忍者ブログ

あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

RISKY GAME(了)
これにて完結です!

このあと加筆やら修正やらの作業が待っていますけど、取り敢えずは終わってほっとしました。
きっとマサキやシュウにどこか抜けている部分があったりするのは、その強大な力に対するハンデなんだろうなと改めて思ったりしつつ、得たものの多い作品となりました。

リクエスト有難うございました。では、最終回。本文へどうぞ。
<RISKY GAME>

 その手に握られる注射器。教団の十八番とも云うべき殺害手段は、その組織に属していたシュウだからこそ理解が及んだものだ。致死性の薬剤は心臓に効果を及ぼすが、血液中にその痕跡を残さない。
 検視が行われたところで心不全としか扱われない悪魔の薬。どれだけの人間が、その悪魔の薬に命を奪われてきたことか。
 ――我らが母よ、精霊よ……。
 人間の命には限りがある。志半ばにして命運尽き果てる訳には行かないと思ったところで、たかだか人間如きに天命が引っ繰り返せる訳もない。ならばせめて最期の瞬間《とき》は安らかであれ。そう思いながら、数え切れぬほど諳《そら》んじてきた精霊賛歌の一句を、祈るような気持ちでシュウが唱えた瞬間だった。
 轟音と共に、プライベートバーの扉が吹き飛んだ。
 オーナーと用心棒たちがそちらを振り返るより先に、疾風《はやて》の如く室内に飛び込んできた影。旋風が舞ったかと思うと、一瞬にしてシュウを拘束していた用心棒たちが薙ぎ払われた。
「お前らしくもねえ。こんな連中に捕まるなんて」
 赤錆びたバールを剣代わりに剣技を放ってみせたマサキは、あっという間にオーナーひとりが残るのみとなった室内で、手応えのなさが不満なのか。退屈そうな表情を隠すこともせず立っている。
「あなた方を信用していたからですよ」
「云ってくれやがる」
 オーナーへの引導はシュウが渡せということらしい。肩に担いだバールをほらと渡して寄越すマサキに、「スマートでない戦い方は好きではないと云ったのに」シュウは云って、バールを手に取った。
 瞬く間に逆転した形勢に、何が起こったのか理解はしているようだ。壁際に身を寄せて震えているオーナーの小物振りが浅ましい。長かった下調べの期間。サフィーネをここに送り込む為に、訓練を必要とした時間。こんな相手に自分たちは梃子摺《てこず》らされてきたのだ――……。
 シュウはクククと嗤った。自らに屈辱を味合わせた相手だ。それ相応の代償を支払わせる必要がある。そういった気持ちもあれど、それで何が解決したものだろう。
「帳簿はありましたか」
「あったあった。裏帳簿か? 隠されてた帳簿も手に入れたぜ」
 マサキの様子はそれ以上の成果があったことを感じさせる。
「それならいい」シュウはオーナーに向かって、口元を歪めてみせた。「安心してください。命は取りませんよ。司直の手にかかっては頂きますがね」

