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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

Lotta Love(25)
個人的に(50)になるまでには完結させたいのですが、驚くことに90,000字を突破してまだ観光二日目の昼下がり(夕刻近く)なんですよ。何万字書けば終わるんですかね、これ……

といったところで、ようやく食事編も終わりました。
次回から二日目の観光終盤戦に突入です。

そして待望の夜がやってきますよ、皆さん!!!!笑

ご褒美に向かって頑張るぞー!と、いったところで本文へどうぞ!
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<Lotta Love>

 疲労の溜まった身体に喝を入れてくるスパイシーな肉の味。美味い。味がしっかり染み込んでいる肉はライスとともに食べることで、マイルドな味わいになる。マサキはライスの山を崩しながら、立て続けに口の中にナシチャンプルを放り込んだ。
「何がなんだかわからないぐらいに美味いな」
「諸外国との交流が盛んになった今はまた事情が異なりますが、日本食は元々素材の味を生かすシンプルな味付けが主流ですからね。それと比べると、様々な香辛料がふんだんに用いられた東南アジアの食は、豊かな味付けに感じられることでしょう」
 ところが食が進むにつれて事情が変わってきた。舌が味に慣れたのだ。美味しいは美味しいが、夢中になって口の中に放り込んでいた最初の頃と比べると明らかに感動が薄くなった。半分も食べた頃には、もうこれでいいと思うぐらいまでにマサキの腹は満たされていた。
「ヤバい。腹がいっぱいになってきた」
「本当に無理になったら云いなさい。残りは私が食べますよ」
 いざとなったらシュウを頼ればいいと思ってはいても、意地が勝る。そもそもこの量を頼んだのはマサキ自身なのだ。自分で選んだ以上は食べきらねばと、さっぱりとした味わいの野菜を箸休めに食べ進めてゆくも、シュウのプレートと比べると明らかに進みが遅い。
 少しスプーンで掬っては喉に押し込む。その繰り返しでどうにか四分の三を食べきったマサキだったが、そこで更に食が進まなくなった。とにかく腹が苦しい。肉だけだったらまだしも、水分で嵩の増したライスが胃を圧迫している。
 マサキ。と、シュウの手がマサキの頬へと伸びてくる。付いてますよ。彼は口の端に付いていた米粒を指先で掬うと、それをマサキの口元へと運んできた。ほら。
 周囲の視線が気にはなったが、それを小声で訴えたところでシュウは指をどける気配がない。折れたマサキはシュウの指先を咥えた。急いで米粒を飲み込んで口を離す。お前はよ。気恥ずかしさにそうっと周囲を窺えば、何組かの客がこちらに視線を向けているのが見える。
「人の目ぐらいは気にしろよ」
「どうせ見知らぬ他人ですよ」
「だからって指を咥えさせなくともいいだろ。そういうのは夜にしとけって」
「それが待ちきれなくもあったものですから」
 涼し気な表情で食事を再開したシュウは、そのまま自分のナシチャンプルを綺麗に片付けると、いよいよ食事の手が止まったマサキに限界を感じ取ったのだろう。寄越しなさい。と口にして、マサキの目の前のプレートを取り上げた。
「無理はしなくていいぞ」
「そうなると思って量を控えておいたのですよ。観光客のナシチャンプルでの失敗談は方々で聞けるぐらいに珍しいことではないですからね」
「悪かったな。後先考えずに行動する馬鹿で」
「誰もそこまでは云ってないでしょう」
 苦笑を浮かべつつ、シュウがスプーンを運ぶ。マサキは彼が静かに食事を進めてゆく様子を眺めながら、僅かに残った水を飲み干した。スパイスの効いた肉をさんざ口に押し込んだ後だからか。喉が渇いて仕方がない。
「アイスティーでも飲むかな」
 マサキが口にすれば、丁度食べきったばかりだったようだ。シュウが席を立った。どうやら英語が怪しいマサキに代わって、注文をしてくれるらしい。
「パンケーキはどうしますか? 半分ぐらいでしたら食べられますよ」
 近くのカウンターで注文を済ませたシュウが振り返って尋ねてくる。マサキは躊躇した。花が咲いたようなカラフルなパンケーキに未練があるとはいえ、流石にこの腹の状態では半分であろうと食べきれる気がしない。世の中には出された食べ物を残すことに抵抗のない人間もいるが、物資に乏しい戦争を幾度も経験してきているマサキからすれば、食事を残すといった行為は手に入れた平和な生活への冒涜にも等しい。
 また次回かな。そうは云ってはみたものの、シュウにはそのマサキの口ぶりが物惜しそうに映ったようだ。その時には付き合いますよ。笑いながら口にして、飲み物をふたつ手にテーブルに戻って来る。
「そうは云っても、都合の付く時だろ。食べ物っていうのは気分にもよるからな。食べたい時を逃すと、次は中々そういった気分にはならないしなあ」
「パンケーキを食べに来るぐらいでしたら、半日もあれば足りるでしょう。その気分になったら云うのですね」
