付いた惨状だったことだろう。畳んだぐらいでその不始末を補えるとは思えなかったが、何もしないよりは部屋が落ち着いて見える。マサキは灯火器《ランプ》台の上からスマートフォンを取り上げると、リビングに戻った。
「綴りは?」
 シュウに綴りを尋ねながら、スマートフォンに表示した検索ボックスに単語を打ち込む。Significant other.どういった検索結果が出るのか。心の準備をしてから、マサキは検索ボタンを押した。
 検索結果のファーストヒットに表示される「大切な人」の文字。
 それはマサキにとっては、意外も意外な言葉だった。
 人を食ったような性格をしているこの男のこと。もっと悪い意味で意外性を突いて来ると思い込んでいた。語彙に乏しいマサキには上手い例えが思い付かなかったが、悪事を共有する仲間といったような……だからこそ、シュウから咄嗟に出たふたりの関係性を表す言葉が、こういった方向性のものであったことが、マサキには素直に嬉しく感じられたものだ。
「ちゃんと検索結果に目を通しましたか、マサキ」
「ちゃんと?」
「検索結果の一ページ目ぐらいは、きちんと目を通して欲しいものですけれども」
 そういった感情が表情に出ていたようだ。
 けれどもその表情はシュウの思惑とは食い違っていたものであったらしい。変わらず人の悪い笑顔を浮かべて悠然と。揶揄うような口ぶりで勧めてくるシュウに、いつしか綻んでいた口元をマサキは引き締め、検索結果の続きに目を通すことにした。ファーストヒット、セカンドヒット……似たり寄ったりな上位の検索結果を読み込んでみたところによると、Significant otherにおける大切な人という表現は、夫や妻、恋人といった恋愛関係にある相手を指すものなのだそうだ。
 その中には、明瞭《はっき》りと相手との性的関係を示唆しているものもある。しかも相手の性別は問わないときたものだ。ある意味においては適切な言葉ではあるものの、|性的な関係を持つ大切な相手《Significant other》と答えを返したシュウに対して、|やっぱり《I knew it!》と云ったバトラーは何を思ってそう返事をしたものか。
 マサキは暫く項垂れた後にシュウを睨んだ。
 乱れたベッドルームを目にした訳でもなければ、露骨な振る舞いを目にした訳でもないバトラーが、既にそう感じていたらしい理由はマサキには想像も付かなかったけれども、初対面である筈の彼をして納得せずにはいられない何かが自分とシュウの間にはあるようだ。
 ――それはどうなのだろう。
 どうせこの場限りの他人。知られてどうなる話ではないとはいえ、気にかかって仕方がない。今更抗議を訴えてどうにかなる話ではなかったものの、マサキはそれを云わずに済ませられそうになかった。お前な、と口にしかけて、マサキは目の当たりにしたシュウの表情に、続く言葉を飲み込んでしまう。
「聞きたがったのはあなたの方でしょうに」
「それはそうだけどよ」
 常に平常心を欠くことのない男は、意外にも腹を抱えて笑い出しそうな様子でいた。
 震える肩。顔を伏せて、必死に笑いを堪えている。
「そりゃ、お前は愉しいだろうよ」マサキはごちた。
 長い付き合いで、少しずつ気を許すようになったのやも知れない。時にシュウはこうして、彼らしくない無邪気な表情や態度を見せてきたものだ。そうしたシュウの意外性は、滅多に目に出来ないものでもあるからだろう。彼のひと癖以上ある性格をマサキに受け入れさせた。
「まさかバトラーがああいった返事をしてくるとは思ってもいませんでしたが」
「事情を知らない他人と見れば、揶揄おうとするからだろ」
「あのシーツの有様ではね」
 いずれは耳に入る話だと云いたいらしい。
 それが尤もな意見に思えるのが、癪に触る。はあ、と朝から何度目になる溜息を吐いて、マサキは食事の残りに手を付けた。既に時刻は8時半を回っている。そろそろ食事を終えておかなければ、慌ただしくヴィラを後にすることになるだろう。
「耳に入っていようが入っていまいが、あのシーツの有様はどうかと思うぜ」
「そうは云ってもね。本当は朝の内にクリーニングを済ませたくもあったのですよ、マサキ。けれどもあなたが相当に疲れた様子で寝ていたものですから」
 そして先に食事を終えたシュウが、空になった食器を手に立ち上がる。「最悪、シーツの代金を払えば済む話ですよ」さらっと云ってのけてはいるものの、相当に豪気な発言である。


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