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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

Lotta Love(34)
次回で二日目も終わりです。長いことお付き合いいただいてる皆様にはただただ感謝です。
三日目はさくっと終わる予定ですので、もう暫くお付き合いいただけましたら……!

と、いったところで、早速本文へどうぞ!
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<Lotta Love>

「――起きましたか?」
 程なくしてはっとなって瞼を開いたマサキの目に、自身を見下ろすシュウの顔が飛び込んできた。変な夢を見た。呟きながら身体を起こす。タクシーの|座席《シート》に背中を埋め、ぼんやりとした頭を抱えながら窓の外にちらと目を遣れば、見慣れたスミニャックの景色が映っている。
 街明かりも眩い碧い夜の街は、先程まで夢に見ていた海の底の景色にも似ている。どんな夢を見たの? 背後から顔を覗かせてくるシュウに、海の中にいてさ……と、話し始めれば、魔術や呪術といったオカルティックな事象を使いこなしてみせる割に、夢占いといった科学的な裏付けのない事象は否定したがる性質であるようだ。昼間、あれだけ充実した時間を過ごしたからでしょうね。シュウは至極当然と云ってのけると、そろそろヴィラに着きますよと顔を正面に向けた。
「夢を繰り返し見ている辺り、あまり深くは眠れていないようですね」
「その所為なのかな。何だか身体がだるい」
「それは昼間、マリンスポーツを愉しんだからでは?」
 ややあってヴィラに到着したタクシーから降り立つ。振り返れば、今日も贅沢に金を使った男が豪快に清算をしているところが目に入った。チップも込みであるからだろう。厚みのある紙幣の束を惜しげもなく渡してくるシュウに、二日間の付き合いで気心も知れたこともあってか、運転手はスマートに受け取りを済ませると、また明日とマサキに頭を下げて去って行った。
「明日の午前中はヴィラで過ごすんだろ?」
「午後のショッピングでは足が必要になりますからね。そのままついでに、夕陽でも見に行ければと思ったのですが」
「夕陽?」
「云ったでしょう。バリの食はシーフードも有名だとね。そういった意味でデンパサルよりも有名なのがジンバランという地区なのですよ。そこの観光スポットは絶景の夕焼け。海辺の寺院の奥へと沈んでいく夕陽は、それは美しいものであるらしい。見たくはないですか、マサキ」
「へえ。そういうことなら付き合うぜ。やっぱバリに来た以上は、自然の景色を愉しまないとな」
 時刻は22時半を回り、空を覆う闇もその色をより濃くしている。マサキはシュウの後を追って、受付とセキュリティを兼ねたスタッフが常駐している建物を抜けた。仄かな明かりが灯る自然溢れる中庭。涼しさが増したからか、滞在客が散策をする姿も窺える。
「そういや、ベッドのシーツはどうなったんだ?」
「特には何も云われてないですね。まあ、それなりに金は掴ませていますしね。上客を逃すような真似はしないのでしょう」
「そういう云い方をされると、お前が金にあかせて勝手をしている悪客に思える」
「そうは云ってもね。弁償するにもお金が必要なのは事実でしょう。金がないことで困ることは多々あれど、金があって困ることはないですし」
「お前、俺が思った以上に金にがめつくないか。こっそりあちこち手広くやってるんだろ」
 マサキは揶揄うようにシュウに向かって言葉を吐いた。
 シュウの事業の全貌をマサキは知りはしなかったが、稀に聞ける話を繋ぎ合わせてみるに、特許から投資と様々な分野に及んでいるようだ。その結果、彼はマサキが想像している以上の富を築き上げてしまったらしかった。だからこそ、彼は使い切れない資産をこの機会に少しでも使うべく、金払いの良い上客を演じているのだ。それはマサキも理解している。
 そもそも、個人でグランゾンを所有するのにも、莫大な費用がかかるのだ。サフィーネや、モニカ。テリウスと、それぞれ騎乗機を有している仲間がいる彼にとって、個人資産の形成は急務であったと云える。
 とはいえ、彼にとっても、現在の資産状況は予想外の出来事であったようだ。彼の性格からして、マネーゲームの数々は、必要最低限以上の資金を稼ぐ為のもの。それ以上でもそれ以下でもなかった筈だった。ところが出来の良過ぎる頭脳が災いした。ましてや元来、知的遊戯に興味と関心を抱かずにいられない性格である。のめりこむようにしてそれらに法則性や効率を求め続けた結果がどうなったか。わざわざ言葉にするまでもない。
「そういうつもりではないのですよ。富は副産物。私は面白いと思ったことをただ突き詰めていっただけで」
「わかってるよ」マサキは慌てた風に言葉を紡ぎ始めたシュウに笑った。「お前があの使い魔の主人としては似ても似つかない性格をしているってことぐらい」