 マサキはシュウに差し出されたアイスティーを受け取った。
 仄かに漂う茶葉の香り。透明度の高いアイスティーは、きちんと茶葉から淹れられて冷やされているようだ。スパイスの味が残る口の中に含んでみれば、柔らかい紅茶の味がふわりと広がる。
「生き返った」
「スパイスは舌に残りますからね」
「ところでこの後はどうするんだ? お前、タクシーの中でガイドブックは読んだんだろ?」
 ええ。と、頷いたシュウが、膝に乗せたトートバックの中から、先程読み込んでいたガイドブックを取り出してくる。
 グラフィカルに記されている観光情報。英語とインドネシア語が併記されている。それをシュウはマサキにも良く見えるようにテーブルの中央に広げてみせると、中央にひときわ大きく描かれている寺院のような建物を指差して、
「この辺りで有名な観光スポットとなると、ここから北西の位置にあるバジュラサンディモニュメントが有名なようですが、どうしますか? あなたは疲れているようですし、少しここでゆっくりしてから、直接バリ舞踏を観に向かっても構いませんよ」
「舌を噛みそうな名前だな。どういった場所なんだ?」
「バジュラサンディモニュメントの由来は後に回すとして、先ずはププタン広場の由来について話すことにしましょう。バジュラサンディモニュメントはデンパサルの中心地、レノン・ププタン広場にあります。ププタンはバリ語で“血の最後の一滴まで、敵に対して抵抗すること”という意味になるのですが、それが体現されたのがまさしくこの地、ププタンの広場であったのだそうです。
 1906年、かつてデンパサルの地を首都として存在していたバドゥン王国は、オランダ軍によって攻め込まれて植民地化することとなりました。その際に、王国の為政者であったバドゥン王の一族は、降伏ではなくププタンを選んだのだそうです。所謂、集団自決です。
 彼らは敵に捕縛されて生きながらえるのではなく、抵抗を訴える為の死を選びました。為政者が失われた国は脆いものです。その結果、そこから30年余りの長き年月に渡り、インドネシアはオランダの植民地としてその支配を受けることになりました。
 そんな彼らに転機が訪れたのが、第二次世界大戦でした。世界の勢力図が変わった結果、インドネシアはオランドの支配を離れて日本軍の支配下に入ることとなりました。日本軍政下のインドネシア事情については割愛しますが、第二次世界大戦が終結し、日本軍がその機能を失ったことを受け、インドネシアは植民地からの独立を宣言。これに難色を示したかつての宗主国オランダと戦争状態に陥ります」
「成程。それで独立を勝ち取ったインドネシアは、記念的な意味で、かつてププタンが起こった場所をププタン広場と名付けたんだな」
「その通りですよ」シュウは喉を潤すように紅茶を啜って続けた。「かつての王家が死を選んだ場所で、独立戦争を戦った人々もまた、ププタンを選んで戦い抜いたのだといいます。そうした独立に向けた戦いの歴史を記念とした場所がレノン・ププタン広場であり、独立戦争の折に戦い抜いた人民軍を称える意味で建てられたのが、バジュラサンディモニュメント――バリ人民闘争記念碑であるのだそうです」
「それは見ないと申し訳ないな」
 振り返れば一瞬で過ぎゆく破壊と殺戮の歴史。その影には、誇り高く、理念に殉じていった数多の英雄たちが存在している。マサキは深く頭を垂れた。自身も戦いに身を投じる立場である。よもやその話を耳にして、避けて通ろうとは思えない。
 地底世界にしても同様だ。どれだけ環境に配慮された兵器が作り上げられようとも、戦争の本質は変わらないままだ。殺らねば殺られる。それは単純にしてシンプルな現実だ。理念を叶える為には命を懸けて戦いに臨まなければならなかったし、誰しもがそういった考えで戦争に臨んでくる以上、血が流されるのは避けようがない。
「無理に見ろとは進めませんよ。既にインドネシアが独立して久しい。過去の過ちを繰り返さないことは大事ですが、インドネシアの人々からすれば落ち度のない植民地化です。あまり大袈裟に捉えてしまっても」
「今やこんなに賑やかな観光地だもんな」マサキは再びアイスティーを飲んだ。「そんな凄惨な歴史があったとはとても思えない」
 望みとは、その大きさに比例して、より大きな代償が求められるものである。インドネシアの人間にとって、それはププタンを実行した数多の同胞の命であったのだろう。命を削るようにして戦い続けてきたマサキは、だからこそ、バジュラサンディモニュメントに込められた人々の想いを深く受け止めた。
「バジュラサンディモニュメントは三層構造になっていて、中にはバリの戦いの歴史を示した展示物やジオラマなどもあるようですよ。もし興味があるのでしたら、時間的にゆっくりと見物とは行かないかも知れませんが、一見してみる価値はあるでしょう」
 シュウの言葉にマサキは力強く頷いた。はちきれんばかりに膨れていた腹も、時間が経ったお陰か大分落ち着いてきたようだ。それだったら、早速行動開始だ。マサキはアイスティーを飲み干すと、シュウを促してワランを後にした。


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