 海に投げ込まれる直前だったのだそうだ。
 シュウがプライベートバーに入った直後、VIPルームから言葉巧みに連れ出されたサフィーネは、多勢に無勢でその身柄を拘束された。乗船客に聞き込みを行いながらその行方を追ったテュッティは、甲板《デッキ》の後方で用心棒たちに抱え上げられているサフィーネを発見。無事にその身柄を保護した。
 テュッティによって救い出されたサフィーネは、自ら助けを求めるような真似をしておきながら、「あんなのあたしひとりでも何とか出来たのにねえ」と減らず口を叩いていたが、実際にディーラーとして不正行為《イカサマ》を成立させたり、帳簿の在り処を特定したりと八面六臂の活躍だったのだ。確かに放っておいてもひとりで全てを解決してしまいそうではある。
 彼女らと合流したマサキとシュウは、オーナーを盾に操舵室《ブリッジ》を制圧。軍へ応援要請を送り、その護衛を受けながら港への寄港を果たした。
 寄港後、軍の部隊によって船内が制圧される中、その混乱に乗じてシュウとサフィーネは姿を消したようだ。軍の部隊より名簿と実際に乗船している乗客や乗組員との数が合わないと報告を受けたマサキは、それがシュウとサフィーネであることを確認すると、軍の追及を避けるべく、調査は情報局の管轄だと強弁することにした。
 マサキたちが情報局からの要請で任務にあたっている以上、軍の一部隊如きがそれ以上強く出られる筈もない。かくてシュウとサフィーネは無事に身を隠し遂《おお》せたのだろう。事後処理が落ち着いた頃を見計らって、その後の経過を尋ねるようにチカを寄越したものだ。
 伝言ゲームで伝えきれる内容でもない。チカに先に戻るように伝えたマサキは、風の魔装機神を駆ってシュウの許へと。「わざわざ足を運んでくださらなくともよかったものを」教団を向こうに回し、その殲滅を目論んでいる彼は、そうでなくとも多忙な日々のにある。書斎で膨大な資料に埋もれるようにして何かを調べていたシュウは、その手を休めてマサキに向き直った。
「そういう訳にも行かないだろ。お前らにも関わる話なんだし」
「既に過ぎた話ですよ。結果だけ知れればそれでいい」
 帳簿の調査は続いていた。
 二冊あった帳簿の内、最初に発見された帳簿は船の運営に関わる資金の流れが記されたものだった。幾つかの記載漏れは見られるものの、内容としては至って健全で、この帳簿から教団への資金の流れを調べるのは難しいとのことだった。
 二冊の帳簿が存在している以上、片方はそうした役目を担うものである。覚悟をしていたマサキは特に落胆することもなく、情報局からの報告書の続きを読んだ。
 仕切りの合間に隠されていた二冊目の帳簿には、カジノの資金の流れが記されていたそうだ。こちらは収穫が見込めるものであったらしい。偽名と思われる名前も多く、全容の解明にはまだまだ時間がかかりそうではあったが、ラングランの富裕層に食い込む教団人脈を明らかにするには、充分過ぎるほどの内容であったようだ。しかもついで持ち帰ったデータディスクには、教団との連絡に使われるらしい暗号の乱数表が収録されていたとのこと。何かあるとは思っていたものの、思った以上の収穫になったことに、マサキのみならずテュッティも喜びを隠せないようだった。「これで教団の上層部に辿り着けるかも知れないわね」彼女は上機嫌でシャンパンを空けた。
「それは何より。私たちだけでその人脈を潰すのは難しくもありますからね。これを機に、ラングランの社交界から教団に繋がる人脈が一掃されることを願っていますよ」
 残るは殺人容疑のみだったが、それも上手く話が進んだ。表舞台に出られる身ではないシュウやサフィーネへの殺人未遂容疑を問うのは難しいだろうとマサキは思っていたが、「そんなの善良なラングラン市民A、Bでいいのよ」と云い放ったセニアの手回しにより、無事立件。注射器や薬剤といった確たる証拠が揃っているということもあって、被害者不詳のままスムーズに刑罰が確定した。
「また乱暴な手を。そんなに強硬に刑を確定させてしまっては、彼女の立場も拙くなるでしょうに」
「あのお転婆娘に直接云えよ。議会が荒れるのもお構いなしだ。俺たちにあいつの暴走が止められる筈がないだろ」
