バリは思ったよりネットに日本語の資料が少なくて、毎回観光地を書くのに苦労してるんですけど、今回も例に洩れずでした。
でもネカ美術館に比べればマシですね!!!
あの回は本当に苦労しました!
ということでバジュラサンディモニュメント編です。この土地の由来が由来ですので重苦しい回になっているかも知れません。なるべく客観性を保てるように書きましたが……
では、本文へどうぞ!
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でもネカ美術館に比べればマシですね!!!
あの回は本当に苦労しました!
ということでバジュラサンディモニュメント編です。この土地の由来が由来ですので重苦しい回になっているかも知れません。なるべく客観性を保てるように書きましたが……
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<Lotta Love>
待ち構えていたタクシーに乗り込む。すっかりマサキたちとも馴染んだ感のある運転手の話だと、レノン・ププタン広場まではここから二十分ほどで着けるようだ。バリの人間にとっては記念すべき広場且つ憩いの場でもあるらしいが、観光客にはあまり知られていないスポットらしく、広々とした敷地内を人に揉まれることなくのんびり散策出来るだろうとのこと。眠くはないかと気を遣ってくるシュウに大丈夫だと答えたマサキは、雑多なデンパサルの街の活気溢れる景色を眺めながらレノン・ププタン広場へと向かった。
シュウと運転手が英語で会話を重ねる中、無事に目的地に着いたタクシーから降りる。そろそろ夕方が近くなったこともあってか、入り口から見渡すレノン・ププタン広場は殆どといっていいほど人気がない。
「運転手と何を話してたんだ?」
「レノン・ププタン広場に纏わるエピソードを。今日はこれだけひっそりとしていますが、独立記念日である8月17日ともなるとここも賑やかになるそうですよ」
「由来からして賑やかにならない理由がないもんな」
「バジュラサンディモニュメントは16時半までの開館となるようです。少し慌ただしい観光にはなりますが、最上階からの眺めは目にしておいて損はないらしいので、中に入って上を目指しましょう」
確かに太陽が随分と西に傾いている。マサキはスマートフォンで時刻を確認した。15時半。恐らく遠くに小さく見える尖塔がバジュラサンディモニュメントであるのだろう。結構歩くな。マサキは呟いてから、シュウに続いて広場の敷地へと足を踏み入れた。
綺麗に刈り込まれた芝や灌木の合間に、質のよい道が通っている。住宅街と比べると雲泥の差だ。
整然とした景観はこの広場をバリの人間が大事に扱っているからでもある。誇り高き死を選んだ王の一族から、独立を目指して戦った人民軍の果敢なる抵抗まで。この土地には戦いの最中に大量に流された血が染み込んでいる。彼らはインドネシアの独立を目にすることはなかったが、決して敵に屈しはしなかった。だからこそ、レノン・ププタン広場はインドネシアの独立を記念する土地となり、そしてだからこそ、これだけ美しく保たれて続けることとなった……。
「土地には歴史があるっていうのは本当だよな。これだけ綺麗に保たれている土地で、かつて多くの人が血を流したんだ」
「その戦いの歴史の上に、今のバリの平和が成り立っていると思うと感慨深いですね」
マサキはシュウとぽつりぽつりと会話を重ねながら、道を往った。
ラングラン各地にもかつての内乱の終結を記念する碑が数多く建造されている。その多くは国が分かたれることが二度とないように願い謳うものだ。三人寄れば争いが起こるのは世の常であったが、国をひとつとする者同士で血を流し合うことほど愚かなことはない。ラングラン国民はその痛みや苦しみを知った。だからこそ自発的に記念碑を建て、失われた命を鎮魂することとした……。
戦いあるところに魔装機神の出番ありとはいえ、戦乱の収め方によっては国家の行く末に大きな影を落としかねない。自らの双肩にかかる責任の重さをマサキは自覚している。マサキたち正魔装機の操者たちは、秩序の護り人として、常に大きな決断を迫られる立場にあるのだ。
「あんまり長くここにいる訳にもいかないな」
「もうラングランが恋しくなりましたか」
「馬鹿、そういう話じゃねえよ。自分の役割がどういったものか思い出したんだ」
「冗談ですよ」言葉で茶化しつつも、その表情は決して明るくない。