 気付けば、目の前には自分たちのヴィラ。マサキはシュウから鍵を受け取ると、先んじてヴィラの中へと足を踏み入れていった。暗がりの中、手探りで明かりを点ける。リビングに上がれば、ぷんと薫ってくる香の匂い。どうやら不在の間にハウスクリーニングが入ったようだ。
「先にシャワーを浴びてもいいか。髪がごわついてるのが気になって仕方がない」
「一緒に浴びては駄目?」
「お前が気にしないって云うなら、俺は構わないぜ」
 既に半身を浴室に向けているマサキの背後で、シュウが肩にかけていたトートバッグを籐の長椅子に置く。彼はバッグの中身を片付けることなくマサキの後を追って浴室に入り込んでくると、服を脱ぎ始めているマサキの手を取った。
「何だよ」
「脱がせたいのですよ」
 袖の残ったシャツをシュウの手が抜き取ってゆく。時折、肌に口付けを落としながら、肌着にズボン、下着と順繰りに脱がせてくるシュウに、「後にしろって……」ごわついた髪やべたついた肌を一刻も早く洗い流したいマサキは声を上げるも、どうやら彼としてはそれだけで済ませるつもりはないようだ。服を脱がせたマサキをシャワーの下に立たせると、自身もまた手早く服を脱ぎ去り、熱い湯に打たれているマサキの身体を洗い流し始めた。
「好きだよな、ホント。一緒に風呂に入る度に、人の身体を洗いやがって」
「洗われるのは嫌?」
「嫌じゃねえけどよ……風呂はのんびり浸かりてえ」
 浴槽に湯を貯めながらマサキの身体を洗い流してゆくシュウに、マサキがそう訴え出てみれば、今暫く我慢を強いられることには異存はないようだ。なら、洗うだけにしておきますよ。シュウはそう云って、マサキの身体を洗い終えると、続けて髪の毛へと手を伸ばしてきた。
「陽射しが強いからですかね。少し痛んでる」
「少しぐらいいいだろ。ブラシが通らない程じゃねえんだし」
「あなたの指通りのいい滑らかな髪が、私は好きなのですよ」
 きっと、日本人らしさを感じるからなのでしょうね。そう付け加えたシュウは、好きだと云い切っただけあって、時間をかけてマサキの髪を洗い流してきた。
 オイルを馴染ませ、マッサージを施し、じっくりと洗い上げてゆく。硬く張った頭皮がほぐれる感触。血行が良くなったからだろうか。程良く力の抜けた身体がようやくシュウの手から解放される。マサキはいつしかそこそこ湯が溜まるまでになった浴槽に即座に身体を浸け込んだ。そして、自分の身体を洗い始めたシュウを見上げる。
「バリで有名と云えばスパもありましたね」
「スパか。温泉に浸かるのもいいな。マッサージもあるし」
「明後日にでも行ってみますか。どうせならとことんリフレッシュしたくもありますしね」
「それはいいけど、お前、いつまでバリにいるつもりなんだ? 俺、使い魔たちを洋上に置きっ放しにしてるんだけどな」
「呼び寄せればいいでしょうに」
 マサキの身体を時間をかけて洗い流してきた割には、自身の身体を洗うことにはそこまで時間をかけたくないようだ。烏の行水とまではいかなくとも、手早く身体と頭を洗い終えたシュウが浴槽に入り込んでくる。ほら、と腿の間に収められる身体。マサキはシュウの胸に頭を預けながら話の続きを口にする。
「そうは云ってもな。俺ひとりでもこの騒ぎだぞ。あいつらまで来たら、あっちだこっちだ煩くて敵わないだろ。チカだって寂しがってるんじゃないのか? あんな海のど真ん中に置き去りにして」
「日頃は聞き流すのに丁度いいお喋りではあるのですがね、疲労が溜まってくると聞き流す余裕がなくなるものですから」
「まあ、確かに。あいつらは黙るってことを知らないからな……」
 そこから暫く、マサキとシュウは互いの使い魔の処遇について話し合った。シュウ自身、そろそろ賑やかな使い魔が恋しくもなっていたのだろう。チカを呼び戻すことに不服はないようで、そう遠くない内の合流を了承してみせた。
「あー、今日も楽しい一日だった」
 長湯にならぬ内にとシュウと揃って風呂から上がったマサキは、夜着に着替えてベッドに上がった。
 時刻は0時近く。密度の濃かった一日の名残りとばかりに、身体に残る心地良い疲労感。次いでベッドに上がってきたシュウが、延々、後回しにされてきたからだろう。早速とばかりにマサキの手を取ると、手の甲から指先へと舌を這わせてくる。
「きちんとここまで待ったのですから、付き合ってくれますよね。マサキ」
 改めて口にされると気恥ずかしくも感じたものだったが、約束は約束だ。タクシーの中で幾度か仮眠を取ったこともあって、幸い、マサキに眠気はない。それに明日の午前中はヴィラでゆっくり過ごすと決まっている。後に憂いのない状態。真っ直ぐに自分の顔を見詰めてきながらそう言葉を吐いてきたシュウに、マサキは黙って頷いた。


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