 無邪気な王女と侮ってはならない。目的の為ならば越権行為も厭わずに行ってみせるセニアは、超法規的な存在である魔装機と操者を管轄しているだけはある。ここぞという時に辣腕ぶりを発揮してみせる彼女を煙たく感じている者は多いことだろう。けれどもセニアからすれば、そんな議会や軍部や抗議の声は蚊の囀りにもならないのだ。
 そのぐらいの胆力がなければ戦場に魔装機を送り込めないとはいえ、それがいつか彼女の足元を掬う結果になりはしないか。
 シュウもその点は気にしているようだ。小さく溜息を洩らす。
 何だと云いつつ、身内と決めた相手には情の厚い男。見過ごす訳には行かないと思ったようだ。書類の山の中から立ち上がったシュウは、手を焼く子どもの扱いに困っているといった様子で、「仕方ありませんね。あなた方に啖呵を切った手前、見て見ぬ振りも出来ませんし、そこは私が上手くやりますよ。議会にはそれなりの人脈を持っていますしね」と云った。
「あいつを付け上がらすような真似はしない方がいいと思うんだがなあ」
「今回は本当にあなた方に助けられましたからね。そのぐらいはしないと」
「お前らが組むと被害が甚大になるんだよ。議会や軍部には同情しかねえ」
「偶にはこうして高くなった鼻を折ってやらないとね。あちらの方々は増長し易いですから」
 きっぱりと云い切ったシュウや折に触れて彼らと対立しているセニアが、どういった柵《しがらみ》を議会や軍部に抱えているのか、マサキの耳に入ってくる話は僅かなものでしかなかったが、それでもその気苦労は知れた。きっと、そうした柵《しがらみ》が彼らの態度を頑なにさせるのだ。「だったら好きにしろよ」マサキはそうとだけ返すに留める。
「あなたにも迷惑をかけましたね、マサキ。何か欲しいものはありませんか。ついでですし、礼はしますよ」
 シュウの命が脅かされる事態になっていると、プライベートバーの扉を吹き飛ばした瞬間に、その状態を把握したマサキは頭に血が上ったものだった。彼の命を奪えるのは自分だけでいい。それは奢りではなく、占有欲だった。
 だからこそ、あの瞬間のことは良く覚えていない。気が付いたら用心棒たちが床に転がっていた。我を失うような精神状態にありながらも手加減を忘れなかったのは、日頃の節制の賜物だろう。マサキは自らの力が、一般社会に馴染めないものであることを自覚している。そしてだからこそ、そうした制限をかけられてしまっている自分の在り方に疑問を持たずにはいられない。
 ――あんな連中はその場で切り刻んでやるべきだった。
 シュウにその始末を任せたのは、自分以上にシュウの方がそう感じていると思ったからだった。けれどもシュウは、マサキに託されたバールを振るうような真似はしなかった。それが重ねた月日による成長であったのか、それとも元々の気質であるのかマサキにはわからなかったが、彼は司直の手に全てを委ねる決心をした。それがマサキにはもどかしくも感じられる。
 シュウは決して万能なる神ではないのだ。
 その現実を思い知らされた出来事。もっと自分が上手く立ち回れていたら、彼を窮地に陥らせることはなかっただろう。その後悔はマサキの胸を締め付けたものだ。そう、夜毎に思い出してはやり切れなさに臍を噛むほどに。だからこそ、チカに全てを任せずに、こうしてシュウの許にまで足を運んだのに。
 けれどもそれをマサキは素直に言葉では表せない。
「別にいいぜ、そんなのは。こっちは任務でやったことだ。わざわざ礼をして貰うようなことでもないだろ」
「命を助けて頂いたのですよ。これで礼を尽くせぬほど、私は無礼に生きているつもりはないのですがね」
「だったら――」マサキはその続きを口にするか悩んだ。
 口唇が震え出すのがわかる。次いで、指先から血の気が引く。
 そんな日が来るなど考えたくもない。だがしかし、それは確実に訪れる未来だった。生命を生命たらしめている特性といっても過言ではない。云おう、とマサキは決心した。云わずに済ませて後悔したくない。
「俺より先には絶対に死ぬな」
 一瞬、虚を突かれたシュウの瞳が開かれる。そういった答えが返ってくるとは思ってもいなかった表情。それが次の瞬間には例えようもなく穏やかなものに変わる。
 ――あなたがそう望むなら。
 厳かに口にしたシュウがゆったりとマサキの許に歩んで来る。マサキはその身体に向けて手を伸ばした。掴まれた手首が引き寄せられる。そうして、息苦しくなるほどの抱擁の中。マサキは現実離れした世界から、ようやく自分が日常に還ってきた実感を得たのだった。


.
PR

コメント