どこか寂しくも響く声に、別にこれで終わりって訳じゃないだろ。マサキがシュウを見詰めて云えば、あなたと地上を旅する機会はそうないでしょう。シュウはまるで二度とこういった機会がないかのように言葉を吐く。
「何でだよ。パンケーキを食うのに付き合ってくれるって話はどうなったんだ」
「あなたの日常は忙しないですからね。この旅行の記憶もいつまで残ったものか」
「忘れるかよ」マサキはシュウの服の袖を引いて先を歩いた。「こんな旅行、ラ・ギアスに来てから初めてだ」
やがて目の前に姿を現わす巨大な建造物。勇猛にして気高いバリの神様が彫り込まれた十メートルはあろうかという割れ門。その間から姿を覗かせているのが、バジュラサンディモニュメント――バリ人民闘争記念碑だ。
「着きましたね」
「でかいな。流石は記念碑だけある」
裾の広がった低層階から伸びる尖塔が青い空を貫いている。厳かながらも威厳に満ちた建造物は、まるで寺院のようにマサキの目に映った。見るものを圧倒する迫力。バリの人民が勝ち取った独立という栄光を謳うシンボルは、外観をただ眺めているだけでも胸に迫るものを感じさせる。
「写真は撮ってもいいんだよな」
「あそこにあるのがチケット売り場なようですね。聞いてきましょう」
これだけ圧巻な建造物でありながら、全くと云っていいほど人の姿がない。ウプドの宮殿と比べると写真は撮り易そうだが、人の姿がないことがマサキの気持ちを不安にさせた。数多の寺院や観光スポットにも引けを取らない場所に思えるのに何故だろう。考えながら待っているとシュウがチケットを手に戻って来た。
「中も含めて撮影は自由なようですよ」
「それなら良かった」マサキは早速スマートフォンを構えた。「何でこんなに観光客が少ないんだろうな」
「歴史的にも意義のある建造物ですし、もう少し知られていてもいいような気はしますね。もしかすると歴史が新し過ぎるのかも知れません。建造されたのは1987年のことですが、一般に公開されるようになったのは2003年からのようですから」
「観光スポットとして馴染むまでにはまだ時間がかかるってことか」
気が済むまでシャッターを切ったマサキは、保存した画像をシュウに見せた。それなりに撮れたと思える画像の数々は、シュウにとっても満足のゆく写真であったようだ。いいと思いますよ。頷くシュウを伴って、割れ門を潜る。
「建物の外観も余すところなく見物出来るようになっているようですね。きちんと道が整備されている。後で時間があったら回ってみることにしましょう」
シュウの言葉に頷きながら、マサキは入口に続いている階段を上って建造物の内部に足を踏み入れた。
ホールに飾られている絵画には、軍服に身を包んだ兵士たちの姿が描かれている。インドネシア国旗を掲げている兵士がいるということは独立戦争を描いたものであるのだろうか。バリらしい筆致で描かれた絵画は、バジュラサンディモニュメントの由来を知っているからこそ感じ取れる迫力に満ちている。
銃を整備する兵士……銃を構えた兵士……部隊を鼓舞する兵士……そして、インドネシア国旗を掲げて部隊を指揮する兵士……マサキが凝《じ》っと絵を眺めていると、ややあって背後に立ったシュウが言葉を発した。
「マルガの戦いを描いた絵であるようですね」
「マルガの戦い?」
どうやら絵の由来を調べていたようだ。シュウは片手にしたスマートフォンに目を落としながら、そこで得た情報を読み上げ始める。
「インドネシア独立戦争の英雄と呼ばれるングラライ将軍は、兵を率いてバリ島でオランダ軍相手にゲリラ戦を展開していたのだそうです。その最後の戦いの地が、デンパサルの遥か北にあるマルガの地でした。この時、彼が率いていた兵は僅か96名。対してオランダ軍は数千人規模。圧倒的な兵力差に当然ながらオランダ軍は降伏を勧告します。しかしングラライ将軍はこれを拒否。兵士たちとともにププタンを実行するのです」
「玉砕戦か……」
「インドネシア独立戦争には何人かの残留日本兵が参加をしていたようです。この戦いでも5名の残留日本兵が命を落としています。彼らはバリの人々とともにププタンを実行したのですね。日本軍政下を経て独立したインドネシアの国民が日本に対して友好的であるのは、彼らの信義に尽くした戦いぶりがあったからでもあるようです」
マサキは改めて絵画を見詰めた。
敵に捕らわれて身体的な服従を迫られるのであれば、例え命を失おうとも徹底して抗戦してみせる。ププタンの意義とは、心と身体は同一のものであり、片方が片方を裏切るようなことがあってはならないということでもあるのだろう。
マサキには彼らのような戦い方は出来ない。
魔装機神の操者の使命は世界の秩序を保つことにある。マサキたちが戦いに臨むその時、世界は既に危機に瀕している状態だ。決して小さな戦いを疎かにしている訳ではない。どれだけ始まりが些細な異変であろうと、その異変が世界に変革を齎すことはある。
時代が意識のうねりでもある以上、小さなうねりはやがて大きなうねりとなって世界の命運を定めるだろう……そう、地底世界の人々にとって最後の砦であるマサキたちは、だからこそ何があろうと斃れられなかった。世界存亡の危機においては全てを捨てて戦え。その盟約は常たる勝利と生存をマサキたちに強いている。
「あまりここに長居をすると他の展示物が見られなくなります。上に向かいましょう、マサキ」
シュウに促されるようにして、ホールを抜ける。続けて塔の一階部分に足を踏み入れると、そこは豊かに水が湛えられた空間となっていた。
「何かさ、この土地を大事にしているのが伝わってくる感じだよな。この造り」
「華美ではないですが、優美な造りですね」
「何とは表現出来ないけれども、温かさが感じられる」
「それだけ独立戦争に殉じた兵士たちの気高き生き様を、バリの人々は尊《たっと》んでいるのでしょうね」
吹き抜けるホールの中央には、塔の先に続く螺旋階段がある。バリらしさに溢れた尊いながらも質素な造りの外観と比べれば、欧州的な華やかさが感じられる造りだ。マサキは優雅に水中を泳ぎ回る鯉を眼下に階段を上がり、螺旋階段に足をかけた。かなり小回りが利いている。気を付けて上らないと目を回すだろう。
「残留兵はどうしてインドネシアの独立戦争に手を貸したんだ?」
ゆっくりと螺旋階段を上りながら、マサキは先程の会話で気になっていたことをシュウに尋ねた。
軍政を敷いた第二次世界大戦下の旧日本軍。戦争が終わった彼らに待っているのは国内への引き上げだ。それは戦争で疲弊した国の建て直しに従事することを意味する。
そういった大義や自らの故郷を捨ててまで、彼らがインドネシアに殉じた理由は何であったのか。自らの故国を捨ててラ・ギアス世界を守る戦いに従事しているマサキには、その理由が理解出来る気がしてはいたが、さりとてそれが後の世に正しく伝えられているとは限らない。
マサキは歴史が彼らをどう記しているのかを知りたかった。
自分たちの戦いも後にはラ・ギアスの歴史に記される日が来るのだろうか? それともイレギュラーな地上人の存在を認めずと、歴史の影に埋もれさせられてしまうのだろうか? マサキは決して英雄になりたい訳ではなかったが、仲間たちの信義をなかったものと扱われてしまうことには思うところがある。
せめて彼らの活躍だけでも後世に伝えられたら――そういったマサキの考えを、果たしてシュウは何処まで見透かしているのだろうか。彼は再びスマートフォンに目を落とすと、調べ上げた内容を言葉にしてマサキに伝えてきた。
「それはインドネシアへの侵攻が、彼らの独立の手助けをするという大義名分の元に行われたからであるようです。勿論これは建前で、旧日本軍の本部にあっては領地拡大を目論んでいたのは間違いありません。旧日本軍の多くの兵はその本音に気付いていたことでしょう。けれども彼らの中には、その建前を純粋にも信じ続けた者たちがいたのですね。彼らは終戦後、大義名分を実行する為にインドネシアに残りました。スマトラ、ジャワ、バリと、彼らは人民軍とともに、或いは人民軍を率いてオランダ軍と戦い始めます。彼らの多くは、この戦いで命を落としました。けれども、これは決して統制された動きではなかったようですね。彼らが遺した言葉からは、彼ら自身が信ずる理念の為に戦ったことが窺えます」
シュウの話が終わる頃ともなると、螺旋階段に終わりが見えてきた。命を懸けて当然だ。マサキはこの地に命を散らした残留兵たちの心を思いながら、展望台へと足を踏み入れた。
「これは凄いな。想像してたより遠くまで見渡せる」
360度のパノラマ展望台からは、デンパサルの市街が一望出来た。今でも古き良き建築様式が守られているのだろう。屋根の低い建物が密集している市街地に遮るものはない。どうやら州都デンパサルは、日本で云う東京といった大都市よりも、京都といった風情ある都市に似た性質を持っているようだ。
高さの揃った屋根の上に広がるバリの空。その向こう側にはうっすらと山が浮かんでいる。あの山はバリの何処に存在している山であるのだろう? そんなことを思いながら、マサキはスマートフォンを構えた。
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